36:騎士という立場。
朝一番に王都に戻ると宣言したセシリオ様は、そのままどんどんと荷造りを始めてしまいました。
数日分の服をカバンに詰め込まれている姿をながめていたら、目の前がぼやけて何も見えなくなってしまいました。
「オリビア!?」
私の異変に気付いて、セシリオ様が慌て駆け寄ってくださいました。
「なぜ……泣いて?」
「もう帰って来ないのですよね?」
「なっ!? ん、でそうなる……」
柔らかく抱き締められ、セシリオ様の胸に頬を寄せると、また涙が溢れてきました。
なぜこんなにも怖いのか、なぜこんなにも不安になるのか。
「必ず帰ってくる」
――――その言葉を信じたいのに。
セシリオ様のように地位のある方が、王都を簡単に去れるはずがないと、分かっていたのです。国に陛下に忠誠を誓った騎士は、何があろうとも一生騎士のままなのです。それは、死してなお続きます。
騎士でなくなるときは、剥奪され刑に処されるときのみ。私と同じように。
だからこそ、セシリオ様がここに居続けるのは不可能な気がしてしまうのです。セシリオ様の気持ちに嘘はないと信じているはずなのに。
「っ、はい……いってらっしゃいませ…………」
セシリオ様の胸を押し返して、できる限りの笑顔を作ったのですが、セシリオ様は怪訝な表情のまま。
「っ、いまのオリビアをそのままに出来るはずがないだろ! 何が不安なのか、なぜそんなに怖がらせているのか、教えてくれないか?」
そう問われて、騎士という立場について、いままで見て見ぬふりしていたことについて、とうとう言葉にしてしまいました。
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オリビアを抱き、やっと覚悟が決まった。
愛しい人を幸せにするためには、真実を見抜く聖女をどうにかしなければならないと。
教皇が裏で手を回してくれてはいるが、いつまでも持つはずはない。
馬を買いに行った都市で、騎士や真実を見抜く聖女がきな臭い動きをしているらしいという情報を掴んだ。
だからこそ、私は王都に戻らねばならない。
この幸せは誰にも壊させはしない。
目の前で涙を流すオリビア。
抱きしめたが、押しのけられてしまった。
何が不安なのか教えてくれと言うと、一歩下がって寂しそうに微笑まれた。
「セシリオ様は騎士様ですから、国を陛下を裏切りません。私が愛した人は、そういう人です」
「っ……」
「セシリオ様が王都を抜け出して私のもとにいることは、きっと想定済みなのですよね。王都追放だけでは納得しなかったんですよね? 真実を見抜く聖女が」
「っ…………ああ」
オリビアが小さな声で呟いた。「出ていって」と。
言い訳をしたくとも出来ないことを色々と抱えてしまっている。
自分の無力さを心から呪った。