135 救世主と呼ばれる理由
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
俺が、神を超える能力を持つに至った経緯は判明した。
だが、夢の中で見た氏澄の行動を見る限り、俺が『救世主』として呼ばれた理由がまだ判然としない。
最後にアリスが、シュトラウス夫妻――恭子の先祖(?)――の遺志実現のため、氏澄に協力を要請したことは確かなようだが。
「もう1つ聞きたい。俺はなんでこの世界の住人に『救世主』に選ばれたんだ? 俺が見てきた限り、氏澄が『救世主』らしい功績を残さず、凶悪な政治家と死闘を繰り広げた挙句、多数の犠牲者と廃墟をただ産んだだけに見えるんだけど」
「……彼奴の物語には、まだ続きがある。それはおいおいお主に見せるつもりだが、今は概略だけ話そう」
あの物語には続きがある、か。確かに、デウス・エクス・マキナは完成どころか造られてもなかったし、氏澄が元の世界に戻った場面もない。
俺が日本で生まれ育ち、魔法に関する知識もなく『救世主』として異世界に連れてこられた以上、先に述べた2つの出来事は達成されてしかるべきなはず。
一体、俺の先祖はあの後、どのような人生を歩いて来たのだろうか?
「――ぺトラスポリスが壊滅し、結局生き残ったのは、わらわ、氏澄、エルネスタ、ソティリオス、タデウシュ、ユスティナの6名だけであった。そこで、わらわは満身創痍の彼奴らをここに呼び寄せ、暫くの間面倒を見ることにした」
「ということは、俺の先祖も自分がこの世界に呼び寄せられたことをあんたから聞いたのか?
「ああ。あまりに疑いの眼差しを向けるものじゃから、説得のために異世界召喚のことも伝えておいたのじゃ」
アリスの二重人格は、氏澄にとっても怪しく映っていたようだ。
一瞬、刀で斬り殺しそうになったくらいだから、説得も相当大変だったことだろう。アリスの行動や言動に、いくらでも裏がありそうな気配を彼も感じ取ったに違いない。
「一方で、氏澄は技術者としても優秀な素質をもっておった。そこで真実を話したあと、彼奴らをもう一つの職人の街・フリューゲルスベルクに案内したのじゃ」
「フリューゲルスベルク?」
「この聖光真聖会の総本山から、北西に100キロ進んだところにある工業都市じゃな。150年前の当時も、近代的な工業都市の萌芽が見えておった」
「そして、そこで氏澄は技術者としての腕を磨いていったわけだな?」
「さよう。シュトラウス夫妻の遺志実現に意気込み、急激に腕を上げておったわ。2年経つ頃には、街の工場のみならず各国政府からの依頼も殺到し、デウス・エクス・マキナ開発用の資金もみるみるうちに貯まり、それは気持ちの良いものじゃった」
氏澄の腕はそれほど凄いものだったのか。
一方、その子孫であるはずの俺はその遺伝子だけは受け継がなかったようだ。学校の「技術」の授業でも、あまりいい成績を残せてなかったし。
戦闘能力は受け継いだんだから、技術者としての技量もそうしてほしかった。もったいない。
「一方、わらわも氏澄やタデウシュと共にデウス・エクス・マキナの人工魂(AI)の設計を行なっておったが、如何せん世界を支配する基盤となる人工知能。2人で開発するのは骨が折れる。そこで聖光真聖会の布教をユスティナと行ない、技術者の腕を持つ信者を次々と獲得し、AIの設計に関わらせることにした」
「最終的にどれほどの人間がAIの設計に関わったんだ?」
「設計は各国の支援も受けておったからの。最終的には1万人はおったかの」
「1万……! それは凄いな」
「各国政治家との折衝は、貴族の出であったソティリオスが担当しておったからの。奴の人脈は、デウス・エクス・マキナの開発に非常に有用じゃったわ」
ソティリオスの人望には脱帽するな。やはり、軍事の天才としての名声は本物だったということか。
「じゃが、AIの完成には、どうしても足りないものがあった。それは"動力源"じゃ」
「動力源?」
「世界全体の秩序を保つ一大装置じゃからの。並大抵の動力源では、そのエネルギーを賄うことは叶わん。そこで白羽の矢が立ったのが、シュトラウス夫妻の遺児エルネスタじゃ」
「え? エルネスタとAIの動力源がどう関わるっていうんだ?」
「彼女には、どういうわけか魔導石の力を何億倍にも増幅させる特殊な能力があった。よって、魔導石を新造できる妖精族であるわらわがエルネスタの能力を借りて、AIの動力源となる魔導石を完成させたのじゃ」
