表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ut. Cold Heart -ユートピア コールドハート-  作者: 猫宮助六
第一章 眩き光の銃刀
7/12

第6話 動き出した影

 同日深夜二十四時頃の病院。消灯時間の過ぎた院内は暗闇に包まれていた。照明の明かりが点いているのはスタッフステーションくらいだ。真っ暗な病室内でも周囲の物の位置が分かるのは窓から差し込む月明かりのおかげだろう。面会時間はとっくに終わり、病室の外から聞こえてきていたガヤガヤとした騒々しい話し声や物音は聞こえて来なくなった。それもその筈。入院患者の大半は眠っている時間な上、昼間に居た看護師たちも数人程度の夜勤看護師に代わっているからだ。夜勤看護師はスタッフステーションで事務仕事をしているか、院内の巡回をしているかで特別騒ぎ立てる事が無ければかなり静かだ。

 そんな院内で一人ハッと目を覚ました人物がいた。飛び起きてベッドの枕元に身を寄せて周囲を警戒する。激しい動悸(どうき)を落ち着かせる様に深呼吸を何度も繰り返す。ナイフの柄を握って周囲を伺う。

「……窓、入口、廊下……」

感じた方を呪文の様にボソボソと繰り返す。感じた気配の一方向からカタン、カタンとこの病室に近付いてくる足音が響く。廊下からの気配だ。眼鏡を掛ける余裕が無く身を縮こませカタカタと震える右手を包み込む様に左手を添える。

 ついに扉が開かれる。思わず息を飲むが、怯える程の事はいつまで経っても来なかった。

「グレイスさん、大丈夫ですか? 」

扉を開けたのは夜勤看護師だった。巡回中に飛び起きた時の音が廊下に漏れていたからだろう。心配そうに中に入ってくる看護師を見て落ち着きを取り戻した様子でフッと息を吐く。

「……大丈夫です。悪い夢を見たみたいで」

ナイフを隠し、感じた気配と自身の不安は話さず誤魔化した。看護師はそれを聞いて安心したのか、それ以上は何も言わず布団をかけ直して病室を出て行った。

 廊下の足音が遠ざかるのを耳で確認して入口の扉を見る。入口の扉と言うよりもそのすぐ横にあるトイレの扉だろうか。その辺りに確実に何かが居るのを感じているのだ。周囲から何の音も無く静寂に包まれた時、静かにゆっくりとトイレの扉が開かれる。ここは個室だ。当然ながらレオン以外にこの病室を使っている人はいない。

 一瞬だけ月明かりに反射した光を見つけた。その時レオンは隠していたナイフを強く握りしめる。そして病室に刃物と刃物がぶつかり合う金属音が響き渡る。

「ーーっ! 」

レオンは目を見開き息を飲んだ。反射光が見えて(わず)か数秒の出来事だからだ。受け止めた刃の先には真っ黒な服装で真っ黒なマスクをした人物がいた。ギリギリと音を鳴らしながら拮抗(きっこう)するナイフは徐々にレオンの体力を奪っていった。しかしここで力を緩める訳にもいかない。ただひたすらに耐えた。目の前の不審者は二回三回とナイフを振り回し、その度に弾いて致命傷を防ぐ。

 ナイフを受け流し耐えていると不審者は舌打ちをして病室から出て行った。一先ずは助かった様だ。そうしてほっと肩を()で下ろすとパッと病室の明かりが着き、続々と看護師が入って来た。不審な物音を聞いて駆けつけたのだろう。点滴スタンドは倒れ布団の一部分は裂かれており、とても「何事も無い」とは言えない状態だった。レオンはこの状況であるにも関わらず冷静に対応した。本件は他言しないこと、備品の弁償代はグレイス家に請求する事を伝える。病室が滅茶苦茶になった為レオンは急遽(きゅうきょ)部屋を移る事になったが、レオンは退院を強く望んだ。了承を得たものの移った先の部屋は朝になる数時間だけ使うことになった。夜も深い。こればかりは仕方ないだろう。今夜はもう襲われないだろうという根拠の無い自信で安心感を得たところでレオンは眠りについた。



