39:帰って来ないと思っていた。
◇◇◇◇◇
セシリオ様が出ていって四日、何もする気が起きなくて、ただ食事をして、畑に水をやり、ベッドに戻る生活をしていました。
五日目これではいけないと、先ずは洗濯をしようと井戸に向かいました。
セシリオ様の服を洗おうとして、彼の匂いがふわりと私を包みました。同じ石鹸を使っているのに、セシリオ様はセシリオ様の匂いなのです。
「意気地なしで……ごめんなさい…………」
地面に座り、セシリオ様のシャツを抱きしめて溢れる涙を拭っていると、どこからかガラガラと馬車の音が聞こえて来ました。遠くに馬車がこちらに向かってきているのが見えます。
「…………馬車?」
慌てて家に逃げ込み、内鍵を掛けました。家中の窓を閉め、ふとセシリオ様と一緒に窓やドアに鍵がかかるように修理したり改装したことを思い出して、胸がチクリと痛みました。
馬車はどんどんと近づき、家の近くで止まったようでした。
まだ昼間です。盗賊などではないとは思いますが。一体なぜこんな場所に?
セシリオ様であるはずはないと思いつつも、わずかばかりの期待をしてしまっている自分がいるのが悔しいです。
玄関のドアノブがガチャガチャと鳴り、コンコンコンと優しいノック音。
「開けてくれ」
「っ――――!」
セシリオ様の声のように聞こえます。そう聞こえるのは私がそうであって欲しいと期待しているから?
「オリビア、いるんだろう?」
「…………セシリオ様?」
「ん、ただいま。オリビア、開けてくれないか?」
「い、や……です」
断ると、ダンッと力強く玄関が叩かれ、セシリオ様からの怒りが伝わって来ました。
セシリオ様がどれだけ優しくとも、男の人で騎士様で、力では絶対に勝てません。見えない分、余計に恐ろしく感じてしまいました。
「……怖いです」
「っ、すまない! 自分に対する憤りなんだ……オリビア、話をしたい。ちゃんと瞳をみて、伝えたい……頼む、開けてくれ」
セシリオ様の悲痛な声に、心臓が締め付けられました。頭の中はいろんな感情でぐちゃぐちゃなのに、体が勝手に動いて、玄関の鍵を開けてしまっていました。
「オリビア!」
玄関から飛び込んできたセシリオ様に勢いよく抱き締められ、頭の中のもやもやが一気に吹き飛ばされてしまいました。
「帰って来ないと、思っていました」
「そんなわけないだろう!?」
「真実を、知ったのでしょう?」
「っ――――」