ミヨさん
恥ずかしながら、俺の尊敬する「骨休め」さんとのコラボ小説です。
コラボ作者:骨休めさん
コラボ作品名:非常口(http://ncode.syosetu.com/n4613bi/)
「キャバレーって、いろんな不文律があってね。」
新人ホステスの私の横で化粧をしている「みなみ」さんが言った。
「例えば、フリーのお客さん以外、名刺を勝手に渡しちゃダメとかね。」
私は化粧の手を止めて、みなみさんの話を聞いていた。
「ああ、化粧しながらでいいよ。時間間に合わなくなる。」
「あっはい!すいません!」
私は鏡に向いて、慌ててアイライナーを取り出した。みなみさんがマスカラをしながら言った。
「でも、お客さんが勝手に他の女の子を気に入る場合もあるわけじゃない。で、そのお客さんが指名替えしたりすると、トラブルが起こる。」
「……」
私は黙々とアイラインを引いていた。
「自殺した美代ちゃんだって、陰でいろんなこと言われてた。人のお客さんを平気で寝盗る人だとかね。それが本当かどうかわからないけど、一生懸命だったの彼女。子どものために、ずっと頑張って稼いで来てさ、結局その子どもを取り上げられて、がっくりきたんだろうと思うよ。」
「…そうですね…可哀想…」
「うん。」
みなみさんは「よしできた!」と言って、口紅の蓋を音を立てて閉じた。
……
その自殺した美代さんとは、数ヶ月前、自宅のマンションで首を吊って亡くなったという。
「部屋の中が、綺麗に片づけられていたのが印象的だった」と、第一発見者の管理人が言っていたそうだ。
美代さんの年は42歳と決して若いとは言えないが、見た目には30歳前半で充分に通じる程の美しい女性だったそうだ。遺書には「ホステスをしていた事が元主人にばれ、子どもを取り上げられてしまった。もう一生子どもに会えないのなら、死を選ぶ。」とあったという。
この事が報道された事で「子どもを取り上げた」とされた「元主人」は、一時的にだが世間から非難の目を向けられた。
…だが、ホステスをしていたことを元主人にばらしたのは、自殺した女性と同じマンションに住んでいた主婦なのである。
その主婦は「ホステスまでして、子どもを育てている彼女が可哀想だから」と、週1回子どもに会いに来ていた元主人に進言したのだと言う。…それが、裏目に出てしまった。
そして、美代さんが「キャバレー」で働く前に風俗嬢をしていたことまでが、一部の心ない雑誌社に暴露された。
その報道後、元主人は会社を辞め、子どもと一緒に行方をくらませたという。
子どもを守るための最終手段なのだろうと噂された。
…その後はどうなったかわからない。
……
私は待機席で携帯電話を見つめ、ため息をついた。誰からも連絡が来ない。
今日でボウズ(=お客さん0)3日目である。
(文字どおりの3日ぼうずだわぁ。)
私はそう思い、またため息をついた。周囲を見渡すと、待機の女性は皆、必死に携帯電話でメールを打っている。中には談笑している人もいるが、それはもうお客さんについた人なのだろう。
(トイレ行こう。お尻に根が生えて来た。)
私はそう思いながら、立ち上がった。
……
女子トイレは地下にある。私は(珍しく誰もいないな)と思いながら、奥に入った。
「?」
1人の白いドレスを着た女性が、奥の方に立っていた。
とても綺麗な人で、年は32、3歳というところだろうか。…正直見たことのない人だったが、新人の私がホステス全員の顔など憶えているわけもない。
私は慌てるように頭を下げた。
「初めまして!かなと言います!1週間前に入りました!」
女性は驚いた表情をしたが、にっこりと微笑んで頭を下げてくれた。片えくぼが見え、私は(可愛い人)と素直に思った。
「あ、あの、トイレいっぱい空いてますよ。どうぞ。」
