136 帰還
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
聖光真聖会を反乱軍側に引き入れよとの指令を受けてから約20日。
久々にフセヴォロドグラートに戻ると、街の瓦礫は以前より少なくなり、若干ではあるが新しい建物も見えていた。
武装した兵士に混じり、非武装の通行人が歩く光景。民間人も少しずつ、街に定着しつつあるようだった。
「あ、氏景さん」
街の一角で佇んでいると、恭子が俺に話しかけてきた。
佐藤恭子。"もう1人の自分"いわくシュトラウス公爵家の末裔で、俺の先祖の血を引く人物らしいが……。
俺を救世主として推薦する人物は、共通の先祖をもつ彼女が一番該当しそうだよな。もっとも、彼女自身がシュトラウス公爵家に関する伝承でも聞いていればの話だが。
「氏景さん、指令のほうは達成できましたか?」
「あ、ああ。今俺の後ろにいる2人が、聖光真聖会のメンバーだ」
そう言って、俺は背後にいるアリスとアヤノを指し示す。
「恭子様。お久しぶりでございます」
「あ、アヤノさん! ご無沙汰しております。前回はお会いしたのは確か……」
「3年前ですね。あの時、恭子様はご家族と一緒に山を下りてフセヴォロドグラートの市街地にお引越しされたと記憶しております」
「デウス・エクス・マキナの調整員として本格的な仕事をするためには、街中で暮らしたほうが何かと都合が良くて」
久々の会話に花を咲かせる恭子とアヤノ。総本山で聞いた通り、本当に2人は幼い頃からの親友のようであった。
しかし、こう並んで立ってみると、2人ともタイプは違うが誰もが振り返る美人であることは疑いない。
しかも恭子に想いを寄せているはずの俺が、アヤノに肉体関係を迫られているというのは……山野が聞いたら嫉妬すること間違いなしだな。
「あれ、でもフセヴォロドグラートと聖光真聖会の総本山って15キロしか離れてないんだよな? 会おうと思えば会えるはずなのに、なんで」
「お互い忙しかったということもありますが、アヤノさんが修行に集中できるよう、敢えて距離を取っていたのです」
「まだ、半人前ですけどね」
「というか、氏景さんはなんで私達の仲を知って……もしかしてアヤノさんから聞きました?」
「まあ、そんなところだな」
俺の返答に納得した様子で頷く恭子。
すると彼女は、もう1人の聖光真聖会のメンバーであるアリスのことを尋ねてきた。
「それで、こちらの方は?」
「ああ、こっちは……」
「おー、アリス・エンダーグだよー。よろしくねー」
総本山で俺が滞在していた時と違い、元の不思議ちゃんな人格に戻ったアリス。天真爛漫な笑顔で、手を振りながら恭子に挨拶する。
「アリス・エンダーグ……え、この子がデウス・エクス・マキナの人工魂(AI)の設計者なのですか?」
「らしい。今の人格だと想像できないけど、もう1つの人格のほうは如何にも設計士って目をしてた」
もっとも、彼女の裏の人格だと何を企んでいるか分からない怖さがある。
実際、俺の先祖を能力の実験台に使っていたし、それについて悪びれる様子もなかった。
ただ、デウス・エクス・マキナに対抗するには彼女の知識や記憶が鍵となる。敵に回したくない人物だ。
「聖光真聖会にはAIを設計できるだけの優秀な妖精族の設計士がいると聞いた事がありますが、まさかこんなに可愛らしい女の子だったなんて」
「あれ? てっきり、デウス・エクス・マキナ関連で顔見知りだとばかり思っていたけど」
「アリスさん自身は、ここ数年は統括理事会やマキナ教団の妨害もあってデウス・エクス・マキナに近づけない状態が続いていました。それにアリスさんは他にも魔導機械の点検や修繕で世界中を回っていたので、会えなかったのも不思議はありませんね」
「おー、アリスはすごいんだぞー」
「妨害? でもアリスって、AIの設計に直接関わった人物なのに、なんで統括理事会やマキナ教団から避けられてるんだ?」
「それは……私にもよくわかりません。ただ、特にマキナ教団としては敵対する宗教勢力に神の心髄に関わった人物がいることを苦々しく思っていたのではないかと、以前アリスさんは語ってくれました」
「そう言えば、マキナ教団と聖光真聖会ってなんで敵対しているんだ? デウス・エクス・マキナの最も近いところで関わっているのは同じはずなのに」
「マキナ教団は元々、聖光真聖会の一部であり、デウス・エクス・マキナの神秘性を高める組織として誕生しました。が、そのうちデウス・エクス・マキナこそが唯一の神であると信じる者達が聖光真聖会と決別し、さらにマキナ教団に賛同する科学者を集めて統括理事会を結成して今に至っているのです」
「ということは、聖光真聖会の信じる神々の中には、今でもデウス・エクス・マキナは含まれているということか?」
「はい。現在は事実上"邪神"扱いですが」
聖光真聖会とマキナ教団、統括理事会の間にそんな複雑な関係や歴史があったとはな。
自分達が作り出した組織が、自分達の手を離れて暴走しはじめたら、敵対するのも当然だ。
「これから、聖光真聖会は反乱軍と協力して機械の神の暴走を食い止める所存ですのでよろしくお願い申し上げます!」
「おー、食い止めるぞー」
お辞儀するアヤノと、拳を上げて協力の意を示すアリス。
果たして、彼女たちは機械の神や機械兵への対処においてどのような活躍を見せるのか。これから目が離せないな。
「ところで恭子、反乱軍や『空想世界研究部』のメンバーってこの街にいるか?」
「確か、そろそろ担当の仕事が済んで、リーダーの元に戻っている頃かと思いますけど」
「じゃ、案内をよろしく頼む。俺も任務完了を報告したいからな」
恭子に道案内を頼む俺達。瓦礫が減ったとはいえ、まだまだ歩きにくい道をひたすら進んでいく。
さて、この世紀末の世界で『空想世界研究部』の面々が無事帰っているか、確認しに行くとするか。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。