五つ子勇者(仮)と喋る魔王の首:葡萄畑の賑やかな日常
「よくやった、勇者たちよ!」
多くの貴族たちが見守る中、宮廷の大広間に王の威厳ある声が響き渡った。
「「「「「はーっ!」」」」」
片膝をつき、深く頭を垂れる勇者たち。
王が「面を上げよ」と促すと、一行は一斉に顔を上げた。
そこにあったのは、見事にそっくりな五つの顔。
そう、彼らは五つ子なのである。
王はこみ上げてくる笑いを必死に押し隠しながら、彼らの前に置かれた木箱を指さした。
「そして……それが例の魔王の首なのだな?」
「「「「「はい、そうです!」」」」」
「ちと、見せてはもらえぬだろうか」
「「「「「はい、どうぞ!」」」」」
ぱっかん、と気の抜けた音を立てて箱が開けられる。
中から現れたのは、世にも醜悪でブヨブヨとした生首だった。
「何と……!」
王は玉座を立ち上がり、怖いもの見たさで首のすぐそばまで歩み寄る。その脚はガクガクと震えていた。
「王様、あまり近寄られますと危のうございます。咬みますから」
「なにっ!? 死んだのではないのか!?」
「死んではおりますが、魔王ですから」
「お、おう……」
よく分からないロジックだったが、王は圧倒されて一応頷いた。
「それにしても……魔王というのは、随分と醜い容貌をしておるのう」
その瞬間、大広間を震わせるほどの怒号が響き渡った。
「何を言うか! わしは魔界一のイケメンなのだぞ! それをこやつらのせいで、こんなブヨブヨに……っ!」
悔しさに打ち震える魔王の首。
あまりの事態に、大広間はしいんと静まり返った。
王はコホンとわざとらしい咳払いをして、話を本筋に戻す。
「……して、お前たち一人一人の役割は何なのだ?」
「「「「はい、魔法使いです!」」」」
「……勇者です」
「ん?」
王は首を傾げた。
「つまり、勇者一人と、四人の魔法使いということかな?」
「「「「こいつ、本当は勇者じゃなくて魔法使いですから」」」」
四人が、一人だけ無理して勇者っぽい格好をしている兄弟をビシッと指さす。
話を聞けば、勇者不在のパーティでは収まりが悪いという理由だけで、出発前にジャンケンで役割を決めたらしい。
「アイコが続きすぎて、決まるまで八時間かかりました」
「⋯⋯では、実際は全員魔法使いということか。しかし、勇者もいないのによく魔王討伐の旅に出ようと思ったな?」
王の純粋な疑問に、五つ子はあっけらかんと答えた。
「はい、ちょうど農閑期でしたので」
「あと、魔王討伐参加者特典の、空間魔法付きウエストポーチが欲しかったので」
「……なるほど。ところで、どうやって勇者もなしに魔王を討伐したのだ?」
王の当然の疑問に、五つ子が順番に答え始める。
「はい。ぼくらは全員、ちょこっとの水魔法と、ちょこっとの火魔法が使えます」
「そこで、このいただいたウエストポーチに、風呂桶を入れて行きまして」
「全員で水を出すと、風呂桶がいっぱいになります」
「全員の火魔法で温めると、ちょうどいい湯加減になります」
「旅の間も本当に助かりました。ぼくらのようなお年頃が一日中歩き回ると、夜には香ばしくなってしまうので」
「他の勇者一行がどうかは知りませんが、ぼくらは毎日お風呂に入るきれい好きなんです」
「……う、うむ。お前たちがきれい好きなのはよく分かった。で、魔王はどうやって倒したのだ?」
「はい。魔王城の大広間に、そのちょうどいい湯加減のお風呂を設置しまして」
「そのすぐ傍らに、特製の葡萄酒を置いておきました」
「……ほう、それで?」
王が身を乗り出す。
「魔王はホカホカお風呂の誘惑に勝てなかったようで、大広間で真っ裸になりまして」
「ドボン、と入りました。魔王でも言うんですね、『極楽、極楽』って」
「しばらく温まると、魔王は傍らの葡萄酒に手を伸ばし、グビグビと一気に飲み干しました」
「そして、そのままグウグウと寝てしまいました。魔王って、意外にお酒に弱いんですね」
「そ、そんなことはないぞ! あれは体が芯まで温まって、いつもより酒の回りが速かっただけだ!」
すかさず魔王の首が負け惜しみを叫ぶ。
「とにかく熟睡してしまったようで、そのまま体がだんだんお湯に沈んでいき……溺れてしまいました」
(――それではただの事故死ではないか!)