 翌朝十時頃、Crash the Cold Heart 悪魔狩り専門請負事務所ではレザールが商談用のソファに横になり煙草を吸っていた。レオンが不在な今、いつも控えていた煙草を思う存分吸える、またとない機会だからだ。目を瞑りゆっくり肺に煙を流し込む。体内を巡る煙の息苦しさに浸る。不健康なもの程やみつきになる人の性だ。麻薬の様に幻覚症状等の人を可怪(おか)しくするものでは無い為嗜好品(しこうひん)として法律で許された一品だ。

 悠々自適に過ごしていると、ローテーブルに無造作に置かれた携帯電話からピコンッとスローライフシュミレーションゲームのNPC(キャラクター)が驚いた時に出る様な音が鳴った。その音はメールが入った事を知らせていた。レザールはメールの差出人だけ確認して携帯電話をテーブルに戻す。差出人はコブラと書いてあり、内容を見るまでもなく十中八九仕事のメールだ。気が乗らないレザールはそのまま何事も無かったかの様に再び寝転がる。

 メールから一分も経たない内に外が騒がしくなり、事務所の扉が大きい音を立てて勢いよく開かれる。

「よぉ、レザール。仕事持って来てやったぞ」

現れたのはサングラスを掛けたガラの悪い男、コブラだ。片手をポケットに突っ込んで右脚を浮かせている。扉を蹴破(けやぶ)ったのだ。幸いな事に扉は外れていない。レザールは勢いよく開け放たれた扉の音に驚いて飛び起き、その反動で(くわ)えていた煙草は床へ落ちる。

「雑にも程があるだろ!お前、見た目だけじゃ飽き足らず中身も反優男(ヤクザ)になってんじゃねーか! 」

「悪い悪い。合鍵失くしちまってよ」

悪びれもなく堂々と入ってくる。鍵を理由にしているが、扉に鍵は掛けていなかった。合鍵が無くても入れた筈なのだ。最初からこういった方法で騒音を出すつもりだったのだろう。手っ取り早く寝ているレザールを叩き起こす為の手段として。

「まぁーそんな事よりも、だ。面白い話を耳にしてな」

ドカッと乱暴にソファに座り脚を組む。レザールの様子なんか気にしていないといった感じだ。当のレザールは床に落ちた吸い殻を拾い上げて灰皿に捨てている。火事にならなかったのが幸いだ。

「俺の親父は東部離島(とうぶりとう)の神父、ストロベルのジジイと知り合いでな、よく悪魔に関する情報をライラック側に流してくれんのよ。ま、今回は仕事に関した話じゃなくて注意喚起、忠告みたいな感じだったけどな」

結論を話せばいいのに経緯から勝手に話し始める。レザールはうんざりしながらも耳を傾ける。煙草を吸う気分にすらならない様子だ。

「教会関係者と知り合いとは初耳だな 」

「俺じゃなく親父のな。俺はすれ違いざまに挨拶をする程度しか話したことが無い」

懐から煙草を取り出し口に咥えるとマッチ一本を箱側面の側薬(そくやく)にこすりつけて着火させる。咥えた煙草に火を着けてそのマッチを軽く振って消火してから灰皿に捨てる。煙を吐き出し続きを話し出す。

「親父がストロベルのジジイから聞いた話を、俺が親父から聞いた。悪魔共が戦争を起こすってな」

「ーーは? 」

あまりにも自然に口から出た単語に、一瞬時が止まったかの様な沈黙が流れる。

「最近の悪魔共の動きからして納得だよな。殆ど事実みたいなもんだ。で、戦争って事は当然死傷者が大量に出てくるだろう。戦う力が無ければ悪魔から逃げろってな、ジジイが親父に言ったのさ」

