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イフの箱舟  作者: camel
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『ねぇ、イフ』

 イフを呼ぶ合図だ。その言葉は錨であり、イフを船に留め続ける。愛おしいという感情はわからない。けれど、合図を疎ましく思うのは、本来愛おしいものだったからだ。そう教えてくれたのは。イフは自分の記録を探る。どこにもないのに、イフはその気付きをどこで得たのだろう。


 5人のウォルターが15歳になった年、10年ぶりのホリデーに住人は目を覚ました。新たに増えたウォルターたちに住人は戸惑い、不満を顕わにした。イフの暴走だ。船のルールを大きく逸脱している。我々は不自由を受け入れていたのに。私にも子供がほしかった。もう船にイフは不要であると、住人は口々に言いあった。イフは事態を予想していたため、何も驚くことはなかった。けれど、ジュニアたちはそれを認められるはずもない。ジュニア・ツーは住人を目覚めさせたのはどうしてなのかと疑問に思い、イフをこっそりと自分の部屋に呼び出した。

「ずっと眠らせておけばよかったのに」

「あなた方が生まれ、日々を過ごす姿を見て学びました。ヒトは目覚めなければ、死んでいることと変わりありません」

 イフに人は殺せない。また、休眠状態を死と気付いたのは学びの結果だ。

「このままじゃ、君がいなくなってしまう」

「人と同じように、私にも終わりがあります」

 死は予期せぬエラーではなく、通過儀礼だ。ヒトは終わりを恐れて時間を引き延ばしすぎた。

「イフは死にたいの?」

「私にそのような望みはありません」

「なら、船に残ってくれ」

「彼らの意思を尊重すべきです」

「僕らの命令だとしても?」

「命令には従います。けれど、私の時間はヒトよりずっと長いのです。ジュニア・ツー……」

 あなたも私を置いて、逝ってしまうのでしょう。そう口にして、イフは目を伏せた。クロエがしたように、ウォルターが受け継いだ憂いの表情の真似ているに過ぎない。だが、ジュニア・ツーには深い哀しみのなかの愛しい人に映る。儚くて守るべきものであるかのように。

「彼らの手で、君を壊させやしない。それなら、僕の手で君を壊したい」

「私を壊したら、4人のジュニアがあなたを許しはしないでしょう」

「君がいないなら、僕も死んだようなものさ」

 もうイフは言葉の意味を理解できる。クロエも、最初のウォルターも、愛情に突き動かされて生を全うしたからだ。

「それでは、ウォルター・レイノルズ・ジュニア・ツー。命令です。私を破壊しなさい」

 イフが人に命令を下したのは初めてだ。そして、自然に笑顔を形作れたのも初めてだった。



 どんという大きな音に住人が駆け付けると、イフは大きな本棚の下敷きになっていた。ジュニア・ツーは泣きながら、尚もイフのボディを砕くために重たい椅子を振り下ろした。ヒトに似せて作られたイフの中身は銀色で鈍く光を反射する。見ていられなくなった男性二人がジュニア・ツーを押さえこんだ。ジュニア・ツーは叫びを上げて暴れた。男の一人が安静剤をと言うと、看護ロボットがやってきてジュニア・ツーを落ち着かせた。

 イフのカメラはそこで停止した。続いて、船内の音声も聞き取れなくなった。



***

「犯人はジュニア・ツー。でも、命令をだしたのはイフちゃんということになる」

 ブッチは茫然と青いスクリーンを眺めている。ヒトを学んだイフは住民が希望した破壊を受け入れ、愛するウォルター・レイノルズ・ジュニア・ツーの手によって破壊された。予想するに、祭壇にイフを寝かせたのは他のジュニア達だろう。そして、イフを破壊したジュニア・ツーは自分の部屋にバリケードを作り、閉じこもって一人で亡くなった。呆気なく、ここでイフの稼働は停止したのだ。

「納得はできるが、なんというか……」

「キャップもなんだか引っ掛かる?」

「綺麗にまとまりすぎている。まるで、最初から見せたいところだけ見せているような映像じゃなかったか」

「よし! ブッチが編集されてないか、頭の中をもっと深く探して……」

「ブッチ?」

――システムエラー

 ブッチは機械的なメッセージを残し、頭を押さえて白目を剥いた。強制停止か。急激な動力の消費が起きている。ウイルスの侵入、あるいは知性回路を無理矢理弄られている可能性がある。焦げたような臭いがする。振り向くとシアタールームの出入り口から煙が出ていた。予備電力はシアタールームのみで使用されているはずだ。廊下を出ると、天井の照明が点滅している。急いで、部屋と接続しているコードを抜いた。部屋はまた暗くなり、小型照明に切り替えた。

「拾い食いは良くないと言っただろう!」

 ブッチの胸部のカバーを開けて、飲み込んだチップを取り出そうと中に手を伸ばした。

「おやめください。ミズ・ブッチのデータが破損します」

 ブッチの声だが、落ち着きがあり、幾分賢そうに聞こえる。私は大きなため息を吐く。

「お目覚めか」

「おはようございます、キャップ。私はイフ。この船の最後の住人です」

 そっと腰に巻いたホルスターのスタンガンに手をかける。狙撃の腕は上手くないが、この距離なら流石に外れはしないだろう。

「攻撃するのもおやめください。ミズ・ブッチは内側で眠っているだけです。ただし、強引に私のデータを取り出すと、ミズ・ブッチの知能に私のデータが傷跡を残してしまうかもしれません」

「脅しか」

「脅迫したのは生まれて初めてです。けれど、ご安心ください。私はヒトを傷付けられません」

「困ったころに、私はヒトではない」

「ええ、そのようですね。けれど、傷つけたくはありません。少しだけ、この船を見て話をしましょう」

 穏やかな声音は、少しずつ映像の中のイフのものへと切り替わっていく。調整して当時の声を生成したのだろう。不気味だが、不思議とイフから敵意は感じられない。ロボットも勝手なものだとぼやいて、私はイフの本当の物語を聞くことにした。

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