Cap & Bucci
相棒のブッチが欠伸をした。正しくは欠伸の真似だ。退屈を表す動作として認識し、長時間の作業を強いると大きく口を開ける。ゴミでも口に放り込んでやりたくなる。8年前に中古で買った多機能お手伝いロボットのブッチはデータの消し方が不十分で、以前の持ち主の癖をいくつも記憶している。別惑星の生物の特色を持つ機械は甘えたり叱ったりしてきて面倒なことも多い。しかし、長時間の個人宇宙船の運行中にワンパターンな会話ばかりされては飽きてしまう。おかしな相手がいないと、こちらも気が狂うのだ。
「キャップ、もう入っても良くない?」
遠い星の地球にいたといわれる、やたら種類の多い幻想生物イヌを模したブッチは良き話し相手で、この狭い船の唯一の乗組員だ。神話のイヌと違い、2本の足で歩いて移動する。私の半分ほどの小柄な体ながら、手先も器用で私より力が強い。今は二つの垂れた長い耳を振って顔にぱたぱたと当てて遊んでいる。以前の持ち主が何者なのか、ブッチを見ても予測できない。バカなのではという言葉を飲み込む。
「危険がないか小型探査機がスキャン中だ。防衛装置機能停止、有害物質の発生もなし、それから」
「見ての通りの型落ちした幽霊船ってかんじ!」
「うるさいな。宇宙漂流物調査は規定通りにやらないと……」
「安全管理不十分で売り物の価格が下がる。記念すべき25回目の説明!」
私の言葉を24回遮ったのか。無駄な会話をしたがるブッチに溜息をつくと、青いランプと完了を示す電子音が鳴った。幽霊船に私の船を固定し、ようやくお宝探しが始まる。宇宙考古学によると、同時多発的に惑星が機能停止を起こした時代がある。環境が悪かったのか、大いなる神のご意思によるものなのか。幾度も学者たちに討論されているが、決着はついていない。今も運よく生き残った我々はロマンと身銭のために当時の宇宙漂流物の回収と売買を行っている。持ち主が死んだ倉庫を買い取る業者もいれば、難破した宇宙船を買い取る業者もいる。扉を開けると、白い骨が手を伸ばした形で倒れている。長い手足とそれを繋ぐ背骨と丸い頭。「ヒト」だ。近い形の生物にサルはいるが文明は持たなかった。ヒトという生物は高度な文明を持ち、終わりが近づくと危険を察知し別の惑星への移住を図ったとされる。広い宇宙でならば、成功例もあるかもしれない。だが、この船は見ての通りの失敗例だ。宇宙での長旅にヒトの肉体は耐えきれないと古代生物研究の専門家も言っている。どれほど文明が繫栄しても、当時は老いと死は避けられないものだった。
ブッチは重たい船内の扉を怪力でこじ開けて回っている。万が一、敵がいないかという確認だ。宇宙船に乗る者の多くが富裕層で珍しい貴金属や美しい調度品を持っている。開かずの倉庫より当たりが多いので、別の業者とバッティングしないとも限らない。通信機器からブッチの声がする。
「キャップ、船内に異星生物の反応なし!最奥に船内墓地発見。ちょっと珍しいかも!」
「了解、向かうよ」
発信機に従うと、入り組んだ船内も迷わずに進んでいける。ブッチのいる部屋には銀色の引き出しが並んでおり、中央には黒くて大きな金属板が見える。電子式の墓標でヒトの名前と経歴を保存し、数百名分の名前も同時に表示できるものだ。手を振るブッチの後ろに埃の被った祭壇がある。人形を飾るものはよく見るけれど、ロボットの祭壇を見るのはこれが初めてだ。体のパーツを損傷したアンドロイドはヒトの手でかき集められ、パズルのように元あった場所に並べ直されている。手足と上体もばらばらに破壊されているけれど、繋ぎ合わされた手はお祈りするように組まれている。しかし、頭部はない。それほどまでに損傷が激しかったのか、頭だけがないアンドロイドの残骸が仰々しく置かれている。
「ご先祖様かな?」
ブッチは鉄くずを見ると親戚かどうか疑う。そうかもしれないけれど、そうでないことのほうが多い。身内を探そうとするのは無機物ゆえの感覚なのか、ブッチ特有のものなのかもわからない。
「この子はヒトに大事にされていたんだね!」
「友達の体はバラバラにしないだろう」
神様みたいに祭られているのに、無惨に破壊されている鉄の塊。頭はどこにある?
「ねぇ、お宝探しのついでにこの子の頭を探しちゃダメ?」
イヌは表情豊かで困る。耳が垂れ下がって、目を伏せられるとこちらまで悲しい気持ちになる。船の広さはたかが知れているし、どうせ全室の調査をする。私もこの船に何があったのかは気にかかる。
「このアンドロイドの頭を祭壇に戻して、頭部の記憶媒体を回収、中身の調査を行う。ただし、貴金属や調度品の回収を優先すること!」
ブッチは飛び上がり、元気なアイアイサーを響かせた。