百一話 繋がる親愛、断ち切る未練
時間の流れなんて気にならないくらい、僕達はお互いにお互いを包み合っていた、感情が収まるまでずっと。
「ユウ、もうだいじょーぶ? 泣きやんだ?」
「うん……ありがとうアオ」
「ふふっ、私よりすっごく長く泣いてたね。そんなにも想ってくれてたんだ」
「だって……こっちでも会えたけどどこか本当に会えた気がしなくて。そしてその後にもう顔も合わせられない状況になったし。それを打開するためにとんでもない事しちゃって、本当に壊れたらどうしようって……不安だったから」
そう言葉にしていると、止まったはずの感情がまた動き出しそうになってしまう。
「よしよし、ごめんね。辛い思いさせちゃって。でももう、ユウにそんな思いさせないから」
「うん……うん!」
包まれながら背中を優しく叩かれて、それからそう安心感をくれる言葉を貰えて、涙と一緒に勇気も溢れてきた。
「ごめん、やっと止まった。……ふぅ」
まだ目は涙の跡でしょぼしょぼしているけれど、息を大きく吐いて落ち着けた。まだ後ろ髪引かれるけど、僕はアオから身体を離す。
「えへへ、こんなにユウとぎゅっとしたの初めて……だよね」
「う、うん」
まだ身体にはアオの温もりが残っていて、そのせいで少し物足りない感じがしてしまう。それを自覚すると、急激に顔が熱くなってくる。
「そ、そういえば倒れてからどのくらい時間がたったの?」
その火照りを見られたくなくて、僕は窓に顔を向けて、話を別の方向にも変える。
「一日経ったね。あの勝負はもう昨日の事だよ」
「そ、そんなに……」
途端に長く横になっていたせいの身体の痛みや空腹感が襲ってきた。それから、一気に日常感も戻ってきて、視野も広がってきて全体が見えるようになってくる。
「も、もしかしてずっと一緒に?」
「うん。ずーっといつ起きても良いようにユウを見てたよ」
アオはお姉さんのような微笑みを浮かべて、一度椅子に座り直して、こんな風にと教えてくれる。
「けど、ちゃんとご飯も食べたし、他の皆とお話もしたりしてたから、全然平気だったよ」
「……じゃあモモ先輩や林原さん、それにコノとも?」
「そう、師匠も含めてだけど。皆から聞いたんだ、私が見れなかったユウの事を。」
「へ、変な事とか……言ってなかった?」
「だいじょーぶ、すっごく褒められてたよ。幼なじみとして誇らしくなるくらいに。……実はさ、皆とお話したから今ユウと向き合えてるんだ」
「それってどういう?」
「正直さ、目覚めたユウとしっかりとお話出来るか不安だったんだ。何を言われるんだろうとか、私の予想は外れて本当に恨まれてるんじゃないかとか。ユウの寝顔とあの扉を交互に見てた」
アオは僕の部屋のドアを見つめる。そちらに視線を向けると、ちょっと開いているように見えた。
「でもね、他の子達とお話している内にだいじょーぶだって思えて。応援もしてくれてユウと向き合う勇気を貰えたんだ。だから、今ここにるのは皆のおかげなの」
「じゃあ皆に感謝しなきゃだね」
「だね。というか、もう皆起きてる頃だし、もうだいじょーぶって伝えに行かなきゃ。心配させちゃってたし」
「僕も一緒に――」
「ゆ、ユウ……まだ無理しちゃ駄目だよ」
ベッドから降りて立ち上がろうとすると、想像よりも足に上手く力が入らなくて、磁石に吸い寄せられたみたいにベッドに尻もちをついてしまう。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと力が入らなかっただけで」
やんわりとアオに止められる中、もう一度足を床につけて立ち上がろうとした時。
部屋の扉がバタンと開けられた。
「そうよ、ユーぽん! その必要はないわ! 全て聞かせて貰ったから!」
「も、モモ先輩!?」
颯爽とモモ先輩が入ってきて、それだけじゃなく、コノにアヤメさんと続いてくる。
「ええと……どこから?」
まず聞きたいのはそこからだった。いつからあの扉は開いていたのか、それが問題だ。
「優羽くんが目覚めてすぐくらいだよー。少し様子を見ようと来たらちょうどそうなってたから」
「それからすぐくらいかな、見に行こって誘われてさ。覗き見してたってわけ」