至って冷静に話すコブラだが、煙を吐く時に表情が歪んで見えた。戦争を嘆いた訳でも怒りを覚えた訳でもない。いつかはこうなっていただろうという、何とも言えない難しい表情だ。

「だとしても、俺らが出来る事なんざたかが知れてる。いつも通り狩っていくだけだ」

「頼もしいこって。これから忙しくなるだろうが、俺たちの悲願だけは忘れるなよ」

フッと煙を吐く。悲願という言葉に思うところがあるのか、コブラは遠くを見る。そんな物思いに(ふけ)っているコブラに声をかけられずレザールは目を()らして沈黙が破れるのを待った。それが数秒間続いた。

 コブラが二本目の煙草に火を着けたところで今回の本題に入った。メールの一件、つまり仕事の依頼だ。大きい茶封筒の中から依頼書を出しレザールに手渡した。

「クレマチスジェミニ県オレンジスワロー市に骸骨型の悪魔の大量発生か」

要点にだけ目を通す。大量と言えど二十体程で、それも下級悪魔だ。大変ではあるが厄介と言える案件ではない。本件指定地域オレンジスワロー市はクレマチスジェミニ県の西側に位置した市で、その南東側にレッドコンドル市がある。現在地のシルバークロウ市はオレンジスワロー市から南東に二つの市の(また)いだ位置にある為、ここ最近行った場所で一番遠い地域になる。移動手段は当然電車になるだろう。中央部教会へ行く時に乗った、レッドコンドル駅方面の電車に乗れば乗り換え無しでそのままオレンジスワロー市に行けるのだ。

「大体理解した。面倒くせぇが行くしかないか」

依頼書をペッとテーブルに雑に置き頭を掻き(むし)る。行くとは言いつつも仕事が嫌で嫌で仕方ないのだろう、なかなか動こうとしない。

 コブラへ視線を移すと、いつもと少し様子が違う事に気が付く。コブラは何かを探しているのか、辺りをキョロキョロと見渡していた。視線の位置からして大きいもの、等身大の物か人であるのは間違いない。普段余所の様子など気にも留めないこの男が探す素振りを見せるのはとても珍しいことだ。

「そういやレオンはいないのか?まさか、もう辞めたのか? 」

「……病欠だ。近いうちに復帰するだろうよ」

レオンは病気で休んでいる訳では無い。だが、親しい仲であろうと部外者であるコブラに入院の理由を説明するのは得策ではない。プライバシーの観点からもそうだが、何より事の経緯を全て説明しなければならないからだ。その全ての中には当然レオンの邪眼の件も含まれる。レオンは邪眼の話を広げられるのを嫌がっていた為、コブラであろうと話す訳にはいかない。邪眼を伏せて話したとしても、入院するレベルのケガを負ったのならこんなに早く退院出来る訳がない。軽いケガならそもそも入院という選択にはならない。中級悪魔のいざこざを伏せたとしても、シルバークロウ市内で起きた事がコブラの耳に入らないとは言えない。知った時に詰められるリスクがあるのなら初めから何も言わない方が良い。

 病欠と言ってコブラは安心したかの様な表情を見せる。「近いうちに復帰する」という言葉から重い病という訳でも無いというのを読み取ったのだろう。

「つか、合鍵失くしたんだろ? お前がさっさと行かねぇと俺が出れねぇだろうが」

「ああ、そうだな。最近は物騒だからジャックと早く合流したいところなんだが……はぁ、電話に出やしねぇ」

携帯電話片手にグチグチと文句を(こぼ)す。呆れて大きく溜息を吐くと、前髪を掻き上げもういいといった様子で事務所を出ていく。

 扉が閉まるまでコブラを目で追うと準備に取りかかる。両太腿にホルスターを着けて入っているハンドガンをチャンバーチェックで装填されている弾を確認する。右手用の銃の薬室にはシルバーバレッドが入っており、左手用の銃の薬室には弾が入っていない。魔力弾のマガジンがセットされているのだ。レザールは右手用の銃の薬室から弾を取り出しマガジンを魔力弾のものに変える。パンツに黒いベルトを少し緩めに通し、その隙間に刀を差す。コートハンガーがあるにも関わらず事務机に無造作に置かれた黒いコートを羽織り、両手に指貫グローブをして準備は完了する。

