ひかりぽっと
ひかりぽっと
九月二十二日の日曜日。僕らは朝から遊んでいた。その日、台風十二号が僕らの住んでいる街に直撃した。朝は晴れていて、しかし昼にはどんよりとした雲が押し寄せてきて、三時頃からパラパラと雨が降り出した。神社で遊んでいた僕らは境内へと避難した。僕らとは、まず、眼鏡をかけた運動神経抜群の少年、根本。ショートヘアーの煌びやかな女の子が相沢。もう一人の、ロングヘアーの見目麗しい女の子が篠原。それと一番忘れてはならない、紫色のウォークマン。
僕らは六時頃から闇鍋をする予定だった。しかし、台風の影響でもう暗い。十分に闇鍋は出来る。他にすることもないので、僕はみんなにそう伝えた。
僕らは、家に材料を取りに行った。僕は材料と鍋を持ってこなくてはならない。四時にもう一度、境内に集合だった。
雨の降りしきる中、僕は傘を差しながら家まで走った。部屋に行き、布製の袋を掴んだ。今日、闇鍋をするために集めた、とっておきの材料が、中に入っている。僕はそのとっておきの材料と少し大きめの鍋を抱えて、傘も差さずに最短ルートで境内へ走った。
境内には、篠原が来ていた。篠原は僕に近づいてきて言った。
「長田ー。何持ってきた?」闇鍋は初めから材料を知っていると面白くない。
「教えられない。」と僕は言った。
そして根本、相沢の順に境内へやってきた。僕は水を入れた鍋を木の枝で固定し、根本が、持ってきたガスバーナーで鍋を温めた。辺りは篠突く雨だったが、境内では僕たちは静かに鍋が温まるのを待った。
だんだん鍋の底から小さな泡が途切れることなく出てきて、最終的には、があがあと大きな泡が吹き出てきた。その間、一度、雷がけたたましく鳴ったが、僕たちは粛然としていた。
篠原と根本が持ってきたバッグをあさった。そして、篠原は高そうな牛肉と豆腐を入れて、根本は国王様の形をした色とりどりのグミをどばっと入れた。冒涜だと思った。次に根本は赤い布みたいな物を入れた。篠原が
「今の何?」と聞くと、根本は鶏のトサカだ、と言った。
何でそんなのを入れるの?、と篠原が聞いたら、闇鍋とはそういう物だ、と言った。篠原は信じられないという顔をした。
僕もこしあんのまんじゅうとミント味のガムを入れた。相沢は鶏肉とネギを入れた。最後に、篠原が塩・胡椒をやけになって大量に入れた。相沢はカレーのルーを入れた。
大きめの鍋を用意したのに、僕らが材料を入れると中はぎっしりと詰まった。異様な匂いを発して、鍋はグツグツと材料を煮た。ずっと同じように、雨は凄い勢いで降っていたが、僕たちは動じなかった。風で髪がバサバサになっているのに、篠原は直そうともしなかった。
百億年が過ぎようとしたとき、これぐらいで良いだろう、と根本が箸を配った。そしてみんなで食べようとしたとき、僕は
「食うな!」と立って怒鳴った。雨の音が掻き消されるぐらいに怒鳴った。驚いて振り返る篠原と根本と相沢の前で僕はポケットから、走っている途中に落としてベンツに轢かれたウォークマンを出した。僕らはウォークマンを見つめた。ガラスは粉々に砕け散って、泥だらけになった本体は真っ二つになっている。しかし、時々見せる、画面のほんの僅かな光が、それが完全なる死骸でなかった事を証明した。
儀式のような手振りで僕は画面の割れたウォークマンを鍋に落とした。それは僕の手からするすると落ちていき、僕らの目を釘付けにした。とぷんと小さな飛沫を上げ、スープの中に沈んでいき、ぷくぷくと残りの空気を吐き出し終わるまで、僕らは傍観していた。
最後の泡がぷくっと出てからも、僕らは微動だにしなかった。
しかし、沈黙を破って、相沢が豪快に箸を鍋に入れた。鍋からつまんだ、国王様のグミとウォークマンの一部を無理矢理、口に押し込んだ。唇がぴりっと切れていて、血で赤黒く染まっていた。
不意に、相沢は僕の方を向いて、口を大きく開けた。口内も血だらけだった。が、口の中は光り出した。
ウォークマンの画面が最期の力を振り絞って、割れた画面を光らせた。光は暗かったが、それでいて美しかった。
僕は光を求めて、手を伸ばした。しかし、相沢は口を閉じ、うっと唸って光を飲み込んだ。そして、また、僕に向かって頬を赤らめて笑った。
2012年8月頃の作品です。