「ご、ごめんなさい。心配だったので、ついコノも」
話を聞いている間に、どんどん彼女達の声が遠くなっていく。そして、自分の中で思考と感情が暴れ出す。
見られた。あんなに泣き喚いて抱きついて、慰められていた姿を。それに腹を割って話している光景も。今すぐ、今すぐ叫びだして転がりたい。いやしよう。
「あぁ……うわぁぁぁ! うぐわぁぁぁ!」
「ゆ、ユウ!?」
僕はベッドに倒れ込んで左右に小刻みにゴロゴロさせる。何度も壁に身体がぶつかるけど構わない。その痛みでこの気持ちを紛らわせたかった。
「ユウワさん、お、落ち着いてください……」
「ユーぽん、気持ちはわかるけど、それも中々面白い感じの行動になっちゃってるわ」
「うわぁぁあ……ぁぁぁぁぁ!」
そう指摘されて羞恥の燃料が投下され、行動も封じられ、どうしようもななくなってぬいぐるみ達に顔面を埋めた。
「もう……嫌だ……」
「あわわ、ユウワさんが、また泣き出しそうです……その、とっても素敵でしたよ。ゆうわさんの想い、本当に感動しました」
「その通りよ恥ずかしがる必要ないわ、ユーぽん。あなたは、ミズちゃんを救ったのよ。カッコよかったわ」
「二人共、それ追撃しちゃってるよー」
「ぐぅぅぅ」
どうして本当に見られたくない姿はいっつも見られるんだ。しばらく、目を合わせて話せなくなるのが確定した。僕は心が静まるまでぬいぐるみ達の中に頭を隠し続ける。
そうしているその間に話題の中心はアオへと自然とシフトしていた。
「葵」
それはアヤメさんがアオを呼んだ声だった。でも、いつもの軽い調子じゃなくて、優しく包容力があるような声音で。顔を動かして隙間から覗き込むと、アヤメさんは子供抱きしめるようにアオを包んでいた。
「師匠……ずっと心配かけててごめんなさい。でも、ちゃんと向き合えたよ」
「一つ、聞いても良い?」
「うん」
「あなたの名前を教えて」
アオは一呼吸置いてから力強く名乗った。
「私は速水……葵。ミズアじゃなくて葵、それが本当の名前」
「ミズアは卒業だね。けど、ミズアだった事は悪い事でも無駄な事でもないから、忘れちゃ駄目だよ? ミズアだった事も葵の一部なんだから」
「心配しないで。ミズアとして沢山の人と仲良くなってきたんだもん。それも私だって分かってるよ」
何だかアヤメさんが弟子の前でしっかりと師匠らしい姿を見せていて、びっくりしてしまう。でも、アオが尊敬する気持ちがはっきりと理解出来た。
「ニヒヒっ、よろしい。この件に関して師匠として言う事はないみたいだねー。これからも葵は葵らしく生きるんだよー」
満足そうに頷くとアオから身体を離す。すると、いつものアヤメさんに戻って、子供っぽく微笑んだ。
それから入れ替わりにモモ先輩とコノがアオに寄っていく。
「モモにコノハちゃんも心配かけちゃってごめんなさい。おかげでユウと仲直り出来たよ、ありがとう」
「もう! 本当に心配したんだからね!」
モモ先輩は我慢ならないという感じで抱きつく。それは身長的にお姉さんに甘えるように見えるけれど、本当は逆で。アオは身体を預けるようにされるがままになる。
「でも、元気になって本当に良かった。吹っ切れたみたいで、安心したわ」
「うん、ちょー元気になったよ。前よりもずっと!」
「ふふっ。ねぇ、これからアオちゃんって呼んでもいい?」
「私からお願いしたいくらいだよ。そう呼んでくれると嬉しいな」
「じゃあアオちゃん、これからもよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします、モモ」
改めてそう言葉を交わし合ってからモモ先輩は回していた腕を解いた。
そして今度はアオから話たそうにしていたコノに歩み寄る。
「コノハちゃんも、これからよろしくね。もっとお話して仲良くなりたいな」
「は、はいアオイさん! こちらこそよろしくお願いします!」
少し緊張しているのかぎこちない。まぁ憧れの人だから、そうなるのは当然か。ただ、復活したアオの明るい感じにすぐに朗らかな表情になる。
「あ、あの……握手してもらっていいですか?」
「いいよ。はい、握手」
