116 援軍要請
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
アナトレー広場に到着した氏澄は、評議会の精神的指導に当たっていたキリロスと合流。キリロスの部下を派遣し、ヘリオス門防衛中のワルワラを呼びつけた。
そして3人は広場南側の小さな通りで、ひっそり話し合うことになった。
「皆をまとめるために評議会を結成されるとは、氏澄様は誠に聡明であられますな」
氏澄をひたすら褒め称えるキリロス。
「で、相談内容は何かしら?」
一方、ワルワラは迅速な行動を念頭に、用件を手早く済ませようとしていた。
「トラボクライナと周辺都市に援軍要請の使者を派遣したい。その為に、貴公らの意見を伺いたき所存」
「援軍要請とは、どういうことでございますな?」
「……なるほど、国境防衛の部隊が鎮圧に乗り出したわけね。数はどれくらい?」
キリロスは氏澄の言葉に若干慌てふためいた様子だったが、ワルワラはあくまで冷静に状況を予測、把握しようと努める。
「2万にござる」
「に、2万? それは本当の話でございますかな?」
「わざわざ全軍をあげて鎮圧に向かわせるなんて……デメトリオスの軍才は本当に平凡なのか、それとも裏があるのか分からないわね。なら援軍要請も止む無し、って感じね」
「む? ワルワラ殿はデメトリオスの軍才を把握してはござらんのか?」
「あたしはデメトリオスに避けられていたからね。お互い姿を見合わせることも無かったし。もっとも、城内で彼の兵法を評価した人はいなかったわ」
「自分もぺトラスポリス城をよく訪れましたが、彼が兵を指揮しているところを見たことはありませんでしたな。個の武に置いては、音楽魔法を中心に大変優秀ではおられましたが」
「キリロス殿も、デメトリオスに会ったことが?」
「自分はこの地域の貴族の相談もよく受け付けますゆえ」
氏澄は感心した素振りでキリロスの話を聴く。そしてキリロスがなぜ反乱に関して周辺都市の支持を取り付けられたか、おぼろげながら察した。
「でも内戦に外国軍の介入は得策とは言えないわね。仮にデメトリオスを打倒できたとして、評議会とトラボクライナの間に統治面で軋轢が起こるのは見えてるわ。さすがにこの街を領土として支配、維持できる国力はないでしょうけど」
「ならば東方の周辺都市の動向は?」
「食糧や武器などの供給はまもなく到着します。ですが、余計な犠牲を払わぬよう兵の派遣は無いかもしれませんね」
「左様にござるか」
キリロスの見立てに氏澄は落胆の色を隠せない一方で、「やはり当事者でない者の支援はそんなものか」とどこか諦めの雰囲気も醸し出していた。
「ならばソティリオス殿のみでも評議会に呼び込むのは?」
「それが現実的かもね。ただ彼の軍略を以てしても、勝てるかどうかはわからないわ。鎮圧軍の登場で評議会傘下の兵も動揺しているでしょうし」
「なら、こういうのはいかがでしょう? トラボクライナ軍に一旦国境を侵させ、鎮圧軍の進軍速度を下げさせる。領土侵犯を進めれば、鎮圧軍とて討伐せずにはいられないですからな。そして戦力が分散したところで、氏澄様とソティリオス様を筆頭にぺトラスポリス平定を進める。これで我々の“解放”は完成致します」
「そうね、それが現状最善の策ね。ただトラボクライナとしても、相応の利益が無ければ動かないと思うけど?」
「交渉条件として、国境付近の領土割譲か財貨の贈呈でも持ち掛ければ妥当かと」
「ううん。どうかしら、ね……」
この言葉にワルワラは一旦難色を示した。腕を組んで盛んに頭をひねりながら、トラボクライナ人としての自分とぺトラスポリスの役人としての自分、双方の間で葛藤している様子が窺えた。
だが結局は「そんなもんよね」と言ってキリロスの提案を呑む。あくまで最優先は「デメトリオス打倒」であった。
「では使者は誰を派遣致すか? ワルワラ殿、キリロス殿ともこの町を離れるわけにはいくまい。ならば拙者が……」
「氏澄様こそ、評議会の中心となる存在。街を離れては、ますます兵の動揺を強めることになるでしょう」
「だったら、コヴァルスキ夫妻が最適だわ。ソティリオスを匿ったからお互い顔も知っているでしょうし」
「周辺都市への援軍要請は、自分の部下にお任せください」
「承知」
援軍要請の段取りを固めた3人は、自分の持ち場に帰還。
その後氏澄の指示で、解放評議会は方々に使者を派遣し、交渉に向かったのであった。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。