第2話 残酷で利己的な選択
鉱魔獣が村を襲ったことで親父を失った日から一夜明けた朝、身を賭して戦った親父たちを弔った悲しみからまだ癒えない村人が村長によって広場に集められていた。
昨日の出来事で村の人口は半分まで減らされ、特に肉体作業をすることが出来た男たちがほぼ全員死んでしまった。そのことで家族を失った悲しみよりも自分のことを考える人が多くなっている。
不明瞭な未来に不安を持つ現状で呼び出されたこの場で何が始まるのかと不安を抱える人たちの声がざわざわと広がっていく。
『まだ外から血の匂いがするのに集めてどうするんだ......』
『作物の貯蓄はあるけどそれを運ぶ人がいないわよ』
『お母さん、お父さんはどこへ行ったの?』
何も説明が無く集められた広場では時間が経つにつれて暗い空気が辺りを包み込んでいった。
そんな中で、まだ親父を目の前で失った現実を受け入れられない俺はこの空間に耐えられずに、集団の端の方でうずくまっていることしかできないでいる。
情けない気持ちはあるが今までの平和だった時間を思い出していなければ気が狂ってしまいそうだ。
「皆、集まったか」
下を向いていた俺の耳に、普段から聞いていたはずの主のものとは思えない冷たさを感じさせる年寄りの低い声が聞こえてくる。
(この声は村長か。なんか硬い声な気がするけど、昨日あんなことがあった後だしな。――そういえば村長は鉱魔獣が襲って来た時どこにいたんだろう......村人への指示も親父たちがしてたような)
まだ村人たちの声が響く広場でそんなことをぼんやりと考えていたが村長が手を何度か叩いたことで思考が途切れる。
静かになり、村人たちの視線が自分に集まったことを確認した村長は一度咳払いをしてから口を開いた。
「まだ昨日の出来事が収まっていないなかで呼び出した理由を今から話す。この村は働き手が激減したことにより、崩壊の危機にある。このままでは食べるものも無くなり村人全員が餓死することになるだろう。
――よって今回の戦いで親を亡くした子供4人を口減らしとして鎮魂の森へ送ることに決定した。これはどんな意見があろうとも覆ることは無い」
「......は?」
今、村長はなんて言った?親がいない子供を口減らしって俺のことじゃないか。
俺が思わず顔を上げて村長の方を見ると、そこにあったのは今まで見たことない機械のような顔をした表情だけだった。
冷たい目で広場をぐるっと見渡した村長は横に居た自分の息子たちへと耳打ちをする。
嫌な予感がした俺は気力の無い身体を無理やり動かして何とか立ち上がる。
後ろを振り返らずにこの場から逃げようと足を一歩踏み出した瞬間、背後から弾き飛ばされるような強い衝撃を受けて地面へと倒れた。
俺は何が起こったのか理解できないまま、後ろで両手を抗えない力で拘束される。
視線を向けると、その主は小さい頃から遊んでくれていた兄のような存在の村長の息子だった。
いくらもがいても拘束を解くことが出来ない俺の正面には、仲の良かったはずの村人たちが汚物でも見るような蔑みの視線を向けてくる姿が写っていた。
「ごめんね、でも私たちも生きるためだから」
後悔しているような言葉を発した声の主を探すと、そこに居たのはさっきまでうずくまる俺のことを心配そうに見ていた母さんの親友だったはずの女性だった。
(ああ、さっき倒れたのはこの人が押したからか......くそが)
不気味なほど静かな広場には俺と同じように拘束されて、大声で泣きわめく子供たちの叫びだけがこだましていた。
◇◆◇◆
「さっさと歩け。森はもうすぐだ」
あれから俺たちは抵抗する暇も無く村の外へと放り出された。口減らしのために俺たちを捨てたことが万が一にも近くの国へ伝わるとまずいのか、逃げられないように手をロープで繋がれたまま鎮魂の森まで運ばれていく。
古い魔蒸車に詰められていた俺たちは運転していた村長の息子に指示されるまま森の近くで降ろされ、無理やり歩かされていた。
そんな様子をニヤニヤと眺めながらうるさい子供を叩いて黙らせるこの男は悪魔にしか見えない。
反抗する気も起きずに呆然と歩いていると、遂に鎮魂の森へと辿り着いてしまった。
「このまま何も無しに放り出してもいいんだがな。俺は優しいからこの魔光ランプだけやるよ。ゼノヴェルお前が持て」
機嫌が良さそうにニヤニヤと腹の立つ表情をしながら、村長の息子が手に持っていた魔光ランプを俺に向けた。
そんなもの貰ったところで何になるっていうんだ。せめて食料かナイフの一本でもくれよ。
そんな思っても意味の無い愚痴を心の中に押し込んでこちらへ差し向けている魔光ランプを手に取った。
「ロープは切ってやるがお前らが森に入って出てこないことがわかるまで俺はここにいる。せいぜい頑張るんだな」
村長の息子はそう言って拘束を外したあと、馬鹿にした表情を隠さずに腕を組んでこちらを見張っている。
こんな真っ暗な森に進みたい気持ちは微塵も無いのだが、ここで止まっていても仕方ない。後ろのやつは俺たちが死ぬことを願ってるんだから。
親父が死んで自暴自棄になっている自覚はある。だけど、俺が生き残れる可能性が高いのは森で生き残って違う場所から外に出ることだ。
俺は怯えている他の子供たちに「行くぞ」と伝えて先が見えない森のなかに足を踏み入れる。
俺が進むのを見て、迷っていた子供たちが諦めたかのように着いてきた。
――それから微かに入ってきた日の光も無くなり完全な暗闇に包まれた森のなかで立ち止まった俺たちはこれからどうするかを話し合っていた。
「お前らこれからどうする。暗闇のなか動き回るか、ここで夜が明けるのを待つか」
子供たちは決めきれないのかお互いの顔を見合わせながら「どうする?」「怖いけど足疲れた......」「もう動けない」などと言い合っている。
(いくら話したって現状が解決するわけじゃないだろうに......)