「うわわっ、さわれちゃった……! ありがとうございます! もう洗いません!」
「いや、洗わないと駄目だよ!? いつでもしてあげるから……ね?」
「は、はい! ちゃんと洗います!」
幼なじみが有名人ってこんな気持ちになるんだ。誇らしいし嬉しいけれど、皆に知られちゃうっていう、ちょっとした寂しさがある。
僕もいつから彼女と並び立てる時が来るのだろうか。それは少し先の話な気がした。
「そういえば、空くんは? 早くに起きて、そこから戻らないけど」
「今、朝ご飯の支度してもらってるよー。そろそろ出来たんじゃないかな?」
食事の話をされて再び空腹感が蘇ってきて、さらに腹の虫がなってしまった。
「ユウもお腹空いてるみたいだし、下に行こっか」
「そうね、あたしも安心したらお腹減っちゃったわ」
「えへへ、コノもです」
「それじゃあ葵復活を祝って一緒に食べよー」
アヤメさんの合図と共に三人は楽しそうに会話しながら出ていく。扉は開けられたまま、再び僕とアオは二人きりになるけど、何人もいた熱っぽい残滓が残っていた。
「ユウ? 私たちも行こっ」
「う、うん」
頬の火照りも収まりつつあり、ぬいぐるみ達から離れて顔を上げた。
「ええと……その手は?」
アオは両手を僕に向けて突き出している。
「だってまだ立てないでしょ?」
「恥ずかしいんですけども」
「もうーさっきのよりは全然マシでしょ? いいから行くよ」
そう問答無用と掴まれてしまう。彼女の言う通りまだ力は戻っておらず、助けを借りて何とか立ち上がる。それから肩を借りて部屋を出た。
「ごめん、アオ。何か上手く身体を使えないや」
「あまりにも力を使いすぎたんだ、しょうがないよ。それに長く横になってたし。でも、少ししたら良くなるから心配しないでだいじょーぶだよ」
アオのだいじょーぶ、という言葉は安心感を与えてくれてすぐに信じられる強さがあった。
そのまま進めば問題の階段が現れる。下からは皆の声が聞こえてきた。
「どう? まだ無理そう?」
やはり思ったように力を入れられず素直に頷く。
「うーん。もしものことがあったら危ないよね……よし」
「あ、アオ……って……ちょちょ!?」
背後に回られると背中とお尻あたりに手を添えられたかと思うと、すぐに僕の足は宙を舞って、身体はアオの両手で持ち上げられてて。お姫様抱っこをされていた。
「お、下ろして」
「だいじょーぶ。落とさないから、じっとしててね」
「そ、そういう問題じゃ――」
僕の抗議は聞かれることなくアオは降りていく。確かにだいじょーぶと言われてその落下の心配はないのだけど、こうされている事自体がとんでもなく恥ずかしい。
誰かに見られる前に終わりますようにと静かに祈った。
「よし、着いたよ」
「じゃ、じゃあおろし――」
「……二人共」
だけど無慈悲に感情の薄い低めの声がかかる。もちろんその主は林原さんで、完璧に見られてしまった。どこか、こうなるだろうなと予想できていた自分がいて、とても嫌だ。
「言うまでもなく……上手くいったみたいだな」
「うん、この通り仲直り出来たよ」
「そうか……」
そのままの状態で話をされてしまい、内容が内容なので口も挟めなくて。
「ずっと心配させてたよね、前からさ」
「ああ、過去を見ないふりをして名前を変えて逃げる、前を向くためとはいえその選択は、葵のためにならないと思っていた。それに、ミズアの明るさは影があって、見ているのが少し辛かった」
林原さんは静かに目を伏せる。そこから後悔がにじみ出ていた。
「あはは……何年もミズアでいて、過去をどんどん奥に押しやっても、見ているぞって視線は消えないんだよね。だから私も心のどこかでずっとこのままじゃ駄目だって思ってて。空くんにも心配されてるの分かってたから、何とかしないとって、安心させたいって想いがあったんだ」
まるで天井から過去の映像が流れて、それを見るように顔を上に上げて遠くを見つめている。
「俺もだ。仲間がそんな状態なのを知って無視は出来ないし、本当の意味で前を向いて欲しかった。だが情けない事にどうすれば良いか最期まで分からずじまいで。結局、その気持ちが未練になって俺を霊にさせたんだが」
