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通じ合った想い、違和感の正体

「……彼女、だったらどうする?」

 僕がそう尋ねると、伊織は顔を上げた。目を見開いて彼女は僕を黙って見つめていた。

 ――僕は、卑怯だ。


 哀しそうな伊織の視線が、僕の身体にゆっくりとそして確実に、突き刺さっていく。

「そんな……試すような言い方、嫌いです」

 そう言ってからまた俯いた伊織を、僕は抱きしめていた。――愛しくて、愛しくて。思わず手を伸ばした。

「彼女が居るんだったら、こんな中途半端なことしない」

 心臓が一気に飛び跳ねる。彼女の甘くて優しい香りに、僕の理性は一気にぶっ飛びそうになった。


 そっと僕の肩に手を置いて、伊織は僕を見上げた。

「好きです」

 真っ直ぐに僕を見つめて、伊織はそう言った。林檎の様に真っ赤に頬を染めて、彼女はゆっくりと僕に口付けをした。

 すぐに離れてしまった唇。

 耳まで真っ赤にして、俯いている彼女が愛おしくて僕は再び、自分の胸の中に引き込む。

「……嫌、です」

 彼女は僕の肩を、手で離れさせながら、そう言った。

 初めての拒絶の言葉に、僕は気を失いそうになる。一気に奈落の底に突き落とされたような、絶望感が体中を駆け巡った。


「だって私、今、告白の途中! 返事を聞いて無いのに、抱きしめ合うなんて……」

 悪戯な笑みを浮かべて、伊織は肩をすくませる。彼女のどんな仕草さえも、僕は愛らしく感じた。

「……それなら、返事を聞く前にキスをした君はどうなんだろ?」

 囁くように、彼女の耳元にそう問いかける。「そ、それは……」と口ごもっている彼女の頬を僕は、ゆっくりと両手で包み込んだ。


「好きだよ、世界で一番。愛してる」

 僕がそう言うと、伊織は僕の首に手をまわした。――そして、大きな瞳から涙が流れる。

 その涙の雫が、僕の腕にポタリと落ちた。


 ****


 恋人、という前とは違う呼び名の関係になっても、僕たちは大して変わることは無かった。

 変わったことといえば、愛を確かめ合うことだけだ。


 彼女が悲しいときは、傍にいてあげる。僕が寂しい時は、彼女が傍にいてくれる。

 そんな欠落している部分を補い合う、最高の関係。


「ね、紫苑! 今度、出ようよ」

 突然訳の分からないことを言い始めた彼女に驚いて、僕は読んでいた本を閉じた。あまりに、驚いて枝折りを挟むのを忘れてしまったくらい。

「あ、本。読んでて、良かったのに」

 微笑みながらそう言う、彼女にデコピンをして僕はさっき読んだページを探していた。

「伊織が突然、意味不明なこと言い出すからだろ。……さっき読んでた、ページ分からなくなった。で? 何? 『今度、出ようよ』って」

 彼女は、「あ」と何か発見したように声を漏らして「主語が抜けてたんだ!」と照れたように笑った。


 彼女といると、何もかもが美しく感じた。

 前までは嫌で仕方が無かった、街の騒音も、人の声も、彼女と一緒に居るとと全くと言っていいほど、気にならなかった。


 最近、気がついたこと。……出来れば、気がつきたくなかったこと。

 ――彼女は僕を見ていないこと。

 以前から、感じていた違和感の正体。それが、僕を彼女が見ていなかったことだった。

 僕を通して、誰かを見ている。


『君は、僕を通して何を見てるの?』

 喉にまで出てきても、何度も呑みこんだ言葉。

 この質問を投げかけてしまったら、総てが崩れてしまう気がした。

 

「今度、旅に出ようよって言いたかったの! 旅って言っても、旅行みたいな感じでさ、日帰りで遠くまで行こうよ!」

 日帰りの旅、か。瞳をきらきらと輝かせながら言う、彼女を見つめて僕は小さく溜息を吐いた。

 違和感の正体に気付いてしまった今、彼女と旅行に行ってお互いが楽しむことが出来るのだろうか?


「最近、良く溜息つくね。……何か、あった?」

 僕の顔を覗き込みながら、そう尋ねる彼女。僕は、「何も無いよ」と、笑顔で彼女に告げた。

 彼女は僕の隣に座って、自分の体重を僕に預けた。そして、ゆっくりと瞳を閉じて「話してよ」と呟く。

 僕と彼女の間に冷たい風が、通り抜けた。


 今日の空は、曇り空。僕の心を表しているみたい。


「私だって、紫苑が何を考えてるか全部分かってる訳じゃないよ。紫苑、あんまり自分の事話してくれないしさ……」

 ――自分だって、あんまり話してないじゃないか。

 僕は地面に視線を落とす。そして、想いが形になった溜息をゆっくりと吐いた。

 彼女はゆっくりと立ち上がって、僕の目の前に立った。


 膝を折って、僕と同じ視線に並ぶと彼女は柔らかく微笑んだ。

 ――ほら……また、だ。

 伊織は、他の奴を見てる。僕を通して、違う誰かを見てる。

 重ねてるんだ、僕と誰かを。


「今。君は、何を見てる?」

 伊織の頬に手を伸ばして、僕は尋ねた。僕の質問の意図が分かっていないのか、それともわざとなのか、彼女は答える。


「私の愛する人を見てるよ」

 ――愛する人。……それは、皮肉?

 君の愛する人は、僕? それとも、僕と重ねて見ている誰か?


 僕のいつもと違う様子に気がついたのか、彼女は「どうしたの?」と首をかしげた。



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