出逢った僕等は恋に落ちる
僕がそう答えると、女は満足そうに微笑って「じゃ、行こっ!」と僕を無理矢理立たせた。
僕の腕に自分の腕を絡めながら、女は息をする暇も無いくらい、話し続けた。これが、マシンガントーク……なんだろう。
「その辺の男、引っ掛けて連れてくるつもりだったからさぁ! 部屋、結構片付いているっしょ?」
同意を求めてくる女に、僕は適当に相槌を打つ。彼女にとって、これが片付いていると言うんだろう。
テーブルの上に、適当に置かれた雑誌。飲みかけのコーヒーの入った、カップ。化粧台はあけっぱなしで、ファンデーションやら、口紅やら、マスカラやらが溢れていた。
「適当に、座ってよ。コーヒー位は、出すから」
そういって、手際よく彼女は暖房にスイッチを入れた。暖房の起動音が、僕の耳に届いて思わず僕は、暖房へ手をやる。
流石に、すぐには温かくならないようだ。
「何やってんの」と苦笑しながら、女は僕にコーヒーを出した。
砂糖をスティックの半分入れて、可愛らしい金の小さなスプーンで混ぜる。
僕の様子を見て、女は笑っていた。
「何で、笑ってるの?」
いきなり僕が口を聞いたせいか、彼女は驚いたように目を見開いてから、微笑んで答えた。
「彼方が可愛いから」
僕はよく可愛いとか言われるけど、それは褒め言葉じゃないと思う。どちらかというと、褒めの部類じゃなくて、貶しの部類だと考えている。
だから、可愛いなんて言われて、嬉しいはずも無い。
「……そう」
素っ気無く答えてから、コーヒーカップを口に運んだ。
女は僕の髪に手を伸ばす。細くて白い、女の手が僕の髪の毛に絡まる。
「染めてんの? 真っ黒じゃん」
自分の髪と比べるように、女は言う。いい加減、女の名前を思い出さないとやばいなっと感じつつ僕は、手がかりになるものを探しながら答える。
「別に、染めてない」
素っ気無いなぁっと苦笑して、女の手は僕の髪から離れた。
――また、やってしまった。
もう、女なんて抱かないって決めてたのに。
僕は場の雰囲気に流される、タイプの人間で気が弱いのかもしれない。
隣ですやすやと安らかに、幸せそうに寝ている女を見ながらふぅっと溜息を付いた。
抱かれている間、女はみんな純粋になる。ただ、欲のままに求める。
飾り繕うこともなく、純粋にただ……愛を求めていた。
女に気付かれないように、ベッドから抜けて、無造作に落ちている自分の服を着た。
何も言わずに帰るのは色々と面倒臭いと思い、僕はメッセージを残すことにする。近くにあった、広告紙を裏返して手帳に入っているボールペンを抜き取った。
『帰るから』
それだけを書いて、僕は静かに彼女の家を去った。
心の穴が広がったような、気がする。
「あ、あの!」
後ろからか細い声で、呼び止められる。声のした方を振り返ると、其処にはどこかで会った少女が立っていた。
ピンク色の温かそうな服に身を包んで、真っ白いマフラーをしていて、とても女の子らしい格好をしている。
「…………何?」
寝癖でたった髪を触りながら、僕は彼女に尋ねる。彼女は、僕に近づきながら言った。
「名前、なんていうんですか?」
彼女の声は何処までも澄んでいて、僕の心にそっと……染み込んでいった。
僕は本当の名前を言うか、考える。
「あ、私は久遠 伊織です!」
彼女は手を差し伸べて、にっこりと微笑む。彼女の血色のいい頬に小さなくぼみが左右一つずつ出来た。
僕は差し伸べられた手に、応えるように自分の手を重ねてから「東宮 紫苑」と告げる。
それを聞くと、伊織と名乗る少女は嬉しそうに微笑んだ。
さっき抱いた女には『彼方』と名乗っていたが、それは、昔やっていたホスト時代の源氏名。
最初から浅い付き合いになると分かっていたし、お互いに身体だけの割り切れた付き合いで納得していたから詮索される事は、全くなかった。
「……紫苑さん?」
彼女は僕を黙って見つめて、そう呟く。彼女の潤んだ瞳と、艶めいている唇が女性独特の色気を醸し出している。
抱きしめたい、という衝動に駆られる。そんな衝動に今まで、駆られたことがなかったために、僕は戸惑った。
目の前にいる小さな、しかも会ったばかりの彼女を抱きしめたい、だなんて……そんなに僕は飢えているのだろうか?
「あぁ。さん付けは、しなくてもいいよ。……それより、何? また、知り合いに似てたから声かけたの? それとも、別の用?」
僕は近くの壁にもたれかかりながら、彼女を見つめて言う。彼女は言う事を考えていたようだったが、思いつかないらしく軽く溜息を吐いてから僕にこう言った。
「少し、時間ありますか? デートして、いただきたいのです」
そう言って微笑った、彼女の顔は儚くて、そして僕が今まで見たどんな女性の笑顔よりも美しかった。
――何故だろう?
なぜ、僕は今……冬だというのに海に来ているんだろう。
そして、どうしてこの女の隣にいるんだろう。