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夢を抱く少年 先達の軌跡 Glorious Feats (再投稿版)  作者: 磯別学園高校『空想世界研究部』なろう支部
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120 妖精アリスと出会う

 今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。

 血の池に浮かぶ大量の甲冑。打ち捨てられた夥しい数の槍や銃。ヘリオス門は死臭に包まれていた。

 その中、青く輝く侍は赤く汚れた虚ろな顔で転がる甲冑を見下ろしながら、静かに城壁の上に立っていた。


『討滅、完了』


 大量の瓦礫と死体で埋め尽くされた街、ぺトラスポリス。城壁の内側にも外側にも氏澄以外の生存者は見えず、まさに世界の終末と呼ぶべき様相を呈していた。


「っ……」


 間もなく、青白い光は急速に消滅。氏澄の体は一気に力を失い、そのまま血の池に倒れたのであった。



 ◆◆◆◆◆



「……さん、……すみさん」


 暗闇の世界、氏澄は何処とも知れぬ場所から女性の声が聞こえるのを感じた。それも、自分を叩き起こさんばかりの強く、懐かしい声が。

 氏澄は「ううん……」と唸りながら、徐に瞼を開いた。


「う、氏澄さん……。良かった、生きて帰ってこられたのですね……」


 視界が開けると、灰色の石でできた天井とともにコロナの顔が現れた。彼女の顔は土埃や傷で汚れていたが、それよりも氏澄の回復を純粋に喜ぶ嬉し泣きの笑顔が印象的であった。

 コロナはそのまま氏澄の体を自分の方に寄せ、ギュッと抱きしめた。


「なっ……?」


「あったかい……氏澄さんの温もりが伝わってきます」


「こ、コロナ殿。夫以外の男に抱き着くなど、貞操によろしくない……」


 鎮圧軍の攻撃で壊れ、壁一面が吹き抜けと化した建物の一角。

 風が通り抜けていく中、不意に頬を赤らめて体をジタバタさせる氏澄。女性に抱かれた経験がなく、今は亡きマキナを引き合いに出し平常心を保とうと試みる。

 けれど、コロナはさらに強く体に引きつけて離さない。


「堅苦しいこと言わないで。私は氏澄さんの回復を待って、一生懸命介抱したのですから」


「そ、そうにござるな。かたじけない」


 最初は抵抗した氏澄であったが、コロナの優しさを感じ取ったのか抵抗をやめ、彼も彼女の体を抱きしめる。

 氏澄もコロナの体温に触れることで、「生きた心地」に感謝しながら浸っていた。




「――おー。めがさめたさめたー。ぱちぱちぱちぱち」


「……!?」


 すると2人の傍から、今度は幼女の声と拍手が耳に入る。訝しげに思った氏澄は、コロナを抱きしめた腕を離し、声のした方角に警戒心を向ける。


「何奴!?」


 コロナの背後にいる声の主。それは水色の髪をした背の低い少女。背中からは蝶のような水色の羽を生やし、その容姿はまさしく妖精そのものであった。

 一方、少女は子どものような無邪気な笑みを浮かべながら、2人に向かって拍手していた。


「面妖な……魑魅魍魎の類か? ならばこの場で斬らねばなら……」


「待ってください、氏澄さん! 氏澄さんをここに運んでくれたのは、この女の子なのですよ?」


「何と……?」


 刀を探そうと立ち上がる氏澄。だがコロナの証言を受け、半信半疑に思いながらも動きを止めた。


「コロナ殿。この幼子は何者にござるか?」


「さあ……私にもわかりません。ただ、姿の特徴から考え、この子は妖精族(フェアリー)だと思います」


「ふぇありぃ、とは何にござるか?」


「この子のような美しい羽と、人間より遥かに長い寿命を持った種族です。人間に対する害意をあまり持たず、一説には、魔法を発動させるのに必要な魔導石を作る力があるとも」


