111 戦域拡大
今回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。
ヘリオス門の前に到着した氏澄達。守備に就く衛兵の数は僅か40人ほど。
そんな衛兵達も、150人もの武器を所持した人が来たとあっては警戒せずにはいられなかった。
「お前ら、何の真似だ?」
「民の事を考えない者を諌めるべく立ち上がった次第でございます」
「お前らか! デメトリオス様に反旗を翻した裏切者は!」
衛兵達を前に、しれっと自分が反乱に加担した理由を述べるキリロス。
修道院長の言葉とはいえ、デメトリオスに忠誠を誓う彼らにとっては我慢ならないことであった。
すると氏澄もキリロスの横に立ち、衛兵達の説得に当たる。
「ならば問おう。貴公らはデメトリオスの統治に満足してござろうか?」
「何?」
「今のデメトリオスは無闇に民の首を刎ね、あまつさえその肉を食らう鬼にござる。貴公らの忠誠、侍として誠に感服に値するが、その忠誠が正しきものか熟慮願いたい」
戦においては、戦わずに勝つのが最上の策。あわよくば門の守衛兵を味方に加えようとも考えていた。しかし――
「それでも、領主の命で動くことが我らの使命。お前ら反逆者に指図される云われはない! 全員、こいつらを叩き潰せ!」
「お、おおおおおお!」
兵力差は3倍以上。まともに戦えば全滅は確実だった。
だが衛兵達は、彼らなりの信念を持って氏澄達の討伐を開始。「領主に仕え領主の為に働く」道を選んだのだった。
「やはり、説得は無理でしたか……」
「仕方ない。皆やるわよ!」
「はっ!」
玉砕覚悟で突撃する衛兵を前に、ワルワラは氏澄を差し置いて修道士達に命令を下す。
「ワルワラ殿。この隊の長は拙者にござる」
「でもキミ、兵士の指揮経験はあるの?」
「それは……全くござらんが」
「だったら今回は私に任せなさい。私の指揮を見ながら、実際の戦闘ってものを目に焼き付けておくのよ」
1年前まで北方の隣国・トラボクライナの将として戦場を経験しているワルワラ。一方の氏澄は実戦経験皆無の戦争初心者。
武士として恥に感じる部分もあったが、彼女の自信満々な提言に止むを得ず従うことにした。
◆◆◆◆◆
戦闘は30分ほどで終了。多勢に無勢、数に勝る氏澄達が巧みな戦術を用い、最小限の損害で勝利。結果、彼らは数人の捕虜を獲得した。
「くそ……やはり勝てなかったか……」
「じゃ、勝ったから門は開けさせてもらうね」
ワルワラとキリロスの指示で、巨大な門の扉が徐々に開かれる。
門の外側は、沿道に木々がそびえ立つ砂利道の街道。こうして城壁外からの補給路と退路を確保したのであった。
「これで、食糧確保の突破口が開けましたね」
「それにしても……斯様に果敢に戦う女子は初めてにござる。拙者の国では考えられぬ事ぞ」
「まあ、あたしの国でも女性指揮官は貴重な存在。だからこそトラボクライナでもぺトラスポリスでも重用されたってとこかしら?」
この時代は、日本でも異世界「ギーメル」でも「男が女を守る」という価値観が主流。ワルワラは時代の希望とも呼べる存在でもあった。
「それで、この捕虜達はどうするんだい?」
「取りあえずその辺の空き家にでも収容すれば良いんじゃない?」
「後はどれほどの兵力を配置するかだが」
「そうね。取りあえず100人位かしらね」
「100人で大丈夫なのでしょうか?」
自分達にとって重要な場所は、相手にとっても重要な場所。デメトリオス側としては、反逆者の補給路はぜひ絶っておきたいところ。
コロナは、デメトリオスの私兵が門を全力で奪還しに来る可能性を考慮していた。
「勿論、兵力が補充されるまでの一時的な処置よ。修道院長さんにもアナトレー広場で宗教的指導もしてもらいたいから、護衛の兵も必要だし。それに――」
「それに?」
