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Ut. Cold Heart -ユートピア コールドハート-  作者: 猫宮助六
第一章 眩き光の銃刀
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第8話 もう一人

 一人の女が汗と涙を(にじ)ませながら走る。「助けて」と息切れ寸前の掠れた声で叫び、悲鳴を上げながら逃げ惑う。薄暗い路地裏に逃げ込むもののすぐにそれが悪手であることに気付く。人目の無い場所だ、助けてくれる者などそういない。

 女は足を(くじ)き転倒する。膝丈のタイトスカートに五センチのハイヒールを履いているのだ、転倒など無理もない。(むし)ろよくここまで走って来られたというもの。そんな女の目の前に現れたのは、両腕と口元を赤黒く血で汚した人の見た目をした悪魔だ。女は目の前の悪魔の顔から目が離せなかった。殺される恐怖で腰が抜けて動けなくなっていたからだ。

 悪魔が女に飛び掛かる。それでも尚、目を離す事が出来なかった。最期(さいご)の瞬間を悟った時、大きなエンジン音が路地裏中に響き渡る。すごい勢いでこちらに向かって来ているのが分かる。そして目の前の悪魔の頭から先の丸い何かが飛び出してきた。その勢いで女の顔に大量の血が降りかかる。頭を貫いた「何か」は勢い良く回転してグチャグチャと音を立てながら真っ赤に染まった肉を裂いていく。真っ二つに割れた頭の間からこちらを覗く青年の顔が現れる。その青年の顔にも血がベッタリと付着している。

「あれ、まだ生きてやしたか。運がいいこって」

そう言って青年は勢い良く振り返り悪魔の群れに向かって突進して行った。チェーンソーを滅茶苦茶に振り回し、悪魔の胴と頭を(ことごと)く両断していく。エンジン音だけだった周囲の音は、青年の笑い声も共に満ちていく。正に狂気の只中(ただなか)に居る様だ。

 女は青年の様子を垣間(かいま)見て更に恐怖が増したのだろう。顔を青ざめさせて尻餅をつきながらもゆっくり後ずさる。視線を外すことが出来ず、ずっとこの惨劇(さんげき)を見ている。そして背後からの気配に気付いた時にはもう遅かった。今度こそもう終わりだと顔を伏せた時、発砲音が鳴り響く。音に反応したのか悪魔は動きを止める。その視線は女ではなく音の方へ向けられていた。そして、その方向から壁を蹴って前へ飛び出してきたのは先程とは違う容姿の男だった。そう、その男はレザールだ。身を(ひるがえ)し銃を二発撃って悪魔の頭に命中させる。女の背後に居た悪魔は倒れる。安全の確認か、レザールは周囲を見渡し始める。例の青年が行ったところには無惨に引き裂かれた肉片が散らばっている。悪魔の特性上肉片は消えかけているが、残っている部分だけ見ても(さなが)ら快楽殺人の跡のようになっている。

「うわ…… ジャック、お前ホント滅茶苦茶やりやがるな。だからお前とは一緒にやりたくねぇって言ってんだ 」

悪魔の掃討が終わったらしく、ジャックと呼ばれたチェーンソーの青年がレザールに近付いてくる。身体中血塗れでレザールのすぐ後ろに居た女は小さく悲鳴を上げる。レザールは女にさっさと行く様に促す。

「この近くに偶然現れたダンナが悪いっすね。ぶっちゃけ、この件はオレ一人でも何とかなりやしたが、コブラさんの意向なんで」

「はいはい、偶然居合わせて悪かったな。その人のせいにするスタンスは大層ご立派なもんで」

軽口を叩き合っていると無線機から声が聞こえてきた。声の主はコブラだ。近くで待機して敵の残数をPCでモニタリングするのが主な役割だが、この無線はその報告だろう。

『ジャック、レザール聞こえてるな? その周辺の悪魔の反応は全て消えた。本件完了ってとこだ』

そのアナウンスでやっと終わったのだと肩の荷を降ろす。

 レザールとジャックが路地裏から出るとコブラが待っていた。

「ジャックは一人で十分だと。俺も同意見だから次はアイツが居ない時で、尚且つ事前に知らせてくれ」

「あ? 今日の仕事に不満ってか? 」

「当たり前だろうが。人の休暇の邪魔しやがって」

「報酬用意してやるって言ってんだからいいだろ別に」

二人の口喧嘩に興味が無さそうなジャックは一人石を蹴って遊んでいる。レザールはジャックと一緒に仕事を回るのは嫌なようで、さっさと帰ろうとする。コブラはそんなレザールを引き留めている。

