第7話 魔力石
翌日、中央部クランベラ教会に一人の男が訪れた。花柄のシャツを着て、その上に丈の短い茶色のジャケットを羽織っている赤紫色の髪の男、アズマだ。ルイに昨日の報告をしに来たのだろう。慣れた様子で聖堂に入っていく。
聖堂ではルイが最奥の神像の前で跪き、十字架を握り締め祈りを捧げている。そしてアズマに気付いたのか立ち上がり振り返る。
「お待ちしておりましたよ、アズマ」
「存命かどうかも分からない神サマ相手に随分とご執心なことで」
「不敬ですよ。それに信仰に於いて存命かどうかは関係ありません。己が信じた神に付いて行くのが信仰です。自身の道しるべとなるのが信じる心というものです」
ふーん、と興味無さそうに返事をするアズマは続けて本題を口にする。何処で何と対峙したのか、殺した敵の数、共闘の件を簡単に報告した。
「流石の仕事ぶりです。それにしても、共闘とは珍しいこともあるのですね。それ程までに厳しい戦いだったと? 」
「普段通りなら一人でも問題無かったさ。でも、連戦に次ぐ連戦で反動がきていてねぇ、やむを得ずって感じー」
そんなことを言いつつもやりたい事をやって楽しんでいたのでは、とルイに指摘され明後日の方向へ仰ぐ。図星だったようだ。そんなアズマに構わず質問を投げかける。
「彼を選んだのにも何か理由がお有りなのですか?僕に声を掛けるという選択肢もあった筈です」
ルイは何気なく尋ねたつもりだったが、それが寂しそうに映ったのかアズマはニヤニヤしている。その顔にルイは咳払い一つし睨みつける。
「確かめたかったのさ、レザールくんが■■を倒した事があったのかどうかを。まぁ、結果は否。あの子は倒すどころか見たことすら無かったみたいだねぇ」
ルイはその言葉に深く考え込む。腑に落ちない点があったからだ。
「シルバークロウ市に頻繁に現れては何者かに倒されている、だったねぇ?ボクとしてはもう一人の方なんじゃないかって思うんだけど」
「それはどうでしょうね。あり得ない話しではありませんが、現実的とは言えませんね」
と言ってルイは神の落し子の討伐使命に於ける報酬の仕組みを説明した。
神の落し子たちは新生生命体を狩ったらその証拠品、魔力石と討伐依頼書または討伐記録を提出して報酬を貰う仕組みになっている。「偶然見つけて狩ったが依頼書は無い」という時に討伐記録を書くのだ。討伐数と対象階級によって報酬額が決まる。記録を書けば相応の報酬が貰える為、報告をしない事によるメリットなど無いのだ。
「もう一人の動向も探ってみるー?レザールくんじゃないってことは今回で分かった訳だし」
「彼にはコブラさんが付いていますから接触は難しいでしょうね。彼の事は僕が調べておきます。伝手がありますので」
二人の間の疑問は解消されなかったが、数ある推測の候補を減らす事は出来た。それだけでも前進したと言えるだろう。
もう一つの報告として、アズマはジャケットの内ポケットからあるものを取り出しルイに手渡した。それはドッグタグだ。二つあり、絵柄はそれぞれ蛙と魚が描かれていた。
「えーっと、確か準男爵と男爵だったかな? これで戦争がどうのって話の信憑性も更に増したんじゃないかなー」
ルイはドッグタグを握り締め苦い顔をする。本当であって欲しくなかったという表情だ。アズマは肩を竦めてやれやれと息をつく。報告は淡々としているが、思うところはある様だ。それは自分の為なのかルイの為なのか、それはアズマ自身にしか分からない事だ。
粗方報告は終わったと伸びをしてルイから離れようとするが、不意に立ち止まる。
「そう言えばルイちゃん、レザールくんの能力について知りたくなぁい? 」
唐突なアズマの一言にルイは目を丸くする。
神の落し子の能力は基本的には変わらない。想像して使う力だ。だが、個人によって違う部分がある。それが「属性」だ。属性とは能力の基礎の部分で、属性が違えば使える能力の幅が変わってくる。