王は喉まで出かかったツッコミを、王としてのプライドでどうにか飲み込んだ。
「死んじゃったので、玉座の横にあった立派な剣をちょっと借りて、首を切り取って持ってきました」
あまりにも呆気ないというか、何というか。
「し、しかし、魔王城に入り込むだけでも大変だったろう? 道中で多くの魔物を打ち倒してきたのではないか?」
王が必死に「勇者らしい武勇伝」を引き出そうとすると、五つ子たちは不思議そうに互いを見交わした。
「いえ。『葡萄酒の行商人です』と言ったら、すぐに門を通してくれました」
「……それは、名案だな」
「はあ。うちは葡萄農家で、自分たちで葡萄酒も作って売りに行きますから。行商人というのは嘘偽りのない本当のことです」
「し、しかし、魔王を討伐した後は、怒った魔物たちに囲まれて襲われただろう!?」
「いえ。魔物たちも、ぼくらがタダで配った葡萄酒を飲んで、みんなでグウグウ高いびきをかいていました」
「クソー……クソー……っ!」
魔王の首が、床の上で悔しそうにぶつぶつと呟いている。
「フム……」
何とも言えない気持ちになったが、王はパッと気持ちを切り替えるように、明るい声を張り上げた。
「……何はともあれ、あっぱれであった! かねてからの約定通り、魔王を倒したお前たちには爵位を与え、そして――『勇者』には、我が娘である王女を娶らせよう!」
それを聞いた「ジャンケン勝者の勇者(仮)」の目が、期待でキラキラと輝く。
だがその瞬間、大広間に、どうしようもなく冷ややかな声が響き渡った。
「イヤですわ」
声の主は、当の王女であった。
「お断りですわ」
もう一度、はっきりと言い放つ。
「クソくらえですわ」
完璧なダメ押しであった。
「あ、こやつ、泣いておるぞ」
床の上の魔王の首が、目ざとく指摘した。
見ると、勇者(仮)の目から、大粒の涙が一筋こぼれ落ちている。
「にゃ、にゃ、にゃいてないもんっ! 目から汗が出てるんだもんっ!」
強がったものの限界だったらしく、勇者(仮)はそのうちグスグスと鼻を鳴らし始め、ついにギャン泣きを始めてしまった。
それを見た兄弟たちは、始めこそニヤニヤしていたが、そのうち困った顔になり――そして、全員で一緒にギャン泣きを始めた。
(ああ、これが双子の赤子がやるという、ギャン泣きの連鎖反応……!)
王は遠い目をする。
この子たちの母親は、さぞ大変だったろう。一人が泣けば、全員がつられて泣き出すのだ。五人もの赤子を前に、たおやかで若く美しい母親は、きっと途方に暮れて涙したに違いない。
(※王の脳内による、勝手な美人の母親の想像である)
「「「「「ご心配無用ですわ! 我々がお嫁さんになりますもの!」」」」」
その時、大広間の扉が開き、颯爽と現れたのは五人の令嬢たち。
なんと、彼女たちも全員同じ顔をしていた。
「我々は、同じ五つ子の殿方に嫁ぎたいと常々思っておりましたの」
「ホウホウ、それはいい考えだ。勇者たちよ、どうであろう?」
令嬢たちの登場に、勇者たちはグスンと鼻を鳴らしながら泣き止んだ。王の問いかけに、コクンと頷く。
「では、どういう組み合わせが良かろうな? やはり、長女と長男、次女と次男という風に、生まれた順で組み合わせるのが美しいか」
「「「「「ええ、それで結構ですわ!」」」」」
令嬢たちは声を揃えて快諾した。
しかし、肝心の勇者たちからは何の反応もない。見れば、五人で身を寄せ合い、丸くなってひそひそ話を始めている。
「……なぁ、貴族ってすげえよな。生まれたときの順番が分かるんだぜ?」
「だよなー。うちじゃあ順番どころか、生まれたときに付けられた名前と、今呼ばれてる名前が絶対に違うと思うぞ」
「ウンウン。ぼくなんて、子供の頃『ドーニ』だった時期と『カナール』だった時期があるもん」
彼らの名前は、ドーニ、カナール、ハズモ、ナイダ、ローニ。
繋げると「どうにかなるはずもないだろうに」となる、五つ子が生まれた瞬間の親の絶望と哀愁がひしひしと感じられるネーミングであった。
「ぼくなんて、昼ごはんを二回食べさせられた日もあれば、夜ごはんが無かった日もあるよ」
