40:恐れていること。
セシリオ様が馬たちを小屋に連れて行く間に、洗濯途中だったものを回収し、一度お風呂場に置きました。
キッチンで湯を沸かしてお茶を用意してダイニングテーブルに置きました。
「ありがとう。こうがいい」
向かい合わせで置いていたのですが、セシリオ様がカップを横並びにし、イスも横並びに移動させました。
「オリビア、座って?」
「っ、はい……」
手を取られ、イスに誘われました。
素直に座ると、セシリオ様もホッとしたように隣に座り、握っていた手をスッと口元に持っていきました。
ちゆ、柔らかくゆっくりと薬指にキスを落とされました。
「愛してる」
「っ!」
「オリビアは信じてくれてないようだけど」
「だって…………」
「騎士だって、恋をする。国よりも国王よりも大切なものはある。それら全てを捨てても護りたい人がいる。それがオリビアだ」
セシリオ様の言葉に、ボタボタと涙が落ち、嗚咽が漏れてしまいました。
「っ、う……でも、忠誠を……誓って…………ご家族は………………っ」
「四人とも、ずっと前から承知済みだよ。陛下も教皇もちゃんと説得した。それでも信じられない?」
信じられないわけじゃない。ただ、真実を見抜く聖女がいる。彼女がいつかなにかしてくるかもしれない。それにまだ話せていないことがいっぱいある。
もし、それを知られたら、嫌われてしまう…………そんな未来を受け入れるのが怖かった。
「オリビア、君はいつでも前向きで、いつでも笑顔だったよね? 何をそんなに恐れているんだい? 教えて?」
「置いて行かれるのも、置いて行くのも……嫌なんです」
「それは、君の真の力のこと?」
「…………聞いたのですか?」
握られていた手を振り解いて距離を取ろうとしましたが、力強く抱き締められてしまいました。
「すまない、陛下と教皇から聞いたよ。できれば君から聞きたかったけど」
「っ、ごめんなさい……ごめんなさいっ」
セシリオ様は責めてないから謝らないでと言われましたが、謝らずにはいられないのです。自分の矜持を守るために、どれだけセシリオ様を苦しめたか、側で見ていたから余計に。
セシリオ様が抱き締める腕を緩め、顔を見合わせるようにされました。空色の瞳に縫い付けられたように視線が逸らせません。
「オリビア、絶対に力を使うな。何があっても、絶対にだ。私が死のうと、国王が死のうと、絶対に……君の命は君だけのものだ。誰にも分け与えないでくれ…………頼む」
「怒らないのですか? 持てる力をなぜ使わないんだと」
不思議に思ってそう聞くと、セシリオ様のお顔がとても険しくなりました。怒りを抑えられないといった様子で、二の腕をぎちりと掴まれました。
「別件で怒っている!」
――――別件?