子供たちの声を聞くことに疲れた俺は、もうどうでも良くなって溜息を吐いてから木の近くに座り込んで背中を預けた。
俺よりもさらに小さな子たちだからしょうがないのはわかるけどな......
「俺はここにいて朝を待つことにする。どっかに行きたいやつは勝手にしてもいいし、魔光ランプも持っていくといい」
俺の言葉を聞いて、また子供たちはひそひそと話し始める。
それから少しして、俺から離れた場所で話し合っていた子供たちはこの場に残る選択をしたのだろう。俺と同じように体を地面に預けて座り込んだ。
子供たちは暗闇が怖いのか魔光ランプを自分たちの中心に置いて眺めている。
型落ちのものだからか微かな光しか灯さない魔光ランプは少しだけ心に暖かさを覚えさせてくれた。
「こんな小さな光でも少しは落ち着くもんだな......」
暗闇のなかだと多少目立つだろうがそんな些細なことを気にする余裕は今の俺たちには残されていなかった。
(もうどうしようもないかもな。ここから誰か運よく生き残るか全員仲良く死ぬかしかないだろ)
そんなことを考えながら目を閉じて時間が過ぎるのを待っていると奥から獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。
それも一つや二つではない。種類の違う獣の音は俺たちの心を折るには十分な効果を与えてくる。
「絶対に騒ぐなよ。静かに息を潜めて過ぎるのを待つんだ」
囁くほどの音量で子供たちに注意を促すが、獣の声が消えることは無い。
緊迫した状況のなかでじっとしていても、徐々に増えていく唸り声。
焦りと恐怖が渦巻く空間に耐えられ無くなった一人が「うわあああああ!!!」と大声を上げながら逃げ出すように俺たちが来た道を帰るように走り出した。
「ちっ!あの馬鹿!」
俺は悪態をついて子供が走り去った方向に目を向けるがその姿は夜の闇へと消えていく。
あいつに構っている余裕は俺にはない。
「お前ら、静かにしてろよ。もし、あいつの声に釣られて獣か鉱魔獣が来たら散り散りになって逃げるしかない。それで生き残れたやつは幸運だったってことだ」
子供たちから見る俺の目にはどんな感情が写っているのだろうか。
怯えたように首を縦に何度も振る子供たちを見ると少し罪悪感を覚えるがそんなことを言っている余裕も無い。
全員が身を強張らせて息を潜めていると遠くから何かに襲われたかのような叫び声が聞こえてくる。
それは、さっき逃げた子供の声に酷使していた。
うるさいほど聞こえてきた声は次第に小さくなり、代わりに獣の唸り声と足音がこちらへと近づいてきた。
「まずいぞ、あいつを襲ったやつがこっちへ来ている。逃げたあいつの匂いでも辿ってるんだろう。――お前ら、立って逃げる準備をしろ」
このままここにいても全員死ぬことになるだろう。そんな最期を迎えるくらいならサイコロを振った方がまだマシだ。
焦る俺たちの耳に、唸り声と足音が無慈悲にも死を知らせるように近づいてくる。
「いいか、生き残りたいならあいつが逃げた方へは逃げるな。違う方向へ走ればこのなかの誰かは助かるかもしれない」
俺は自分に言い聞かせるように残った子供たちへ伝えると逃げた子供とは逆方向の森の奥へ続く道へ足を向けた。
「逃げろ!!」
俺の声を合図にして俺たちは散らばって各々の信じた道を走る。目くらましになればいいと思って魔光ランプを真後ろへぶん投げたが意味があるかはわからない。
足を止めず、後ろを振り返るなと自分言い聞かして真っ直ぐ走る。途中、叫び声が二つ聞こえた気もしたが気のせいだと何度も頭のなかで繰り返すことしか俺にはできなかった。
(親父が死ぬなって言ったんだ。肺が弾けても走る!)
脇目も振らず、ただ足を止めることなく走り続ける。
それからどのくらいの時間が経ったのだろう。夜が明けて朝の光が木の間から差し込んできた。
目的地も無く、がむしゃらに体力が尽きるまで走った俺の目の前に、木々に隠された洞窟の穴が見えた。
俺は最後の力を振り絞ってなんとか穴のなかに転がり込んで身体を隠す。
「親父......遺言は、守った......ぞ」
朦朧とした意識のなかでなんとか洞窟の壁に寄りかかった俺の瞼はゆっくりと落ちていった。
========
【作者からお願い】
もし少しでも、
「面白い」
「続きが読みたい」
と思っていただけましたら、
☆をタップして評価してもらえると嬉しいです
フォロー、応援、感想お待ちしております