「ったく、わかってねぇな。仕事は効率と損得なんだよ。人材増やして時間効率が上がるならそれに越したことは無いし、お前もそれで金が手に入るんだから得はしてんだろ」

そういうことではないとコブラを睨むが、溜息を吐きすぐやめる。頭を掻きコブラから物理的に少し距離を取る。周りから見れば拗ねている様に見えるだろう。


 時は巻き戻り十分前のこと。コブラとジャックは仕事で現場に向かう途中だった。悪魔の位置情報からあと三分程で着くといった感じだった。

 不意に足を止めたのはジャックだ。すぐ横の店の行列を見て立ち止まったのだ。

「どうしたジャック? 」

「コブラさん、あそこにいるのダンナじゃねぇっすか? 」

そう言って指を差した先には確かにレザールのようだ。若い男女が大半を占める行列の最前列にその姿があった。

「これ、なんの行列だ? 」

コブラは店側に視線を移す。そこにはテイクアウトオンリーと言いたげなカウンターで隔てられた、屋根が淡いピンクと青の可愛らしい店だった。

「どうやらクレープ屋みたいっすね。今日オープンなんだとか」

「クレープ……どうりで客層が若い訳だ。で、なんでアイツがここにいる? 」

「なんでもなにも、ダンナも食べたいからでしょ」

クレープ屋に並んでいるということはつまりそういう事だ。食べない人がわざわざ行列に並んで買う訳が無い。

 そんなこんなで問答をしているとレザールがクレープ片手に出てきた。コブラとジャックを見るなり「うわっ」と声を漏らして顔を引き()らせる。会いたくないやつに会ったという反応だ。

 レザールが持っているクレープは、苺にキウイ、オレンジといった果物とたっぷりのホイップクリーム、その上にチョコのカラースプレーがかけられている。若者受けを狙うには(いささ)かシンプルだが、それが返って良いのだろう。レザールはコブラの様子を伺いながら食べ進めていく。

「……甘ったるそうだな。お前そんな甘そうなの良く食えるよな」

「クレープだからな。そりゃあ甘いだろ。こういうのは甘いのが好きじゃなきゃまず買わねぇ。じゃ、俺の用事は済んだから帰るわ」

そう言ってコブラの横を抜けようとした時、コブラに片腕を掴まれる。ぎょっとしたレザールはコブラに掴まれた腕とコブラの顔を交互に見やり恐る恐る聞く。

「な、なんなんだ? 俺は帰るんだが」

コブラは顔をニヤつかせて腕を掴んだ手の力を強める。反優男(ヤクザ)と言われても遜色(そんしょく)無い程嫌な顔をしている。

「……用事は済んだんだよな? なら丁度いい、付き合え、レザール」

「は? なんで俺がーー 」

お前に付き合わなきゃいけないんだ。そう言い切る前に腕を引っ張られ連行される。

 現場はクレープ屋から三分歩いた先。レザールはコブラとジャックに連れられ一緒に現場入りをする。コブラはPCを立ち上げ衛星通信から悪魔の数と位置を特定する。そしてサングラスを上げて悪魔が居る方へ目を向けて魔力を視る。

「……ん、厄介そうな反応は特にねぇな。ジャック、掃討を頼む。レザールお前も手伝え」

「俺、今銃二丁しか持って来て無いんだが」

そう言われてレザールの腰辺りに視線を落とすと確かに刀が刺さっていない。コートで物は見えていないが太腿のホルスターのベルトが見えている為、銃しか持っていないのは本当の様だ。

