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健全な男同士のオムニバス  作者: 陽花紫


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静電気のデンと俺

人外、擬人化、静電気×俺。

 帯電体質。

 と書くと、専門用語のようにも聞こえるけれど。

 要は、冬の乾燥した空気の中では、俺は人よりずっと静電気を溜め込みやすい体質であったというわけだ。


 エレベーターのボタンを押しただけで、この指先に雷がはしる。

 ドアノブに触れようものなら、ばちんを超えて、バチィィン!と派手な音がした。


 べつに冬は嫌いじゃないけれど、あの痛みだけは本当に苦手だった。


 あの日も、そうだった。

 早朝の冷えきった空気のなか、出勤前にコンビニへ立ち寄ってホットコーヒーを買おうとドアを押したその瞬間。


「……っ、……!」


 いつもより、数倍大きな閃光と衝撃がはしっていた。

 視界が白く跳ねて、頭の奥がぎゅうと強く締め付けられる。

 バチン!

 という音のあとで、重たい何かが後頭部にのしかかるように意識を奪っていく。


 ――いたた、これはまた派手にいったな……。


 そんな思考も途中でちぎれて、俺はそのまま崩れ落ちていく。


***


 瞼がひくりと動き、ゆっくりと持ち上がったとき。

 まず見えたのは、白い光。次に、金色だった。


 それは、誰かの髪の色でもあったんだ。

 太陽の下で輝く砂粒みたいな、短い金髪。


「やっと、起きたか」


 その声は低く、どこか尖っていた。

 けれどもどこか柔らかさも含んでいたんだ。


 俺は混乱したままこの身を起こし、目の前の青年のことを見つめていた。


 年齢は、俺より少し下であるかのように見えていた。

 鋭い眼差しと、整った顔立ち。

 けれどその服装は見慣れないもので。どこか近未来的で、どこにも売っていないような素材感でもあったんだ。


「……えっと、誰?」


 青年は鼻で笑って、目の前で腕を組む。


「質問するのは俺のほうだ。俺のことを生み出したのは、お前か?」

「はい?」

「とぼけんなよ。お前だろ?俺みたいな”静電気”ってやつを、毎日これでもかって溜め込んでるやつは」


 しばらく呆然と虚無を見つめ、それから少しずつ理解が追いついていく。


「静電気……?お前……」

「ああ、そうだ。冬にお前のその身に溜まっては、痛い思いをさせてきた張本人だ。で、先ほどの衝撃でお前への負荷が限界突破してな。気づいたら、こうして実体化してたってわけだ」


