117 光から闇へ
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
使者を派遣してから数日、評議会は鎮圧軍到着までの間に街の解放作戦を着々と進める。
氏澄達が直接指揮していた北側と違い、南側では衛兵やデメトリオス麾下の貴族の私兵による激しい抵抗に見舞われていた。
だが北側の制圧がひと段落し、戦力が回ってくると一転、怒涛の快進撃を開始。僅か2日で、外国人街全域の制圧を完了した。
参加者や支援者も5万人を突破するなど、勢力範囲を広げていく評議会。だが急激な拡大に伴い、問題も生じていた。
「おい、衛兵が来たぞ! 早く銃を用意しろ!」
「お、おう……って、銃弾がねえ!」
「こっちも弾が尽きたようだぜ……」
「く、仕方ねえ! 皆、棒でも包丁でもいいから、武器になりそうなモン持ってこい!」
ここまで武器庫の占領等で、銃や火薬などを鹵獲してきた評議会。だがそれでも人数分の銃弾を確保できず、早くも深刻な弾薬不足に襲われた。その結果、評議会の進軍は止まり、街の解放は停滞することになった。
「者ども! 反逆者を皆殺しにしろ!」
「おおおおおお!」
「うわっ、やめてくれ……うわあああああああああ!!」
「全員、逃げろおおおおおおっ!」
しかしデメトリオス側の衛兵も、外国人街での苛烈な抵抗を前に、鎮圧を進めることが出来ない。
「いやあああああああ! 私たちの街に来ないでぇ!」
「さっさとくたばりやがれ! デメトリオスの犬がぁ!」
「うお……ぬおっ!」
評議会が中心部に進出すれば衛兵に叩かれ、衛兵が外国人街に侵入すれば住民に叩かれるの繰り返し。
鎮圧軍が到着するまでの数日間、急ごしらえのバリケードを挟んで一進一退の攻防を続け、戦線は膠着した。
「やはり、膠着したでござるか……。確たる備えも無しに蜂起したツケが回ってきたようにござるな」
「ワルワラさんが指揮してくれるお陰で、何とか持ちこたえてはいますが……」
使者の派遣後、ヘリオス門の守備にあたっていたワルワラが、激しい戦闘を繰り広げる南側に転戦。幼いエルネスタをアナトレー修道院に預け、ヘリオス門はキリロスの管轄となった。
勢力伸長が停止した後も評議会が戦線を維持できるのは、彼女の指揮によるところが大きかった。
「また衛兵が来たぞ! 攻撃に備えろ!」
一方、ぺトラスポリス城に最も近い中部の戦線では、氏澄の采配とカリスマ性のもと果敢な防戦にあたっていた。
だが依然指揮経験に乏しい氏澄。決して見事な采配を見せていたわけではない。中部戦線の維持は、専ら氏澄個人の武勇に頼っていた。
「死に損ないの異邦人、覚悟しろ!」
「笑止」
愚直に突撃する1人の衛兵。しかし氏澄はそれを華麗に左にかわし、背後を取って一太刀で斬り伏せる。さらにその隙を狙って攻撃する衛兵も難なく避け、次々に倒していく。
「ぐおっ……」
能力を発動させずとも、相手を圧倒する氏澄の太刀裁き。しかしながら、連戦続きで刃はボロボロになり、以前より切れ味が悪くなっていた。
それでも評議会所属の刀鍛冶に修復を依頼し続けているおかげで、氏澄はまだ戦える状態であった。
「だいぶ辛そうですね、氏澄さん。私も戦闘で活躍出来たら良かったのですが……」
「何を申されるか。コロナ殿が影で皆を支えなければ、拙者らは戦線に立つことすら叶わなかった。感謝致す」
「ありがとうございます。あとはタデウシュさんとユスティナさんからの良い報せを待つだけですね」
コロナも戦闘に参加することは少なかったが、代わりに評議会内部の管理に力を注ぎ、必死に統率が乱れないよう努めていた。
氏澄の武勇やコロナの内政手腕、ワルワラの指揮、タデウシュの技術、ユスティナの情報収集と調略、キリロスの影響力。それらが評議会を支えていた。
