107 氏澄異世界人説
今回の執筆者は、企画者の呉王夫差です。
「ワルワラ殿。拙者、異議を申し立てたき所存にござる」
「ま、証拠があるって言っても所詮“仮説”だからね。反論は認めるわよ」
前置き通り、ワルワラも氏澄異世界人説には疑う余地があると考えている。
氏澄の反論次第では、再考する腹積もりのようであった。
「そもそも“異界”など現実にあるのでござろうか? 日ノ本にも高天原や極楽浄土、黄泉の国などの異界があると信じられている。もし仮説とやらが正しければ、此処は拙者にとっての異界となろう」
「そうなるわね」
「ならば問う。此処は高天原か? 極楽浄土か? さもなくば黄泉の国か? どちらにせよ、異界に参ったのならば拙者は死人ということに……」
主張するうちに、まるで自分の運命を悟ったかのように悲観する氏澄。しかしワルワラは「それは違う」と言って彼を諭す。
「別に異世界に行く方法が“死ぬこと”とは限らないわ。例えば召喚魔法を行使すれば、“生きたまま”異世界の住人を呼び寄せることができる」
「召喚魔法、にござるか?」
ワルワラの説明に氏澄は耳を疑った。そう、“生きたまま”異世界に行ける方法が存在したことに。
彼の中では「異界に行きたければ死ぬしかない」という固定観念があったからだ。
「術式が複雑だから行使できる人はごく少数。だけど、術式と大量の魔導石さえあれば可能な魔法なの。どう? 心当たりない?」
「そう申されても……」
召喚魔法自体はこの時代から既知の存在だったようだ。
とはいえ、召喚魔法の概念の無かった氏澄にとっては記憶の辿りようがない。当然、彼の答えは「否」であった。
「まあ、召喚魔法以外にも異世界と行き来する方法はあるしね。それに、“偶発的要因”で世界の境界を超えることもあるらしいし」
「偶発的要因とは、具体的に何でござろうか?」
「例えば、普段の何気ない行動が召喚魔法の術式を形成する方法に似ていたとか。実は別の人物を召喚しようとして、術式に誤りがあってキミが召喚されたとか」
「今一つ要領を得ぬが、俄かには考えられぬ事にござるな……」
「あくまで例え話よ。とりあえず『異世界に来た=死んだ』と断定するのは早計ってことよ」
ここで一旦2人は、「異世界に迷い込んだ理由」の議論を中止することにした。
氏澄の記憶がはっきりしない以上、その点に関する議論は無意味だからである。
そこで次に、日本と豊瑞皇国の違いについて比較検討することに。
「氏澄、本当にキミの祖国・日本には魔法を使える人はいないの? 地域によっては、『魔術』とか『妖術』とか、さらには『呪術』や『神通力』なんて呼ばれ方もされているらしいけど」
「確かに『妖術』や『神通力』を扱う者がいると聞いた覚えはある。されどワルワラ殿の申す豊瑞皇国のように、そこかしこに力を使える者はござらん。一部の僧侶と陰陽師ぐらいにござる」
「なるほど、高位聖職者の特権みたいなものね」
氏澄の説明を自分なりに解釈してみるワルワラ。すると氏澄は、ある可能性を彼女に提示した。
「豊瑞皇国の如き文化を持った国が、他にあるとは考えられぬでござろうか?」
氏澄は豊瑞皇国に似た国――氏澄の仮説としては、それこそが“日本”ではないか――の存在を示唆した。
もし存在するとすれば、この世界は彼にとって異界でも何でもないことになる。しかし、
「いや、多分ないわね。豊瑞皇国の傍には大陸もあるけど、あたしが訪れた限りでは違う文化圏のように思えたわ。何より、宗教観や社会の仕組みが異質だったから」
「と申すと?」
「なんでも、豊瑞皇国の君主家は神代の昔から続いているらしいの。でも反対に大陸の国々は、頻繁に支配者の家系が変わっている。現地の人は『“徳”が支配者を決めている』と言ってたわ」
「日本の西方にある唐土に似ているでござるな」
「でも、あたしの言う大陸は豊瑞皇国の東側にあるけどね。たぶん、他の大陸にも類似の国はないわ。無論この大陸にもね」
「うむ……拙者の居た日本の東は、ひたすら海でござったな。少なくとも近くに大陸はござらんかった」
再び討論を重ねた2人。その結果、やはりワルワラの仮説を裏付ける事実が次々に明るみとなった。
ここにきて、氏澄はいよいよ「自分が異世界にいること」を認めざるを得ない状況に追い込まれた。
「……信じよう」
「え?」
「ワルワラ殿の仮説を信じよう、と申したでござる。拙者には、仮説を否定できるだけの根拠が見当たらぬのでな」
「そっか」
絶対の確証があるわけではない。
だが、否定できないのであれば仮説を基に行動してみよう。本当に正しいかどうかは結果が証明してくれる。
この時の氏澄の心情を代弁するのであれば、まさにこの通りであろう。
「でも、あたしも所詮1人の人間。全知全能じゃないから間違ってる場合もある、ってのはわかってるわよね?」
「無論承知。違っていれば再検討すれば良いだけの事」
「その通りね」
ひとまず仮説を信じることにした氏澄とワルワラ。
こうして火葬場前での討議に、一応の終止符が打たれたのであった。
次回の執筆者は、まーりゃんさんです。