131 荒廃
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
「さて、準備は良いでござるか?」
氏澄がタデウシュとユスティナに問い掛ける。
「もちろん!」
「右に同じく」
2人も氏澄の問い掛けに首を上下に振る。
彼らがいるのは、屋上に続く扉の内側。この先には、デメトリオスがいるはず。
執務室への廊下も既に崩落し、城の全壊は目前に迫っている。もはや彼らには前進する他に選択肢はない。
タデウシュの肩には、しっかり長いロープがかけられている。デメトリオスを倒した後、それを使って脱出する手筈となっている。
そして、氏澄の両手が扉を開く。
「デメトリオス! 神妙にせよ!」
気勢をあげる氏澄。しかし彼らの前に現われたのは、信じられない光景であった。
「な……」
思わず声を漏らすタデウシュ。
彼らの足元の先には大きな床の裂け目と、互いに倒れかけた状態で支えあう2本の塔。辺りに兵士の姿は一切見当たらない。
そしてその先に目をやると、無残にも全身を斜めに切り裂かれたデメトリオスの死体があった。
「デメトリオス……」
「これほど呆気ない末路を迎えるとはな……」
1年前に政争で兄・ソティリオスを追放して以来、傍若無人な暴政を敷いたデメトリオス。
そんな彼は自らの父と妹、そして10万人以上の市民虐殺した末、誰にも見取られる事なく哀れな最期を遂げたのであった。
感慨にふける一同。しかし、氏澄が足場を伝ってデメトリオスの死体の傍らで城外の様子に目を向けると、さらに予想だにしない景色が待ち構えていた。
「……タデウシュ殿、ユスティナ殿。こちらへ参れ」
氏澄は声を震わせて、コヴァルスキ夫妻を呼ぶ。
訝しげに思った夫妻であったが、氏澄の要求通り城外の景色に目を配ると、たちまち強いショックを受けた。
「そ、そんな……こんなのって」
「街が……消えてる」
眼下に広がる建物が吹き飛んだ跡。
木端微塵に砕け、血塗れとなった人々の死体。
鉄壁の城壁は姿形もなく、周囲の森林がことごとくなぎ倒され、地面は丸見え。
地上には土ぼこりが盛大に舞い、視界がまったく塞がれた場所も。
見たところ生存者もなく、どこまでも広がる瓦礫の荒野。
彼らを待ち受けたもの。それはデメトリオスでも鎮圧軍でもなく、全てが完全に焼け野原となったぺトラスポリスの姿であった。
「な、なんで……? 僕達、あの巨大な魔導石を破壊して、滅びの交響曲を止めたはずじゃ……」
「まさか、間に合わなかったって言うのか……?」
あまりの光景に膝をついて愕然とするコヴァルスキ夫妻。ついには両手をつき、足元にぽたぽたと涙の粒を落とす。
「そうだ、エルネスタは? アリスと申すあの女子は? タデウシュ殿、ユスティナ殿、ただちに外国人街へと参ろうぞ」
「う……ううっ……ソティリオス様……」
「おお、神よ。なぜこれほどの仕打ちを我らに与えるのだ……」
「タデウシュ殿! ユスティナ殿!」
「……!」
街の殲滅に打ちひしがれる夫妻を、氏澄が一喝する!
「皆が皆、死んだと決まったわけではござらん! ソティリオス殿も、エルネスタも、アリスも! 必ずどこかに生きておる! ただちに助け出すのだ!」
氏澄の一声で、涙を必死にこらえロープを伝って城の下に降りる3人。しかし、精神的な衝撃が強すぎたのか、降りる速度はかなり遅い。
やっとの思いで下に降りると、城の正面で全身ボロボロで長い銃を杖代わりにつくソティリオスの姿があった。
「そ、ソティリオス様!」
「や……やあ、僕はなんとか大丈夫、だよ……」
ソティリオスの生存に感涙の声を上げるタデウシュ。
だがソティリオスは、バランスを崩して膝から地面に倒れ込む。
「き、君たちがここにいるってことは……魔導石は破壊できた、ようだね……」
「しばしここで休まれよ。貴公の弟君は既に物故したゆえ」
ソティリオスの体を自分の肩に乗せ、介抱する氏澄。
「そ、そうか……やはりアレを喰らって無事でいたわけはなかったか……」
「ソティリオス様、なにがあったというのですか?」
ユスティナの質問に、ソティリオスはかいつまんで状況を説明する。
「き……君たちが城内に潜入してしばらく、滅びの交響曲が発動したんだ……。光と魔力のエネルギーは、四方八方に一直線に向かって街を破壊しつくしたんだけど……そ、その一部が城の建物にも衝突したんだ……」
「すなわち、デメトリオスは自分の魔法で自らをも殺めたわけにござるな?」
「じょ、状況的にそうだと……思う」
「けど、なんで魔力の一部が城に……?」
「き、きっと……魔法発動直後に魔導石が壊されて、せ……制御を失ったからだと思うよ……」
「そうか。これで事の顛末ははっきり致した。ソティリオス殿、これ以上の会話は体に障るからしばし止めよ」
「そ、そうだね……そうするよ……」
氏澄は夫妻に命じて周囲の破片を掃除させ、そこにソティリオスを寝かせた。
ケガの手当ては夫妻が受け持つことになった。
「じゃ、じゃあ僕達がソティリオス様の治療を行なうよ」
「かたじけない。では拙者はエルネスタとアリスのもとへと参る」
氏澄は城を背に、土煙が立ち込める外国人街へと向かった。
◆◆◆◆◆
街中の建物という建物が吹き飛んだおかげか、外国人街まで一直線に辿り着いた氏澄。
砂や建物の粉で視界は悪くなっていたが、それでも必死にエルネスタとアリスの行方を探す。
すると、アナトレー広場があったと思われる場所に、エルネスタを抱えて立つアリスの姿があった。
「よ、ようやく見つけたぞ2人とも。かような惨状の中、両人とも息災であったのが何よりでござる」
2人が無事であることに安堵する氏澄は、そのまま歩いて2人に近付こうとする。
だがここでアリスは、耳にしたことがない口調で驚愕のセリフを口にする。
「――どうやら実験はここまでのようじゃな」
「……!?」
最初に出会った頃の子供っぽい口調ではなく、あきらかに年長者の話し方のアリス。
氏澄は目をギョッと見開き、広場の中央に立ちつくした。
次回の執筆も呉王夫差が担当します。