「一日に髪の毛を二回切られたこともあったなぁ……」
彼らは覚えていないが、赤子の頃、彼らは一列に並べられ、一つのお椀と一つのさじで順番に機械的にごはんを口に突っ込まれていたのだ。一卵性でそっくりな彼らの入れ替わりなど、親はハナから気にしていない。五つ子を育てるというのは、それだけで想像を絶する修羅場なのだ。
五人は、揃って遠い目をした。
「ぼくらみたいなド庶民が、お貴族様のお嫁さんをもらうなんておこがましいよな……」
ふと、彼らは大広間の全員が自分たちをじっと見つめていることに気がついた。
気まずくなった勇者(仮)が、慌てて取り繕うように声を張り上げる。
「い、いえ! 生まれた順などではなく、その……お互いに気が合う者同士が良いのではないかと……!」
「ほう、気が合う……つまり、フィーリングじゃな。ふむふむ、勇者よ、良く言うた! 皆の者、用意をせい! これより『フィーリングカップル5対5』を執り行う!」
王の一声で、大広間に長方形の大きなテーブルがドタバタと運び込まれた。
理由もわからないまま、勇者たちは右側、令嬢たちは左側に一列に席を取らされる。
「さあ、今日はよく来てくれた! 先ずは一人ずつ自己紹介だ。はい、勇者から!」
王に急に振られ、勇者(仮)は戸惑いながら立ち上がった。
「……勇者です。名前は、ドーニ、カナール、ハズモ、ナイダ、ローニのうちのどれかです。実家は葡萄農家です。えーと、以上です」
続いて、隣の兄弟にバトンが渡る。彼は自分の番が来たことにドギマギしながら言った。
「魔法使いです。名前は、ドーニ、カナール、ハズモ、ナイダ、ローニのうちのどれかです。実家は葡萄農家です。えーと、以上です」
「待てーいっ!」
王の鋭いツッコミが入る。
「前の人と同じことを言ってはならぬ!」
「えっ!?(そんな殺生な!)」
彼は一瞬で青くなった。違うこと、何か違うことを言わなくては……!
「う、うちでは、葡萄酒も作っています……! 以上!」
こうして、五人が冷や汗をかきながら、なんとかそれぞれの自己紹介をひねり出した。
全員の発表が終わると、王が満足げに言った。
「一卵性の五つ子では、名前が入り乱れるのも仕方なかろう。そこで、わしからの素敵なギフトじゃ!」
王の合図で、家臣が恭しく捧げ持ってきたのは、名前が刺繍されたカラフルなウエストポーチだった。
「これも空間魔法が付与されておる。しかも、お前たちが今持っているものより、ざっと百万倍は広い空間じゃ!」
五つ子の目が輝く。
王は満足げに頷くと、ポーチを一つずつ手に取り、そこに書かれている名前を読み上げ始めた。
「まず、ドーニ!」
「「「はいっ!」」」
三人が同時に元気よく返事をした。王は彼らの顔をじっと見比べ、
「お前が一番『ドーニ』らしい顔つきをしておる!」
と、勇者(仮)に真っ赤なポーチを手渡した。
「次、カナール!」
「「「「「はいっ!」」」」」
今度は五人全員が返事をした。王はすかさず勇者を睨みつける。
「お前はもう『ドーニ』に決まったのだから、他の名前で返事をしてはならぬ!」
釘を刺した王は、残りの四人を見比べた。しかし、見れば見るほど瓜二つである。王は考えるのをやめ、適当に右から二番目の男を指さした。
「よし、お前こそがカナールだ!」
そして、鮮やかな青いポーチを渡す。
「次、ハズモ!」
シーン、と大広間が静まり返る。誰も答えない。
「……ハズモは? おらんのか?」
「「「ぼくら、ハズモと呼ばれたことは一度もありません」」」
残りの三人が首を振る。すると、赤いポーチを貰ったばかりの勇者が手を挙げた。
「あ、ぼく、あるよ」
「ならば、お前がハズモではないか!」
王は勇者の手から赤い『ドーニ』のポーチをひったくり、代わりに『ハズモ』と書かれた黄色いポーチを力任せに押し付けた。
「なんだ、ぼく、ハズモだったのかぁ」
勇者は納得したように呟いた。
「次、ナイダ!」
「はいっ」
今度は一人だけが手を挙げた。
「なんと素晴らしい! これぞ奇跡じゃ、お前こそがナイダだ!」