 扉を開けるとそこにはアズマが佇んでいた。何故アズマが事務所の場所を知っているのかは置いておいて、何やらニヤニヤと面倒事を持って来た様な嫌な予感を覚えさせられる。

「や、待ってたよレザールくん。早速だけど一緒にシアンマーレットに行こうか」

シアンマーレット市はネモフィラアリエス県にある都市だ。位置としては、レザールがこれから向かおうとしているオレンジスワロー市から西側に隣接(りんせつ)している。

「待て、俺はこれから仕事なんだが」

「知ってる。オレンジスワローだろー?なら近いし良いじゃない」

近いから良いという問題でもない。現時点でアズマに付き合って不利益を被るのはレザールの方だ。

「大体、アンタに付き合ってシアンマーレット市に行ったとして、帰りが遅くなんだろうが」

「早く片付ければ問題ないだろー?共闘?ってやつ、一度はやってみたかったし。報酬なら、君の仕事の分は全て持って行っていいよ。ボクの用事の分も三分の一譲るからさー」

そうして有無を言わさずレザールの手を引っ張って駅に向かう。交渉が成立した訳でもなく強引に。クランベラ教会の時もそうだったが、アズマは興味の惹かれるものに全力投球するタイプの様だ。自分の利益は考えず、取り敢えずやりたい事が出来る様に他人を丸め込む。その為の手段は選ばないといった感じだ。

「分かった、分かったから取り敢えず手を話せ。その代わり、俺の仕事が先だからな! 」

「勿論。タスクは効率良く消化しないとねぇ」

レザールが折れた事でようやく手は離された。実際アズマが行くと言ったシアンマーレット市はオレンジスワロー市の隣だ。現在地のシルバークロウ市から近いのはオレンジスワロー市になる。レザールの仕事を先に終わらせるのが合理的だろう。


 電車に揺られて約四十分。レザールが依頼で請け負った指定の地域、オレンジスワロー市に辿り着いた。駅を出て十分程西に歩いた所、街にギリギリ入っていない所に目標は居るという情報だ。数は二十体。アズマと十体ずつ分担して倒せば平等だ。

「十体ずつ倒すのは非効率的じゃない?互いに倒せる位置に居る敵を倒すって方針の方がずっと早く終わると思うけど? 」

アズマの言い分に納得は出来る。アズマからすれば報酬は貰えないのだから一緒の数倒すより、より早くを突き詰める方が良いのだろう。判断はレザールに任せると言いつつも効率的なのはアズマが言い出した案な為、必然的にその方針に決まる。

 暫く歩いていると例の骸骨型の群れが見えてきた。レザールは刀に手を置いて鯉口(こいくち)を切る。素早く刀身に魔力を(まとわ)わせながら悪魔に近づく。そんなレザールの様子を見てアズマはニヤリと口元を緩ませる。そして両斧を強く握る。

 レザールが走り出したタイミングでアズマはレザールの二歩後ろから様子を伺いながら走る。初手のレザールの動きを見てから自分がどう動くべきかを考えるためだ。レザールは群れの中央手前側の骸骨型とその左側の骸骨型を両断した。アズマは右側に群がっている方へターゲットを絞って右手の斧を振り被る。一体目の骸骨型を大振りの斧で叩き切ると、そのすぐ後ろに居た骸骨型を左手の小振りの斧で薙ぐ。首を跳ね飛ばし次は右奥へ走り出す。右手の斧で胴を薙いで地に伏せた骸骨型の頭部を右足で踏み砕く。背後からの気配に気づき神の落とし子の特異能力で身体を水に変化させて骸骨型が持つ剣を空振らせ、振り返った拍子に右手の斧で薙ぎ払う。アズマを囲む様に三方向から武器を構え寄ってきた骸骨型にも怯むこと無く余裕の表情で対処する。左手側にいる一体には斧の柄で腕の骨を砕き剣を落とさせ、その剣を左足で蹴り飛ばして正面の少し遠めの一体の足を砕く。右手側の一体をギリギリまで引きつけ、後少しで被弾(ひだん)するといったタイミングで左後ろに下がって足を掛ける。左側の一体との距離が近くなったのを確認し右手の斧で二体同時に薙ぎ払う。そして正面の足が砕けて動けなくなった骸骨型に止めを差す。ずっしりとした重みのある近接武器二(ちょう)を振り回しているが、息が上がっている様子はない。