例えば、飲食店と服屋と本屋は店という部分のみ同じで中身は全く違う。食事をすることに特化した店、衣服を取り扱うことに特化した店、書物を扱うことに特化した店と其々異なる。「店」という部分を想像して使う「力」に当て嵌めるとすると、食事や衣服、書物と言った種類の部分は、能力の「属性」に当て嵌める事が出来る。服屋が本屋の様に書物を扱う事は出来ない。飲食店が衣服を取り扱う事も出来ない。それと同じで、水の力を持つアズマがルイと同じ氷の力を使う事は出来ない。それが個人によって違う、「属性」の部分だ。
話を戻してレザールの能力についてアズマは話す。楽しげに話すアズマとは対照的にルイは冷静な様子で耳を傾ける。
「レザールくんの属性、どうやら『光』みたいだねぇ。結構自由が利くみたいよ。将来有望でボクは嬉しいけど、どうもボクたちとは違う様な気がしてるんだよねぇ」
「違う?何を思ってそうだと? 」
ルイが尋ねるとアズマは難しい顔をしている。言葉を選んでいる様子だ。
「……何ていうか、■■に似たものを感じるって言えばいいのかなぁ。あの子が人であるのはそうなんだけど…… 」
漠然とした感覚をどう言語化すればいいか考えている。ハッキリとしたものではなく微かにそう思う程度の事なのだろう。
「オーラとかそういった類の話しでしょうか? 」
オーラと言われても納得がいっていない様子だ。うんうんと顎を触り考えている内に面倒になったのかパッと突然顔を上げる。
「まぁ、今考えても分かんないもんは分かんないしぃ。ルイちゃんは気付いてないみたいだし。何か分かったら教えてよ、ルイちゃん」
そう言って手を振ると、そそくさと聖堂を出て行ってしまう。アズマが開けた扉は廊下へ続く扉。帰る訳では無さそうだ。その後ろ姿形を見てほとほと呆れ果てているルイのみが残された。
シルバークロウ市の駅の入口に一人の青年が立っていた。黒髪に紺色の縁の眼鏡を掛けて、背筋の伸びた育ちの良さそうなその青年は壁に凭れて誰かを待っている様子だ。時刻は十二時四十分。不意に少女に声を掛けられて青年は微笑を浮かべて振り返る。健康体そのものと言える笑顔で元気に駆け寄る姿はとても眩しく映る。
「レオン!アンタもう大丈夫な訳? あたし心配したんだから! 」
「あ、有り難う。もう大丈夫ですから。それより早く行きましょう。レザールが待っています」
そう言って歩き出す。心配される事に慣れていないのか少しぎこちない。歳の近い二人は並んで歩いていても違和感は無く、仲のいい友人同士の様な雰囲気を感じさせる。歳が近いからこそ早々に打ち解けられるのだろう。
シルバークロウ市は先日の中級悪魔の騒動がまるで無かったかの様に平穏だった。近頃この街は悪魔が頻出しており、その度にデビルハンターが倒している為市民は慣れきっているとも捉えられる。悪魔が現れれば駐在しているハンターが倒すだろうという思考なのだ。
「もっとこう、お店が臨時休業になったり交通機関が止まったりするものだと思ったけど、案外普通なのね」
「大した被害が出なかったからだと思いますね。交通機関に関しては線路や電車に被害が出ない限りは運行するでしょう」
周囲を見渡しながらエリスはレオンの隣を歩く。レッドコンドル市から来たエリスにとってはシルバークロウ市の街並みは珍しいのだろう。前回来た時は見物する余裕が無く走り回った為あまり風景を見られていなかったが、今回は目を輝かせて見渡している。
メルヘンな外装のおもちゃ屋、Crow Toysの前を通り、懐古的外装の喫茶Silver Birdを通り過ぎる。暫く真っ直ぐ歩くと住宅街に入る。レザールの事務所までもうすぐだ。
十二時五十六分、事務所の扉が開かれた。商談用のソファにはレザールが座って新聞を読んでいる。灰皿には細く煙を上げた煙草が置いてある。
