表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

第九章:歪む独占欲

ネーベルは名残惜しそうに麦を見つめてゆっくりと話しかけた。


「残念ですが、一度亡くなった人間が地上に出ることは魔窟や地獄、天国すべての場所で禁止されています。私も麦のもとを離れるのはとても不安なのですが、これに限っては仕方ありません。麦、決して屋敷から出ないでくださいね。またグレイヴがやってくるかもしれません。でも、安心してください。あなたにだけは絶対に危害を加えさせません。」


麦は笑顔で答えた。

「ネーベル様!心配ですけど、きっと大丈夫ですよね!私、信じて待ってます!本当は付いていきたいんすけどね…。無事に帰ってきてください!」


ネーベルは優しく微笑み、名残惜しそうにゼクと共に屋敷を後にした。


地上に行くのには専用のゲートがある。

そこのゲートをくぐった先には異常な光景が広がっていた。


夜の街は異様な静けさに包まれていた。

 通りには無表情で立ち尽くす人々、その肩や背中に重くのしかかる霊の影。


霊が一斉にネーベルとゼクに気付き、無数の目がこちらを睨みつける。

その瞬間、こちらに無数の霊が襲い掛かってきた。


 ネーベルは絡みつく霊を黒い煙に包んで正しい裁きの間へ落とす。

 その横で、ゼクは閃光のように輝く大きな聖剣を握り、霊を無力化していた。


「……ひどいな」

 ゼクが低く呟く。

「ここまで蔓延しているとは思わなかった」

 ネーベルは短く頷く。

「霊が“生きた体”を奪い合う……こんな現象、前例がありません」


 その時、空気が変わった。

 冷たい風が吹き抜け、街灯が一瞬だけ暗くなる。


「……見つけた」


 低い声が背後から響いた。

 ネーベルとゼクが同時に振り向くと、そこには白いタキシード姿の男――グレイヴが立っていた。

 相変わらずの微笑を浮かべている。だがその瞳は底冷えするほどの無機質な赤だ。


「……グレイヴ?」

 ネーベルはわずかに目を見開いた。

「なぜ地上に……あなたは、ここにいてはいけないはず――」


 グレイヴはネーベルに一歩近づき、首をかしげるように微笑んだ。

「ネーベル。君は……疲れているね。汗をかいて、目の下に影を作って。誰がそんな顔をさせたのかな?」


 ゼクが前に出て、剣を構えた。「後ろに下がれ、ネーベル」

ゼクはネーベルを自分の後ろに隠すように前に出た。

 ネーベルは驚きを隠せず、霊を処理しつつグレイヴとゼクを交互に見つめた。


 グレイヴはゼクの方へ視線を移すと、淡々とした声で言った。

「ネーベルの気配が地上にあるのを感じたから、心配でついてきてしまったんだ。…ところで、そこの天使はなぜここにいるんだい?ネーベルのお知り合いかな?」

 ゼクの眉がわずかに動く。


「お前は、グレイヴだな。何をしに来た。地上に出るゲートは通れないはずだ。」

 グレイヴは微笑を崩さないまま、静かに答えた。

「よく私のことをご存じで。ただ私はネーベルが心配で心配で、ちょっとゲートにいた門番と話をして通してもらったんだ。少し乱暴だったかもしれないけどね。」


 その声音に抑揚はなく、無機質さこそが寒気を誘った。

 ゼクは小さく息を吐く。「やはり厄介なやつだ。いつか戦うことになるとは思っていたが、今日がその日か」


 グレイヴ――悪魔の中でも特別な存在。

 彼の名はすでに地上で広まり、「悪魔は恐ろしい」というイメージを決定づけた張本人だった。

 その影響はあまりにも強く、善良な悪魔ですら疑われ、忌避されるようになったほどだ。

 天は幾度もグレイヴの排除を試みたが、魔窟に送り込んだ天の使いはことごとく全滅。

 唯一、ゼクだけが互角に戦える存在として残っていた。


「……ネーベルを利用するのか?」ゼクの声は低く鋭い。

 グレイヴは小さく首を振る。「違うよ。私はただ……ネーベルを守りたいだけだ。君の手が触れる場所にいたい、私の目が届かないことが……耐えられないだけだ」


 淡々としたその告白に、ネーベルは背筋が凍った。

(グレイヴ、なぜこれほどまでに私に執着するのですか。)ネーベルは一つだけ心当たりがあった。


 だがグレイヴの表情は笑顔のままで、その瞳には一切の揺らぎがなかった。


 ゼクが足を踏み出す。「……やはりお前は狂っている」

「そうかもしれないね」

 グレイヴの声は柔らかかった。

 だが次の瞬間、その体がふっとかき消え、ゼクの目の前に現れていた。


 鋭い爪が横薙ぎに振るわれる。

 ゼクは聖剣で受け止め、衝撃波が周囲の街灯を粉砕する。

 グレイヴの動きは一切無駄がなく、笑顔のまま淡々とゼクに攻撃を繰り出す。


「……速い」

 ゼクは呟き、光の翼を広げて後退する。その動きを追いかけるように、グレイヴが滑るように迫った。


 薔薇の花弁が舞い散る。それはやがて黒い棘に変わり、雨のようにゼクに降り注いだ。

 ゼクは障壁を展開、火花のような光が弾ける。

「ネーベルは私のものだ」

 淡々と繰り返す声。そこに激情はない。ただ確信と執着だけがあった。


 ゼクは目を細めた。「……やはり、この街の異常もお前か」

 グレイヴは答えなかった。ただ口角を上げたままのまま、さらに踏み込み、鋭い蹴りを繰り出す。

 ゼクは光の剣で受け流し、互いの衝撃が弾けて夜空が一瞬だけ白く染まった。


 ネーベルは一歩も動けなかった。霊を処理しながら、二人の戦闘を目の当たりにしていた。

(……グレイヴ……あなたは何を考えているの?)

 その疑問は、グレイヴの淡々とした声によってかき消された。


「ゼク。君は強い。でも私は譲らない。ネーベルに触れる手は、切り落とす」


 ゼクは低く息を吐き、剣を構え直した。「……ならばやってみろ」


 夜の街に、天と悪魔の衝突が響き渡った――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