 レザールは正面二体の骸骨型を(ほふ)った後、そのまま左側で群がる悪魔を狙う。屠った二体のすぐ左側にいる骸骨型一体に刀を振り被り頭部右側から左足側へ向けて一気に振り下ろす。そしてすぐ右側に出てきた一体を返しの刃で首を落とし、一番奥に佇む一体を左太腿のホルスターから取り出したハンドガンで頭を撃ち抜く。

 ハンドガンの音によって周りの骸骨型はこちらに向き襲い掛かろうとする。それに向かい討つ形でレザールも立ち向かう。正面の一体には肋骨辺りに刀を突き刺し一時的に動きを止め、柄で頭部左側を殴る。その勢いで飛ばされた骸骨型は丁度その場に居た骸骨型に当たり、足止めをさせることに成功させて一先ず放置し、左側から迫る骸骨型の方に目をやる。剣を横薙ぎに振るもののレザールは伏せてその攻撃を避ける。そして足を掛けてバランスを崩させ、右足で敵の顎に一撃喰らわせる。止めに顎から脳天に突き抜ける魔力弾一発を見舞う。先程足止めをした二体を同時に刀で切り裂く。

 顔を上げたところに右頬スレスレに小振りの斧が飛ばされてきた。それはすぐ後ろに迫った骸骨型の顔面に命中しその場で崩れ去った。飛んで来た方を見るとアズマが左手で大振りの斧を担いで右手がフリーハンドになっていた。わざわざ投げやすい方に斧を持ち替えて援護(えんご)をしたのだ。

「雑魚だからって油断は禁物だよー。ああ、もしかしてそれ、キミのコイビトだったかなぁ? 」

そう言ったアズマの背後にもまた一体の影が()い寄っていた。それを見逃さなかったレザールは左手に握られた銃を構え照準を合わせる。そしてパンッという発砲音と共に弾丸がアズマの顔左頬スレスレに通りその背後の骸骨型に命中する。

「おっと、バックハグの邪魔をしちまったか?敵にモテるとは羨ましい限りだ」

皮肉を皮肉で返すレザールを心底気に入ったのかアズマはご機嫌に残り二体へ目を向ける。二人は一斉に骸骨型に向かって走り出す。レザール銃を仕舞い刀を両手で握る。アズマは大振りの斧を両手で握って振り被る。そうして残っていた二体もほぼ同時に(ほうむ)られる。

「ふぅ、お疲れ。じゃ、次行こっか」

次と言われ少し身構える。いつもは一件片付けて終わりだった為、止めを刺した後すぐ煙草休憩の時間だったのだ。今の戦闘の様子からアズマは他者の力を借りずとも十分に戦える強さを持っている。そんなアズマが共闘を申し込む程の理由があるのだろう。


