115 ぺトラスポリス解放評議会結成
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
それから暫くして、武器製造所の隣にある休業中の喫茶店で詳しい話し合いを開催。一時、1000人以上の住人が押し掛けたが、最終的に30名ほどが話し合いへの参加を認められ、狭い会場にはキリロスの代理人の姿もあった。
そして決まったのは以下の通り。
・反乱に加わった住民をまとめる機関「ぺトラスポリス解放評議会」の設置。
・氏澄を評議会の臨時リーダーとし、ワルワラとキリロスが補佐官となること。
・デメトリオス以外のエグザルコプロス一家の救出
・ぺトラスポリス解放後、評議会のリーダーを亡命中のソティリオスに任命すること。
・バラバラだった指揮系統の整理
・勢力範囲内での臨時行政官の任命
意外に思われるかもしれないが、住民のデメトリオス以外のエグザルコプロス一家に対する支持は固かった。
そもそもぺトラスポリスは代々、エグザルコプロス家が500年以上統治してきた街。極端な圧政が稀だったことも関係していた。
「ソティリオス殿が戻られるのであれば、拙者は大人しく身を引こうぞ。この街は然るべき者に治められるのが一番良い」
「そうですね。本来は次期領主とされた方ですから、大きな街を仕切るための教育はされているでしょうし」
未だ姿を見ぬ若き男に思いを馳せる氏澄とコロナ。こうして評議会初の会議は幕を閉じた。
まもなく、中心街で情報収集にあたっていたユスティナが戻ってきた。
「待たせて申し訳ない」
「お疲れユスティナ。それで状況は?」
「どうやらデメトリオスの恐怖政治を嫌がっていたのは、外国系の人に限らなかったようだ。だからその人達に接触して内通を持ちかけたら、あっさり承諾してくれた。数はおよそ300人」
「300人ですか……。少々少ない気もしますが、味方が増えるのは心強いですね」
外国系以外の参加者が現れた事で、希望がどんどん広がっていくコロナ。300人いれば、内部工作の施しようもある。
だがユスティナは声のトーンを落として「ただ、問題がある」と続ける。
「デメトリオス統治下で新任された役人を中心に、私兵組織が結成されている。元々ぺトラスポリス城に近いほど異民族を蔑視する人は増える傾向にあるから、そこでの戦闘は厳しくなるだろう。その上、悪い知らせがある」
「悪い……知らせ?」
タデウシュが恐る恐る聞くと、ユスティナは一拍置いて知らせの内容を重々しく述べる。
「国境防衛用の軍勢2万が、反乱鎮圧に向けて動き出した」
「何ですって……!?」
「ついに動き出したか……」
以前、北の隣国・トラボクライナとの戦争に動員されていた2万の軍勢。そのほぼ全部隊が、評議会壊滅を狙って進軍を開始したのだ。
決起からあまり間も置かず、略奪した武器と即席の兵器に頼らざるを得ない評議会。一方相手は、戦闘向けによく訓練され、実践経験も豊富な職業軍人の集まり。
数こそ評議会が上回るものの、質の差はあまりに大きかった。
「恐らく3日以内には到着する。正面から戦えば、私達に勝ち目はない。場合によっては、鎮圧を名目に外国系住民を一掃するかもしれない」
「そ、そんな……ここまで来て……」
「わかっちゃいたけど、やっぱキツイな……」
先ほどとは一転、悲観的な感情に襲われるコロナとタデウシュ。周囲のメンバーも厳しい現実を前に、離脱と逃亡を相談する者まで現れ始める。
「やっぱ無理だったんじゃないのか? 俺達がデメトリオスを倒すなんて……」
「な、なにを言ってるんだい? 今更そんなこと言ったって……」
「おい、ヘリオス門が落とされないうちに別の街に逃げねえか? さすがに勝つイメージすら湧かねえのに……」
「そうッスね……あたしも」
気が付けば評議会メンバーの士気は大いに下がり、絶望の空気が立ち込めていた。中にはぺトラスポリス城に背を向けて荷物を纏める者も。
だが、それでも戦う意思を持つ者がここに1人。
「愚策、にござるな」
それは幕末日本が生んだ評議会のリーダー、砺波氏澄であった。
「愚策って……反乱を起こされたら全力で鎮圧するのは当然じゃないですか? それを愚策って……」
「鎮圧に全力を挙げるのは、確かに道理に叶うこと。されど、敵国への備えも残さず全軍を鎮圧に向かわせるなど愚策中の愚策。むしろ絶好の好機と言えようぞ」
「随分自信があるみたいだけど……何か策はあるのかい?」
「愚問至極」
狼狽する同志に対し、堂々と構える氏澄。実戦経験こそないものの、祖国日本で学んだ軍学と西洋由来の兵学の知識がその自信を支えていた。
「先ずは鎮圧に向かう兵士に内応を呼びかけ、内通者が出れば破壊工作や同士討ちを仕掛けて統率を乱す。その後、混乱に乗じて拙者らが攻撃を加える。これで敵の勢いは削がれようぞ」
「ですが、内通者が現れなかったらその策は意味がないのでは……」
「無論、これは必ずしも成功せねばならぬものに非ず。肝心なのは次の策なり」
コロナの指摘通り、1つ目の策は鎮圧部隊の指揮や忠誠心が高ければ成立しない。むしろ評議会を蔑み、結束も固まってより勝つのが困難になる可能性もある。
そこで氏澄はもう1つの策を提示した。
「2つ目。北の隣国、トラボクライナや周辺都市に使者を派遣し、援軍を申し込む。特に敵国から援軍が来れば、相手も鎮圧どころでは無くなろうぞ」
「今からトラボクライナに向かうって……簡単に言うけど、片道4日はかかるよ? あと3日で来るってのに、それじゃ間に合わないよ……」
「それに交渉の時間も必要ですよね。でもワルワラさんの話では、1年前の戦いでかなり国力を消耗したはずなのですが……」
「されど今のトラボクライナには武勇に優れたソティリオス殿もござる。弟との因縁もある故、知勇を貸してくれるやも知れぬ」
「ソティリオスがいれば交渉成立の可能性は高いと見ての策略か。私やワルワラの顔を見れば、何かしらの支援はしてくれるかもしれないな」
内政ならともかく、デメトリオスの軍事的才能は高いとは言えない。そこにつけ込んで突破口を開こうと氏澄は画策していた。
「取りあえず使者は派遣してみるとして、その間鎮圧軍の攻勢をどう凌ぐ? 完成した分の大砲を取りつけて応戦しても、かなり苦戦しそうだけど……」
「それらも含め、ワルワラ殿やキリロス殿と一度相談せねば」
大局的な作戦は思いついた。だが途中の具体的な戦術を、未熟な知恵で補うのは危険なこと。
経験と影響力が豊富な2人の意見を聞いてからでも遅くないと氏澄は判断し、再びアナトレー広場のほうへと向かっていったのだった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。