123 交渉を巡る衝突と和解
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「これはこれは、意外な方のお出ましにございますな」
氏澄達のいる建物に到着すると、そこではコロナに代わってキリロスが氏澄とワルワラの治療を行っていた。
治療中の2人は、疲労と負傷を癒すため床の上でぐっすりと眠っている。体にはキリロスの上着が掛けられていた。
一方のキリロスは、招かれざる客が唐突に姿を現したことに、眉を若干動かすほかは平然とした態度をとっていた。
「お久しぶりですキリロス様。昨年の戦勝式典以来ですな。やはり民衆第一の姿勢は今もお変わりなく……」
レヴァンは跪いてキリロスに対する敬意と服従の意を示す。
「レヴァン殿、今日はその話をしに来たわけではありますまい。一体、何用でございますかな」
だがキリロスも、その態度を額面通り受け取ることなく用件を早く伝えるよう促す。
「実はこの度、鎮圧軍と評議会との間で和平を結びに来た次第で」
「和平、ですかな?」
「キリロス様の事ですから、外国人と言えど見捨てることが出来ず評議会に与したのでしょう。だが現在の戦況を見る限り、このまま戦い続けても双方の犠牲が増えるばかり。街の平和を取り戻すためにも、是非とも和平に応じてくれますかな?」
「……ふむ」
レヴァンの言葉に、顎に手を当てて明後日の方向を向きながら悩むキリロス。終始唸り声を上げながら、真剣に考える素振りを示す。
「……わかりました。これ以上、民を血みどろの争いで泣かせる訳には参りません。レヴァン殿のお話、しかと受け止めましたぞ」
「賢明なる判断、感謝致します。つきましては、キリロス様とこちらのお嬢さんの身柄をこちらに渡していただけますかな?」
「やむを得ませぬな。しかしそれは、評議会の長たる氏澄様が回復してからでもよろしいですかな? 和睦には双方の代表が立ち会ってこそなので」
「構いませんぞ。その代わり、治療にはこのレヴァン・アンドレウの監視がつきますが」
「致し方ありませんな」
少し返答に時間が掛かる部分もあったが、氏澄のいないところで和睦の段取りは着々と進んでいく。レヴァンも側近に、各地で外国人虐殺を続ける兵士達に停戦命令を伝えるよう命ずる。
普通、和平交渉には数日から数か月以上はかかるものだが、半日かからずに終わる雰囲気にコロナの表情はどこか浮かない。
「アリスさん、なんかおかしくありませんか? 確かに停戦が早まるのは助かりますが、氏澄さんの見てないところで、キリロスさんと参謀長さんだけで話が進むなんて……」
「おー。アリスもおかしいとおもうぞー。」
「ですよね。この交渉、何か陰謀めいたようなものを感じます」
元々、コロナやワルワラはキリロスを怪しい人物だとマークしていた。理由不明であることは変わりないが、ここにきて彼に対する疑念はますます深まっていった。
だがコロナが口を挟める状態ではなく、レヴァン監視の下で氏澄とワルワラの治療は続けられることになった。
◆◆◆◆◆
「血迷われたかキリロス殿! 拙者が眠っている間に、勝手に和睦を結ぶとは何事にござるか!」
氏澄は大声で一喝した。
1日が経過し、ようやく魔力虚脱状態から回復した氏澄。ところが鎮圧軍との戦いに向かおうとした矢先、突如和平交渉のことを聞かされ怒りをあらわにした。
「氏澄様、落ち着いてくだされ。この先、いくら争いを続けてもデメトリオス様を倒すこと叶わず、むしろ民の亡骸が積み上げられていくのみ。評議会の一員として、民を苦しめるのはいかがなものかと」
「だから拙者が1人で敵を討つと申したのだ! そもそもトラボクライナへの援軍要請はどうするおつもりか! それらを考慮せず、貴公の一存で勝手に決めるなど……」
「もう俺様達は住民に手出ししねえって言ってるじゃねえか。街の再建も手伝うんだ、文句はねえだろ」
「その為にキリロス殿のみならず、女子まで人質に取るとは言語道断! どうしてもと申すなら、この場で拙者と決闘を……」
興奮のあまり、刀に手をかけレヴァンに決闘を申し込む氏澄。だがその横にいたワルワラが「待って氏澄」と言って彼を制止し、レヴァンに聞こえないようにそっと耳打ちした。
(キミに秘められた力、確かに凄いと思うわ。1人で城門を制圧するぐらいだし、彼らに対する有力な武器ではあるわ)
(左様。だからこの力で鎮圧軍を追い返し……)
(でもキミの力、爆発力はあるけと何時間も継続して使える訳じゃない。一度魔力虚脱状態になったら回復に時間はかかるし、とても住民を1人で守れる力とは呼べない。トラボクライナからの援軍の気配はないし、ここは素直に和睦したほうが得策よ)
氏澄を説得しようと、あれこれ現状を再確認させるワルワラ。すると氏澄は、娘を抱っこして笑みを浮かべるコロナに目を向けた。
(されど、それではコロナ殿の身が危のうござる)
(馬鹿ね。あたしがそんなこと考えてないと思う? ちゃんと手は打ってあるわよ)
(なんと?)
「何をコソコソ話してやがんだ?」
2人の様子を怪しんだレヴァンが彼らに話しかける。氏澄は慌てて表情を取り繕うが、ワルワラは微笑みながら「ま、ちょっとね」と言って冷静に彼のほうを向く。
「……相分かり申したレヴァン殿。早速、この場で和平を結ぼうぞ」
「それはありがてえ。じゃあ、この講和文章の紙に拇印をサインしてくれ」
そう言ってレヴァンが懐から取り出したのは、厚さ数センチはある紙の束。講和文章と言うだけあって、長文が幾つも並べられてあった。
けれど氏澄は構うことなく、黙って瓦礫の台に置かれた紙に自分の名前をスラスラと書く。
この世界に来た当初は漢字や仮名しか書けなかった彼だったが、数か月の時を経てこちらの文字で自分の名前を表記できるようになっていた。
「どれどれ……砺波松之助氏澄……と。サインは確認したぜ。これで和睦成立だな」
「もし約束を違えば、貴公と鎮圧軍兵士の命はないでござる」
「わかったわかった、約束するぜ。じゃ、キリロス様とお嬢ちゃんの身柄を預からせてもらおうか」
レヴァンの指示で氏澄は渋々コロナの元に近づき、時が来たことを伝える。
「コロナ殿。再会早々心苦しいが、別れの時にござる」
「はい。暫く娘や氏澄さん達と会えなくなるのは寂しいですが……」
「仕方ござらん。戦乱の世に人質はつきもの。それにこれは今生の別れではござらん。マキナ殿の遺志を成就するため、互いに力を尽くそうぞ」
「はい。ワルワラさん、アリスさん、そして氏澄さん。どうか娘の事をよろしくお願いします」
コロナの腕からエルネスタの体を渡される氏澄。エルネスタは状況を把握できていないのか、氏澄の腕の中で朗らかに笑う。
母親も娘との別れを惜しむことなく、悲壮感を覚えさせない柔らかで明るい表情を浮かべる。
「おー。まかせとけー」
「コロナも元気でね」
「貴公の無事をお祈り申す」
手を振りコロナを見送る3人。
その後、コロナとキリロスは鎮圧軍が用意した馬車に乗り込み、彼らとともにぺトラスポリス城へと向かう。再開の日が来ることを信じて……。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。