 不思議な力を秘めた存在。最初は警戒心を持っていた氏澄も、人間に対する害意が無いと聞き、興味を持ち始め少女をじっと見つめる。


「お-、アリスのことおぼえてないよね。このまえ(・・・・)おにいちゃんをたすけたとき、おにいちゃん、めをさまさなかったんだもん」


「この前も、にござるか?」


 少女はさも当たり前のようにそう語るが、氏澄は思い当たる節を見つけられず、顎に手をあてて考え込む。だが幾ら記憶を辿ろうとも、目の前の妖精に会った記憶は無い。

 一つ言えるのは、この羽の生えた幼気な少女に2度も助けられたということだった。


「おー、アリス、ほんとうはアリス・エンダーグっていうんだよ。よろしくねー」


「アリス殿、と申すか。拙者の名は砺波松之助氏澄と申す。此度の恩、必ずや貴公に報いてみせようぞ」


「おー、なんかむずかしいなまえー」


 氏澄を助けた妖精――アリス・エンダーグ。見た目と話し方こそ幼いが、この時既に150歳を越える長命と、それに見合った知識を誇っていた。だが周りの者はこの事実を知らない。

 ましてや彼女が、後にデウス・エクス・マキナの人造魂(AI)を作るほどの腕前を持った設計士であることなど、誰が想像できたのであろうか。




「……これはこれは氏澄様。ご無事でおられましたか」


「……よく、生きて帰ってこれたのね」


 氏澄とコロナがアリスと会話していると、消滅した壁の方角から、大きな髭の修道士と、その修道士に背負われた赤髪の女性が出現した。

 それはキリロスとワルワラ。これまで安否不明であったが、キリロスはほぼ無傷で氏澄の元に帰ってきた。

 一方のワルワラは、膝から下を全て失い、欠損箇所は包帯で巻かれている状態。誰か背負ってくれる人が無ければ、どこにも移動できない様子であった。


「キリロス殿も、無事で何よりにござる」


「自分は評議会の皆様とともにあります。救いを求める子羊を置いて、先に天に召されるわけにはいきません。かの鎮圧軍の強大な攻撃魔法も、防御魔法(シールド)を張ってなんとか防ぐことが出来ました」


「ワルワラさん、その脚は……?」


「あたしは修道士さんと違って、防御魔法(シールド)なんて使えなくって。惨めにも、あの出鱈目で滅茶苦茶な光線に吹っ飛ばされたのよ」


 半ばやけになりながら状況説明をするワルワラ。しかしすぐに暗い表情になって、己の情けなさを嘆ぐ。


「あーあー、あたしもとうとう終わりかしら。足が無いんじゃ、皆と一緒に前線に立てないのにね……」


 そう言って目を潤わせ、涙を流すワルワラ。彼女にとっては、足を失ったことよりも前線でぺトラスポリス解放のために戦えないことのほうが辛かった。


「ワルワラさん……」


「コロナ殿、ここはそっと1人にしておくのが人情にござる。それよりキリロス殿、戦況は把握してござろうか?」


「それが、あまりに被害が大き過ぎるため、自分達の力だけでは情報を集めきれておりません。遺体は掘れば掘るほど見つかり、死者数の把握には至っておりません」


「そうか……それほど犠牲は甚大なものにござったか」

 

「損壊した建築物も数知れず、街は完全に機能不全。また、評議会の構成員を中心に、城壁外への逃亡者も相次いでいるとも聞き及んでおります。自分達の推定では、外国人街の住民は2万人を切ったとか」


 次々と伝えられる悲報。どれも耳に入れるだけで気が狂いかねない情報であったが、評議会の中枢を担う者として避け通れるものではない。

 氏澄は顔を強張らせながら、キリロスの話に耐えるほか無かった。


「何しろ相手は“異民族虐殺法”を盾に殺人狂と化した連中。従っても逆らっても殺されるなら、逃亡もやむを得ませんな。しかし逃亡しても、先に待ち受けるは飢餓と鎮圧軍の魔の手。見つかれば勿論殺され、脱出に成功したとしても食糧確保が困難なため、餓死の危機に陥ります」


「……鎮圧軍の動向は?」


「街中至る所をうろついておりますな。自分達も彼らの目を最大限警戒しながら、ここまで来たのですから」


「光線の巻き添えで亡くなった兵士はいなかったのですか?」


「いえ、ほぼ無傷でしたな。何しろ鎮圧軍の強さの秘訣は、練度が高く実戦経験が豊富だからだけではありません。魔法に対する素質の高さが、それを支えているのです。恐らく自分のように防御魔法(シールド)を展開してやり過ごしたのでしょう」


「……」


 力の不均衡がもたらした一方的な殺戮劇。徹底的に壊しつくされた外国人街にはペンペン草1つ生えない。

 

 かつて生前のマキナは、世界中の人々の力が平均化されれば争いが無くなると語っていた。そして今、氏澄はその真意をようやく理解するに至ったのだった。

 次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。

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