134 神を超える能力を持つ理由
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
食事を終えた後、俺とアリスは寝室に戻った。
俺の体力がまだ完全に回復したわけではないので、寝室に敷かれた布団に再び入りながら彼女と話をしていた。
「さてと、どこから話そうかの?」
「俺の先祖に力を授けた本当の理由から、だな」
「そうであったの。じゃが、それに答える前にお主は自分の先祖・砺波松之助氏澄がなぜこの世界『ギーメル』にいたかを話そう」
言われてみれば、そもそも幕末の武士の一人に過ぎなかった氏澄が異世界にいるのは極めて不自然というほかない。
今でこそ、異世界転送用の道具として『門』が存在し、実際俺達はそれで『ギーメル』に連れてこられた。だが、夢の中に出てきた武器の性能を考えれば、150年前の技術水準で『門』が開発されていたとは思えない。一体どうやって?
すると、アリスは衝撃の事実を俺にぶつける。
「ま、答えは簡単じゃ。わらわが氏澄をこの世界に召喚した張本人じゃからな」
「……え?」
俺は呆気にとられた。
アリスが氏澄を召喚した? なんで? たしかに素の戦闘能力は確かで、武士のわりに農業や手工業関連の技術もなかなかのものだ。
でも、それだけだけの理由なら、氏澄を異世界召喚する必要はない。戦闘能力で優れるものは他にもいたし、技術分野でもアリスのそれに敵うほどの腕前ではない。
俺の疑問は、考察すればするほど深まるばかりであった。
「といっても、そもそもわらわとしては、召喚される人物が誰であろうと構わなかった。能力実験の被験者が1人欲しかっただけじゃから」
「待って。150年前の技術水準で、異世界召喚ってそんな簡単にできたのか?」
「出来る場所は限られておったが、その場所であれば当時でも異世界召喚は簡単に行えておった。例えば、この聖光真聖会の祭壇とか。門が開発されたのは、わりと最近じゃがな」
そう言えば、指令書にも聖光真聖会はデウス・エクス・マキナの統括理事会やマキナ教団の結成以前から存在していたって書かれてたな。
つまり150年前の時点で、聖光真聖会は総本山を抱えるだけのの教勢を誇っており、アリスも当時から聖光真聖会の一員だったというわけか。
「でも、誰でも構わないんだったら、わざわざ異世界から被験者を呼ぶなんて手間なんじゃ……」
俺が疑問を投げかけると、アリスは急に暗い目つきで俺に語りはじめた。
「まったく、お主は何も分かっておらぬの。この世界の人間を被験者にしたほうが、文句を言う人間がいなくて楽じゃろうが。それに祭壇上であれば、他人の身体をいじって能力を付加させるのも簡単じゃし」
「そんな……人の身体を道具みたいに扱うなんて」
「道具とは酷い表現の仕方じゃ。世界平和をもたらす英雄を呼んで協力してもらった、と言ってくれ」
「仮にそうだとしても、俺や先祖の能力が平和をもたらすとは到底思えない。むしろやってるのは無差別の破壊と殺戮ばかりだろ」
「ううむ、そこは確かにわらわの落ち度じゃな。というより種族の落ち度というべきか」
種族の落ち度? いったいどういうことなんだ?
「我ら妖精族は生れながらにして、2つの人格を持っておる。わらわで言えば、魔導機械の設計者としての人格と、幼子のような人格じゃな。さらに妖精族は2つの人格のうち片方を表に出さない状態が続くと、命を落としてしまう性質がある。よって、わらわが設計者と幼子の人格を使い分けているのは、好き好んでじゃなく、生きるのに必要だからじゃ」
「へぇ……そうだったのか」
不思議ちゃんver.のアリスにもちゃんと意味があったわけか。
しかし、彼女の言葉が本当だとすると、妖精族は全員二重人格ということになるな。今後他の妖精族と会って、人格が突然豹変することがあっても、驚いたり不思議に思う意味は無いということになる。
でも、それが当たり前でない環境で育った俺達からすれば、両極端な二重人格を前に驚かない方がおかしい。人物像がどこで180度転換するかわからないと、人として接しにくい種族だと俺は思う。
「そして妖精族が人に能力を付加する際、その影響が能力にも及ぶことが殆ど。人格の使い分けを忘れて生命の危機になることが無くなる代わりに、発動時には"もう1人の自分"が覚醒するようになるというわけじゃ」
「その影響を取り去ることはできなかったのか? 天才・アリスの力を持ってしても」
「無理じゃな、こればかりは。かと言って、我が種族以外に能力を他人にさずけることができる種族はおらぬし。神々が我ら妖精族をお造りになった時に課した代償なのかもしれぬ」
「神々か……。その言葉を聞いて思い出しだしたけど、"もう1人の俺"が言うには、俺の能力は根源を辿れば神々から授けられたものだって話してくれたんだけど、あれはどういう意味なんだ?」
「お主の能力は、本来、我が聖光真聖会が祀る神々がお造りになったもの。そしてその能力を授けられる場所は、神々のおはす世界に最も近い総本山の祭壇ただひとつ。じゃから、お主の先祖を祭壇に召喚したわけじゃ」
次から次へと繰り出される説明に、俺は頭に叩き込みながら、一生懸命ついていこうとする。
もう少し、ゆっくりペースで事情を明かしてくれると、空想世界事情に詳しくない俺にはありがたいんだが……。
「なんかまだ理解できてない部分はあるんだけどさ、考えてみれば不思議なもんだよな。先祖と同じ能力を俺が使えるなんて。だって本来、この能力は人工的に移植されたもののはずなのに」
「それは、能力を授ける際、お主の先祖・氏澄の遺伝子をいじったからじゃ」
「え? 遺伝子を……いじった?」
アリスはあっけらかんと、とんでもない事実を俺に伝える。
ちょっと待てよ。大豆やトウモロコシならともかく、人間の遺伝子組み換えってそんなことやって、俺の身体は大丈夫なのか?
まさか、氏澄って早死したりとかしてないよな……?
「妖精族をなめるな。いじったのは、能力付加に必要な最低限の分だけじゃ。別にお主の家系に連なる者の寿命は縮んでおらぬわ」
「ほっ、それを聞いて安心した」
「とにかく、わらわが氏澄に能力を授けたのは世界平和のため。デメトリオスの開発した魔導装置の破壊はそれの一環に過ぎぬ。それに簡単に死んでもらっては、能力を付加した意味がないではないか」
「そ、それもそうだよな。ははは」
俺は乾いた笑いをしながら、心の奥底ではアリスに対する疑念が沸々と湧いていた。
世界平和のためか。でも本当に平和を希求するなら、もっと穏便にそれを達成する能力を授けたほうが有益な気もするが。
俺とアリスとでは、平和に対する価値観が違うのかもしれない。夢の中での出来事もあるし、その点では、彼女は要注意人物として接した方がよさそうだ。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。