100 一方的な裁判
今回の執筆者も企画者の呉王夫差です。
ワルワラとの情報交換の後、食事を終えた衛兵が続々地下牢に集合。
直後、マキナ達の雑居房になだれ込み3人に激しい暴行を加える。
「オラ! さっさと吐け!」
「アタナシア様を何の目的で誘拐した!? 答えろ!」
「だから誘拐なんて知らな……ゴフッ!」
「口答えなんていらねえんだよ。さっさとデメトリオス様に有利な証言だけしやがれ」
3人を縄で雁字搦めに縛り、無抵抗になったところで頭に腹に拳と蹴りを炸裂。
内臓破裂を起こす中、マキナ達は必死に抗議するも意味は無し。
「それって、証拠にならな……キャッ、キャアアアアアアアア!」
「女が余計な口出しすんな。どのみち死ぬんだから、とっとと白状しろってんだ」
「どのみち死ぬなら、口を噤……あがっ、あがががががががががが!?」
「白状しないなら、喉ごと潰してやっても構わないんだぞ?」
コロナに対しても、口に槍の枝を強引に突っ込ませ顔面にストレートパンチを叩きこんで口を封じる。
「婦女子にまで狼藉を働くとは許さ……ぬわああああああ!」
「ったく、ダサい服装しやがって……これだから外国人は嫌いなんだよッ! オラァ!」
「ぬお、おおおお……」
氏澄に至っては槍で数カ所を刺され出血。わざと急所を外されたお蔭で、激痛に襲われながら床の上で苦しみ悶える。
30分も経つ頃には、全員体中痣や傷だらけ。目は腫れ、耳の鼓膜は両方破れ、口と鼻は真紅に染まる。
服も至るところ破け、さっきまで皆無だった赤い大きな模様が出現。骨という骨が折れ、筋肉に力を入れることもかなわない。
3人ともかろうじて意識はあったが、動くことが出来なくなってしまった。
『コレガ、デメトリオスノヤリ方……脱獄デキヌヨウ監獄内デ虐待シ体力ト気力ヲ一気ニ削ギ落トス』
抵抗するものは徹底的に痛めつける。デメトリオスの残虐性がまた証明されたのであった。
◆◆◆◆◆
翌日。またも衛兵達に虐げられたマキナ達は、髪を強い力で引っ張られながらある場所へ連行される。
目的地は――裁判所。別の独房に移されたエルネスタも、薬で眠らされた状態で運ばれていた。
「実に良い顔色だなお前達。身分を弁えぬ行為がどれほど罪深いか、よくわかっただろう? もっとも今更後悔しても遅いがな」
「……」
被告人控室には4人を捕えた張本人、デメトリオスの姿があった。
マキナ達も抗弁したいところだったが、自力で立てないほど衰弱しそれもままならない。
控室の隅に投げ捨てられ、力なく寝かせられるのみであった。
「さて、お前達はこのままでも何も出来んだろうが、何事も用心に越したことは無い。完全に物言いできぬよう魔法をかけてやる」
するとデメトリオスは脇から1本のバイオリンを取り、奏で始める。
直後その優雅で美しい音色とは裏腹に、控室の空気が一気に澱み、マキナ達の顔が徐々に歪んで蒼白に。
澱みの発生源は、バイオリンのf字孔からであった。
『コレガデメトリオスガ得意トスル魔法、暗黒の旋律。妖シイ旋律ガ魂柱ノ材料タル魔導石ト共鳴シ、人々ノ恐怖心ヲ徹底的ニ掻キ立テル……』
演奏が終わる頃には、マキナ達は痙攣を起こし口から泡を吹きながら白目を向いていた。
「これで余計な異議申し立てもできまい。ふははははは、ふはははははははははははは……!」
再び高笑うデメトリオス。
口の利けない人形と化した4人は、衛兵達の手で被告人席まで連行されていったのだった。
◆◆◆◆◆
「――これより4人の異邦人、マキナ・シュトラウス、コロナ・シュトラウス、エルネスタ・シュトラウス、砺波松之助氏澄の裁判を開廷する」
結局マキナ達の意識回復を待たずして審理を開始。ちなみに名前は、押収した所持品から判明したらしい。
こうして、名ばかりの裁判が幕を開けた。
「公訴事実。被告人4名は先日、ペトラスポリス領主バシレイオス・エグザルコプロスの長女アタナシア・エグザルコプロスを、外国の賤民と言う身分も弁えず誘拐。
アタナシア様を人質にとって不法入国した挙句、隣国ルーメスライヒおよびトラボクライナとも内通し侵略を企図。さらには、アタナシア様と彼女の次兄デメトリオス・エグザルコプロスを敬称もつけず侮辱。
罪名は不法入国罪、不敬罪、貴族略取罪、スパイ罪および外患罪。検察側は死刑を求刑します」
マキナ達が反論できぬ間に、事実無根の捏造された内容を述べる検察官。
しかし元から予定調和の判決しか出ないこの場においては、それも平然と罷り通ってしまう。
「弁護人の主張はいかがかな?」
「弁護側は無期懲役が妥当と考えます」
もちろん、弁護士も検察や裁判官とグル。無期懲役相当だと考える理由を特に述べることなく、審理は先に進む。