「ふふっ。やっぱり空くんは冷たい感じに見えるけど、本当に温かい人だよね。最初は、気難しそうでちょっと怖かったんだよ? まぁお話しすると優しくて頼りになるなーってなったけどね」
「別にそんなんじゃない」
「あっ照れてる」
林原さんは少し頬を染めながら、ぷいっと顔を背ける。
「……そ、そんな事より、皆二人を待ってるぞ」
「露骨に話逸らすじゃん。まぁいいけどさ」
楽しそうに話している中、ふとアオと僕の目が合う。
「あの、そろそろ下ろして欲しいんですけど……」
「ご、ごめん。忘れてた」
ようやく地面に足が着いた。何だか重力をしっかりと感じて凄く安心する。
「日景くん、ありがとうな。おかげで未練が解決した」
「い、いえ……それに僕だけの力じゃないですし」
「そうかもな。だが、君じゃなかったらこうはなっていない。君のおかげなんだ」
そう言われてしまうと、変に謙遜も出来なくなってしまう。
「もうすぐお別れになっちゃうんですね……」
「ああ。だが、その前に皆が楽しそうに食事をしている姿を見たい。それとユウワくんが美味しそうに食べる姿も。それが最後の願いだ」
「ぼ、僕のですか……」
改めて意識させられると緊張してしまう。けど、林原さんのためだ。
「わかりました、味あわせてもらいます」
「よしっ、そうと決まれば皆のもとに行こう」
「うん!」
リビングに行くと朝の食卓の匂いが鼻腔をくすぐり空腹をさらに刺激される。そして、皆が談笑しつつ座って待っていた。
「あ、ユウワさん。こっちに」
コノは横の空いている席をぽんぽんと叩く。僕は素直にそこに腰を下ろして、さらに隣の席にアオが座った。コノとアオに挟まれる形になり、向こう側にはアヤメさん、林原さん、モモ先輩という並びで、僕の対面は林原さんがいて、アオの前にはモモ先輩がいる。
「ヤバい……美味しそう」
目の前にあるのはまさしく日本の朝食という感じで、キラキラしているように見えるご飯に味噌汁、新鮮な野菜達に目玉焼き、そして香ばしい匂いを漂わせる焼き魚。
大きな課題を乗り越えて大きく時間を開けていて、胃も心も食事の準備万端で、いつもの倍以上美味しそうに見えた。
「それじゃあ、食べよっかー」
アヤメさんが早速そう呼びかけてくれる。僕ははやる気持ちを抑えて、挨拶を待つ。
「皆で言うよー。せーの」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
その言葉に弾かれて僕は、箸を持ち最速で食事に手をつける。もはやそれは、自分ですら認知できないくらいのスピードで、もう何を食べているのか分からないくらい詰め込んだ。
「うま……うま……うま!」
すると頭の中が幸せな感覚で満たされる。それに連られて顔の表情が緩んでしまう。
「ふふっユウ、溶けてる」
緩むどころではなかったらしい。そのせいか皆から視線の集中砲火を受けてしまう。
「相変わらず良い顔して食べるわね」
「こっちまで幸せになっちゃいます」
「優羽くん、ナイススマイルだねー」
口々に褒められてしまって、恥ずかしいやらそれどころじゃなく美味しいやらで頭がいっぱいになる。
「……」
そんな中、林原さんは無言だけれど、熱い眼差しを向けてきて、口元も少し上がっていた。凄く満足そうでいてくれて、こちらもより嬉しくなって美味しく感じられる。
それから僕達は雑談をしながら、ごく普通で楽しくて幸せで、最後の六人の食事を噛み締めて味わった。
※
「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」
多幸感と満足感に浸り、そして後ろ髪を引かれながらも食事の終わりの挨拶をした。そして食器を下げて、洗い物を終わらせてから、しばらくお茶しながら一緒に過ごした後林原さんに尋ねる。
「林原さん、どうでしたか?」
「もう満足したよ。ありがとう」
やはり感情は薄くて、けれど喜んでるんだなって分かってきて。何となくだけどどんどん読み取れるようになってきた。今さらかもだけど、その前に林原さんに少し近づけたような気がして良かった。
「じゃあ……もう」
「ああ。お別れだ」
その言葉を聞いた瞬間に、一気に現実感が戻ってくる。周りの皆も寂しそうに林原さんを見つめていて。
