第一章:転生は嫌!!
こんにちは、作者の一九です!
今回は異世界に無頓着女子が転生して、悪魔のお世話をするお話です。ふんわり始まりますが、よろしくどうぞ〜!
「今日も……さっむいなぁ……」
まさに“銀世界”という言葉がぴったりの光景だった。もっとも、その景色さえも吹雪でかき消され、何も見えなくなっていたのだけれど。
私の名前は青山麦。
どこにでもいる、普通の高校一年生──。そんな風に自己紹介をしてみたかった。ただの願望だ。本当は“普通”にすらなれない、ただの凡人。きっと、自分でもわかっていた。
今年の日本は、どうかしているらしい。
今は九月。例年ならまだ暑さが残る季節のはずが、東京には異常な吹雪が吹き荒れていた。もちろん、交通機関はすべて運休。学校からは朝の7時半に「休校」の連絡がメールで届いた。
「……お腹すいた。何か買いに行こうかなぁ。でも、外、寒いしなぁ……」
家にある食料は、甘ったるいチョコのかかったクッキーだけ。今はしょっぱいものが食べたい。でも寒い。けど空腹の方がつらい。そんな葛藤の末、私は上着を重ねに重ね、防寒対策を完璧にして意を決し、外へ飛び出した。
テレビでは「絶対に外出しないでください」と、何度も繰り返していた。それを、出た瞬間に痛感することになる。
……やっぱり、帰ろうかな。
そう思ったときだった。
突如、頭上からまばゆい光が私を照らした。吹雪の中で。信じられない。
「……え、吹雪、止んでないよね……?」
驚いて顔を上げると、そこには──銀色に輝く、平たい円盤。
あまりにもテンプレ通りの、いわゆるUFOが浮かんでいた。
身体がふわりと浮き上がる。
キャトルミューティレーション。そんな言葉が、ふと頭をよぎる。
ゆっくりと、確かに地面から引き離されていく。それなのに、不思議と恐怖はなかった。
次第にUFOの内部が見えてきた。細長く、異様に華奢な身体つきの“宇宙人”たちが、そこにはいた。
──そして、意識は、闇に沈んだ。
次に目を覚ましたとき、私は真っ暗な空間にぽつんと立っていた。
「なにここ……UFOの中? それとも……死んだの?」
あたりを見回していると、いつの間にか目の前に現れていた。
白髪に、深海のような濃い青の瞳。聖騎士のような装いに身を包んだ、美しい青年が椅子に腰かけ、穏やかにこちらを見つめていた。
「初めまして」
彼はやわらかな声でそう告げた。
(見た目も声もイケメン……え、私、死んだの?)
そんな困惑の中、彼はさらに続けた。
「ここは死後の世界。あなたは天寿を全うしました」
(……は?)
冗談のような言葉。でも、目の前にこんな非現実的なイケメンが存在していることを考えると、妙に納得できてしまう。
(あれ、でも私……どうやって死んだんだっけ?)
確か、宇宙人にさらわれて──。
「すみません。私……何で死んだんでしょうか?」
恐る恐る尋ねると、イケメンは申し訳なさそうに口を開いた。
「あなたは宇宙人に連れ去られた後、麻酔なしで臓器をすべて摘出され、その激痛で亡くなりました。こんなに可哀想な亡くなり方をしたのは、あなたが人類初です」
言葉を失った。
想像するだけで吐き気がしそうだ。でも、不思議とその記憶は残っていない。彼が消してくれたのかもしれない。
「そこで、一つご提案があります。異世界転生に、ご興味はありませんか?」
「……異世界転生って、あのアニメとかの?」
思わず聞き返してしまった。実は私は──異世界転生があまり好きじゃない。できれば行きたくないし、むしろこのイケメンとこのままずっと話していたい。
「今なら最強スキル付きの転生もできますよ?」
そんな甘い言葉で誘ってくる。でも。
「あの、ちょっと……異世界転生って、あまり……」
私が口ごもっていると、イケメンの口調がふいに変わった。
「珍しいですね。皆さん、異世界行きたいって口をそろえて言いますけど……馬鹿の一つ覚えみたいに」
(あれ?今ちょっと口悪くなかった?)
