119 氏澄、2度目の覚醒
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「これは……」
肉塊とも呼べぬ赤と緑の液体と化した隊員。氏澄は最初、それを味方の死体だと認識にする事が出来ずにいた。
だが傍に横たわる武器を見て、それらが隊員の死体だと理解せざるを得なかった。
街も光線の威力を前に、道路の石畳は下の土がむき出しになるほど抉れ、建物は大半が原型を留めない瓦礫の集まりと化していた。外国系住民の多くが攻撃の巻き添えで犠牲になったのは、想像に難くない。
「……貴公らに問おう。なぜ斯様に民を虐げ、街を尽く破却できる? 貴公らは街を、そして民を守るべき立場ではござらんのか……?」
軍も衛兵も、本来は街の治安を守るために存在するもの。領主に反逆したとはいえ、住民を徹底的に痛めつける鎮圧軍の姿勢を氏澄は疑っていた。
すると小隊長らしき男が、惨たらしい破壊劇に関する驚愕の裏側を彼に告げる。
「――つい先日、デメトリオス様の下で『異民族虐殺法』が制定されたのでな。つまり外国人と外国系住民に対する大量虐殺と破壊は“合法”となったのだよ」
「なっ……!?」
「勿論、俺らとしても破壊欲と略奪衝動を満たせて万々歳だ」
身の毛もよだつ法律に、疑問を持つどころか笑顔で歓迎さえする鎮圧軍。民を守る手段も、彼らにとっては歪んだ欲を満たす玩具に過ぎない。
人間の生存権を一切認めない悪法があっさり制定・施行される政治と権力濫用の無秩序ぶりに、氏澄は恐怖さえ感じた。
「ああ、あと貴様らが呼んだ援軍だが、東方諸都市のものは輜重兵を皆殺しのうえ略奪し、北方のトラボクライナ軍に対しては地雷型魔導石を埋めておいた。武に長けたソティリオスが兵を率いて来ようと、地雷の前に皆地獄行き。貴様らは孤立無援ということだ」
「な……」
キリロスやワルワラと相談して実行した大策。それらも鎮圧軍の武力と計略の前には全て水泡。評議会はついに打つ手が無くなり、八方塞がりの様相を呈していた。
「さて、次は貴様の番だ、砺波松之助氏澄。肉体を磨り潰し、哀れな魂を地獄に送ってくれる」
部下と街の変わり果てた姿、そして絶望的な状況に茫然とする氏澄。
鎮圧軍兵士は再び天空に魔法陣を形成し、頭上から止めの一撃を直下の武士に叩きつけようと杖を掲げて呪文を唱える。呪文に呼応するように、杖の持ち手に取り付けられた魔導石も妖しく輝く。
一方の氏澄もそれまでの強気の態度を保てなくなり、石畳の道路に手をついて自らの運命を悟った。
(拙者もここまでか……無念。民の為に謀反を起こしてみたが、結局は民の多くが死に絶えてしもうた。この責は長たる拙者が負おうぞ)
そして氏澄は道路の上で胡坐をかき、腰の鞘から刀を取り出した。
「……何をする気だ?」
「腹を切る。もはや拙者らの敗北は明白。そもそも拙者は刑場で死ぬはずだった身。今日まで延命できたことは、むしろ幸いにござる」
険しい表情で世の無情を感じながら、刃を突き立て自らの腹部に刺そうとする氏澄。
「割腹自殺で潔く散ろうとの考えか、なるほど。だがな……」
しかし鎮圧軍は、反逆者に誇りある死に様を遂げることすら許さない。
氏澄が刀を突き立てた直後、鎮圧軍兵士は超音速で光線を発射。割腹を遂げる前に眼下の侍をミンチにしようと襲来する。
――ズドオォン……!
コンマ数秒、氏澄のいた位置に攻撃が命中。けたたましい音と爆風を響かせながら、前線の鎮圧軍兵士は邪悪な笑顔を浮かべていた。
「これで、あいつらもお終いだぜ……へへ」
白煙が漂う大通り。周囲に評議会のメンバーはいない。その場の誰もが、氏澄の哀れな末路を確信していた。
ところが――
「……おい。なんなんだ、あの光は……?」
目を大きく開き、恐る恐る着弾地点を指さす鎮圧軍兵士。その先では、白い煙の中から青っぽい光が淡く発せられていた。
「“狂いゆく衝撃”の着弾地点に、あのような色の光など出ないはず……。待てよ、あの光……まさか」
前線で状況をあれこれ推察していた鎮圧軍士官も、青白い光のほうを向きながら、急に大量の冷や汗で顔を濡らす。
そして白い煙が晴れると、着弾地点のあたりで生きているはずのない氏澄が出現した。しかも切腹間際と違い、青白い光を身に纏いながら無言で鎮圧軍のほうを向いていた。
『……』
獲物を狙うような目つき。隙の無い構え。部下を殺された仕返しに、人間狩りを始めんばかりの姿勢であった。
鎮圧軍も氏澄が何を仕出かす気なのか、じっと遠くから様子を見ていた。
「総員、城門の上に退避せよ! あの奇怪な服装の外国人が暴走するぞ!」
すると、光の正体に気づいた士官は突然声を荒げて全体に命令を下した。
兵士達も上官の必死ぶりに、駆け足で城門の上に通じる階段を上っていく。動き出しの遅い者も、士官から怒鳴り散らされながら城壁の階段を目指す。だが――
『民を虐げる悪魔に、死の苦しみを与えん。……ロート・イェガー』
氏澄は足元の石畳を蹴りだした直後、隼のごとき足取りで鎮圧軍に特攻。前線で指揮していた士官の首をあっさり刎ね、周囲の兵の胴を次々に切り裂いていく。
「う、うわああああああああ……!」
「逃げろ、逃げろ! 逃げ……ぐほっ!」
門前の兵士を始末した後、氏澄は階段を駆け上がりながら、黒い甲冑の男達を迅速に石畳の上に叩き落としていく。
城壁の上で警戒に当たっていた兵士も片づけた後、返す刀で現地司令官の体を周囲ごと粉砕。覚醒した氏澄の力は凄まじく、僅か15分でヘリオス門周辺の部隊は壊滅させられたのであった。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。