 あり得ない。

 だけど痛みが連れてくる現実味は、それを否定させてはくれなかった。


「……俺の、夢じゃなくて?」

「夢だったら、こんなイケメン出てくるか?普通」

「そこは否定しないのかよ」


 恐ろしく顔の整ったイケメン、デンと名乗ったその存在は。

 一見すると冷たそうにみえるものの、どこか茶目っ気がある不思議な存在でもあったんだ。


「なあ、一つ頼みがあるんだ!」


 デンは少しだけ眉を伏せて、こう言った。


「春まで、お前のそばにいさせてくれよ。……なんでもするからさ」


「なんでも……」


 俺の胸が、冬の空気を割ってじんわりと熱くなる。

 一人暮らし、仕事三昧、家と会社を往復するだけの日々。

 そのようなな中で「そばにいさせてくれ」と言ってくれる存在がどれだけありがたいか、俺は誰より知っていた。


 気づけば俺は、深く頷いていた。


 その日は仕事を休んで、俺はデンを家に連れ帰っていた。

 どうやら、デンの姿は俺にしか見えないらしい。

 コンビニの前に誰もいなくてよかったと思いつつ、デンはまるでここが我が家であるかのように早速くつろぎはじめていた。


***


 デンは、驚くほどよく俺のことを知っていた。


「ただいまー」


 夜遅く帰れば、キッチンからひょいと顔を出す。

 今日はカレーのいい匂いがしていた。


「おかえり。ほら、寒かっただろ。温めてやるよ……って、触ったらお前死ぬか」

「死にはしないだろ……。たぶん」

「たぶんとか言うなよ。俺、電気そのものだぞ?」


 そのような会話をしながらテーブルに座れば、そこには温かい湯気とともに出来立てのカレーと彩のいいサラダが並んでいた。


 料理なんてしたことがないと言いつつも、デンは驚くほど吸収が早かった。

 洋食和食、中華も何でもお任せあれ。

 肉じゃがはほろほろ、味噌汁は優しい味。俺が好む味まで理解してくれていた。


「……うまっ!デン、料理上手じゃん。天才!」


 褒めると、デンはむっとした顔を背けてしまう。


「別に……、お前のために作っているだけだ」

「それを料理上手って言うんだよ」


 その頬が、ほんのりと赤くなる。

 静電気のくせに、照れるとかあるんだなと俺は不思議に思っていた。


 日中は留守番をしてくれて、洗濯や掃除まで完璧にこなしてくれた。

 それに、俺より家事力があったん。悔しいというより、ありがたくて泣きそうになる。


 そして困ったことに、たまに指が触れた時もあった。

「……っ、いたっ!」

「悪い……」

 ばちん、と火花が散った。

 わずかに痛むだけで終わればいいのに、デンはそのたびに本気で落ち込んでいた。


「ごめんって、俺も気を付けるようにするよ。……デン、そんな深刻そうな顔するなよ。な?」

「お前を傷つけるのは、嫌なんだ」


 その声が、妙にこの胸を締めつけた。


***


 仕事に疲れ果てて帰った、ある日の夜。


「もう無理……、ほんとにしんどい……」


 リビングの椅子の背にもたれて、目元を押さえたとき。

 ふいに目の前に、ティッシュ箱が差し出されていた。


「泣くなら、泣け。人間は、涙を流すと少しは楽になるんだろう?」

「……べつに、泣いてないし」

「強がるな」

 そう言われた瞬間、堪えていたものが崩れていく。


「頑張っていることは、知っている」


 そんなこと、誰にも言われたことがなかった。

 頑張ってるだなんて、認められたこともなかった。


 思いっきり泣いたあと、デンは困ったように笑っていた。


「お前には、笑っていてほしい」


 その言葉に、胸がひどく熱くなる。


 デンはそっと、俺に向けて手を伸ばす。


「触れたいけど……、痛いよな?」

「……大丈夫だよ。デン、触ってほしいんだ。君に」

「泣いてるときは、余計に電気が溜まりやすいだろ?感電するかもしれないぞ」

「それでも、いい。デン、ほら……」


 ひと呼吸おいて、デンの手が俺の背中に回される。


 バチッ!


 重なった胸元にも目に見えて火花が散ったけれど、それでもデンの手の温度を確かに感じることができていた。

 痛いけれど、でも、それ以上に俺は嬉しかったんだ。



 それから俺は、時折デンに触れたいと思うようになっていた。


 本当は、手を握りたい。抱きしめたい。

 けれど深く触れてしまえば、それは命に関わることすらある。


「俺から生まれたっていうのに、俺が触れないのって……なんか変だよな」


 ぼそりとこぼすと、デンもまた小さく笑っていた。


「まあ、お前が変に電気溜めるから悪いんだけどな」

「俺のせいかよ」

「でも……、不思議だよな」


 デンがふと、真剣な表情をする。


「触れることができなくても……。なんでだろうな、お前のこと……好きなんだと思う」


 空気が、止まった。

 俺は言葉を返すことができずに、ただ心臓だけがやけにうるさく鳴っていた。


「目が合うだけで、……胸の奥が変な気分になるんだ。電気とは別の、あたたかい何かが……」


 冬であるというのに、俺の頬は真夏のように熱くなっていた。


「俺も、デンのこと……。好きだよ」


 そう伝えれば、デンにもまたこの熱が移ったかのように顔を赤くさせていた。


***


 やがて季節は移りゆき、雪は雨へと変わっていく。

 朝の冷え込みは和らいで、空気に湿り気が戻ってきたある日のこと。


 デンの姿は、少しずつ透けるようになっていた。


「もうすぐ、春だな……」

「そうだな」


 俺は、うまく笑うことができなかった。


「ありがとう。デンがいてくれたおかげで、寂しくなかったよ」

「俺のほうこそ……。この世界がこんなに楽しいだなんて知らなかった。お前のおかげだな」


 デンは少し照れながら、俺の髪に触れようとしてはやめた。


「最後くらい……、抱きしめてよ。デン」

「わかった」


 そして俺たちは、一歩近づいた。


「覚悟は、いいな?」

「もちろん」


 デンがゆっくりと腕を伸ばして、俺を強く抱き寄せるた。


 その瞬間、閃光が爆ぜた。


 部屋中が白く染まり、雷鳴のような音が耳を打っていた。

 衝撃が体を突き抜けて、俺の意識は再び遠のいていく。


「またな、……」


***


 目を開けたとき、部屋は静かで、曇りガラス越しの春の光が差し込んでいた。


 もうそこに、デンはいなかった。


 気配すら、残っていなかった。

 それでも、俺のこの胸の奥には確かに触れた温もりだけが残っていた。


 あれから俺は、次の冬が来るのを楽しみにしている。

 早く空気が乾燥しろ、もっと帯電しろと、初めて願うようになっていたんだ。


 また、デンに会う。

 会ってみせる。

 そう思えば、どんな季節も愛おしく思えるようになっていた。


END

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