「お前なら銃だけでも何とかなるだろ。取りに行かせてもどうせ戻って来ねぇだろ」

信頼があるのか無いのか分からない評価で図星を刺される。長い付き合いの弊害とも言えるだろう。

「まーまー、さっさとやっちゃいやしょうぜ。仕事は正確且つ効率的に、でしょ? 」

このジャックの一言に感心して頭を雑に撫で回す。そして自慢を交えてレザールに向き直る。

「ジャックの方が分かってるじゃねぇか。レザール、お前も早く腹括れ。報酬は出してやるから」

レザールは大きく溜息を吐いて頭を掻き毟る。仕方無しと言いたげにチャンバーチェックをする。

「その報酬も貰うが、それとクレープ一杯奢れよ」

「……まだ食う気か」

レザールの甘味好きさに呆れるものの、自分たちの仕事に付き合わせるのだ、その程度の交換条件で付き合ってくれるなら安いものだ。

 コブラの目はPCを捉えている。すると追っているものとは違う悪魔の反応が二つ此方へ向かって来ているのに気付く。その反応が近づくにつれ、女の声も大きくなる。

「二人とも隠れろ」

コブラが小声で指示を出してジャックとレザールは近くの物陰に身を潜める。そうして目の前を通り過ぎたのは三十代程の女と、その後を追う二体の悪魔だ。その悪魔は人型で両手と口元が血に塗れていた。悪魔の様子から、既に何処かで被害が出た後なのだろう。いつから追われているのか不明だが、女は今にも転びそうな走り方をしている。女は悪魔から逃れようと路地裏に入り込んで行った。

「今回の依頼はアレか? 」

「いや、アレじゃない。アイツらは別の場所から合流して来たんだ。俺らの仕事はこの路地裏に潜んだ人型だ」

「いつも通り殲滅(せんめつ)っすかね? あの女はこっちで保護でもしときやす? 」

「いや、救急車を呼んどく。ジャックとレザール、お前らは悪魔を殺す事に集中しろ」

粗方の打ち合わせが済んだところでいよいよ路地裏に入る。ジャックはチェーンソーのスターターハンドルを引く。勢い良くソーチェンが回転しだし、チェーンソーを持って路地裏へ潜り込んでいく。レザールもその後ろから二丁の銃を構えてついて行く。今回はジャックのアシストに徹するつもりの様だ。

 女が先に路地裏へ入った事によって悪魔がわらわらと湧いていた。女を殺そうと出てきたのだ。近くの悪魔たちはチェーンソーのエンジン音でジャックの存在に気付き始める。そんな悪魔を手前から迷わず横薙ぎで斬り殺していく。チェーンソーの刃で勢い良く肉を抉り骨を断つ。ソーチェンが肉を抉る度に真っ赤な血が噴き出す。左へ振ったチェーンソーを返しで近くの二体目を両断する。壁にベッタリと付いた血がチェーンソーの恐ろしさを掻き立てる。

「アッハハハァ!! クソ生ゴミどもを斬り刻むのは楽しいぃねぇえ!! もっと無惨に、バラバラになれよ! オレの為に! 」

ジャックが笑い出す。先程までの様子とは打って変わって狂気が滲み出る笑いだ。瞳孔(どうこう)が開き目の焦点が合っていない。只事ではない変貌の仕方に恐怖心を掻き立てられるのも無理はない。

 チェーンソーを人型の悪魔の腹部に突き刺し腹部から頭へかけて斬り裂く。血は噴き出し周囲に撒き散らされる。自分の顔に掛かろうが構わず振り回し続ける。そして此方(こちら)に目もくれず後ろを向いた悪魔を発見する。それを嬉々として回転する刃を頭部に突き刺す。ガリガリグチャグチャと不快極まる音を立てて骨を、脳を、血肉を抉る。バックリと真っ二つに割れた頭からチェーンソーを抜くと女が座り込んでいるのが見えた。身体をピクピクと痙攣(けいれん)させた悪魔の死骸(しがい)越しに女の安否を確認する。

「あれ、まだ生きてやしたか。運がいいこって」

そう言って来た道に向き直り、残っている悪魔に向かって突進していく。形式上、女の安否確認はしたものの他者の生死に興味は無いのだろう。当人の気の向く方に突っ走っていく。

