132 アリス、本性を現す
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。今回で氏澄編が終了します。
「どうやら実験はここまでのようじゃな」
突如、老人口調となったアリス。
背は低いし、顔や声も幼く、美しい青い羽もしっかり生えている。一瞬、別人と間違えたかと思ったが、どこから見てもアリス本人。彼女あまりの変貌ぶりに、氏澄は刀を抜いて警戒を強めた。
「お、お前は誰だ!」
しかし直後、刃が折れ風に乗って粉々になり、土ぼこりと共に空中を舞う。
(っ……刀に限界がきてござったか)
氏澄は使用不能となった刀をえいやと捨てる。
アリスが悪人でエルネスタを人質にとったとして、武器にならない武器では対抗しようがない。ならば最初から捨ててしまったほうが得策と氏澄は考えた。
そんな彼の心情や行動をよそに、アリスはエルネスタを近くに寝かせて改めて自己紹介をする。
「わらわの名はアリス・エンダーグ。150年に渡り、あらゆる魔導機械の設計に携わっておる」
「ひゃ、150年だと? それに、まどうきかいの設計士、にござるか?」
「さよう、この街にあった武器の一部はわらわが数年前に設計したものじゃ。ついでに言うと、ペトラスポリス城の魔導石の装置もわらわが設計に加わっておる。まさか住民の殲滅に使うなどとは思っておらんかったがのう」
「なに! なら街の崩壊にお前も加わっていたという事かっ!」
「それは違う。むしろわらわはお主に装置の発動を食い止めてもらいたかったのじゃ。あの男――デメトリオスの暴走ぶりがちと心配になっての」
「ならば、お前の申す"実験"とは何でござるか!」
氏澄は胸倉をつかみ、やりきれない感情を彼女にぶつける。マキナもコロナもワルワラも、街の住民と同じくデメトリオスに殺されてしまった。
その遠因がアリスにあるというなら、彼が激昂するのもある意味当然であった。
だが、アリスはその怒りをのらりくらりとかわす。
「そう、怒るでない。まずは落ち着かんか」
「これが落ち着けるものか! お前は街を、人の命を軽く見過ぎておる! かような状況に晒されて、拙者がどのような心持になっているかわかっておるのかぁ!」
「ならば、お主のその"能力"を上手く使えばよかったのじゃ。使い方次第ではこのような未曾有の大惨事を防げてやもしれぬのに」
「なに……?」
氏澄は疑惑の表情を浮かべた。なぜ目の前の少女――いや少女の皮を被った怪女は自分の能力を知っているのだろうか?
単純にアリスと会う直前、アナトレー修道院でエルネスタを救助した時にでも見ていたのだろうか?
だとしたら彼女の言う"実験"との関係は? 氏澄は疑問で頭がいっぱいになった。
「なぜお前がそれを?」
「当然じゃろう。なぜならお主の持っているその"能力"は、わらわが与えたものじゃからの」
「なんだと!?」
瀕死の状態に陥ると覚醒するもう一人の自分。一切の慈悲なく、自分達に仇なすものに報復する。
それを与えたのは、なんと眼前の妖精アリス・エンダーグであった。
氏澄自身、こちらの世界に来る前は例え生命の危機にあっても、「もう一人の自分が覚醒する」などということは皆無であった。
もしこちらの世界に迷い込んでから彼女に与えられたのであれば、一応の説明がつく。
「正確な記録を取るため、反乱がある程度拡大してからわらわはお主の前に現われた。偶然とはいえ、良い機会に恵まれたものじゃ。おかげで能力の覚醒度を知ることができたのじゃから」
「き、貴様ぁ……!」
「じゃが、終わったのはあくまで実験。お主にはまだまだ協力してもらわねばならぬ」
「馬鹿を申すな! お前に協力する義理がどこにあるか! 拙者を愚弄するのもいい加減にしてもらいたい!」
「愚弄? それも違う。むしろお主が引き継いだシュトラウス夫妻の遺志実現にも関係することなのじゃが」
「なに?」
怒りが増す氏澄であったが、アリスの発言にふと動きを止めさらに詳しい話を聞き出そうとする。
ところが急に背景が真っ暗になり、気づいた頃には彼らの姿や声がまったく知覚できなくなっていた――
次回も呉王夫差が執筆を担当します。