王は感動しながら、彼に緑色のポーチを渡した。
さあ、残りは二人。残った名前は『ドーニ』と『ローニ』のはずである。
王は残った二人に向き直り、尋ねた。
「残りのお前たちに聞こう。お前たちがこれまでに呼ばれたことがある名前は何だ?」
「カナールとローニです」
一人が答える。
「ふむ、ではお前がローニだな!」
王はオレンジ色のポーチを彼に渡した。
さて、これで最後の一人である。王が「お前は?」と促すと、最後の一人はあっけらかんと言った。
「ぼくも、カナールとローニです」
「……はっ? 『ドーニ』の間違いであろう?」
「いえ。ドーニと呼ばれた記憶は一切ありません」
王はパニックになり、青いポーチを持つ暫定『カナール』を振り返った。すると彼は、思い出したように言う。
「あ、ぼく、ときどきドーニと呼ばれていました」
「ならば、お前がドーニではないかっ!」
王はその手から青いポーチをひっつかみ、赤いポーチを投げつけて寄越した。
「で、残ったお前がカナールだ! はぁ、はぁ……っ!」
たかが名前を呼ぶだけが結構な大仕事で、王はすでに汗だくだくであった。
「お前たち、ドーニ、カナール、ハズモ、ナイダ、ローニの順で今すぐ座り直すのじゃ! そのウエストポーチを絶対に体から離すな! 外したら、命がないと思え!」
勇者たちは「そんな横暴な……」とぶつぶつ文句を言った。しかし、これまでふわっとしていた名前がようやく確定したため、実はちょっとゴキゲンで席を移動した。
「さあ、仕切り直しじゃ。気を取り直して、自己紹介の続きから――」
王が声を張り上げたその瞬間、大広間にドスドスドス!という、地響きのような重々しい足音が響き渡った。
「お前たちぃいいい!」
魔王の怒号など比べものにならない、大気を震わせる大音声。
そこに立っていたのは、見上げるほどの巨体を持った、いかにも逞しい中年女性だった。
「「「「「か、かーちゃん……っ!」」」」」
五つ子が同時に身をすくめる。
「どこまで葡萄酒の行商に出てんだよ、まったく! もうとっくに農閑期は終わってんだよ! さっさと家に帰って畑仕事をしな!」
母親は、有無を言わさず勇者(仮)の耳をギュッと引っ掴み、そのまま引きずって連れて行こうとする。
「痛い、痛いよ! やめてよ、かーちゃん!」
「うるさいね! つべこべ言わずにさっさと歩きな、ローニ!」
「痛い! ぼくはローニじゃなくてハズモだよ!」
「何言ってんだい、名前なんかどうでもいいんだよ! お前たちは五人まとめて『ドーニ』で『ローニ』で……えーっと、あとは何だったかねぇ!」
「「「「「やっぱり覚えてないんじゃん……」」」」」
兄弟たちはすっかり小さくなり、そそくさと母親の後を追って大広間を出て行った。
「ほら、シャキシャキ歩きな!」という怒鳴り声が、廊下の奥へと遠ざかっていく。
王の脳内にあった、あの「たおやかで若く美しい母親像」が、ガラガラと音を立てて崩れ去った。呆然と立ち尽くす王だったが、やがてしみじみとポツリ呟いた。
「……まぁ、五つ子を育てるには、あれくらい逞しくなければ無理じゃな……」
*
さて、こののち――。
彼らには、王から爵位の代わりに、実家の隣の広大な荒れ地が与えられた。
その土地は、あの強大な母親の容赦ない指揮のもと、またたく間に見事な葡萄畑へと生まれ変わることになる。
さらに後日、顔がそっくりな令嬢たち五人が、揃って息子たちの元へ嫁にやってきた。葡萄畑には、これまたそっくりな孫たちがゴロゴロと生まれて賑やかになった。
農業につきものの天候不順や自然災害も、もちろん無いわけではなかった。
だが、今や孫たちのすっかり良いおもちゃと化した「魔王の首」が、「今年の夏は干ばつじゃ!」とか「来週、大型の台風が来るぞ!」などと必死に予言してくれるため、彼らは何なく難局を切り抜けた。
やがて彼らの作った葡萄酒は、国一番の名酒として王の元へも届けられるようになる。
その極上のボトルには、いかにも楽しそうにニカッと笑う魔王の顔のラベルが貼られているのだった。