 銃弾一発で目の前の悪魔を撃ち殺したレザールは、イヤーカフ小型無線機に搭載されている超音波索敵機のボタンを押して悪魔の位置を確認する。自身を中心に半径十メートル圏内であれば壁越しでも悪魔の位置が分かるからだ。

「二時の方向……さっきジャックが行ったとこの奥に二体の悪魔が居るな」

悪魔の位置が分かるや否や走り出した。正面ではジャックがチェーンソーを振り回して暴れまわっている。横を抜けようものならチェーンソーに巻き込まれるだけだ。ならばとレザールは壁を走ってジャックの背後へ周り、両目で二体の悪魔を捉えると二丁の銃を構えながら右脚で壁を蹴り着地までの数秒の間に左右一発ずつ発砲する。白く光る魔力の弾丸は見事悪魔の額に命中した。索敵機に敵性反応は無い。ジャックが狩り尽くした様だ。周囲を見渡して目視でも確認をするが、やはり悪魔らしき影は無い。仕事は終わったのだ。


 レザールは壁に凭れかかってコブラの様子を伺っている。例のクレープを奢るという約束を果たさせようとしているのだ。しかし、コブラは一向にその様子を見せない。それどころか、PCを仕舞い移動準備を始めている。

「おいコブラ、約束通りクレープ奢れや」

「また今度な。それよりレザール、この後も少し付き合え。これからメイズスターリングに行く」

メイズスターリング市はグロリオサレオ県にある都市で、シルバークロウ市から南西側に隣接している。公共交通機関の電車を使えば約五分でメイズスターリング市の駅に到着する。

「は? なんでそんなとこにーー……って、おいやめろ引っ張るな! 」

コブラはレザールの返答を聞かず腕を掴んで強引に引っ張る。すぐ後ろに後を付いて来るジャックに「コイツをなんとかしろ」という視線を送るがすぐに視線を逸らされ、わざとらしい口笛で誤魔化される。

「わかった、わかったから手を離せ」

レザールは二人の強引さに根負けし大人しくついて行くことにした。

 メイズスターリング市へ行く道中、レザールは改めてそこへ行く理由を聞く。どうやら特別な理由があるという訳ではなくシンプルに仕事が入ったのだと言う。元々シルバークロウ市内の仕事の後に向かうという予定になっていたらしい。しかし、これから向かう所には一つの懸念事項があり、そのせいで仕事を完遂させられる保証が無かった。そこでレザールと鉢合わせたのが二人にとって幸運な事だったのだ。

「で、その懸念事項ってのは? 雑魚散らしならジャック一人で十分だろ? 」

「いや、今回の相手は下級の雑魚じゃない。中級悪魔だそうだ」

コブラは躊躇(ためら)っているのか、ジャックとレザールの顔を交互に見てからゆっくり話し出す。

「……ジャックはお前程戦い慣れている訳じゃあない。まぁ、血を撒き散らして四肢(しし)をぶっ飛ばして笑い狂ってるのはいつもの事なんだが、お前に比べて戦闘経験が浅いのもまた事実。敵が中級となるとどうなるか判断し兼ねていたんだよ」

「確かに中級悪魔は個体によっては倒し辛いのも居るかもな」

これまでに倒した中級悪魔を思い出しているのか、顎を左手で触って目は地面を見ている。最近戦ったのは爬虫類型、鳥獣型、魚型、両生類型の四種だ。自身が扱う武器によって相性の差異もあり、魚型と両生類型の時の様に二体同時に現れることだってあるのだ。

「ジャック一人では難しそうなら撤退していたさ。俺の大事な『剣』を潰す訳にはいかんからな。ジャックともそういう話で通していた」

戦わないコブラは本来当事者同士の実力差に気付き辛い立場にあるが、危機感で退(しりぞ)く事を視野に入れている辺り退()き際を弁えた慎重な指示役である事が伺える。レザールが現れた事によってその慎重さが発揮されることは無くなったが。