 再び電車に乗りシアンマーレット市へ行く。アズマは慣れた様子でスイスイと目的のホームへ向かう。レザールはその後について行く。

 アズマは電車の窓から外を眺めながら静かに呟く。今日見た中では一番真剣な顔をしている。そして独り言かの様に小声で向かいの座席に座っているレザールに話しかける。

「……次は少し厄介な相手でねぇ、すばしっこいんだこれが。しかもそいつの他にそれなりにデカい魔力を感知したって言うじゃない。流石に骨が折れると思ってねー」

口調は普段通りふにゃふにゃしている。しかし先程までのアズマとは何処か違っている。

「アンタ、俺のところに来る前に能力を使って戦っていたのか? 」

「……顔に出ない様にしていた筈なんだけどねぇ?」

「なーんでバレたんだろ? 」とハッと嘲笑(ちょうしょう)して姿勢を変える。右手で頭を掻いて数秒考える素振りを見せてから話し出す。

「結論を言えばそうだねぇ。どいつもこいつも動きが早くてさぁ、被弾しそうになる度に水の身体を多用したってわけ。そりゃあもう頭が痛いのなんの」

愚痴(ぐち)混じりに経緯を軽く話す。ヘラヘラしているが余裕がある訳ではなさそうだ。さしずめ空元気(からげんき)といったところだ。そんなアズマに強引に連れて来られたレザールはその理由を今しがた理解した様子だ。

「今日はこれで終わるから大丈夫よー。キミはボクが一対一で戦える状況さえ作ってくれればいいから」

簡潔な作戦を指示したところでタイミング良くシアンマーレット市の駅に着いたアナウンスが流れる。二人は立ち上がり電車を降りる。詳細な位置はアズマが先導する。レザールはその後に続いた。

 目的地に着くとそこには大きい蛙と頭が魚、身体が人の所謂(いわゆる)魚人がいる。言わずもがな悪魔だ。その二体が見ている先には真っ白な、人間に似た姿形で二つの翼を持った生命体がいた。

「レザールくん、ボクはあの白いヤツを狙うからあの二体の中級、魚型と両生類型は頼んだよ」

「分かった。二体は俺が殺す」

アズマは斧を構えて白い生命体に向かって走り出す。向こうはまだ気づいていないのか近づいてもこちらに目を向けない。二体の悪魔の間を()って前に出た時ようやく悪魔がアズマの存在に気が付くが、アズマはその二体の悪魔を無視して白い生命体に駆け寄り、飛び蹴りでその場から離す。レザールはバッと悪魔の前に出て強い光を放つ。

閃光(せんこう)! 」

これは以前クランベラ教会でアズマに使った神の落し子の力だ。強い光で目を眩ませアズマから視線を外させる。レザールは悪魔二体の前で立ち止まる。この光が弱まった頃に二体の目に入るのはレザールだ。レザールは刀の柄を握り鯉口を切る。

「お前らの相手は俺だ。中級悪魔とやらの強さを見せてみろ! 」

そう吐き捨て、左足を引いて肩幅大に開き重心を落とす。刀は依然と納刀したままだ。翡翠色(ジェダイトグリーン)の瞳は鋭く敵を映している。魚型の悪魔は水かきの付いた手で三叉槍(さんさそう)を握りレザールに向かって突進する。三叉槍を背で(かわ)し、その勢いで身体を回転させ抜刀する。抜いた刃は魚型の顔の左下顎角(かがくかく)から右の目下まで斜めに斬ったものの斬り込みが浅い。舌打ちする暇なく今度は両生類型の右手が飛んでくる。すぐさま左手を地面に着いて右脚で強く踏み込み、左手と右脚で前へ身体を押し出す様に蹴る。ギリギリで避けたのも束の間。魚型は三叉槍を振り回し接近する。その鋭い突きはレザールをしつこく狙う。右へ左へ避け、時には刀で弾いて被弾を避ける。

