127 デメトリオス再臨
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
ぺトラスポリス城包囲を始めてから数時間後。
ソティリオスとコヴァルスキ夫妻の下に、髷を結って帯刀している“あの男”がやって来た。
「砺波松之助氏澄、ただいま参上仕ってござる」
敵の罠によってコロナとワルワラが殺害された悲劇の日から4日後。
魔力を十分に回復し、氏澄は満を持して評議会の元に馳せ参じた。
「氏澄、よく戻ってきてくれたね」
「拙者はもはや償いきれない罪を背負っている。たとえ修羅の道をなろうと、ここで歩みを止めるわけには参らん」
自分の恩人であるマキナとコロナは結局処刑され、一番の頼みの綱であったワルワラもこの世にはいない。
氏澄に残ったのは、シュトラウス夫妻の忘れ形見であるエルネスタと、ここまで一緒に戦ってくれた評議会のメンバーのみ。
恩人の娘のため、志を同じくする仲間のため、彼はひたすら刀を振るう。たとえ望まぬ結末になったとしても――
「氏澄……」
「リーダー……」
氏澄の体から出る冷徹な闘志は、周囲の人間にもひしひしと伝わっていた。
「うじすみ……とすると、彼が噂の豊瑞皇国の武人か」
一方、氏澄の名前や刀、話し方から、ソティリオスは噂の“彼”であると直感的に判断した。
氏澄も今まで全く見かけなかった遊牧民風の衣装を纏ったソティリオスの存在に気づく。
「して、ユスティナ殿。この御仁は?」
「あ、ああ。彼こそ、私達が以前脱走を手伝った軍事の天才、ソティリオス・エグザルコプロスその人だ」
「はじめまして。僕がデメトリオスの兄、ソティリオス・エグザルコプロスだ。君の活躍はコヴァルスキ夫妻から聞いていたよ。これからよろしく」
「此方こそお見知り置きを」
氏澄とソティリオスは、互いに握手と会釈をして挨拶する。
「……」
氏澄は改めてソティリオスの顔を拝もうと見上げる。
高い。自分より頭2つ分背が高い。
日本には彼のように高身長な男はほとんどいない。一体、何を食せばこれほど大柄に育つのだろうか。
氏澄は疑問に思った。
「どうしたのかな?」
「いや、何でもござらん。それより、これから如何に城を攻略致す?」
「これまでの戦いで犠牲者は10万を超えている。さすがにこれ以上死者を増やすのは得策ではないから、包囲を続けて相手が降伏するのを待つことにするよ」
「鎮圧軍は補給が一気に止まって窮地に陥っている。その作戦が一番かもしれませんね」
ぺトラスポリス城は外周3キロメートルに及ぶ巨大な城であり、1万の兵力さえあれば何年間も籠城戦を行なえる堅牢強固な城であった。
しかし、籠城戦術は外部からの補給や援軍があって成り立つもの。鎮圧軍の集団的離反の際に、食糧や物資が評議会に奪われ、防御施設を破壊されたため、実質は裸城同然。
さらに兵力は鎮圧軍3000(推定)に対し、評議会軍約10万。まともな司令官もなく、鎮圧軍の敗北は火を見るより明らかであった。
ところが、氏澄には一つある懸念があった。
「……拙者、一つ引っかかる点がござる」
「引っかかる点?」
「ソティリオス殿は勿論父君と妹君――バシレイオス殿とアタナシア殿のことは存じておるな?」
「ああ。象のように力強く温厚な父と、向日葵のように明るく可憐な妹のことを忘れた日は1日もないよ」
「実は拙者らが反逆の狼煙を挙げて以来、消息についての信頼できる情報が一切入ってきてないのだ」
「何だって?」
かつて和平交渉に関してレヴァンが漏らした内部情報では、バシレイオスとアタナシアはまだ存命であることが示唆された。
だが、そもそも和平交渉自体「その話全部嘘だから」と切り捨てた彼の言葉に、どこまで信憑性があるのかわからなかった。
結局、氏澄達が最初に処刑場に立たされて以来、2人の姿を見た事はなく、その安否が心配されていた。
「もし拙者がデメトリオスならば、バシレイオスとアタナシアを人質にとって即時撤退を要求するが」
「そんな……」
「だが、今のデメトリオスならやりかねないことだ。ここは決死隊を再度結成して御二方の救助を行うほかないか……」
包囲続行という方針を貫くなら、城内に強襲をかけるのは得策ではない。
しかも救出を兼ねて少数の兵力で城内を撹乱できるなら、一石二鳥である。
ユスティナはそれらを考慮に入れ、決死隊の結成を提案し、ソティリオスもその提案に乗る。
「わかった。ただちに志願者を集めるとしよう」
そして、ソティリオスが号令を掛けようとしたその時。
「――その必要はない!」
城の上方から、若さと威厳を兼ね備えた男の声が彼らの耳に飛び込んできた。
「だ、誰だ! 姿を見せろ! ぺトラスポリスの悪魔どもめ!」
「そうだそうだ! 史上最悪の卑劣漢どもめ!」
男の声が発せられたと思われる城の主塔前に飛び交う罵声。外国系でない住民からも怨嗟の声が発せられる。
だが直後、怨嗟の声は突然静まり返った。
なんと、主塔の窓から血塗れのグロテスクな死体が2つ、槍で貫かれた状態で吊るされたからである。
「お、おい……なんだよあれ……」
「待て。もしかして、あの槍で貫かれたのって……」
吊るされた死体に、動揺を隠せない評議会。1体は男性貴族用のコートを羽織り、もう1体は純白のワンピースを着ている。
そして、一部の人間はその死体が着ている服装を見て、それが誰の死体なのかを察知した。
「まさか……バシレイオス様と……アタナシア、様……?」
よく見ると、貴族のコートを羽織った死体は老齢の痩せ細った男性、ワンピースを着用している死体は小さな体つきの女の子。
それがぺトラスポリス城の内部から吊るされたとなれば、結論は明らかであった。
「そんな……そんなことって……」
悲しみに暮れるぺトラスポリスの住民。罵声の代わりに、城の前の広場では涙を流して嘆く声や鼻をすする音が響き渡っていた。
そして追い打ちをかけるように、主塔の前にバイオリンを持った1人の貴族の男が登場する。
「あいつは……!」
「ようこそ、愚かな民草ども」
顔は酷く歪み、口の周りには血液が大量に付着している。さらに愛用のバイオリンまで付いてきたとあれば、該当する人物は1人しかいない。
「私こそ、先代領主に変わってこの街を治めることになったデメトリオス・エグザルコプロスである。さあ皆の者! 私に跪き、私の血肉となれ!」
敬愛する領主とその娘を失い絶望の淵に立たされた民衆に向かって、デメトリオスは高らかに宣言した。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。