私がそう言うと、女性は微笑みながら首を振って「どうぞ」というようにトイレのドアを手で差した。
トイレのドアは5つあるのだが、1つ塞がっているだけだ。
私は不思議に思いながらも、微笑んで頭を下げ、トイレに入った。
……
出た時、その白いドレスの女性はいなかった。トイレのドアはすべて空いている。
(もうフロアに出られたのかな。)
私はそう思い、洗面台に向かった。すると、みなみさんが何か不審な目で私の方を見て立っていた。
「あ、お疲れ様です!」
私はそう言いながら蛇口をひねった。すると「さっきさ。」とみなみさんが鏡越しに言った。
「はい?」
「誰としゃべってたの?」
「え?」
私は「ああ」と言って、白いドレスの女性の話をした。
「初めてお顔見たんですけど、お名前聞き損ねちゃった。」
私はそう言いながら蛇口を閉め、ハンカチを取り出して手を拭いた。そして鏡を見ると、みなみさんが青い顔をして、私を凝視している。
「その人…えくぼあった?」
「あ、そうですそうです!片方だけ可愛いえくぼがあって!あれ、どなたなんですか?すごく可愛い人…」
私が最後まで言わないうちに、みなみさんは突然悲鳴を上げて、階段を駆け上がってしまった。
「え?え?…え?どうしたんですか!?みなみさん!」
私はみなみさんを追いかけるように、階段に足を掛けた。その時、後ろに人の気配がして思わず振り返った。
「!!!」
白いドレスの女性が、片えくぼを見せて微笑んで立っていた。
「あーどーもー!さっき、お名前聞き忘れちゃって!」
私は階段から足を下ろして、その女性に振り返って言った。
「私、言いましたっけ???加奈と言います!」
私は胸に付けている名札に手を当てて言った。白いドレスの女性は微笑んでうなずいている。だが、その女性は名札をしていなかった。
「お名前お聞かせいただけます?」
「ミヨです。」
「あ、ミヨさんですか!」
私がそう言った時、自分の名前がアナウンスされたのが聞こえた。
「あっきゃー!呼ばれちゃった!じゃ、ミヨさん、また会えたらお話して下さいね!」
私がそう言うと、ミヨさんは手を振ってうなずいてくれた。私は慌てて振り返り、階段を駆け上がった。
……
「ミヨさん…って聞いたことがあったような???」
私は、お客さんが帰った後、待機席で独り呟いた。
(んー???思い出せない。ま、いいか。また会えた時に思い出すかな。)
私がそう思った時、耳をつんざくような悲鳴が響いた。
「!?」
ホステスもお客さんも、女子トイレに降りる階段の方を見ている。独りのボーイが慌てるように階段を駆け下りて行った。
フロアがざわざわとし始めた時、ボーイが慌てるように出て来て「誰か、救急車!」と叫んだ。
「え!?どうしたの!?」
隣のホステスが立ち上がりながら言った。私も一緒に立ち上がりながら、トイレの方を見ていた。
しばらくして、ボーイが2人階段を駆け下りて行った。
その時、また背中に気配を感じた。私が振り返ると、ミヨさんが立っていた。
「あっミヨさん!どうしたんでしょうね、あれ!知りません?」
私が思わずそう言うと、ミヨさんが微笑んで消えた。
「!?!?」
「ちょっと、あんた…」
隣で一緒に立っているホステスが私に言った。
「はい?」
「今、ミヨって言った?」
「え?はい…今、ちょうどここにいて…」
私がそう言うと、そのホステスがいきなり私を突き飛ばして、悲鳴を上げた。
私は尻もちをついた。
「こっこの子、ミヨって言った!!」
震える指で差され、私は辺りを見渡した。すると、周りでホステス達が気味わるそうな表情で、私を見下ろしている。
「ミヨってまさか…」
私はその周囲の様子でやっと思い出した。
「…ミヨって…自殺した…美代さんってこと?」
私がそう呟いた時、隣にいたホステスが、急に自分の首を掴んで座り込んだ。
「!?」
