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「ねぇ、イフ」
女性の姿をしたアンドロイドのイフは卵型のベッドからシーツを取り替えたところだった。真っ赤に染まったシーツは少年に見えないように、かごの奥に隠した。それでも、幼い少年の鼻は鋭く、死のにおいを嗅ぎとった。
「レイノルズおじさん、死んでしまったの?」
「えぇ、ウォルター。人間は年を取ると、病気に勝てないものです」
「レイノルズおじさん、はじめて会った僕を抱きしめてくれたんだよ」
「優しい人でしたから。眠るように、穏やかな顔で旅立たれました」
機械の私にはわかりませんが、とウォルターはイフの台詞に重ねて言った。イフの口癖で、ウォルターは悪戯っ子のようににっと歯を見せて笑いかけた。ウォルターはまだ4歳で、死への恐怖心を知らずにいた。イフは咎めるように、ウォルターの頬を人差し指で優しくつついた。イフは人に触れると体温がわかる。けれど、人肌の暖かさや弾力の質感を感じるだけで、人がそれを慈しむ理由はわからない。
二人の乗る宇宙船エスペランサは人体の老化を極限まで遅らせ、新たに移住できる惑星を求めて旅をする。住人は空気の自動供給を受けながら、眠った状態でチューブから栄養と加齢低速薬と長期休眠薬を投与され続ける。排泄も下に付いた管が吸引しているが、時折シーツを汚す。イフはそれらの下の処理や眠っている住人の体調管理を行う。洗濯を行うロボットと看護ロボット、そして船をまとめるアンドロイドのイフに休みはない。眠っていると言っても、人には予期せぬエラーが起こりやすい。病魔は生きているかぎり、人を狙っている。レイノルズにいたっては自分で隠し持っていたナイフを首に当てた。看護ロボットと駆けつけたときには手遅れだった。
「ところで、ウォルター。私を探してここまで来たのでしょう?」
「おはよう、もう朝だよ」
「朝食のお時間ですね。よく眠れましたか?」
「あんまり。でも、シアタールームで眠ってしまうだろうから」
シアタールームは薄暗く、過去の映像が大画面で観られる。ウォルターは映画を飽きることなく観ている。言葉も動作も、過去の映画スターが教えてくれる。けれど、暗いためにウォルターはよく居眠りをする。映画が退屈だったのだと、よく言い訳を口にするようになってきた。
炊事用のロボットはホリデーにしか稼働できない。船で働くロボットはルールを破ることが許されない。イフは頭に知識として保存されていたレシピにそって、少年に適したレシピを選んで調理を始める。今日は船内庭園で育った野菜のサラダと大豆ミートとパンケーキをウォルターの前に置いた。広い食堂にはイフとウォルターしかいない。
「次のホリデーまで、5年も待たなきゃいけないなんて!」
「たった1825 日です」
「早くみんなとお話したいな」
5年に一度、クリスマスから一週間だけ船の住人は目を覚ます。その星の大事な行事を忘れぬように設定されたルールだ。
今年のホリデーで、ウォルターは初めて他の住人と会話をした。住人たちが動いていると船は活気づき、人々の笑顔に溢れていた。楽しかった思い出として、幼いウォルターは記憶した。ウォルターのいないところで、ひどく蔑んだ住人たちもいた。自由に船内で暮らしていている人間はウォルターしかおらず、疎ましく思われても仕方がない。ウォルターに向けられるネガティブな感情もイフは収集する。イフにはすべてが聞こえ、すべて見えてしまう。船に起こるすべてを記録するのだ。
***
ロボットの頭部は204号室で見付かった。部屋の中にはバリケードが作られ、誰も寄せ付けないという意思が感じられた。この骨が誰であるにせよ、頭部はシーツで包まれ、骨の側に落ちていた。
ブッチは大事そうに頭部を抱え上げ、祭壇に置いた。美しい女性を模したアンドロイドだ。塗装がいくらか剥げてはいるものの、鼻筋の通った造形は壊れることなく残っていた。
「どうして、君はこんな目に合ったの?」
ブッチは頭部に問いかけ、アンドロイドの頭を撫で、後頭部からメモリーチップを抜き取った。保存状態もよく、船に持ち帰れば記録の再生ができるだろう。けれども、ブッチはあろうことかチップを口に入れた。
「コラ! 拾い食いはダメだと言ってるだろう! ウィルスが仕込まれてたら!」
静止を振り切ってブッチはチップを飲み込んでしまう。落ちてるものは拾う。拾ったものは一旦口に入れて確認する。イヌの習性だとまた適当なことを言われると、私の腹のほうが痛くなる。セキュリティソフトの更新をサボったツケだろうか。
「ブッチのボディは旧式のパーツの寄せ集めだから、最新機器より相性はいいはず」
「どうなっても知らないからな」
「この船は電力も停止してる。たいした悪さもできないよ。それに読み取りに時間がかかるから、やれることは早くやったほうが……あ、過去の映像が見える! エスペランサは案外ハイテクだったのかも」
ブッチはもぞもぞ言いながら、すでに調査済みのシアタールームに駆けだした。
「ここを、こうして、こう!」
扉の横のタッチパネルに指を這わせると、シアタールームの明かりがついた。予備電源があるらしい。先程まで、小型照明をぶら下げて施設を照らしていたというのに。
ブッチによると、このアンドロイドは船の管理権限の大部分を握っていたという。ブッチは垂れ耳を持ち上げ、その下から黄色の細長いコードを引き抜いた。
「有線って、動けなくてキライなのよね」
ブッチは愚痴を言いながらもシアタールームの投影機にコードを無理くりねじ込んだ。最初の映像は砂嵐のように乱れていたが、すぐにブッチによって映像は補正された。最初に再生されたのは、美しいアンドロイドのイフとウォルターという少年だ。祭壇のアンドロイドはイフだった。では、頭の近くにいたのがウォルター青年ということだろうか。映像には穏やかな日々と不穏な裏側が記録されている。ウォルター以外のヒトが眠っているから、争いが起きなかったのだろう。
「もしかして、ブッチたちは悪趣味なことをしてる? 古代人のプライバシー侵害」
「もう死んでるから、怒られないだろう」
ブッチと見つめ合い、頷き合った。知的好奇心に犠牲はつきものだと互いに言い聞かせる。
「イフのメモリーは自分で弄れそうか?」
「うん。特定ワード検索、時間指定再生可能! 今なら、フェイク動画を雑に合成して、ブッチの特別出演まで可能!」
「それはいいから、ウォルターの生まれる前に戻してくれ」
ブッチは目を閉じ、珍しく黙ってしまった。傷付いているのではなく、どうやらデータの読み込みにタイムラグが生じている。エスペランサ号はロボットにもヒトにも制約が多い。なぜ、ウォルターは起きて船を歩けているのか。この環境で新たにヒトは生まれるものなのか。静かに待っていると映像が動き出した。