日常版・魔法少女だとかマジか
江戸時代と西部劇を堪能して、現代の日本へと私は戻った。作業スペースの椅子に座っていて、まだ時刻は昼である。久しぶりに散歩でもしようと思い、私は自宅から外へと出た。うん、いい天気だ。
この現代日本でも、私は未来技術を使えるのだろうか。それとも全ては、私の妄想に過ぎないのか。街なかの人間を斬り殺しても仕方ないので、21世紀の私は穏やかに過ごしている。────とはいえ、襲撃者が来れば話は別だ。
道端を歩いていたとき、時空が入れ替わる感覚があった。瞬時に振り返って、背後の敵へ私は日本刀による一撃を与える。この時空なら、別世界から未来技術のアイテムを出現させられることは確認済みだ。未来で作られた刀は軽く、それでいて鉄をも両断できる優れものなのだが。
「無駄、無駄。物理攻撃は私に当たらないわよぉ」
黒のゴスロリ衣装に身を包んだ少女が、にっと笑う。刀を手放して、私は背後に飛び退り距離をとった。手放した刀は、少女の頭上に空中で固定されている。私の周囲にいた通行人は消えていた。
景色は変わってなくて、それでいて時空というのか次元がズレた世界に私と彼女だけがいる。この日常世界で、私を付け狙う襲撃者が来るとき、決まって起こる現象だった。六連発の拳銃を取り出し、全弾を少女へと発砲する。
私が撃った六発の弾は、やはり彼女の前面にある空間に固定されていた。目を凝らせば球体のバリアがあって、その中に少女がいるのがわかる。少女は手袋をつけた手で、宙の弾丸をつまんで道路へ投げ捨てた。
「大したカラクリね。どういう原理か教えてくれる?」
「もう、カラクリだなんて。魔法少女が使うのは魔法に決まってるでしょ。貴女みたいなテクノロジーとは違うんだから。私は親切だから教えてあげる。これは私の周囲に触れたものの、スピードを減速させる魔法なの。一万分の一以下の速度にね」
「まあ、すごい。その魔法で、私を生け捕りにしようっていうわけ?」
「話が早くて助かるわぁ、そういうことよ。このバリアで貴女に触れれば簡単に捕まえられるわ。貴女も見えないバリアを利用してて、攻撃を受け流せるのは知っているわよ。でも、この魔法は防げないんじゃないかな。試してみましょ?」
たぶん、彼女の言うとおりなのだろう。刀を手放すのが遅かったら、私自身も動けなくなっていたという嫌な手応えがあった。別世界では、私は一方通行のバリアを使用していて無敵だったのだが。敵からの弾丸は防御できて、私が撃つ弾丸は敵に当たる仕様だ。そして今は、私が一方的に狩られる寸前である。
「動けなくなる前に、ちょっとお喋りしましょうか。私は優しいからね。貴女を捕まえようとして、同僚の魔法少女がずいぶん殺されちゃったわ。それは別にいいの。貴女を捕まえて実験材料として提供できれば、魔法協会から私にすっごい報酬が与えられるんだから。史上最高の賞金首よ、貴女。誇りに思っていいわ」
「お金を独り占めしたくて、貴女も一人で向かってきたと。そういうことね。逆襲されて死んでも知らないわよ?」
「もう、強がっちゃって。ここは別の時空なんだから、いくら助けを呼んでも無駄よ。私は魔法で高速飛行ができる。でも貴女は、そこまでの高速移動はできない。走って逃げても無駄なんだから」
よく調べている。そのとおりで、私は自動車の免許も持っていない。未来の高速移動アイテムなどは使いこなせないのだ。別世界に宇宙船はあるけど、あれは自動操縦だから話にならない。忍者スーツで高速移動をしても、向こうの飛行速度には敵わないだろう。
「貴女が、パラレルワールドっていうのかな、別世界に逃げ込んだら厄介なんだけどね。それをされると、私たちには追いかける手段がないから。でも、そうされたら私たちは貴女の家を焼くわよ。それは嫌なんでしょう? 大切な場所なんだものね」
「……それも調査済み? やったら許さないわよ」
「しない、しない。この世界への拘りがなくなったら、貴女は別世界に引きこもっちゃう。だから手を出さないであげてるのよ、感謝してよね。ねぇ、別世界ってどんな感じ? 私たちは貴女が別世界へ移動したことを観測できるだけで、そこでなにが起きているかまではわからないのよ。貴女はテクノロジーによってか、もしくは不思議な能力によってか、異なる世界へ移動できる。それも自在に、瞬間的に。最高に興味深い存在だわ」
「知りたいのなら、平和的に聞けば良かったじゃない。問答無用で襲ってきたから、私は貴女たちに対処しただけよ」
「そりゃあ、ねぇ。私たちの組織は、テクノロジーや能力の平和利用なんか考えてないもの。貴女を生きたまま解剖して、能力を調べあげて。それから数百年は飼い続けるんじゃないかな。貴重なモルモット第一号としてね。そうなったらマトモな会話なんかできないから、私は事前に貴女と話したかったの」
頭がおかしい集団なのだろう。私が別世界へ行けるようになって、しばらくしてから彼女たち(魔法少女と自称している)が現れ、定期的に日常世界でこうやって襲いかかってくるようになった。私を捕まえたがっていて、それでいて私に懸かった賞金を独占するべく、一人ずつしか現れない。統制がまったく取れてなくて、それが逆に不気味でもあった。
「お生憎さま。私は貴女と話すことなんかないの。さっさと掛かってきなさい」
「つれないなぁ。でも許してあげる、私は寛容だから。手足の一本も斬り飛ばせば、きっと考えも変わるでしょ。涙を流しながら私と会話を続けなさいな」
魔法少女が、頭上の空間に固定されていた、私の日本刀を右手で取る。にっと笑って、黒衣の死神のように、刃物を片手に提げた彼女は高速飛行で直進してきて────私からの一撃に胴体を貫かれた。23世紀の宇宙船内で、使う機会もなく放置されていた自衛用の武器である。
「レーザー銃の攻撃を充分に減速するには、貴女の魔法も力不足だったみたいね。まっすぐ来てくれたから当てやすかったわ」
光は秒速30万キロだったか。遠慮なく私は最大出力で撃たせてもらった。宇宙船内で使えば内側から壁を貫通するほどの威力だ。好都合なことに、この時空ではどれほど暴れようとも、日常世界が傷つくことはない。魔法少女は今回も私に敗れて、人知れず、その姿を消していく。
即死して道路の上にあった少女の遺体が、すっと消えた。時空が元に戻って、周囲の通行人が姿を現す。皆が普通に過ごしていて、私も中断していた散歩を再開すべく、歩き出していった。
レーザー銃は宇宙船内へ、未来技術の日本刀は江戸時代っぽい世界へ、六連発の拳銃は西部劇っぽい世界へと既に戻している。まるで何もなかったかのように、日常世界は続いていて。先ほどの戦闘もその他も、すべては私の妄想なのかもしれなかった。




