121 最後の希望
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
「して、コロナ殿。娘のエルネスタはどこにござるか?」
壁が壊れ、外が丸見えの灰色の建物。その中をいくら見回せど、コロナの娘エルネスタの姿は無かった。
「わかりません……。修道院のほうも、あの光線で破壊されて……」
「何?」
質問にむせび泣きながら、やっと答えるコロナ。娘の遺体を見たわけでは無さそうだったが、彼女の声から絶望的状況がうかがえる。
氏澄も彼女の様子を察し、それ以上問いただすことは無かった。
「私達、もうお終いなのでしょうか……」
救いようの無い報せが続き、コロナは顔をボロボロの服の中に埋める。弱弱しい声だけが、皆の耳元に届く。キリロスは「望みを失ってはなりませんぞ」と励ますも、顔を上げることなくひたすら泣き続ける。
キリロスの背後にいたワルワラも無きやんだものの、体育座りで茫然としながら何の言葉も発しない。もはや、心この世にあらずの様子であった。
割れた窓の外からは、馬蹄の音と銃声、悲鳴が轟き、建物が破壊される音が鳴り響く。氏澄自身、覚醒して力を使い果たし立てない状態だったが、外国人街消滅のカウントダウンが近づく様子を肌で感じ取っていた。
「皆の者、希望を捨ててはなりませぬ。ここは再起を図るために、今一度城壁の外に……」
もはや評議会に勝ち目はない。キリロスはぺトラスポリスを脱出し、別の街への避難を促す。今は勝てずとも、将来のデメトリオス打倒を夢見て。
「否。拙者はこの街に残る」
だが氏澄は、頑としてその場から動こうとしなかった。
「何を仰りますか氏澄様。このままでは貴方だけでなく、この場にいる全員が鎮圧軍の手にかかってしまうのですぞ」
「おー。アリスといっしょににげよ?」
「断る」
キリロスやアリスが手を伸ばしたり、必死に担ごうとしても、脚の筋肉を使って踏ん張り移動を拒む。
「おー。ごうじょうはよくないぞー」
「何故、貴方はこの街をお離れにならないのですか? 長がおらねば、誰が評議会を動かすというのですか……」
すると氏澄は突き破る勢いで床を叩き、キリロスのほうを向いて「戯れ言を申すな!」と一喝した。
「生き残った民を救えずに、何が長にござるか! 拙者は決してこの場を動かん! 残りの民を全て救出するまではな」
鋭い眼光で、2人に反発する氏澄。その目は、単なる使命感を越えた何かを見据えているようだった。
「民が虐殺された責めは拙者が背負う。キリロス殿、刀を持ってきてくれ」
「何をするつもりですかな?」
「1人で敵を滅ぼす」
「な……!?」
無謀を通り越して、支離滅裂な決意を語る氏澄。依然15000人以上の兵力を誇る鎮圧軍を1人で滅ぼそうなど、正気の沙汰とは思えない。
コロナとワルワラも氏澄を哀れな顔つきで見ていた。
「……キミの苦しみはよくわかる。マキナや住民を殺されて、気がおかしくなったのもわかる。でも、発言には現実性を考えたほうが」
「勝算はござる」
「……は?」
完全にキョトン顔のワルワラ。コロナとキリロスも、お互いに顔を見合わせながら首をかしげる。
そんな中、アリスただ1人がニコッと笑って不敵な面構えをしていた。
「ワルワラ殿、どうやら拙者のあの力は死の間際に発動するようにござる。斬首寸前でデメトリオスを襲った時も、門前の敵を1人で成敗した時も、あの青白い光が発せられた。それらに共通していたのは、拙者が害せられる寸前にござった時」
「つまり、どういうことよ……」
「拙者が敵陣に突っ込むことで敢えて瀕死の状態を作り、覚醒に至る。あとはもう1人の拙者に任せればよい」
死刑執行人を蹴散らし、鎮圧軍部隊をまるまる1つ壊滅させた力。自分が制御できるわけでは無いが、それを使えば前線で戦う兵士は一気に減り、民の犠牲も少しは抑えられる。氏澄はそう考えていた。
「ちょっと……自分が何を言ってるのかわかってるのですか……?」
「そもそも民が拙者を長にしたのは、その力があったからにござる。座して民の死に様をこれ以上見る訳にはいかん。あとは拙者の手で彼奴らを冥府に送ろうぞ」
氏澄は悟ったような澄んだ目をしながら、他の4人の方を向いて淡々と語った。そこに自らの生の未練は一切感じられない。まさに仏の境地に達しているようにも見えた。
「わかりました。氏澄さんの意思を尊重しましょう」
「コロナ?」
「コロナ様、よろしいのですかな?」
「ええ。氏澄さんは私達最後の希望です。その方の言うことに、私達が反対する理由はありません。夫や娘に喜んでもらえる世を作るためには、氏澄さんの力が必要なのです」
娘のことが気がかりではあったが、コロナもこの街で果てる覚悟を決め、氏澄に従うことを決めた。
「ただ、今の氏澄さんの体は魔力虚脱状態です。恐らくあの力を発動できるようになるには、1、2日ほどかかるでしょう。それまでは私達が氏澄さんを守ります」
「……誠にかたじけない。よろしくお頼み申す」
「コロナ……」
氏澄を守る決意を表明したコロナ。その美しくも悲しい表情が、現場の悲壮感を際立たせていた。
「……ふふ」
一方、アリスは誰も見ていないところで、1人微かな声で笑っていた。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。