 そんなこんなで仕事の話しをしながら歩いているとあっという間にメイズスターリング市に辿り着いた。目的地までもうすぐだ。郊外なだけあってシルバークロウ市と比べて自然が多い。パッと目に入るのは建造物ではなく山だ。

「俺は近くで身を隠すとしよう。お前らは早く倒して来い」

「簡単に言ってくれる。今銃しか持って無いんだがな」

「ま、なんとかなりやしょーよ。ダンナ行きやすぜ」

そう言ってジャックはチェーンソーを肩に担いで歩き出す。レザールは早足でその後を追う。

 ここは市が管理する公園。遊具は公園の外周側に固められ、中央には噴水がある。その噴水から水は出ておらず枯れている。噴水から左手側に視線を移すと今回のターゲットが居る。

 中級と言われている悪魔の容姿は蛇。爬虫類型の悪魔だ。全長約五メートルで百六十センチ代の人間一人が両腕を使って作った輪くらいの太さをしている。レザールとジャックは木や物の陰からその悪魔の様子を観察する。爬虫類型はキョロキョロと辺りを見渡し彷徨っている。レザールたちに気付く気配は無い。

「あんな所で何をしているんすかね? 公園だから遊びに来た子供を狙ってるとか? 」

「あんなデカい図体を晒しておいてそれは無いだろ。あんな見るからに危なそうなヤツを見て逃げないヤツはいない」

「好奇心は猫を殺すって言いやすぜ。そういう人間を狙って喰ってんじゃねぇっすか? 」

「どうだか。いずれにせよ非合理的だな。ま、悪魔の事なんざ考えたってしょうがない。さっさとやるぞ」

レザールは二丁の銃を構える。いつでも出られる事をジャックに目で伝える。それに無言で頷くと左手でチェーンソーのフロントハンドルを握り、右手でスターターハンドルを勢いよく引く。チェーンソーは鳴りだしエンジンが掛かった事を聴覚に伝える。

 爬虫類型はチェーンソーのエンジン音に気が付きジャックが居る方に向く。ジャックは飛び出していき爬虫類型の背後を着く様に迂回する。しかし爬虫類型も目前の敵を前に背中を簡単に見せる訳も無くジャックの動きに合わせて動く。すると、織り込み済みだと想起させる様な余裕のある表情でペロリと下唇を舐めると一言発する。

影移動三回行(かげいどうさんかいこう)

その言葉の後すぐにジャックの姿はフッとその場から消える。チェーンソーのエンジン音は爬虫類型を囲む様にあちこちから聞こえ、場所を特定することが困難な状態だ。ジャックを完全に見失った爬虫類型はキョロキョロと辺りを見渡す。

「オレは此処にいやすよ、マヌケ」

そう言って爬虫類型の左後方に姿を現しチェーンソーを一気に振り下ろした。ガリガリと音を立てて蛇の身体に巡らされた細かい鱗が飛び散っていく。外皮が硬く中々肉を斬る事が叶わない。

 レザールは二丁の銃で交互に撃ち鱗を剥がす事に専念する。鱗を剥がした上であわよくばダメージをと撃っているが埒が明かない。レザールは爬虫類型の頭一点を狙い一発ずつ撃つ。狙いは命中し頭の一カ所だけ鱗が無くなる。爬虫類型の尾がレザールを目掛けて飛んでくる。足払いのつもりなのだろうが、それを難なく回避しまた二発撃ち込む。

 レザールは爬虫類型の尾を踏み制御を奪う。ジャックは動きが止まった爬虫類型に今度は胴より細い尾に近い部分にチェーンソーを降ろす。ガリガリと鱗が削れる音の後、グチャリと水分を含んだ肉に傷が入る音が聞こえてきた。そして数秒で切断される。胴に比べて外皮が柔らかいのだ。爬虫類型は尾が斬られた事に憤慨し暴れだした。ジャックはこの感触に手応えを感じたのかニヤリと口端を上げる。瞳孔が開き焦点が合わなくなる。