「ただいま戻りました」
レオンが中に入って一本踏み出すと右足のつま先にコツンと何かが当たる。視線を落とすとそこには一辺二十五センチ程の小さなダンボール箱が置かれていた。レオンはその荷物に覚えはなく、エリスを迎えに行く前には無かった物だ。よくは見ていなくても無かった筈の物なのだ。
「レザール、この荷物は一体なんです? 」
新聞を熱心に読んでいたレザールはレオンの声に気付き返事をする。
「ん? ああ、それな。取り敢えずそこに置いといて、まずはこっちに来い」
後で説明するとでも言いたげに二人をソファに呼び寄せる。エリスはレザールの正面に座り、レオンはレザールの隣に立つ。
レザールは予め用意した紙をエリスに差し出す。それは契約書だった。内容は雇用関係ではなく師弟関係に関する事が書かれている。
「……まぁ、俺は考えたさ。お前は断っても納得しないで何度も来るだろうってな。ならば俺は機会を与えて選択を委ねようと思った訳だ。こんな狩り事に首を突っ込もうとしてんだ、保護者の同意なんざ得られてないんだろうとも」
レザールの言葉が図星だったのかエリスは息を呑む。視線は契約書とレザールの顔を交互に見る。
「なに、保護者に無断だったからと言おうが、それを責める権利は俺には無い。お前の家庭の話だからな。だから『保護者が同意したならサインを貰う』という事にした」
やるかやらないかの選択をエリスの家族に任せるという事だ。サインを貰えば晴れて弟子入りだが、サインを貰えなければこの話は無しという事になる。
「くれぐれも自分で書くなよ? それで問題が起きるのは勘弁願いたいからな」
エリスは未成年だ。未成年者は「自身の行動に責任を持つ」という意識がまだ未発達な年頃だ。魔が差して行った行為が後の人生に影響を与える可能性がある為、他者が主として関わる行動には保護者の合意が必要なのだ。
レザールが差し出した契約書には、死亡リスクが伴う旨の記載もされている。対象者の殉職に関して一切の責任を負わないという事である。エリスが仮に死亡したとしてもそれに関連した叱責や訴訟、賠償請求は受け付けない約束だ。そういった諸々を保護者に選択させるのが今回レザールが提示した話しだ。言質はいざという時に役に立たない。だからこそ書類での契約なのだ。
「……これ書いたらどうすればいいの? 」
「郵送で此処に送るか俺のとこまで持って来るか、お前の好きな方でいい」
本当に理解したのか疑わしい程の「わかったー 」と気の抜けた返事が返って来る。自身の人生が掛かった選択だが、あまり自覚が無い模様。十代の子供は大体こんな感じだとも言えるだろうが。
レザールはレオンに視線を移すと同じ様に契約書を渡す。内容はエリスに渡したものと全く同じものだ。
「お前は現状、取り敢えずで助手になってる状態だが、これを期に弟子として受け入れてもいいと思ってな。今のままで良いなら破り捨てればいいが、当初みたく弟子を考えてるなら親にサイン書いてもらえ」
契約書を受け取ると静かに微笑む。これからどうするのかはレオン次第だ。契約が完了するまでは助手のままだが、これで一歩前へ進んだといえる。
話が一段落するとレザールがレオンに扉の前の箱を持ってくるように指示を出す。レザールはデスクに仕舞われていたカッターナイフを取り出し、箱のガムテープで止められた部分を切っていく。すると、箱の中から綿素材の袋が一つ出てくる。中には相当な量が入っているのか、ゴツゴツとした物の形が袋に表れている。
「これは何ですか? 持ち上げた時、結構ずっしりしましたけど」
レザールはその問いに口で答えるより先に袋を開けた。赤や青といった様々な色の宝石の様な石が大量に詰められている。そして入っている石を見せながら言う。
「これは魔力石だ。殺した悪魔から落ちる物で、厳密には違うんだが俺ら人間で言うところの心臓みたいなものだ」
