110 協力者への疑い
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
ついに挙兵の時を迎えた住民達。士気は非常に高く、デメトリオス打倒に対する本気度が窺えた。
すると間もなく、広場の異変に気が付いた衛兵が続々と周囲に駆けつける。
「おいお前ら! 何をやっとるんだ!」
「デメトリオス様の命令だ! さっさと解散して家に帰れ!」
だが住民達は従うことなく、武器を持って一斉に衛兵に襲いかかった。
「民を虐げるデメトリオスの奴隷め! 自分達が何をやってきたのかわかっているのか!」
「みんな! 衛兵を排除するぞ!」
「おおおおおおお!」
デメトリオス憎しとばかりに暴徒と化した民衆。数の勢いで衛兵達を次々と蹴散らす。
「やめろ、やめろ! やめてくれええええ!」
団結した民衆に踏み潰されていく衛兵。彼らの通った後には、甲冑姿の死体が転がり落ちるのみであった。
「ついにやってしまいましたね、私達……」
「そうにござるな」
戦いの火蓋が切って落とされた光景に、氏澄達は茫然とその様子を広場の中央から見つめる。
「ところで――」
そしてワルワラは、氏澄を崇拝する修道士の中年男性に顔を向けた。
「ねえキミ、何者なの?」
「ほっほっほ、これはこれは失礼。自分はキリロス・ステファノスと言う者でございます。僭越ながらアナトレー修道院の長を務めております」
アナトレー修道院は広場の北側に位置する修道院。広場に面する教会とともに、外国系住民の精神的な拠り所でもあった。
キリロス自身は外国系の出ではないが、誰にでも分け隔てなく接する姿に多くの住民が心を寄せていた。
「修道院長? そんなに偉い方が何故ここに?」
「領主たる者、民を守る覚悟と広い慈愛の心を持って統治に当たらねばなりません。ですが今の領主代行は親兄弟を蔑ろにし、民衆を縦に虐げております。ぺトラスポリスの一員として断固たる姿勢を見せるは当然でございましょう」
「本当にそれだけなのか?」
「いえ。民衆の武装蜂起には勢いがある反面、一度躓くと砂上の楼閣のように一気に崩れゆく脆いもの。そこで自分は、氏澄様とともに民衆の精神的な柱として彼らを支えることにしたのでございます」
温厚な表情で語る中年の修道士、キリロス・ステファノス。そして彼は氏澄の手をとって協力と服従を約束する。
「不肖、このキリロス・ステファノス、氏澄様の僕として存分に働いて見せましょう」
「あ、ああ……宜しくお頼み申す」
「はっ!」
突然、神のごとく有難がられる事に氏澄は戸惑いを隠せない。
一方、コロナとワルワラは必要以上に氏澄を拝むキリロスに、微かな不信感を抱いていた。
「何故なんでしょう……。強い味方のはずなのに、あの修道院長さんのことがどうも信じられません」
「同感ね。まだ断定はできないけど、氏澄を利用した何かを企んでいる。そんな気がするわ……」
穏やかな語り口の裏にある腹黒い思考。2人はそれを感じ取りながら、キリロスに疑いの眼差しを向けた。
「ところで氏澄、これからどうするんだい? 修道院長さんじゃないけど、このまま勢い任せに攻めても、補給が尽きればあの人達が暴徒と化すのは間違いないよ」
「ならば門を破り、外に繋がる道を拓くのみ」
「だが、補給路を作っても警備の人が居なければ維持できないが」
「でしたら、自分の修道院の者を遣わせましょう」
「キリロスさんの所の、ですか?」
今、アナトレー広場にいるのはたったの7人。何千人といる衛兵達の前では、到底歯が立たない。
「そうね。今はそうさせてもらうわ」
「左様ですか。ならすぐに向かわせましょう」
「ワルワラさん!」
渋々ながらキリロスの提案に乗ったワルワラに、コロナが詰め寄る。
「落ち着きなさいコロナ。院長が何かを企んでいるのはタダの可能性。他に頼れる人もいないし、任せるしかないわよ」
「拙者も同じく。他に任に堪え得る者が現れれば、その者に任せようぞ」
「……」
氏澄とワルワラの説得に納得がいかない面を持ちつつも、コロナは自らを強引に納得させることにした。
◆◆◆◆◆
その後、キリロスが150人の修道士を率いてアナトレー広場に到着。5つの小隊に別れ、東の玄関口・ヘリオス門を目指す。
氏澄を名目上の隊長に、キリロスが実質的な指揮官として進軍する。氏澄の補佐として、他の5人も同じ小隊に配属された。
「ところで氏澄、兵士の指揮の経験は?」
「残念ながら全くござらん。拙者が得意とするは一騎打ちにござる」
「確かに氏澄さんの太刀裁きは一流でしたね。前にもそれで私やエルネスタ、そして……はっ」
そう言いかけて、コロナは言葉を止めてある人物の事を思い出す。
「どうしたんだい?」
「そうよ……。あの場にもう1人、マキナと氏澄さんが守ってくれた女の子がもう1人……」
「女の子、だと?」
「――アタナシア殿にござるか」
コロナの言葉で氏澄も白いワンピースの少女、アタナシアの事を思い出す。
「アタナシア……?」
「拙者らがぺトラスポリスに到着する直前に助けた、白い衣を纏った女子にござる。確かデメトリオスの妹にござった」
「デメトリオスの妹……そうか、領主一家の末っ子のアタナシア・エグザルコプロスのことだね」
「そう言えば、キミ達はアタナシアと一緒に行動したせいで公開処刑になったって言ってたわね」
「あの子は? アタナシアちゃんはどうなったんですか?」
「今の所、彼女の情報は何も入っていない。消息不明だ」
「そんな……」
氏澄達に死刑判決が下った裁判以来、アタナシアの姿は見ていない。しかも当時、アタナシアはデメトリオスの手で薬漬けにされ、正常な判断力を奪われていた。
もしまた彼女が虐げられていたとしたら……。氏澄とコロナは、アタナシアの身を案じずにはいられなかった。
「気持ちはわかるよ。でも今は、目の前の戦いに集中したほうが良い」
「致し方ござらん。確かに今拙者らが気を揉んでも、如何することも出来ん」
タデウシュの助言で、ふと我に返る氏澄。
そして1時間後、彼らの前に最初の攻略対象・ヘリオス門が出現したのであった。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。