「アッハハァ! 良いねぇこの感触! なぁるほどなぁ、おもしれぇじゃねぇーの!! 」

突然の奇声に爬虫類型は疎か、レザールさえも驚き一瞬動きが止まる。そして動揺が現れたのか、撃った一発は狙いが逸れて左目に当たる。爬虫類型は大きく声を上げる。意図せず大きくダメージを与えた様だった。爬虫類型は暴れ出しジャックの奇声に負けないくらいの大きい声で(わめ)く。斬られた部分から血ではない怪しい液体が流れ出る。レザールはすぐに毒だと思い至り警戒をする。毒はどんどん流れ出て血だまりに混じる。気化する様子はなく毒はその場で溜まっていく。動物の蛇と同じで噛んで牙から注入し対象の体内に流し込むタイプの毒なのだろう。

 ジャックはチェーンソーで毒などお構い無しに攻撃をし続けている。最初と違うのは特異能力を扱っている点だ。

影槍十放(えいそうじっぽう)

そう言って地面に伸びる影から十本の先が鋭利に尖った槍が出てくる。その槍は爬虫類型の身体を鱗諸共貫く。鱗を剥ぎその下の肉をも傷をつける。そしてチェーンソーで抉り、殺す程では無いにしろ血を噴き出させるくらいには深く傷を付けた。爬虫類型の悪魔は苦しそうに喚き散らす。

 爬虫類型は蹌踉(よろ)めきながらジャックから距離を取る。ジャックはそれを追おうとするが敵の様子が変わったのを感じその場で立ち止まる。

「おのれおのれおのれ!!!! 」

爬虫類型は怒りを(あら)わにする。蛇の頭は上を向き大きく口を開けたかと思えば口端(くちは)は更に裂ける。そして口から何かが出てくる。それは人間の女の様な形の上半身だ。見た目が変われど先程潰された目はそのまま響いているのか、人間に似た女の上半身になろうと左目は依然と潰れて流血したままだ。

 爬虫類型はすぐ近くに居るジャックに噛み付こうと大きく口を開けて勢い良く襲い掛かる。身体から流れ出る毒を見る限り、噛み付かれたら毒を流し込まれる。レザールは咄嗟に二丁の銃を乱射する。一瞬動きを止めたものの、まだジャックを狙っている。この悪魔にとって魔力弾は豆粒程度の効き目しかないのだろう。レザールは右手の銃を口で咥えて、ジャックの腕を引っ張って後ろへ立ち退()かせる。咥えたままマガジンを取り出し付け替える。右手でグリップを持ち口でスライドを引き、左手の銃のマガジンも取り出す。マガジンが地面に落ちると同時に右手の銃で悪魔の頭を撃ち抜く。銀の弾丸が命中し苦しみ、その場で暴れ出す。尾は切断されている為暴れたところで大した被害は無い。

 左手の銃を咥えてマガジンを取り出そうとするが、手が滑って地面に落ちてしまう。

「ーー! 」

マガジンを拾う暇は無く、仕方なく右手の銃だけで応戦する。ジャックは悪魔の後方に出てチェーンソーを振りかざす。例の影移動を使って接近したのだ。振り下ろしたチェーンソーは爬虫類型の左腕に当たりガリガリと音を立てながら斬り込んでいく。数秒もしない内に腕は切り落とされ、爬虫類型の激しい咆哮が耳を(つんざ)く。咆哮で一瞬身体が硬直し退避が遅れ爬虫類型の右腕で繰り出されるラリアットが喉に直撃し吹き飛ばされてしまう。

「ーーっあ」

「ジャック! 」

勢いよく飛ばされて噴水に背中を強打する。腕が喉に当たった事によって息が上手く出来ず咽返(むせかえ)る。ジャックはチェーンソーのブレーキレバーを押し込んでソーチェンの動作を一時停止させる。身体が万全でない今はチェーンソーに腕を持って行かれる可能性が高いからだ。

「ゴホッああ、うっざ。狩りってのは一方的に蹂躙(じゅうりん)するのが楽しいのにこれじゃ、なーんも楽しくねぇや。ゲホッ……はぁ、しぶとい五月蠅(うるさ)鬱陶(うっとう)しい最悪のスリーコンボ。今日程継いで後悔したことありやせん」

