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『過去』の汚点

 ――何故だろう?

 その答えは1+1の答えよりは難しくて、2+2の答えよりは簡単。

 ……それは、彼女の笑顔に惹かれたから。

 

「寒いですね、やっぱり海!」

 彼女は僕の隣で、微笑みながら言った。僕は彼女につられて、微笑みを顔に浮かべる。

 波の音が静かに、響いていた。冷たい風が頬を撫ぜて、彼女は白いマフラーに顔を埋める。

「紫苑さ……じゃなくて、し、しおんは海好きですか?」

 どうやら、僕のことを呼び捨てで呼ぶのは抵抗があるらしい。分かりやすい彼女を見て、僕は苦笑した。頬を赤く染めて、彼女は僕を見つめる。


 静粛の時が僕と、彼女の間に流れた。ただ、波の音だけがBGMの様にロマンチックに流れて、このまま時が止まってしまえば……と思ってしまう程、この僕と彼女だけの世界は居心地が良かった。


「嫌いじゃないけど、好きでもない。……でも、昔海の事故で両親が死んだ」

 初めてする、自分の話。今までどの女にも、自分の事を話した事がなかった。

 何故だろうか、彼女には何でも話してしまいそうになる。

 この柔らかい雰囲気は、総てを受け止めてくれるような錯覚がしてしまうほど甘くて、優しい雰囲気を持っているからだろうか。


「……そうですか、ごめんなさい」

 彼女は俯いて、申し訳なさそうに苦笑していた。何が、彼女を謝らせたのか見当が付かない僕は驚いて、思わず「え?」と声を漏らした。



 あの日から、僕達は頻繁に会うようになっていった。

 彼女は僕を必要としてくれていたし、僕もそれなりに彼女を必要としていた。

「紫苑!」

 そう、待ち合わせた時計台の前で幸せそうな笑みを浮かべて、手を振る彼女。

 ――僕が初めて、愛しいと思った相手。

 

「会いたかった! ずっと」

 照れながらそう言う彼女を僕は、抱きしめたかった。

 抱きしめて、僕のものだけにしたくて……僕だけしか触れられない所にしまってしまいたかった。

「うん。……会いたかった」

 彼女と目が合う。すると、僕の心臓はこれ以上に無い位に飛び跳ねる。


 ――違和感。

 彼女といる時間を増やせば、増やすほどに違和感を感じていた。

 彼女を想えば、想うほどに……何か引っかかるものと、違和感がどんどん深まっていくのを感じた。


 胃がもやもやするような、そんな不快感。


 違和感の正体が、分からないまま僕は彼女と日々を重ねた。

「今日も、寒いねぇ」

 すっかり敬語の抜けた口調で、彼女は僕に微笑みかける。

「そだね」

 そう言って、僕はそっと彼女の手を握った。彼女の冷たい体温が、僕の一部になったようで、とても幸せに感じている、この頃。

 前までの僕では考えられないほど、心の穴はすっかりと消えてしまっていたようだった。



「あっれー? 彼方じゃん」

 聞き覚えのある、甲高い声。――確かに、何かが崩れた音が聞こえた。


「久しぶり! 彼女? それとも、私と同じ関係の人ぉ? あ、こんにちはー! 私、榎本えのもと 清香きよかってゆーんだけど、君は? 何さん?」

 相変わらずのマシンガントーク。妙な高さのテンション。

 やっと、聞くことの出来た彼女の名前。

 ――きよかって言うんだ

 でも今更、この女の名前なんてどうでもよかった。僕は今、隣にいる彼女だけそばにいてくれたらそれで……。


 伊織は、驚いたように目を見開いていた。……今の状況が掴めないでいるらしい。


 僕の過去の汚点に気付いてほしくなくて、僕は清香から伊織を隠すように腕をひっぱり、僕の後ろへ立たせた。

「え、まって……紫苑、この人誰?」

 ――これが、修羅場ってやつ?

 初めて体験することに、僕の頭はショート寸前。

 目の前にいるハイテンション女は、意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「ね、君は彼方……いや、紫苑の何? 彼女?」

 伊織の様子を見ながら、清香は話し続ける。伊織は下唇をきゅっと噛んで、俯いていた。


「……ち、違うけど」

「そっかぁ! んじゃ、友達なんだね」

 何だかんだと伊織に清香は話しかけていた。伊織はそれを、苦笑がちに聞いているだけ。

 別れ際に伊織に何か、呟いた後に僕に向かって、微笑んで「ばいばい!」と手を振ってから立ち去っていた。

 ほっとした、安堵感が形となって溜息が出る。


 清香が去った後、伊織は言葉を未だに発していない。

 繋いでいる手が、たった一つの僕と伊織の絆の様に感じた。


「さっきの、人……えっと、清香さん? 彼女?」

 微かに震えているように聞こえる、彼女の声。俯いている彼女の表情を伺うことが出来ずにいる僕。

 手を繋いだまま、僕たちは立ち止まった。



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