118 諦めの悪い長
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
逃亡兵の出現が絶えない評議会。周りから味方が1人、また1人と武器を道路に捨てて消えていく。勢力の縮小は目に見えて明らかであった。
そんな中でも、氏澄はどこか冷静であった。
「デメトリオスは用兵においては素人のはず。兵の練度が高いとは申せ、拙者らを華麗に包囲できる采配を持っていたのでござろうか? 否、麾下に手練れの将が居ったと考えるべきか」
氏澄は無策で鎮圧にあたったとは思えない敵の戦術を冷静に分析していた。
「氏澄さん! 早くアナトレー広場に戻らないと……」
「左様にござるな。とくとワルワラ殿とキリロス殿に顔合わせせねば」
鎮圧軍を前に転進する2人。態勢立て直しのため、安否不明の2人との再会を信じて挙兵の場へと歩を進めた。
◆◆◆◆◆
アナトレー広場に到着すると、逃亡こそしなかったものの疲弊した兵や負傷兵が集結していた。決起当初と違い、街の解放を本気で成し遂げようという気概の感じられる者はいない。
前線からは砲撃の音や馬の足音、人々の悲鳴などが聞こえる。
そして噴水のそばでは、服も体も傷だらけのワルワラが座り込んでいた。
「息災にござったか、ワルワラ殿」
「キミ、目は大丈夫? あたしのどこが息災なのよ」
「いや、南側の隊が全滅したと聞き心配しておった。ともかくワルワラ殿が存命で何よりにござった」
ワルワラの生存を喜ぶ氏澄であったが、彼女は俯きながら悲し気にそっとつぶやく。
「……あたしばかり生き残っても仕方ないわよ。結局、部隊も住人も守ることができなかったんだから……」
彼女は途中で言葉を詰まらせ、それ以上語ることは無かった。
が、言葉から察して鎮圧軍によって外国人街が蹂躙され、住民が虐殺されている状況にあるのは確実であった。
「氏澄さん、キリロスさんの姿は発見できませんでした。どうしましょう、このままでは評議会の皆さんが飢え死にしてしまいます……」
場の雰囲気に呑まれ、声も細々に悲観的な見方をするコロナ。キリロスは依然行方不明で、頼りの綱のワルワラも塞ぎ込むように顔を埋めたまま動かない。
「弱気になってはならん。かくなるうえは、拙者が先陣を切って血路を開かん。コロナ殿、戦意の残っておる者を共に集めようぞ」
「ですがそんな人、この場にいるのでしょうか……?」
それでも氏澄はあくまで目的達成の意思を貫く態度をとり、決死隊編成に取り組もうと呼びかけた。コロナは後ろ向きな意見を述べるが、動き出した歯車は止まらない。2人は残り少ない体力を振り絞り、兵の獲得に奔走した。
だが間の悪いことに、兵が殆ど集まらない中、コロナはとうとう倒れてしまった。
「コロナ殿! コロナ殿、聞こえるか!」
リンゴのように紅潮した顔に、体中から湧き出る大量の汗。額に手を当てると、熱湯に触れたように熱く、全身が小刻みに常に震えている。明らかに普通の風邪ではなかった。
しかしコロナの看病に当たっている暇はない。そこで氏澄は彼女を修道院の者達に任せ、決死隊結成に向けた活動を再開した。
3時間後、評議会は決死隊結成を強行。
参加者、僅かに10名余であったが、唯一の補給路であるヘリオス門奪還を先延ばしにはできない。持てるだけの武器を手に、彼らは東へ進軍を開始した。
◆◆◆◆◆
「まさに忍になった気分にござるな……」
隠密行動を最優先に、鎮圧軍兵士の目線に注意を払う決死隊。彼らに発見されては元も子もない。
最初にヘリオス門に向かった時より北側のルートを通り、荒廃した建物の陰に隠れながら慎重に足を前に横に進める。ただ鎮圧軍に制圧された箇所も多く、物陰に隠れるのも容易ではなかった。
「おい、今そこに誰かいなかったか?」
「馬鹿な、この辺りの住人は皆殺しにしたはず。まさか、反逆者の部隊か!?」
「何をしている! さっさと工作兵どもを始末しろ!」
住民の惨殺死体が道路に転がり、品物が残らず略奪された商店街の一角。鎮圧軍は略奪の手を一旦止め、決死隊の潜む方向に兵を送る。
氏澄達はたまらず来た道を引き返し、鈍重な足取りを強引に軽くして逃げ回る。幸い人数が少なくフットワークも軽いため、捕まることは無かった。
進んでは引き返し、進んでは引き返しを繰り返す決死隊。そして17回目にして、ようやくヘリオス門直近まで到着することに成功した。
「くそ、完全に門が制圧され閉じられていやがる。その上、敵の数は1000人以上ときた。隙を狙っての補給は無理そうですぜ」
門が良く見える5階建ての建物の4階に潜む決死隊。