やれやれと少しだけ苛立ちを募らせて前髪を掻き揚げる。瞳は左右に揺れながらもずっと悪魔を見据えて瞳孔は開きギラつかせている。

 爬虫類型の悪魔は先程までの痛みで喚くものとは違う咆哮で公園とその周辺の地面を揺らす。地震の様な激しい揺れではない。カタカタと振動している感覚だ。レザールは危険を感じ、足下に落ちたマガジンを(かかと)で蹴り上げ左手の銃を後方への横振りで差し込む。マガジンが半差しになった銃で左足を叩いてカチッと耳障りの良い音を確認して銃を二回転回しながら口元へ持って行く。そのまま口でスライドを引いて左右の銃を敵へ向けて構える。発砲音と共にほぼ同時に左右の銃から銀の弾丸が発射される。その弾丸は真っ直ぐと爬虫類型の喉へと着弾する。首から血が噴き出し爬虫類型は倒れた。消えかかる肉体を見て戦闘の終わりを実感する。安堵感を打ち消す様にジャックの目つきが変わりチェーンソーを握りしめる。

「ダンナ! 周囲に大量の蛇が来やした! 」

そう言って見渡すと公園を囲む形で三十から四十匹の蛇、体長約六十センチの下級悪魔が迫り来ていた。恐らくは先ほど殺した悪魔の子供だ。咆哮で呼び寄せていたのだろう。二人は背中を合わせて公園中央で佇む。

「ジャック後ろは任せたぞ」

「雑魚散らしは得意分野っす。任せてくだせぇ」

ジャックはブレーキレバーを引きソーチェンを再び回転させる。そして右足の裏全体を使って踏みしめ一言発する。

影踏(かげふ)視見十間(しけんじっけん)

するとジャックの視界に入った蛇の動きが止まった。動きが止まった蛇の影はジャックの右足の方まで伸びる。太陽の位置を無視して一点に向かって伸びているのだ。チェーンソーを大きく振り、動かなくなった蛇を(ことごと)く真っ二つに薙ぎ払う。顔についた血をペロリと舐めると、調子が戻ったのかチェーンソーを振り回し笑顔で暴れ始める。

 レザールは迫りくる蛇たちを相手に銃で応戦している。弾丸はシルバーバレット。弾数有限の実弾な為、無駄遣いは出来ない。だがこれは悪魔の明確な弱点である銀製の弾だ。一発当たっただけでも十二分の威力を発揮する。一匹一発、当てる場所は尾以外なら何処でも良い。そう決めて両手の銃を駆使していく。二丁の銃を扱い下級悪魔を掃討していく姿はまるで踊っているかの様だ。それぞれ違う個体に銃口を向けながら自身の近くまで這い寄って来た敵は回し蹴りで対応する。蹴りが間に合わない場合は銃で殴り止めに撃ち抜く。下級悪魔がどれだけ来ようと、合理的な立ち振舞で格の違いを示した。


 公園はすっかり静かになり、大量の蛇の下級悪魔の死骸は性質によって消えかかっているところだ。これで残されるのは壊れた噴水のみになる。その壊れた噴水にジャックは凭れ掛かって座り込んでいる。

「ダンナ、身体の方は動きやすか? オレは頭がグワングワンして気持ち悪いっすね。乗り物酔いみたいな、そうじゃないような。地に足が着いているか分からないくらいに足の感覚もありやせん」

「俺は何ともない。今回は殆ど実弾だったからな。お前は能力を使い過ぎだ。『影踏み視見十間』だったか? あれは広範囲を足止めしてたからかなり消耗が激しかったと思うが。十八メートルも指定する必要は無かっ…… 」

スッと手を突き出して話を遮り「説教は勘弁」と肩を竦める。そんな様子に嘆息をしたレザールはジャックの左腕を肩に回し、自身の右腕を腰に回して支える。足を上手く動かせないのかつま先を引きずらせてレザールに身を任せている。言葉よりもずっと苦しそうに息をしている。

