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30.脇役

 特別捜査本部には重苦しい空気が漂い、宇枝怜菜(うえだれいな)もその張り詰めた雰囲気を感じ取っていた。

 指揮官席に座る生田修一(いけだしゅういち)部長の表情は険しかった。捜査が思うように進まず、苛立ちを隠せていない。


 刑事が勢いよく会議室に駆け込んできた。

 肩で息をしながら、目は興奮に輝いている。


 宇枝は胸の内に小さな波が立つのを感じ、無意識に指先を組み直した。

 背筋を正し、彼の言葉を待った。


「ひき逃げ犯のDNA鑑定、結果が出ました!」


 会議室がざわつき、刑事たちが指揮官席に集まる。

 宇枝も古西とともに近づいた。

 緊張が高まるのを感じる。


加治勇輝(かじゆうき)は黒か?」


 生田の問いに、刑事は首を横に振った。

「白です」


 その瞬間、宇枝の心臓が沈むような感覚に襲われた。

 期待が裏切られた失望と、手がかりが消えた焦りが入り混じる。

 会議室の溜息が、その感情に追い打ちをかけるようだった。


「古西、おまえの見立て、間違えていたぞ。本当に映画関係者が関与しているのか?」

 生田の言葉は静かだったが、その低い声に怒りが滲んでいた。


 宇枝は古西の横顔に目をやった。

 苦々しい表情。

 悔しさ、無力感、そしてほんのわずかに自分への苛立ちが混じった複雑な色が浮かんでいた。


「待ってください」

 刑事が割って入った。

「映画関係者なのは間違いありません。DNAが一致したのは丘元伸彦(おかもとのぶひこ)、映画では重戦士役です」


 会議室内の空気が再び熱を帯びた。


「なんだとっ?! ……マル害と同じ事務所だったな」

「はい」

 生田の顔に険しい陰が差す。思考を巡らせているのが見て取れた。

「怨恨か……。逮捕状を請求する。マル被が逃亡しないよう監視しろ。行け」


 刑事たちが一斉に声をそろえ、会議室から出ていく。

 残されたのは数名の刑事と、生田、古西、宇枝。


「古西、これはいったいどういうことだ? 撮影スタッフが事件に関与しているというおまえの見立ては間違えていたぞ」

 生田が手元の鑑定書をひらつかせる。


「考えが浅はかでした」

 古西は潔く頭を下げた。

 いつもの仏頂面は消え、素直な悔悟がにじんでいる。


「責めているわけではない。真実は失敗の山を登り詰めた先に掴むものだ。見立ての何がズレていた?」


 宇枝は思わず息を止めた。

 敵対していたはずの二人が、今はただ事件の真相に目を向けている。

 古西は腕を組み、耳たぶをつまみながら考え込んだ。いつもの癖だ。


 宇枝の脳裏に、過去の出来事が次々と浮かんでは消えていった。

 どれも核心に届かない。

 だが、ふとした瞬間、ある考えがひらめいた。

 確信はない。それでも言葉にせずにはいられなかった。

「私、前から気になっていたんです。千羽と喜岡の事件は殺意が薄いなあって。――バイクを接触させた後、なぜ息の根を止めなかったのか……。ライトの落下も、脅しのつもりで当てる気はなかったのかなと……」


 古西はうなずいた。

「内山だけは明確に殺意があった。ナイフで刺し、逃亡する様子すら見せなかった。……狙われた理由は何だ?」


 生田が古西を見ながら問う。

「監督の話では、磐田プロデューサーは脅迫して映画撮影を強要したそうだな。神戸は盗撮の協力者。なら、内山も盗撮に関与しているんじゃないか?」


 古西はさらに深く考え込んだ。

「それなら孤島で始末されていたはず……。砂浜のトリックに気づいたのは内山だけ。――なぜ見逃された……?」

「犯人を脅迫したんじゃないでしょうか。バラされたくなければ見逃せと」

 宇枝は緊張した声で言った。


「いや、犯人は十二人、ひとりで交渉できるとは考えにくい」

 古西が否定した。


「孤島で何かがおきた……。もう一度、関係者から話を聞く必要があるな」

 生田が宇枝を見ながら言うと、彼女も同意して頷いた。


石河優唯(いしかわゆい)、舞台挨拶で彼女だけ何かを訴えていた。何か知っているのかもしれない……」

 古西の目に鋭い光が宿る。


「よし、行ってこい」

 生田の言葉に、宇枝は軽く息を吸った。

 自分の胸の内にある迷いを振り払い、強くうなずく。

 そのまま古西の後を追い、会議室を飛び出した。


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