興味津々に魔力石を眺める二人を他所に一人ソファに腰掛ける。足を組んで二人の様子を見守りながら説明に入る。
「そいつは魔力を生成する器官、魔力炉心が固まったもの。まぁ、それ単体では石ころ同然なんだが、『チャーム』とか言う特異能力を発現させる道具になればそこそこ使える代物になる」
軽く説明をしてエリスの右手を指差す。その手には紫の石が埋め込まれた指輪が人差し指に嵌められ、黄緑の石が埋め込まれた指輪が薬指に嵌められている。手首には緑の石が埋め込まれたブレスレットがある。そのいずれもレザールが言う「チャーム」なのだ。
チャームの使い方は形がどうであろうと変わらず、魔力石に触れることで特異能力が扱える。チャームは何度でも使うことが出来るが、一度に使用出来る回数は限られている。魔力石は元々が魔力炉心だった為、魔力を生成する機能はある。しかし、特異能力を発現させるだけの魔力量は時間を置いて回復させなければならない。チャームの特異能力を使っても使用者に反動が来ないのは「物」ならではの利点だ。
「神の落し子の能力と何が違うんですか? 」
そう疑問を口にしたのはレオンだ。神の落とし子と同じ特異能力が使えるのなら「人工の神の落とし子」と言っても過言ではないのでは、という意味合いも込められている。
神の落し子の能力とチャームの能力の違い、それは能力の自由度だ。神の落し子は想像して使用する。属性を変える事は出来ないが、どのような形で使うかは自由である。一方チャームは装飾部分に内蔵されたICチップのプログラムによって扱える能力と属性が確定する。ICチップは「脳」の様な役割があり、そこに設定された力が出力されるのだ。しかし現状では能力は一つしか設定出来ず、チャーム一つで悪魔を倒せるほどの火力も出ない為、護身用または補助道具として用いられる事が多い。人工の神の落とし子を名乗るには思い上がりが過ぎるのだ。
チャームは一般人でも扱うことが出来るが、一般人でチャームを持つ者は数少ない。悪魔を倒さなければ手に入らない魔力石やICチップにプログラム出来る所謂プログラマーという人材、そしてその他材料等諸々手間が掛かった一品だ。チャーム一つで最新の高性能な通信機器一台が買えるくらいの値段になる。コストパフォーマンスを考えれば通信機器を優先する人が多くなるのは当然だ。
一通りのチャームの説明をした今だからこそいい機会だとレザールは銃を取り出しレオンたちに見せる。チャンバーチェックは済んでおり、マガジンも取り出された状態だ。
「俺が使っている二丁の銃もチャームの一種だ。エリスのと比べれば構造は複雑だがな」
レオンとエリスそれぞれに銃が渡り、観察をさせる。
「トリガーの中心に何かキラキラした太いラインが入っていますね? これが魔力石ですか? 」
レオンが指したところには確かにフレームとは違う素材のラインが入っている。真珠の様な銀色のラインだ。
「ああ、それが魔力石だ。指が触れる部分に石を露出させている。グリップにも点々と細かい穴が空いていてな、その穴から魔力石が出ているんだ」
「成る程。これで魔力の銃弾を出せるということですね」
銃を見て理解した様子で頷く。だが、エリスは納得していない部分があるのかレザールに質問を投げかける。
「でもでも、魔力石に触れて銃弾を作るのならあたしの指輪と大して変わらないじゃない。最初に複雑って言ったんだもの、他に何かあるんじゃないの? 」
二人はエリスの理解力に驚きを見せた。レザールは気を取り直し更に解説をする。レオンはその着眼点から悔しさをみせるもののレザールに向き直り静かに話しを聞く。
「その銃はそれ単体ではチャームとして未完成の物だ。普通の銃と変わらない。それに必要なのはこいつだ」
そう言って取り出したのはマガジンだった。それはいつもレザールが魔力弾を撃つ際に銃にセットしているものだ。
