138 城壁
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
「城壁? これまた随分と前近代的な防御壁が出てきたねえ。『ギーメル』よりも文明の発展が遅れている俺達の世界でも、とっくの昔に使われなくなったというのに」
科学技術が発展した世界。
今ではデウス・エクス・マキナの暴走によって、その面影を探ることは困難であるが、反乱軍の所有する機械から片鱗を見ることは出来る。
そんな世界で、『城壁』という単語が発せられることが、俺達にとっては理解しがたいことのようであった。
「確かに、軍事拠点に城壁を使用する所は、この世界でもほとんど存在しない。現代兵器をもってすれば、普通の城壁を破ることは容易なことだからだ」
「ですが、我々が攻略するフリューゲルスベルクの城壁は、ただの城壁とは毛色が異なります。簡単に言えば、現代兵器――例えば戦闘機や機械兵の攻撃にも耐えられる城壁、といったところですかね」
「……ますますわからないね。城壁は壁である以上、歩兵などの陸上戦力を防ぐ力はあっても、それらのはるか上を飛べる航空戦力には無力に等しい。それが戦闘機や機械兵の攻撃にも耐えうるというのが分からないんだけど」
「まあ、そう思うわな。だがあの街の城壁は、あんたらの想像する城壁とは造りが違う。壁全体が特殊合金でできていて、内部には制御装置が多数設置されている。その制御装置が魔導石のエネルギーを使ってフィルターを街の中心部全体を覆い、航空戦力の攻撃を防ぐことができる。そういう特殊な城壁さ」
「なので、フィルターを張った状態の城壁は、さしずめ"要塞"といったほうが正確でしょうね」
要塞に変貌できる城壁、か。なんとも厄介な代物があるものだ。
そもそも反乱軍は戦闘機やミサイルを保有していない。あったら、ただちに機械兵に探知され破壊されるからだ。
だが、トリスタンは「その城壁を乗り越えるために、アリスを反乱軍に引き入れた」という趣旨の発言をしたが、それはどういうことなのだろうか?
彼女は優秀な魔導機械の設計士だが、それだけで攻略できる相手なのだろうか?
「ただ、その城壁を設計した張本人の協力を仰げたのは幸いだ。これより氏景とアリス、それから俊の3名で城壁の調査をしてもらいたい」
「え、城壁の設計者ってアリスのことなのか?」
「はい。彼女は中世の城壁を改造して、航空戦力やミサイルの攻撃に対処できる設計を施しました。なので、あの街の城壁には詳しいものかと」
「だが、統括理事会やマキナ教団がさらに大規模な改造を加えた可能性はある。それを含めて調査をお願いしたい」
オズワルトの命令に、部長とアリスがうんと頷き、俺もそれに釣られて拝受する。
俺の指令書の裏に、そんな目的があるとは……。彼らもよく考えたものだ。
まあ、アリスもデウス・エクス・マキナという機械の化物の開発に携わった人物。城壁の設計をやってても不思議じゃない。
しかし内容的に、俺が調査そのものに関して出来ることは殆どない。おそらく俺は、2人の護衛という役割を果たすことになるだろう。
それでもいい。俺も部長やアリスに聞きたいこと、伝えたいこともあるからな。
「我々も他方面の部隊の準備が整い次第、フセヴォロドグラート・フリューゲルスベルク間の街や村の攻略を開始する。調査が終わり次第、作戦に同行するように」
「わかりました」
俺達は仕度を整えたのち、フセヴォロドグラートの街を出発した。
◆◆◆◆◆
フリューゲルスベルクまで100キロの道を行く俺達。
事前情報によれば平野が広がっているため、以前は都市が点在していたとのこと。反乱軍は俺達の後を追うように、平野中の街や村を攻略するらしい。
一方で、俺達『城壁調査隊』に意外な人物が合流した。
「救世主殿、情報とは戦の要。これを疎かにして、勝利を得ることはできん。よいかね?」
「は、はあ……」
その意外な人物は、ヨルギオス・エグザルコプロス。元・貴族であり、150年前に氏澄が訪れたぺトラスポリスの領主一族の子孫でもある。
今回、彼はオズワルトと同じ迷彩服を着て、俺達と行動を共にしていた。
「この任務の先に、子爵家の再興、ひいては世界の復興が待っておる。娘のため、そして未来のため、ワシは励むぞ!」
今回の任務に拳を強く握り意欲を見せるヨルギオス。
あれ? でも、今回の調査にヨルギオスの名前はなかった気がするけど……。仮に任務完了しても、彼が評価されるかは微妙なところだ。
「まあ、仲間は1人でも多いほうがいい。人のやる気を無碍には出来ないからねえ」
部長はヨルギオスの参加を穏やかな声で喜んでいた。
まあ、軍事の天才ソティリオスの子孫だし、前に一度作戦に同行した時、俺の代わりに兵士の指揮を取ってくれたし、今回も役に立ってくれることだろう。
「それより氏景。お前のその能力、果たして救世主と呼ぶにたるか、悪魔と呼ぶにふさわしいか。その答えは出たかい?」
部長が急に"例の話"を振ってくる。
"もう1人の俺"が言うには、俺の能力が救世主となるか、悪魔となるかは俺の心の持ち方や使い方が決めると言っていた。
同じ悩みをもった俺の先祖も、その能力を駆使し、世界平和のために躍進し、紆余曲折の末に"救世主"と呼ばれるに至った。
そして、俺達は『ギーメル』を救うために異世界転送に応じ、行動を共にしている。
なら、答えはもう決まっている。
「救世主か、悪魔か。それは能力が決めることじゃない。俺が決めることです。そして俺は、これを"救世主"として生かしたい」
俺ははっきりした口調で、そう断言する。
すると部長は、にっこりとした顔で頷いた。
「いい答えだ氏景。その通りだ、能力が救世主を決めるんじゃない。使う人間の心がそれを決める。ちゃんと辿り着いたようだね」
「本当の善行は、一見するとそれが"善行"と思えないものが多くある。反感を恐れず立ち向かうことが大切ぞ」
本当の善行か……。確かに以前、俺が村人に制裁を加えた時、俺とルクレツィオは言われなき暴行を村人から受けていた。
あの時制裁を加えなかったら、2人とも死んでいたかもしれないし、反乱軍のことも信用してくれなかったかもしれない。
良薬は口に苦しというが、本当にその通りなのだろう。
俺は地平線がどこまでも広がる平野の真ん中で、1人胸を張って歩いていた。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。