112 氏澄の指揮
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
ヘリオス門をワルワラに任せた後、氏澄達はアナトレー広場に戻ってきた。
「ここからは、ワルワラさん無しで戦う事になるんですよね。でも私達に兵の指揮なんてできるのでしょうか?」
「習うより慣れよ。ワルワラ殿はそう申したき所存にござろう。何より拙者らには覚書がござる」
「こうなると、覚書の内容を頭に入れつつ指揮の経験を積むほかないね」
建築技師として、数々の技術を経験で学んできたタデウシュ。「習うより慣れよ」を一番実感しており、氏澄の言葉に強く賛同する。
「指示によると、まずは北側の城壁まで勢力を広げてほしいようだ」
ワルワラのメモには、「ヘリオス門に衛兵が近づけないことが、作戦の要」と書かれてあった。
まだ城壁沿いには衛兵の小隊が点在している。よって、南北両方の城壁を制圧することで、防衛ラインを前に押し上げようという意図が感じられた。
「あの、デメトリオスって戦は強いのですか?」
「いや、個の武勇ならともかく、兵を動かす才能はそれほどでもない。だから1年前の戦いも、ソティリオスに全ての兵権が委任されたんだよ」
「つまり、勢い任せの戦術でも衛兵達には効果的。ただ鎮圧用の部隊が外部から来れば、戦況は一気に不利になるだろう」
「鎮圧用の部隊、にござるか?」
「実はトラボクライナとの戦い用に組織された軍隊が2万人ほどいて、依然健在。もし彼らが参戦したら、僕達はひとたまりもないんだよ」
「そんな……!」
コヴァルスキ夫妻の懸念にショックを受けるコロナ。だが街の人口の3割が反乱を起こした以上、その可能性を考慮しないわけにはかない。
同様の内容がワルワラのメモにも書かれてあった。
「ならば、短期決戦にて決着をつけるのみ。時との勝負も覚悟せねばならん」
「議論する時間が勿体ありませんな。早急に北側の部隊の支援に向かいましょう」
「承知」
キリロスの一言で、北側に進路を取ることを決めた氏澄達。だがここで、タデウシュからキリロスの配置についてある意見が。
「氏澄、ワルワラの話によると、キリロスはアナトレー広場に待機させたほうが良いんじゃ……」
「ならばキリロス殿、貴公にはこの広場で民の総合的指揮をお任せ願いたい」
「はっ! 神の化身たる氏澄様の意のままに」
こうして、キリロスは氏澄の指示でアナトレー広場に留まり、残りの人達で目的地を目指すこととなった。
◆◆◆◆◆
北側の城壁を目指す一同。途中、反乱の報せを受けた他の外国系住民が彼らに加わる。
それも進む度にみるみる増加し、最終的に5000人ほどに膨張。これには若干戸惑い気味の一同であったが、道中遭遇戦になることなく彼らは北の最前線に到着した。
「戦況は此方が優位にござるか」
「でも私達、ワルワラさんが居なくても戦えるのでしょうか……? いざ前線に立つと、足がすくんでしまって……。やはりワルワラさんがいないと、私達……」
「拙者とて恐れが無い訳ではござらん。なれど勢いづく今なら、拙者らでも十分戦えよう」
「でも……」
氏澄に励まされつつも、全戦に立つことを躊躇するコロナ。なまじワルワラの見事な指揮がない中で、戦いに不慣れな彼女が躊躇いがちになるのは当然であった。
すると後ろからユスティナが、何時の間にか幾つもの銃と銃弾を持って氏澄達に近づく。
「コロナ、最前線が怖かったら銃で援護射撃をしよう。見たところ衛兵達は飛び道具を持っていないから、こちらが銃で撃たれる心配はない」
「あ、ありがとうございます。でも何でユスティナさんがこれを……?」
「先ほど、反乱軍が付近の武器庫を奪取したそうだ。これはその中に入っていた物」
「なるほど、これはいい。あ、でも僕達、ちゃんと銃を扱えるのかな? 引き金を引くならともかく、上手く相手に命中するとも思えないけど……」
武器を手に戦っているとはいえ、民衆の多くは武器の扱いに慣れていない。それはコロナやコヴァルスキ夫妻も同様であった。
「当たらずとも、弾を飛ばすことで威嚇となる。そして相手が怯んだ隙に畳みかければ、自ずと勝機は見えよう」
「なるほど。でも氏澄、君は実戦経験がないのに結構詳しいね」
「拙者は本来、国を守る武士にござる。武具の扱いは親と師範より心得ておる」
氏澄が異世界「ギーメル」に飛ばされた当時、日本は幕末。数々の外国船が日本近海に出現し、全国の各藩は海防に力を注いでいた。
氏澄が仕える加賀藩でも、独自の海軍と数万挺に及ぶ鉄砲を所持。当然彼も銃の訓練に従事していた。同時に、銃の運用方法についても親や藩の砲術師範から教わっていた。
そして氏澄は、高らかに民衆に号令を下した。
「皆の者! いざ、加勢に参らん!」
「おおおおおおおおお!」
応じるように、前線の仲間に加わる群衆。衛兵達は反乱軍の勢力拡大を受け、さらに士気が低下した。
「遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にものを見よ! 拙者の名は砺波松之助氏澄なり!」
さらに声を大にして名乗りを上げる氏澄。そのまま夢中で前線の民衆を率い、衛兵達を次々と討ち取る。
覚醒せずともその太刀裁きは、彼の武勇を示すに十分なものであった。
「よし。僕達も彼らを援護しよう」
「は、はい……!」
「了解だ」
ダメ押しで援護射撃を開始するコロナ達。3人も夢中になって衛兵達を狙い撃ちする。
「うわあああ!!」
「総員! 退避、退避ー!」
ヘリオス門同様、こちらも多勢に無勢。衛兵達は瞬く間に街の西側に撤退し、一同は北側の城壁を占拠することに成功した。
「やったー勝ったぞぉっ!」
「おおおっしゃあああああ! 狂った領主の城は近いぞぉ!」
連戦の勝利に沸く民衆。外国人街の家々は彼らの勝利を讃える人達で埋まり、その勢いは天井知らずのように思えた。
「本来の領主はバシレイオス様なんだけどな……まあ、いいか」
「そう言えば、バシレイオスさんはどうなったのでしょう? ワルワラさんの話では、かなり病状は深刻なようですが……」
牢獄でのワルワラとの会話以来、エグザルコプロス家現当主バシレイオスの情報は入っていない。場合によっては、デメトリオスに殺されている可能性もある。
アタナシア同様、一同は彼の安否についても心配であった。
「だったら、私が情報収集に向かおう。ついでに南側の戦況についても報告する」
「お願いします……」
ユスティナは危険を承知で、再び細い路地を通じて町の中心部へと向かう。
全てはデメトリオスの所業を止めるため。そして自らの将来のために。
すると氏澄は颯爽と駆けていく彼女の姿に、ふと疑問が浮かんだ。
「タデウシュ殿、ユスティナ殿は忍にござるか? 情報を集める力と言い、行動力と言い、並みの者ではあるまい」
「まあ、彼女は祖国では諜報員として活動していたらしいからね。それも結構優秀だったそうだよ」
「ふむ、身近に斯様に優れた者がござったとはな……」
地味ながら、民衆蜂起を影から後押しするユスティナ。そんな彼女の知られざる一面を垣間見た氏澄であった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。