「こいつにも魔力石が埋め込まれていてな、こいつの魔力石と本体の魔力石が接触して尚且つ俺の手に触れてようやく魔力弾が生成される」
レザールが話し終えるとレオンには一つ疑問が生まれた様で、手で顎を触って首を傾げて思い出したかのように言葉を零す。
「……そういえば以前アズマさんに言った『能力を使用した扱い』とは結局どういう意味だったのです? チャームは魔力石の魔力を使うんですよね? 」
エリスはそんなことがあったのかと首を傾げる。レザールは一瞬考える素振りを見せて話し出す。その目は銃を映している。
「その銃の魔力石は『使用者の体内魔力を弾に変換する』っていうプログラムで動いてる。石は魔力を形にするだけで実際に使っている魔力は俺自身のものって事だ。まぁ、細かく言うなら、本体の魔力石が魔力を吸い上げ、マガジンの魔力石が形作るって仕組みだ」
正にチャームというものの仕組みを応用した傑作と言ってもいい程の代物だった。自身の魔力が銃弾に変換されることによってリロード無しで撃ち続けられる。一見とても便利だが、それを聞いたレオンは青ざめる。以前教会帰りに聞いた「魔力を使った扱いになる」という言葉を正しく認識したからだ。邪眼という特異能力を扱う事の出来る瞳を所持しているからこそ理解したのだろう。
話しは終わったと言いたげにレザールは徐に立ち上がりコートを羽織り外出準備をしている。魔力石は箱に戻して封をする。
「あの、どこかに出かけるんですか? 」
「知り合いの店に行くだけだ。この魔力石を売りに。気になるならついて来ればいい」
そう言ってレザールは箱を持って事務所を出る。レオンとエリスは顔を見合わせてレザールの後を追う。
レザールはCrow Toysと書かれた店の前で立ち止まる。女児向けといった感じのおもちゃ屋で、この場にいる人物の中ではエリスこそ違和感はあまり無いが、他の二人は似合わないどころか不審者レベルの浮き方だ。レオンが困惑しているのに構わずレザールは無遠慮に店の扉を開ける。中は明るく、客らしき人が疎らに店内を見て回っている。営業中の様だ。店員らしき女性と目が合うと、レジ奥へ誘導される。
「レザールさんいらっしゃい。主人は奥に居るわ。ゆっくりして行って」
愛想良くぽんと肩に手を置かれ軽く挨拶を交わすと奥へと促される。その後ろから二人も続く。
コンクリートの壁に囲まれた一室ではブレインが作業をしていた。レザールたちに気づいていないのか、手を止める様子が無い。それだけ没頭しているのだ。レザールが名前を呼び、ようやく気が付いた様だ。
「悪いな、トカゲ。作業に集中しててよ。で、今日は何の用だ? 」
「先月政府に出した魔力石が戻って来たんでな、そいつを売りに来た」
ブレインはレザールから箱を受け取り早速中身を確認をする。石一つ一つ手に取り状態を見る。宝石の様な扱いをしている。ルーペを使って素人目には分からない細かい傷が無いかを見て値を付けるのだ。
レオンは部屋のショーケースに入っている刃物を眺めている。刃物類は様々なものがあり、ナイフと言っても刃がストレートなものやギザギザしたもの、刃先が長いもの短いもの、腹が細いもの太いものと飾られている。どれも刃が綺麗に磨かれており、つい見惚れてしまうというのも理解できる程だ。
「レオン、お前も武器というものを持っておくか? 護身用ならお前が持ってるナイフで事足りるだろうが、戦うってなるとそうはいかない」
「なに、坊主ナイフ持ってんのか? 半端な刃物じゃ奴らに手傷負わせられねぇだろ」
二人の会話を聞いていたのか、ブレインは「ナイフ」という言葉に反応を示す。レオンは割って入ってきたブレインに驚き半歩後ずさる。そういえば紹介してなかったなと面倒臭そうに頭を掻く。二人とも今は弟子という立場では無い為、一先ずレオンは助手だと言い、エリスは契約待ちの女子高生だと言い紹介した。ブレインは物珍しそうな顔をしてレザールの顔を覗き込む。