膠着状態が続きながらも、徐々に衛兵の数を削っていく評議会。だがそんな日々にも、ついに終焉の時が訪れた。
「おい、なんだあの旗は……。どんどんこっちに来るぞ……」
「待てよ、あの旗って、まさか……」
バリケードからそう遠くない中心街。そこに、家々の高さを優に超える巨大な黒い旗が幾つも掲げられ、徐々に外国人街のほうに迫っていた。
そして暫くして、その旗の掲げた集団がついに彼らの前に正体を現す。
「ち、鎮圧軍だ……鎮圧軍がやってきたぞ!」
総勢2万に及ぶ黒い旗の軍団――鎮圧軍。
漆黒の甲冑を纏った大量の兵士達が、冷酷な殺気を振りまきながら、数列に渡って反逆者に矛先を向けていた。一方、鎮圧軍の登場に評議会の兵士達は動揺し、浮足立っていた。
「統率が乱れている様子もない……。つまり、鎮圧軍への内部工作は失敗……?」
「それだけではござらん。どの兵も無傷ということは、背後からの奇襲も皆無にござったようだ」
使者の派遣空しく、氏澄の作戦は失敗。鎮圧軍は全軍を挙げて評議会を壊滅させる態勢が整っていた。
「全軍、反逆者を殲滅せよ。偉大なる我らが主君に生贄を捧げん。突撃!!」
「おおおおおおおおおおお!」
けたたましき轟音。大通りを埋め尽くす甲冑と槍。鼠一匹這い出る隙もない隊列に、評議会の部隊はあっさりとその存在を潰されていく。
氏澄とコロナもたまらず鬼の形相でその場から退散。その様子からは、武士としての誇りと評議会リーダーとしてのカリスマ性は感じられない。
命からがら戦場を離脱し、広場近くの路地裏に着いた時には、生き残ったのは僅か数人という有様であった。
「そんな、あんなに呆気なく兵士さんが倒されていくなんて……」
「コロナ殿、ここに居ては危のうござる。早うアナトレー広場まで戻ろうぞ」
「ですが……」
「兵法三十六計に走為上というものがござる。退却は恥ではござらん。今は対策を練って耐えるべきにござる」
コロナを説得する氏澄。ただ彼自身も、鎮圧軍の圧倒的武力を前に対応策が思いつかない状況であった。
さらに追い打ちをかけるように、各地から凶報が彼らの元に届く。
「リーダー! 北側のバリケードが突破されました!」
「リーダー! 南側のバリケードも突破され、部隊が全滅しました!」
「まさか、かように苛烈な攻めを味わうことになるとは……。否、まだ東のヘリオス門からの支援さえあれば……」
想定以上の被害とはいえ、鎮圧軍の猛烈な攻撃は覚悟の上。評議会の支援者である東方の周辺都市からの支援があれば、まだ戦える余裕もあった。しかし――
「た、大変です! ヘリオス門に鎮圧軍の別動隊が到着! 護衛部隊はあっという間に殲滅され、キリロス様の安否も不明です!」
「べ、別動隊ですって!?」
「なんと……」
橋頭保と言うべきヘリオス門の陥落。支援物資を運び入れる唯一の重要拠点と精神的指導者の喪失に、評議会の士気は急激に低下した。
「やっぱ、俺らには無理だったんだ……あのデメトリオスに勝つなんて……」
「くそ、ここまで来たってのによ……」
「もうだめだ……! 逃げろぉ……!」
今まで戦意でごまかしていた空腹が途端に彼らを襲い、武器を捨て逃げる兵士も後を絶たなかった。
「ちょっと、待ってください!」
「待ったら殺されちまうだろうが! お前らが勝手にやってろ!」
コロナの必死の静止も聞かず、その場を去りゆく兵士達。気がつけば、路地裏には氏澄とコロナしか残っていなかった。
「なんで……? なんで皆簡単にいなくなっちゃうのですか……? デメトリオスさんを快く思わないのは同じはずなのに……」
評議会メンバーの相次ぐ逃走を嘆くコロナ。
弾薬と食糧の供給が途絶えれば、民衆は一気に離散する。ここにきて、ワルワラやタデウシュの不安は見事に的中してしまったのだった。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。