 公園の外に出て敷地の境を示す金網のフェンスに二人座り込む。コブラが来るのを待っているのだ。ジャックの状態は症状に反して大したものではなく、三十分から四十分程休めば回復するものだった。ジャックは休息の一環で項垂(うなだ)れて眠りについている。レザールがぼうっと空を見上げていると一つの足音が近づいてくるのに気付いた。

「お疲れさん。今日の仕事は終わりだ」

そう言って歩いてきたのはコブラだ。煙草を片手にご機嫌の様子だ。レザールはコブラにドッグタグを投げ渡す。そのドッグタグにはトカゲの文様が描かれており、蛇女の悪魔が子爵位の悪魔の配下であったことが判明する。

「……レザール、前に戦争が起こるって話ししたな? その戦争に加担する勢力って分かるか? 複数ある勢力の、その全てが動くとは思えん。魔界の維持に尽力する勢力もある筈だからな」

「さあ? その戦争って話自体お前から聞いた部分しか知らない」

「お前が最近戦った中級悪魔の種類は? 」

「……ドッグタグの有無までは分からんぞ。能力の反動で気付けない事もあるからな。んで、最近戦ったのは爬虫類型、鳥獣型、魚型、両生類型だな。そういや鳥獣型の時は今日のヤツと同じものを落としたな」

それを聞いたコブラは少し考えた後、ドッグタグをジャケットの胸ポケットにしまい込む。

 ジャックをちらりと見てレザールに違う問いかけをする。

御子(おまえ)から見て、ジャックは強いか? 」

思わぬ質問に目を丸くするが、すぐに切り替えてそれに考えを巡らせる。レザール自身の評価ではない。神の落とし子としてのレザールから見た評価だ。レザールが会った神の落とし子はジャックを除いて二人、ルイとアズマだ。その中で戦い方を知っているのはアズマだけだ。アズマの戦い方はテクニカルだ。レザールと同じく合理的な身のこなしで殺す事に注力した戦い方をする。二挺の斧の扱い方から、経験が豊富であることが察せられるその戦いぶりは正に強者と言えるだろう。そんなアズマと今回のジャックを比べるとジャックの方が数段下回る実力差だ。

「ジャックはチェーンソーを使ってるのもあるだろうが、動きが単調過ぎる。俺も他人の事は言えんが、能力を使うにしても無駄が多い。だが、弱くはない。特別強い訳でも無いが」

淡々とした口調で伝える。戦い方は場数を踏んで効率を詰めていくしかない。レザールに出来るのは欠点を指摘する事ぐらいだ。コブラは口元を歪めて静かに笑う。サングラス越しで見えないが、レザールの目を見ている事は分かる。改めて向き直り真面目な顔で話す。

「お前には何度でも言うが、俺は復讐を何としてもやり遂げるつもりだ。そのためにはお前が必要不可欠なんだ」

「ーー分かってる。コブラ、俺はお前に協力するよ」

眉尻が下がり少しだけ微笑んだ顔には何処か諦めの様なものを感じさせる哀愁があった。レザールの言葉に頷き背を向ける。話しは終わりの様だ。レザールもさっさとシルバークロウ市へ戻って行き、コブラとジャックの二人だけが残された。

「……あの質問で何かわかりやしたか? 」

「起きていたのか」

ジャックは両腕を伸ばして大きく欠伸をする。その後腕を頭の後ろで組んだ。

「狸寝入りは得意なもんで。で、ダンナが狩った中級悪魔を聞いて分かったことでもあるんすか」

「さてな。だが着実に一歩ずつ進んではいる」

コブラを流し目に見るジャックは復讐の話しに同情的な態度をとる。コブラが復讐の戦力として一目置いているのはレザールだと感じ取ったからなのか、これ以上の言及は特に無く立ち上がる。足の感覚が戻った様だ。二人はこれからライラック魔狩り局の事務所に戻るが、ジャックは噴水破壊の件の始末書を書かされることになるだろう。ジャック自身が故意に破壊した訳ではないが、この件にジャックが関係しているのは明白な為、弁償代を市に支払う事になる。ジャックの口から憂鬱そうな溜息が出る。始末書を考えると事務所に着くまでに何度も溜息を吐く事になるだろう。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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