124 残酷な現実
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
だが現実はあまりに残酷であった。
停戦から2日後、各方面からの援軍中止を求める使者の準備を進めていた時の事だった。
「氏澄様、鎮圧軍側から和睦成立の式典に出席してほしいとの要請が」
「式典、にござるか?」
政権側からの突然のお誘い。だが和睦自体は、先日の書類に対する署名を以て成立したはず。
式典を開くなら、そこで正式な停戦を迎えるのが筋と言うものであった。
「どう思う氏澄? この要請、何か裏がある気がするんだけど……」
「されど、長として出席せずにはいられまい。断れば拙者らを待ち受けるは“死”あるのみ。それにコロナ殿の身の為にも」
「そうね……」
しかし厭戦ムード漂う民衆を安んずる為には、式典出席は不可欠。氏澄とワルワラは直ちに身支度を整え、エルネスタをアリスに預けて外国人街を後にした。
◆◆◆◆◆
鎮圧軍兵士に先導されながら、氏澄達はぺトラスポリス城前の広場に向かっていた。兵士曰く、和平式典はその広場に用意された壇上で行われるとのこと。
「結局、コヴァルスキ夫妻を派遣した意味、無かったわね」
「致し方ござらん。斯様に早く和平を結ぶことになろうとは、誰も予想できん。それに鎮圧軍の攻撃、並の兵では太刀打ちできん」
「さすがに去年の戦いを経て対策はしているでしょうけど、戦力に差があるのは否めないわね……」
援軍要請から1週間。依然、何の音沙汰もないトラボクライナ軍。
国境とぺトラスポリスまでは片道4日。伏兵や罠の可能性がある行軍時はさらに時間が掛かるため、特段彼らの進軍が遅い訳ではなかった。
そもそも、国境付近は今や広大な地雷原。それを発見したとなれば、大きく迂回して向かっている可能性も考えられた。
けれどもその援軍も、もはや無用の長物。彼らと共に鎮圧軍と矛を交える必要もなくなった。氏澄はそう思っていた。
――だが、その幻想はあっさり打ち砕かれることになる。
「……!?」
案内されたのは、かつて自分達が立たされた処刑場。和平式典を行う壇も飾り付けもないどころか、周囲に観衆の姿も一切見当たらない。
代わりにあるのは、大勢の鎮圧軍兵士が彼らを取り囲み、処刑台には縄で縛られ正座させられるコロナと、重量感のある大きな黒い筒を持ったレヴァンの姿。彼らの周りには、レヴァンと同じ筒を持った多くの兵士が待機している。
会場警備と呼ぶには、あまりに仰々しい態勢であった。
「よう、待ってたぜ2人とも」
「レヴァン殿……これは一体? とても式典の場には思えぬのだが……」
「いや、式典の場だぜ。ただ和平式典じゃなく、処刑式典だがな」
「何だって!?」
レヴァンの思いもよらぬ台詞に、瞳孔が開き心拍数が急上昇する氏澄。間髪入れず、周囲の兵士達は氏澄達を標的に一斉に銃を構える。
さらに処刑台の上では、レヴァンの指示で筒の砲身が全てコロナに向けられていた。
「ちょっと……悪い冗談はやめてください……」
「あ? 冗談も何も、おめえらは元々死刑囚じゃねえか。単純にそこの東方人のせいで、予定より刑の執行が遅くなっただけだ」
「話が違うではないか! コロナ殿とキリロス殿の身柄を渡せば、手出ししないのではなかったのか!? そもそも和平を結ぼうと申したのは貴公らではないか! デメトリオスを追放し、街の平和を取り戻すのではなかったのか……?」
しれっと約束を反故にするレヴァンを指差し、激しい憤りと怒号をぶつける氏澄。しかし彼は何食わぬ顔で「ああ、その話全部嘘だから」と切り返す。
「今までの出来事は、おめえらを孤立化して確実に殺せる状況を作るため。周囲に瓦礫があると隠れられちまいそうだからな。そこで、瓦礫も障害物もないこの処刑場におびき寄せたってわけだ」
「なっ……」
「ついでに言うと書類も全部偽物。偽り約束なら守る義務はねえよな。そうですよね? キリロス様」
言い訳にすらなっていない勝手な理屈を並べ、後ろ目に処刑を正当化するレヴァン。
それと呼応するように、処刑台の裏口から人質であるはずのキリロスが登場。意外な人物の出現に、氏澄達は言葉を失い彼の方を向いた。
「いかにも。偽りの約束など、神が許し給うはずもありません。その約束を履行することは、大いなる罪にございます」
「何を申されるか、キリロス殿!」
評議会にいた時と違い、完全にデメトリオスや鎮圧軍に加担する発言をするキリロス。
反乱開始当初から疑いの眼差しを向けられてはいたが、ここに来てついに本性を現す形となった。
「キリロス……ついに裏切ったわね」