「ソラくん……」
やっぱりその中でも一番辛そうにしているのはモモ先輩で。彼の胸に飛び込んだ。
「愛理」
「分かっているわ。あたしの未練を終わらせてから、もう覚悟はしてる。それに、笑顔でお別れするって決めてたの。……けど、少し待って」
「ああ」
林原さんはモモ先輩の背中に手を回す、心を落ち着かせるように。
「モモ……わ、私も」
その二人を見ていたアオもいてもたってもいられないという感じで、モモ先輩の後ろから抱き締める。
「アオちゃんまで……そんな事されちゃったら、止められなくなっちゃうよ」
「だいじょーぶ、一緒に泣こう?」
「……うん」
三人は身体を密着させて互いに感情を共有し合う。
「あーあ、お別れっていつまで経っても慣れないなー……本当に」
それを遠くからアヤメさんが見守っていて、彼女の瞳は少し潤んでいる。飄々としていたけれど、その下には色々な感情が潜んでいたのだろう。
「やっぱり……悲しいですね。見ているだけでも」
「そうだね」
コノは過去の自分と重ねているようだった。それに、彼女が言うように僕も別れを見るのは辛い。
「でも、皆さんみたいに想い合えるくらいの関係にこれからなりたいです」
「僕もだよ。一緒に思い出を作っていこう」
「……はい」
僕とコノは少し離れた所で三人の想いが溢れる関係をしばらく眺め続けた。それは時が止まったように長くて、けれどいつしか終わりを迎えて、時が動き出した。
「そろそろ、俺は行くよ」
林原さん達は惜しみながら身体を離した。もう泣いている人はいなかった。
「ロストソードは外でやろう」
僕達は林原さんを先頭に店の外に出る。少し遠くの店全体が見える位置まで移動した。そして魔道具店『マリア』をちょっとの間、林原さんは眺める。
「断ち切るのは日景くんがやってくれ」
「良いんですか?」
「俺達の未練が解けたのは君のおかげだ。それに、君以外の使い手は皆当事者だしな」
確かに、今回の未練問題において第三者の立ち位置にいて、剣を扱えるのは僕だけだ。そう意識すると一気に責任感が押し寄せてくる。
「あたしもユーぽんにやって貰いたいわ。というかユーぽんじゃなきゃ駄目」
「うんうん。ユウの能力の方が一緒にいれる感じが出ていいもんね」
「わ、分かった。僕が引き受けるよ」
ロストソードを手に持つ。ますますこの剣が重くなっていく。
その重みを感じている中、最後に林原さんはそれぞれに一言をかけていく。
「葵、もうしがらみはない、その強さと明るさでこのまま突き進んで頑張れ」
「うん、任せて!」
「愛理、これからも頼り頼られる人になっていけよ」
「ええ! 先輩として頑張るわ!」
まずはその二人に。それから僕達の方にも来てくれて。
「日景くん、俺の代わりに皆のことを頼んだ」
「はい!」
僕らだけでなくコノにも声をかけていく。
「コノハさん、不慣れな場所で不安だろうが、皆を頼れば大丈夫だ」
「ぜ、全力で頼ります!」
その返答に林原さんは微笑みながら、アヤメさんの下に。
「アヤメさん、今までお世話になりました。ありがとうございました」
「こちらこそありがとう、君の事も絶対に忘れないよ。……いつかまた会おうね」
「いつかまた」
そう皆と別れの挨拶を済ませると、モモ先輩とアオと林原さんが繋がる光の糸が現れて。
そしてその役目を終えてゆっくりと解かれた。
「……じゃあな皆。長く生きろよ」
そして次第に身体は黒に染まっていき、最後には完全な黒となり、それが誰なのか判別が出来なくなって。
「さようなら、林原さん」
僕はそれに魂を込めてロストソードを振るい、横一閃に霊を断ち切った。そうすると、ソウルはふたつに別れて、片方は青空の向こうへと昇っていき、もう一方は僕の剣の中へと入った。
「……」
ずっしりとした重みが僕の魂へとのしかかる。でもそれは受け止めなきゃならない。全身に力を入れて、僕は新たな旅立ちへ向かう林原さんを見上げた。
空は濁りがなく美しく青に澄み切っていて、暖かな日差しが降り注いでいる。
その眩しさに厭わず、皆も同じように顔を上げて手を振って彼を見送った。その姿が見えなくなるまでずっと……ずっと。