元服 〜壱〜
城に帰ると、父が梵天丸一人だけを連れてまいれとのことでただ一人で父の居室に向かった。
すると、早速、
「梵天丸よ、ここに座れ」
と言われたので、「はい」と言って静かに座った。
「お前は幾つになったのじゃ」と問われたので、
「はい、もうすぐ11歳になりまする。」と梵天丸は答えた。
「その年ならいささか早いが元服してはどうじゃ。異存は無かろう。」
「えっ。私にはいささか早ようは御座りますまいか」と驚いて言う。予想していた事とは違うので答える事は考えてはなかったのだ。
「奥は反対しておったぞ。まだ早いというてな。おそらくそちを僧にして追い出し竺丸に後を
継がせようとでも思うているのであろう。それを防ぐためにも早う元服せねばならぬと思うて
な。どうじゃこれでも聞かぬか。」と輝宗が諭す。
「・・・・私もうすうすは察してはおりまいたが・・・・・」
と梵天丸は少し寂しそうな顔で答えた。
やはり、母が自分を疎んじて自分を可愛がってくれないから寂しいのであろう。普段は寂しさを隠しているのであろうと思うと輝宗は心が痛んだ。
<母義姫が弟である竺丸を溺愛するあまり梵天丸をないがしろにし、疎んでいるからである>
「もう奥のことは言わぬ。元服の件は異存あるまいな。」
と父は自分の姿を心配そうに見やって言ったので、
「はい」と答えると、
「名は考えてある。」と父が言ったので
「どのような名で御座いますか。」と興味津々といったふうに父を見ている。
輝宗は梵天丸のこの輝いた目を見て、やはり、自分の見込みどうりだなとおもった
そして、静かに、
「藤次郎政宗じゃ。」と言った。
どうじゃ驚いたであろといいたげな雰囲気である。
「政宗とは、か、かの有名な大膳太夫儀山政宗様ではござりませぬかっ。そのように、お、恐れ多いことは出来ませぬ。ま、誠に申し訳御座りませぬが、これだけは承知いたしかねまする。」
と珍しく狼狽して梵天丸は言った。
しばらくわが子の慌てぶりを微笑んで見ていたが、本題に戻して言う。
「駄目じゃ。今は乱世。このような時こそ政宗様の様にならなばならぬのじゃ。まして
や、そちには才があるのじゃ。」と説得されたので
「一度部屋に帰って考えてからでもよろしいでしょうか。」というとあっさり
「よいぞ。ゆっくり考えてくるが良い。」と優しく、慈愛に満ちた目で父が言ったのを聞くとすぐに
「では」と言って慌てて父のもとから去り、部屋に戻って行った。友である三人に聞いたら三人とも受けろといった。が、梵天丸はまだ納得が
いかぬようでどうすればよいか迷っている。うろうろとしている。それを見かねてか、兄のような存在である小十郎が、
「お師匠様に聞かれてはいかがですか。」
と助け舟を出す。
すると他の二人もそうすればよいと言ったので師匠のところに行くことにした。
<この場合の師匠は信長により焼死を遂げ「安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も
亦た涼し」と言ったことで有名な恵林寺の和尚、快川紹喜の二大弟子と
いわれて輝宗に招かれて資福寺の住職となっていた虎哉 宗乙のことであ
る>
四人で師匠のいる資福寺に急いだ。