眼下には槍や長い銃を持って闊歩する大勢の兵士。城壁の上には、現地司令官の部隊と思われる人達の姿もあった。
「否、門をよく見よ。奪還から時を経ておらぬが故に、修復中で原型を留めておらぬ。砲撃を数発浴びせれば破壊など容易いこと」
「けどリーダー、砲撃を浴びせるったって、大砲はどうやって確保するんですかい? それに確保したところで、砲弾を直接門に命中させたら、決死隊の存在が敵にばれるんじゃ……」
決死隊の兵力は十数名。1000人以上の敵兵の前で派手な攻撃をするのは自殺行為に等しい。
真剣に悩みながら、周囲の建物に目を配る氏澄。すると、依然ワルワラが指揮を執っていたレンガ造りの廃屋の最上階で、ある物を発見した。
「……なるほど、あれは使えそうにござるな」
窓から外に飛び出た2つの黒い鋼の筒。評議会が門を占拠した頃には無かったその物体の正体――それは大砲。どうやら、鎮圧軍が門の奪還後に設置したシロモノであった。
しかも同じものが、門の南側にある土造りの塔の屋上にも存在した。
そして氏澄は、2か所の大砲を使った策を決死隊に伝える。
「皆の者。先ず拙者らは2つに別れ廃屋と塔を制圧し、大砲を鹵獲。次に、北の大砲から北東の城壁に向かって弾を打ち込む。同時に、南の大砲で南東の城壁を攻撃」
「北東と南東の城壁を攻撃? 何故だ?」
「南北から評議会兵が来ると錯覚させるためにござる。して、拙者と数名の兵士達で一気呵成に敵陣に突撃。まだ余力があるところを敵に見せつける。その間、南北2つの大砲は門の破壊に注力願いたい」
「ま、マジかよ……」
淡々と述べられる氏澄の軍略。分隊クラスの兵力で行うには大掛かりな作戦に、兵士達の中で動揺が巻き起こる。
だが氏澄の一言で、隊員の目つきが変わる。
「この策は確かに博打にござる。されど成功すれば、味方の勝機を一気に呼び寄せる策。未来を拙者らの手で掴み取る為に、いざ進まん!」
隊員を鼓舞する氏澄。彼とて死が怖くないわけでは無い。
しかし評議会の長としての責任と期待感が、彼を突き動かしていた。麾下の住人が彼に責任を押し付けるため、否応なしに祭り上げた立場にもかかわらず。
その姿に、決死隊の隊員も武器を天に突き上げて決心の言葉を口にする。
「上手くいくかわかんねえけど、なんかやれそうだ」
「リーダーがそう言うなら、やってやるさ!」
「参加した時点で、死ぬ覚悟は出来ている」
成功率は正直高いとは言えない。しかし彼らには氏澄がいる。彼らが死すとも、氏澄の能力があれば活路はまだ見いだせる。
こうして決死隊は、ついに作戦行動を開始した。
◆◆◆◆◆
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 拙者こそは、ぺトラスポリス解放評議会の長、砺波松之助氏澄にござる! いざ、尋常に勝負!」
作戦行動開始から十数分で大砲制圧に成功した決死隊。砲台に2、3人の兵を配置し、北東と南東の城壁に砲撃を浴びせる。
そして他の隊員は、氏澄とともに門に向かって愚直に突撃を敢行した。
「おおおおおおおおおお!」
出せる限りの声を張り上げ、興奮状態で果敢に突き進む隊員。この世への未練を微塵も感じさせず、少数ながら鎮圧軍を気迫で圧倒しようとする。しかし――
「愚かな者どもよ、この世は力こそ全てだ。思い知らせてやる、本当の力の差ってものをな」
突然槍や銃を捨て、杖を取り出す鎮圧軍。彼らが一斉に呪文を唱え始めると、空に青白い線で書かれた巨大な魔法陣が出現した。
「ま、魔法陣? しかもなんだ、あの大きさは……」
「構うな! 進めい!」
突然の超常現象に足を止める隊員。だが氏澄の指示で、再び敵陣の中央を突き進もうとする。
しかし次の瞬間、何十本もの白い極太の筋が魔法陣から発射。大通りを進む氏澄達と南北の砲台に直撃し、その命を容赦なく狩り取る。
「うわあああああ!」
「ぎやああああああああああぁぁぁぁぁっ……!」
経験した事の無いあまりの衝撃に、断末魔を上げる決死隊。光線は彼らを襲った後、大規模で無慈悲な破壊と轟音をもたらしながら街の中心へと進んでいった。
「くっ……皆、無事にござるか……なっ!?」
唯一、無傷だった氏澄。着弾地点から微妙に外れていたため事なきを得た。
けれども、自分の背後の光景に彼は愕然とした。
「……」
「どうだ? 我らの殲撃“狂いゆく衝撃”は」
周囲に散らばる道路の破片と血、そしてグチャグチャに潰れた死体。隊長以外の決死隊員全員が、光線の破壊力の前にただの蛋白質の塊と化したのだった。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。