「なんでエルネスタがそんな能力を?」
「わからぬ。もしかしたら、"もう1人のお主"が知っておるかもの」
「え、それはどういう……」
「話を続けるぞ」
エルネスタが――恭子の先祖が能力を持つ理由を、"もう1人の俺"が知っている。つまり俺の先祖の記憶の中にある。
でも氏澄がその理由を知っているとも思えないし、ということはエルネスタ自身かシュトラウス夫妻あたりが把握しているということか。
「ちなみにAI以外のデウス・エクス・マキナの本体や端末機器、魔導機械兵の開発・製造ともなると、関係者は300万人にも上ったそうじゃ」
「さ、300万人……。本当にデウス・エクス・マキナの開発は一大プロジェクトだったんだな……」
「さよう。だが世界の平和と安定のために造られた機械の神が完成に近づいたある時、世界大戦が勃発した」
「せ、世界大戦? そんなことがあったんだ……」
「デウス・エクス・マキナが完成すれば世界の軍事バランスが一挙に変わる。それを快く思わない国々が立ち上がったということじゃ。この戦争で、タデウシュやソティリオスは妻子を残して戦死しておる」
「平和のために造った機械が平和を壊すなんて、なんて皮肉な話なんだ……」
「当時、デウス・エクス・マキナはまだ未完成。だが氏澄はそれを駆使し、多数の魔導機械兵を的確に操って戦争に勝利。まもなくデウス・エクス・マキナは完成し、『ギーメル』に平和がもたらされた。そして氏澄は『救世主』として名を挙げることになったのじゃ」
俺の先祖にそんな過酷な過去があったのか……。なんかそれで『救世主』と呼ばれても、氏澄は手放しに喜べなかっただろうな。
世界平和の過程で恩人を失い、助けた人間を失い、戦友をも失った。世間は英雄と崇めるだろうが、彼の手元には何が残ったのだろうか?
「――それで、氏澄は戦争に勝った後はどうなったんだ?」
「奴はデウス・エクス・マキナが完成した数年後、大きくなったエルネスタと結婚し、双子の兄弟をもうけた。じゃが、その直後に氏澄と双子の兄は失踪。エルネスタは英雄の妻としてシュトラウス公爵家の創始者となり、シュトラウス公国を建国するに至ったということじゃ」
「失踪? 元の世界に戻ったんじゃないのか?」
「お主が氏澄の世界で生まれ育った以上、それは間違いない。じゃが、実のところ詳しい経緯はわらわにもわからぬ。もしかしたら、デウス・エクス・マキナ開発の過程で異世界転送の方法を身に着けたのかもしれぬな。召喚から失踪まで約20年間、『ギーメル』にいたわけじゃし」
「しかし、俺は自分の親や親戚から氏澄に関する話を聞いた事がない。自分の先祖が異世界に行ってたとしたら、何かしらの言い伝えがあってもいいような……」
「これは推測じゃが、あまりに凄惨極まる過去を封印することで、『ギーメル』で起こった出来事を忘れようとしたのではないか? わらわはそう思うぞ」
言われてみれば、俺が氏澄の立場でもそうしただろうな。
実際、自分が氏澄と同様の過去を辿ったとしたら、自分の子孫に悲しみの歴史を伝えるのは躊躇するだろうし。
氏澄の子が物心つく前に『ギーメル』を離れたのは、幸いだったというほかない。
「それから150年の時を経て、『ギーメル』の住人は再び世界の危機に見舞われ、英雄の子孫たるお主に目をつけた。縁とは面白いものじゃの」
こうして、俺は自分が神を超えた能力を持ち、『救世主』と呼ばれる理由を知るに至った。
それはそれとして、俺はそもそも指令を受けて聖光真聖会に来た身。俺は彼女に求めるべきことがあったことを思い出す。
「そうだ、アリス。俺は"反乱軍"の一員として、あんたに頼みたいことがある」
「知っておる。『"反乱軍"に協力せよ』ということじゃろう?」
「え、ああ。でもなんでそれを……」
「アヤノが神託を受けて反乱軍の仲間であるお主を連れてきた時点で、既に察しはついておる。わらわは喜んでお主らに協力させてもらうぞ」
「あ、ああ。よろしく頼む」
「巫女長にも、聖光真聖会と反乱軍の同盟締結を提案するとしようかの」
快く反乱軍への協力に応じたアリス。
俺はさらに数日間、聖光真聖会の総本山で休息をとったのち、アリスとアヤノを連れて山を下りることになったのであった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。