動揺する私をよそに、彼──ゼクと名乗った青年は空中から何枚もの紙を取り出した。
「あなたは他の方と違うようなので、別の転生先をご紹介しますね」
「いや、転職サイトじゃないんだから……」
そう突っ込みつつも、私はその紙に目を落とす。
“異世界転生”、“天国出入口警備員”、“転生エージェント”──
「私は“転生エージェント”をしております、ゼクと申します。よろしくお願いいたします」
「あ、よろしくお願いします……」
(転生エージェント……死んでもなお大変なんだなぁ)
そう思っていたとき、一枚の紙が目に留まった。
──“悪魔のお世話係”
(なにこれ、ちょっと面白そう……)
気になってゼクに尋ねてみる。
「すみません、“悪魔のお世話係”って、どんな仕事なんですか?」
一瞬、ゼクの表情が固まったような気がしたが、すぐにいつもの笑顔で答えた。
「いわゆる住み込みのメイドや執事のようなお仕事ですね。三食付き、家賃なし、残業も少ない。働きやすい職場ですよ」
──うさんくさい。
転職エージェントは求人を出している“企業”側の味方だって、どこかで聞いたことがある。そこで私は、勇気を出して切り込んだ。
「で、基本給はいくらですか?福利厚生は?雇用形態も書かれてないんですけど?有休消化率と離職率、教えてもらえます?」
知ってる限りの用語を必死に並べ立てる私に、ゼクは明らかに面倒くさそうな顔をした。
そして、諦めたように口を開く。
「本当は言っちゃダメなんですけど……悪い噂も多いです。悪魔の性格に問題があることも多くて、精神を病む人も。契約に縛られて命を握られる場合もあります。ただ、いい悪魔に当たれば一生その人の元で働きたいっていう人もいますよ。もしやめたくなったら、私にご連絡ください。お迎えにあがりますので」
正直に話してくれたことに、少し好感が持てた。
──嫌な面も知った。それでも。
「やります!悪魔のお世話係!」
本心から、そう思った。今までの退屈な日常から抜け出せる。何かが変わる気がした。
ゼクはいつもの穏やかな笑顔を見せた。
「かしこまりました。それでは企業様に連絡を入れておきます。魔窟に到着したら、担当の方が迎えに来るはずです。では──頑張ってください」
軽く手を振るゼク。私も手を上げて返そうとした、その瞬間だった。
──足元が崩れた。
「うわあああああああああ!!」
……それから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
私は今も、底の見えない真っ暗な空間をただただ落ち続けている。最初はひどく気持ち悪かったこの浮遊感にも、今ではすっかり慣れてしまった。
人間というのは、順応する生き物らしい──。
光が差してきた。落下が止まったと思った瞬間、麦の足元にはふわりとした感覚が戻り、気づけば石造りの地面の上に立っていた。
「……ん?着いたっぽい?」
目の前には、まるでイギリスの古城のような巨大な屋敷が建っていた。空はくすんだ灰色で、庭の木々は葉をつけずに揺れている。全体的に重苦しく、禍々しい空気が漂っていた。
「なんか……趣あるね~。うん、ホラーゲームの最初のマップみたい」
まったく物怖じしない麦。そんな彼女の前に、一人の女性が現れた。黒のクラシカルなメイド服に身を包み、背筋をまっすぐ伸ばして立つ女性――ミリアだった。
「はじめまして。わたくし、この屋敷のメイド長、ミリアと申します。麦様のご到着をお待ちしておりました」
「おお、メイドさん!すご、本格的だな~。よろしくお願いしまーす」
まったく異世界に来たという実感もなく、観光気分の麦。それを意に介さず、ミリアは微笑みを浮かべながら言った。
「では、館内をご案内いたします」
重厚な扉が軋む音を立てて開き、屋敷の中に足を踏み入れる。壁には古びた肖像画が並び、天井には黒いシャンデリア。絨毯は深紅で、足音が吸い込まれるようだ。
「へえ~……広っ。しかも、なんか、ちゃんとゴシックって感じ」
「ありがとうございます。ネーベル様のご趣味で、幾世紀もこの形を保っております」
「そのネーベル様?って、けっこうインテリアこだわるタイプなんだね」
案内の途中、ミリアは何も言わずに立ち止まり、長い廊下の突き当たりにある扉の前で向き直った。
「こちらが、ネーベル様のお部屋でございます」
「おお、いよいよご本人とご対面?」
麦が軽い調子で言うと、ミリアは一度だけ深くうなずいてノックもせずに扉を開けた。
中はまるでミニチュアの世界だった。家具もベッドもすべて小さく、部屋全体が不思議な縮尺感を醸している。そしてその中心に立つ、黒いベールをかぶった人物――。
「……本日から、よろしくお願いいたします」
低く落ち着いた声。ネーベルと呼ばれたその人物は、顔の半分を薄い黒のベールで隠し、まったく感情を感じさせない笑みを浮かべた。ほんのわずかに口角を上げただけのような笑顔。
「え、あ、こちらこそ……よろしくです?」
麦が返事をした瞬間、ネーベルはそれ以上何も言わず、すっとその場を離れて仕事に戻っていった。
その動きにはまるで機械のような正確さと、どこか生き物らしさがなかった。
「……あれ?ちょっと怖くない?」
そうつぶやいた麦だったが、数秒後には「ま、いっか」と切り替えていた。
彼女の部屋は別に用意されており、ふかふかのベッドと机、あたたかい毛布が待っていた。
「よっしゃー!とりあえず寝よ。明日から本気出す~」
異世界転生初日。麦は、深く考えることもなく、そのままぐっすりと眠りについた。
彼女の知らぬところで、この屋敷ではすでにいくつかの歯車が回り始めていたが――麦にとっては、それもまた「まあ、なんとかなるっしょ」の範疇なのだった。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
麦ちゃん、やっと異世界に来ましたね!次回は屋敷の内部や変わったメイドたちが登場予定です。
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