「ではここで検察側の証人として、アタナシア・エグザルコプロスを召喚します」
そしてアタナシアが証人席に姿を現す。すると若干正気を取り戻した被告人席のマキナが、アタナシアの存在に気づく。
「あ、アタナシアちゃん……」
しかし彼女の様子が何処かおかしい。足元は覚束ず、目から一切の生気が感じられない。
「被告人は静粛に!」
そしてつい『ちゃん』付けで彼女を呼んだことで、これ見よがしに検察側がマキナの罪を訴える。
「皆さん聞きましたか! 被告人はたった今、アタナシア様を不遜にも『ちゃん』付けで呼びましたぞ。裁判官、これで少なくとも不敬罪に関しては疑う余地がなくなりましたな」
「うむ、検察側の主張はごもっとも」
「……!」
マキナは思わず口を噤むが時すでに遅し。4つの罪のうち1つが確定してしまった。
「次に不法入国の件に関して、検察側の主張と証拠を」
「被告人は4名とも、政府発行の入国許可証を所持しておりませんでした。にもかかわらず、4人の身柄はペトラスポリス市街地で拘束された。何故だと思いますか?」
入国許可証は城門通過時に発行済み。しかし検察は無かったと主張。
マキナは「そんなはずは……」と呟くが、当然誰の耳にも届かない。
「それはもう1つの罪状、貴族略取罪にも繋がります。被告人はアタナシア様をあろうことか誘拐し人質にとり、入国許可証の手続きを得ずして城門を強引に突破。到底許されることではありません」
「何と……!」
「誘拐の証拠は、アタナシア様の頬にある傷です。城門を警護していた衛兵によると、被告人はアタナシア様を無礼にも殴りつけ、『城門の中に入れなければこの娘を殺す』と脅迫したとこのこと。そうでしたな? アタナシア様」
検察官が威圧するように顔を近づけ、証人席のアタナシアに迫る。
マキナは「あんたのほうが、よっぽど身分を弁えてないじゃないか……」と呟くも、検察官の独壇場に他の誰も異議を唱えない。
『アタナシアノ傷、デメトリオス直々ノ鉄拳制裁ニヨルモノナリ……』
昨日デメトリオスが語った「アタナシアに対する処罰」。実態は、妹に対する私的な刑罰であった。
おかげでアタナシアも抵抗する気力すら持てず、執拗に迫る検察官に静かに「……はい」と答えてしまう。
マキナも「何故、だ……」と酷く落胆。最後の頼みの綱も、呆気なく切って落とされてしまった。
『コノ時、アタナシアハ兄ノ手デ薬漬ケニサレ、正常ナ判断力ヲ奪ワレテイタ……』
デメトリオスにとっては、実の妹すら権力簒奪の道具に過ぎなかった。
「裁判長! アタナシア様もお認めになりましたぞ! これでは反論など出来ますまい」
「被害者の証言こそ証拠の王。検察官、よくやった」
「ははっ!」
普通なら異議申し立て必至の滅茶苦茶な主張にも、弁護人は全く反証する素振りすら見せない。
裁判官も弁護人席など目もくれず、検察官をひたすら褒め称えるのみ。
アタナシアも衛兵に連れられるまま証人席を去った。
「最後に外患罪についてですが、実は重大な証拠が被告人の所持品から発見されました」
そう言って検察官は、手元から数枚の文書を取り出す。
「それは?」
「これらこそ、4人がルーメスライヒとトラボクライナに送るつもりであった、侵略計画及び国家機密に関する密書です」
無論、マキナ達にそんな物を書く理由も時間も無く、文書は全て検察側の捏造。
しかしこれもあっさり証拠として受理されてしまう。
「これは……決定的な証拠だ」
傍聴人席もこれには騒然とならざるを得ない。
「どこで機密が知られたんだ……?」
「まさか、以前からスパイでこの街に潜伏していたのか……?」
一歩間違えば戦争まっしぐら。この時、傍聴人の脳裏には1年前のトラボクライナとの戦争が思い起こされたに違いない。
「国家機密の密告は立派な重罪。スパイ罪も含めて、これを証拠として提出します」
「弁護人、何か反論はあるかな?」
「これほどの重罪を5つも! 立場上無期懲役を主張してみたは良いですが、弁護の余地は全くありませんね」
やる気のない弁護人。被告人の味方となるべき彼も、裁判を早く終わらせるためマキナ達を無慈悲に突き放す。
裁判官もついに木槌を鳴らし、判決を言い渡す。
「では判決を言い渡す。被告人、マキナ・シュトラウス、コロナ・シュトラウス、エルネスタ・シュトラウス、砺波松之助氏澄、以上4名を――死刑に処する。処刑は公開の上、断頭台を使用する」
仕組まれた裁判の結末は勿論、死刑。ワルワラの予測通り、公開処刑されることが確定。
監獄に引き戻される途中、意識を失った3人の横でマキナは茫然自失となっていた。
次回の執筆者も企画者の呉王夫差です。