「……お前んとこの事務所はいつから託児所になったんだ? 一般人がわざわざ戦いに行こうなんざ相当の覚悟なんだろうとは思うがな。まぁ、一匹狼のお前が他所のガキの面倒を見るっつうのは嬉しい変化かもしれんな」
急に父親の様な事を言う。レザールとあまり歳は変わらない筈なのだが、どうも四十代親父の様な貫禄を感じさせる。
レオンはブレインにナイフを見せる。ブレインはナイフに興味を持った様子だったからだ。ナイフを受け取ると表裏左右刃先から柄までじっくり眺めて一瞬だけ顔を曇らせた。
「……なるほどねぇ。ま、ついでだ。手入れしておいてやるよ。ショーケースでも見ときな。それとトカゲ、これが今回の買取金額だ。持って行きな」
そう言って差し出された金額は、一般的な一軒家が一件建てられる程の大金だった。これがひと月で狩った悪魔の数分の魔力石だ。これの他に依頼料が振り込まれる為、かなり儲かる仕事であるのは間違いない。
エリスは銃が入れられたショーケースを熱心に見ている。そのショーケースに入っている銃はレザールのものとは違ってごく普通の銃だ。魔力弾には対応していない。弾数が有限である為レザールにとっては取るに足りない物だ。
「お前はまず契約書にサインをしてからだ」
「まだ何も言ってないじゃない! 」
不機嫌にプクッと頬を膨らませる。エリスに関しては契約書次第だが、仮に使うとすると銃になるだろう。しかし銃は才能と経験が顕著に現れる。たかだか数回やって狙い通りのところに当てられるものではない。センスと根気によってくるだろう。
レオンのナイフが返却されレザールの用事も済んだ今、レザールは事務所へ、レオンとエリスは駅へ行くところだ。今日は依頼が入っていない日だ。事務所を閉めるのを早めても問題は無い。二人には例の契約書もある。保護者と話し合う時間が必要だ。
「気をつけて帰れよ。エリス、寄り道はするな」
「もうっ、あたしが不良少女に見えるって訳? 」
「見えるから言ってんだ」
以前もしたこの問答を適当にあしらう。レオンは途中までは一緒にいる旨を伝え駅の方へ歩き出す。エリスと横並びに歩く姿形はやはり青春を感じさせる。レザールは二人の背中を見送った後踵を返して事務所へ帰っていく。
エリスはレッドコンドルへ向かう為、座席に座っている。レオンはオフスカイラークへ向かう為立って目的の駅まで待っている。互いに顔を見合わせる事はなく世間話をしている。
「レオンの実家はオフスカイラークにあるの? 」
「実家はオリーブクレーンです。実家に戻る際は準備をしないといけませんから」
エリスは「何故? 」と疑問を感じた様子で首を傾げるが、レオンの身なりで納得したのか何も聞かなかった。立ち姿から上等な教育を受けた金持ちの子という印象が着いているためだ。それはエリスの目にもそう映っている様で、金持ちは大変だなといった目で見ている。
「エリスもちゃんと親御さんに書いてもらうのですよ」
オフスカイラーク市に着いたようだ。目の前の開いた扉から電車を降りる。最後の一言が子ども扱いと捉えたのか不貞腐れている。電車が走り出すまで窓に映るエリスを見守り手を振る。エリスも不機嫌ながらも控えめに振り返す。
停車して約三十秒後に電車は出発し、オフスカイラーク駅から走り去っていく。電車が視界から消えてようやく手を下す。
「……まぁ、筆跡を寄せて書けば済む話しなんだけどね。親の筆跡でサインされた契約書をチラつかせれば嫌でも黙るだろうし」
ぼそりと独り言を呟く。何事も無いと思わせる足取りだが真顔で瞳に光が無かった。駅からはわざと家と反対方向の出口から出て遠回りをする。それはまるで何かを警戒する様に滅茶苦茶な道順で家へ向かうのだった。