9:好きだから。
セシリオ様の瞳をじっと見つめて聞きました。
「私が消えて、誰かの治療が間に合わずに亡くなられましたか?」
「それは……いいえ」
「でしょう? 私は少しだけ手助けする程度の存在のはずです」
だからこそ、王都を去りました。
私がいなくても、治療院はどうとでもなるのです。ちゃんと回るように出来ているのです。
真実を見抜く聖女の考えはわかりません。最近入って来られたばかりだったこともあり、あまり顔を合わせたことがありませんでしたので。
彼女に嫌われたりとか、恨まれたりするようなことをしてしまったのかと考えたりはしましたが、なにも覚えがないのです。
ただ、命の危険を感じたので、王都から離れたほうがいいのではと思ったのです。
「もう、戻らない?」
「はい」
「……それなら、私も戻らない」
「は?」
「ここにいる」
「え?」
「貴女とここで暮らす」
「はい?」
セシリオ様が話している言葉が、分かるけれど分からない。何とも不思議な気分です。
「復讐も報復もしないのですよね?」
「はい。聖女にざまぁは難しいかと」
自分で言っておきながら、ダブルミーニングだなと思いました。
でも、それで正しいのです。
他人を貶めてまで自分を元の位置に戻したいとは思えませんし、相手は確かに聖女なので復讐も報復も難しいでしょう。
「聖女にざまぁは難しい……か。ますます貴女が好きになった」
「はぃぃぃ?」
セシリオ様がにこりと深く笑った。
「私も聖女にざまぁは難しいと思いましたので、私は私の聖女の側にいることにします。あ、そうだ、言葉使いも直そう。普通に話しかけていい?」
「いえ、意味が分からないのですが――――」
ベッドの横に座りぽかんとしつつ、苦情を申し立てしていたのですが、セシリオ様の手が私の方へと伸びてきました。
左頬をそっと包まれて、手がとても冷たいことに気づきました。普通に話してはいましたが、まだまだ怪我は酷いのです。
彼は騎士。疲れや痛みや弱みを他人には見せない人。
「セシリオ様、ちゃんと休んでください」
「ん」
真顔で頬を撫で続けるセシリオ様。その手の上に自身の手を重ねて止めようとしました。
「セシリオ様、聞い――――っ!」
ふにゅり。唇が彼の親指で押さえられました。そして、ゆっくりと左右に撫でられて、背中がそわそわとしました。
「ん、聞いてる。キスしていいかな?」
「っ――――だっ、駄目に決まっているでしょう!?」
「んはは、そうだよな。疲れた……少し休むよ」
力なく笑って、ぽすりとベッドに倒れ込まれました。そして直ぐにスウスウと浅い寝息が聞こえてきました。