私は思わず立ち上がった。ホステスは自分の首を絞めて「ぐううう」と言う声を上げながら、目を剥いている。
「どうしたんですかっ!?何やって…!」
私がそう言った時、ミヨさんがそのホステスの首を、後ろから締めているのがはっきり見えた。
「!!!!ミヨさんっ!!」
私は両手を口に当てて立ちすくんだ。ミヨさんの顔はさっきの微笑みとは全く違った、阿修羅のような顔になっていた。
ホステス達が、悲鳴を上げて逃げて行った。だが、私はその場から動けなかった。
「ミヨさんっやめてっ!!」
私は、足をがくがくふるわせながら叫んだ。
「やめてっ!その人が何をしたか知らないけど、もうやめてっ!!自分がしんどくなるだけじゃないですかっ!!」
ミヨさんの目が、とまどったような様子を見せた。自分の首を絞めていたホステスは目を剥いたまま、その場に崩れた。ミヨさんの手が離れたのだ。
ボーイさん達が、私を取り囲むようにして驚いた目で見ている。
私は、私にしか見えないミヨさんに必死に言った。
「そんなのだめです!呪い殺したりしたら…地獄に閉じ込められて誰にも会えなくなるって、何かの本で読みました!閉じ込められるということは、それこそ、お子さんにもずっと会えなくなるってことでしょう?だめですよ…そんなこと…」
私は泣き出していた。どうしてだかわからない。ミヨさんが、どうして私にしか見えないかもわからない。…でも、私にしか見えないのなら、私だけしか、ミヨさんを救えないということだと思った。だから…。
「だから…もうやめて下さい…」
ミヨさんの顔が阿修羅から、元の可愛い顔に戻っていた。
……
トイレで悲鳴を上げた人も、首を絞められていたようだ。そして私の隣にいたホステスの首には、人の指のような痕がくっきり残っていた。
この2人は、美代さんの悪い噂を流した人たちだったそうだ。お客さんを美代さんに取られたと思った彼女達は、美代さんが「平気で男に体を売る女」だと、勝手な噂をホステスやお客さんに言いまわっていた。他にも美代さんをいじめていた人もいたようだが、その後何も起こることはなかった。
……
「ちょっと、あんた!私のお客さんと同伴で入ったでしょっ!?」
「え?」
私は、先輩ホステスにいきなり怒鳴られて、目を見開いた。
「え?今日、同伴下さったお客さんの事でしょうか?」
「そうよ!あの人私のお客さんよっ!これからは、同伴なんてしないで頂戴ね!!」
「すいません。」
私は待機席から立ち上がり、頭を下げてから言った。
「でも、このお店に入る前からお世話になってる人なので、お客さんからご連絡あったら、お断りするわけには参りません。ですので、お姉さんの方からお客さんにご連絡いただいてもらえないでしょうか?「加奈とは同伴するな」とかなんとかって。」
私がそう言うと、先輩ホステスは目を見開き、黙って立ち去って行った。ホッと息をついて座ると、隣に座っていたみなみさんが「お見事」と言って、私に微笑んだ。
「でも、どういう噂たてられるかわかんないから、覚悟しなさいよ。」
「大丈夫です。」
私がそう言うと、みなみさんは不思議そうな表情をした。私はみなみさんの耳元に口を寄せ、何かを言った。するとみなみさんは、ぞっとした顔をして私を見返した。
「…あんた、敵に回したら怖いわ!」
私はくすくす笑って、頭を下げた。私はみなみさんにこう言ったのだ。
『大丈夫です。私にはミヨさんがついてるから。』
…そう、今でも「ミヨ」さんは私の傍にいる。
私は、みなみさんと反対側に座っているミヨさんに肩をすくめて見せた。
ミヨさんは片えくぼを見せて、私に微笑んでくれている…。
(終)
妻に「ちっとも怖くない」と言われてボツにしたのですが、ある方から読んでみたいと言われまして、妻に協力してもらって書き直しました(^^;)
…正直、トイレに幽霊って、ありきたり???かな???