「裏切った? それは心外ですな。評議会こそデメトリオス様をはじめ領主一族を裏切った大罪人でしょう。その罪は死を以て償うのが道理かと」
「ま、おめえらのおかげでキリロス様の民衆扇動もスムーズにいったってわけだ。異民族を殲滅する口実ができて助かったぜ。けけけけけけけけっ」
「そんな……ここにきて、そんな仕打ちって……」
「この……卑怯者がぁ!」
老獪な笑みを浮かべ、氏澄達を見下すキリロス。大きく口を開き、腹の底から邪悪な笑い声をあげるレヴァン。デメトリオスの政治目的を果たすべく、反乱開始当初から彼らはグルであった。
コロナとワルワラは完全に絶望しきった昏い眼差しで石畳の床を見つめ、歯軋りする氏澄は2人に罵倒の言葉を浴びせる。
「さて、筒に火をつけてっと」
「いや、やめて……お願い、やめて……。私には娘が……」
だがそれに構うことなく、レヴァンはコロナに卑猥な眼差しを向けながら、黒い筒に火をつけ発射準備を進める。
「ワルワラ殿、コロナ殿は無事で済むでござろうか……?」
「無理ね……。あたしがコロナに渡したのは、一方向からの攻撃を防ぐ防御用魔導石1個だけ。あれだけの兵器を八方から向けられたら、守る術は何もないわ……」
「何と……無念……」
万事休す。逃げ道の無い状態を目前に、氏澄も虚ろな目つきで半円状に整然と並ぶ兵士達を眺めるばかり。
そしてついに、レヴァンは氷のような冷酷な声で兵士達に執行命令を下した。
「全軍、全火力を3人に浴びせろ。それで――終わりだ」
次の瞬間、黒い筒から灼熱の炎が放射され、コロナの体を無残に焼き尽くす。彼女は天にも轟く悲鳴を上げるが、助ける者は皆無であり、間をおかずに彼女の体は炭と化していった。
一方、兵士達の銃口からも一斉に銃弾が放たれ、四方八方から氏澄とワルワラに命中。特にワルワラは銃弾を大量に浴び、一瞬にして体の原型を失って粉々となった。
「アッハッハッハッハ! 見ろ、これが反逆者の末路だ! アーハッハッハッハ!」
「全く、自分の正体も見抜けなかったとは、愚かで哀れな子羊共でしたな。ハハハッ」
残虐に高笑うレヴァンと、高みから処刑の様子をほくそ笑むキリロス。この世の地獄を宴のように楽しみながら、天国のような優越感と多幸感に浸っていた。
だが彼らの束の間の幸福は、呆気なく幕を閉じることとなる。
「さてと、これでデメトリオス様に良い報告が出来……ッ!?」
凄惨な光景に満足し、後ろに回ってぺトラスポリス城に入ろうとするレヴァン。だが一本の刀が背後から心臓を貫き、笑顔は一瞬で苦悶の表情と化す。
「ぐはっ……」
口から大量に吐血し、手で体を支える間もなく前のめりに倒れるレヴァン。その後ろには、背中から無言で刀を引き抜く青白い光を纏った人の姿が。
「まさか……そんなはずでは……」
余裕綽々の笑顔から一転、血の気が引いて顔が青ざめるキリロス。レヴァンを瞬時に刺殺し、颯爽と目の前に現れたのは――
『善の心を持たぬ非道の者に、地獄の苦しみを与えん。……トート・シュメルツ』
抜き身の刀を持った覚醒状態の氏澄であった。
「何故、あの銃弾の嵐から生き残れたのですか……? あの小娘ですら肉塊が四散したというのに……」
キリロスも、事前に覚醒状態に入った氏澄の戦闘力は知っていた。そのため、今回のように覚醒する隙も与えない絨毯射撃を浴びせ、確実に殺害しようと企んでいた。
事実、コロナもワルワラも鎮圧軍の圧倒的火力を前に数秒で落命。ところが氏澄の能力は、彼らの予想をはるかに超越していた。
「み、皆の者! この者に、もう一度正義の鉄槌を……」
『討滅』
「……ぬおっ……」
もはや自らの意思を持たない氏澄を前に、声と全身を震わせながら兵士達に命令を下すキリロス。
だが間髪入れず、氏澄の刀は彼の胴体を横一線に切り裂き、命を狩りとる。
その様子に、一部始終を目撃した鎮圧軍の大半が浮足立った。
「やべえ……。レヴァン様とキリロス様が、あんなことに……」
「うろたえるな! 所詮、彼奴も人の子! 全員で束になってかかれば、恐れることはな……」
『悪魔に魂を売りし者達に償いを。……グラオザーム・シュトラーフェ』
「うわあああああ!?」
士気が一気に低下し、逃亡が相次ぐ鎮圧軍兵士。なんとか戦意を保とうと鼓舞する者もいたが、他の者とは一線を画す氏澄の武勇にに敵う者はなく、5000人以上の兵士が犠牲となる。
間もなく青白い光が消え、魔力を使い果たした氏澄は、手足をふらつかせながら処刑場の隅に倒れ込んだのであった。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。