「あたし達が勢いづく中、向こうもヘリオス門どころじゃないと思うからね」
「なるほどな……」
ワルワラの戦略眼に思わず唸る一同。将軍としての経験が、一層彼女に説得力を与えていた。
「では、今勇敢に戦った女性には門の守備についてもらいましょうか」
「されど、ワルワラ殿のほかに兵を上手く動かす人材がいるとも思えぬが……」
氏澄はコロナやタデウシュ、ユスティナに「兵を動かせるか?」とばかりに視線を送るが、戸惑い気味に首を縦に振ろうとしない。
「じゃ、後で捕虜を収容する空き家に入って作戦会議しましょ」
そう言ってワルワラは、空き家を探しに門の周辺を見回る。氏澄達も彼女の後に追従する。
その結果、彼らはヘリオス門の脇にある、城壁と向かい合わせの3階建てのレンガ造りの廃屋に入ったのであった。
◆◆◆◆◆
捕虜達を1階のロビーに収容した後、氏澄達は階段を上り3階の部屋に到達した。
そこはかつての持ち主の自宅だったようで、家具がそのまま残されている状態。だがリビングに限っては、空き巣に狙われたかのように酷く荒らされていた。
「埃がたまっていない。持ち主が放棄してから時間はあまり経ってないみたいだね」
「タデウシュ、あれを見て」
ユスティナは真っ二つに折れた木のテーブルの上に、1枚の紙が置かれているのを発見した。
「これは……?」
「恐らく逮捕令状だろう。内容と日付から察して、一家揃ってデメトリオスに処刑されたようだ」
「そんな……! そこまでして大きな工場を建てようとするなんて!」
逮捕令状に記された人の中には、わずか3歳の子どもの名前も。同じ子供を持つ身として、デメトリオスの所業がどうしても許せず憤慨した。
「……ワルワラ殿、一刻も早い作戦会議を」
「ええ。でもその前に、紙とペンが欲しいわ」
するとワルワラは、隣の部屋の机にあったペンとメモ帳らしき紙を取り出し、氏澄達を呼んで作戦会議を始めた。
「それで何をするおつもりですかな?」
「あたしは門の守備に入るから、前線の指揮はできない。そこでキミ達に指揮する上での重要事項を伝えるわ」
そう言ってワルワラは、何枚もの紙を細かい字で次々に埋める。その全てが、今回の戦いに必要な作戦内容。書き終わった後は、ワルワラが1枚1枚氏澄達に渡していった。
「皆、今渡した紙、肌身離さず持って戦いに臨んで。重要事項はそこに書いてあるから」
「凄い、具体的に何をしたら良いか、何に気を付けるべきか手に取るようにわかりますね」
「相分かり申した。それでワルワラ殿は如何致すつもりか?」
「あたしはこの部屋から門の守衛兵に指示を出すわ。そして機会を窺って、外部との兵站線を築こうと思う」
「その間に、僕達が外国人街を制圧すれば良いんだね?」
「そういうこと」
どのみち戦域が拡大すれば、ワルワラ1人で兵士全員に細かい命令を下すことは出来ない。
彼女としても、氏澄達に兵の指揮経験を積んでもらおうと考えていた。
「エルネスタも、この部屋で保護したほうが良いだろう。外は危険すぎるからな」
「ワルワラさん、どうかお願いします! 娘の命はあなたにかかっているのです!」
「任せなさい。あたしが命に代えても死守するわ」
「ありがとうございます……!」
ワルワラに涙を流しながら頭を下げるコロナ。マキナ亡き今、彼女に残されたのは娘のエルネスタのみ。
だが幼いエルネスタを戦場に置いておくわけにはいかない。よって、信頼できる人物に頼むほかなかった。
「修道院長さん、作戦会議は終わったわよ」
「そうですか。では氏澄様と自分は広場に戻ると致しましょう」
「承知」
キリロスに会議終了を告げ、ワルワラとエルネスタを除く5人が部屋を退室。
コロナは最後に娘に手を振って「ママは大丈夫だから」と告げ、階段を下りていったのであった。
次回の執筆者も、企画者の呉王夫差です。