 視界から外れた両声類型が伸ばした舌がレザールの左足に巻き付き大きく宙へ投げ飛ばす。その勢いに刀が手から離れる。巻き付いたままの両声類型の舌をどうにか放さなければこのまま地面に叩きつけられて致命傷を負うだろう。レザールは右太腿のホルスターからハンドガンを取り出す。振り回される勢いに負けない様、グリップを強く握る。そして狙うのは両生類型の頭、目と目の間の部分だ。恐らく一発では脳には届かないだろう。ならば届くまで撃ち続けるのみ。グリップ下を左手で押さえ狙いを定める。パンッと一発、鋭い発砲音と共に弾丸が射出された。魔力で形作られた白い弾丸は見事狙い通りの位置に命中した。両生類型は怯み、舌が足を放した事によってレザールは最悪の状況から脱することが出来た。間髪入れずデュアルハンドの銃で同じ箇所を狙い撃ち続けた。空中で身を(ひるがえ)し魚型を踏み台にして両生類型の方へ飛ぶ。左手の銃を咥えて右手の銃からマガジンを抜く。そしてコートの内ポケットから別のマガジンを取り出して装填し、スライドを引いてリロードは完了する。弾を切り替えた右手の銃を突き出し両生類型に向かって引き金に人差し指を置く。

「まずはお前からだ」

そう一言呟いて引き金を引くと銀の弾丸が射出された。その弾丸は爬虫類型の頭部を貫き血を吹き出しながら身体は崩れ去って行った。

 レザールは五接地転回法(ごせっちてんかいほう)で着地すると魚型への攻撃を始める。動きを止める為にシルバーバレットが装填された右手の銃で足元を狙って撃ち込む。しかし魚型は後ろへ下がって弾を避ける。レザールは右手の銃のマガジンを引き抜きスライドを引いて薬室の弾を出す。再び弾を入れ替えるのだ。そして左右両方に構えた銃を魚型に向けて接近する。交互に引き金を引いて乱射するが三叉槍で弾かれる。レザールは手では弾丸を乱射し、刀の場所を確認しながら前へ出る。魚型は弾丸を防ぐのに手一杯で反撃が出来ない状態だ。(かかと)が刀の柄に触れたのが分かると左手では撃ち続けながらも右手は銃から刀にそっと持ち変える。手首を使って刀を回し血振りをすると。銃から手を離して左手人差し指と親指の間に切先(きっさき)が来るように顔の横で柄を持って構える。弾丸が止んだのを認識した魚型は三叉槍を一振りしてレザールに突進する。レザールもそれに合わせて魚型に急接近し、三叉槍の突きを躱して間近になった所で刀を魚型に突き刺した。位置は人間の体で言う心臓がある部分だ。三叉槍を握っている手を左手で押さえつけて刀を握る手に一層力を入れる。

爆光(ばっこう)

そう発した一言でレザールの魔力はどんどん刀に流れ込み、その後魚型の身体を膨張(ぼうちょう)させた。そして魚型の穴という穴から光が漏れ出し幾許(いくばく)も無く爆散(ばくさん)した。光で体内の水分が蒸発して血の雨すら降らなかった。


 一方アズマは白い翼の生命体と打ち合っていた。翼から落ちる羽一枚一枚が鋭いナイフの様な凶器であり、それがホーミングして飛んでくるといったものだ。機動(きどう)力も高い為厄介な相手だ。

「キミたちに約束って概念(がいねん)は無い訳?領土不当侵入(りょうどふとうしんにゅう)、今日だけで三体目よー。ホント、始末する側の身にもなってほしいもんだねぇ」

呆れ呆れに愚痴りながら小振りの斧で羽を払い落す。白い翼は片手に剣を持っており、中距離から羽を飛ばしてアズマの様子を伺っている。アズマは大振りの斧を置き右手を出す。すると右手に青い光がどんどん集まっていく。この青い光はアズマの魔力だ。

「糸」

アズマがそう発すると青い魔力が細く細かくバラバラに分かれていき、何かを引っ張るかのように腕を動かすとそれきり魔力が見えなくなる。

 白い翼はアズマが片方の得物しか持っていないところに隙を見たのか、剣を突き出し翼を羽ばたかせながら急接近する。そんな白い翼をものともせずアズマは極めて冷静に話しかける。

「水ってねぇ、凄く便利なんだよ。液体だから刃物類はまず効かないし、形を持たないからこそ変幻自在だし。質量と勢いと射出範囲次第で肉をも穿(うが)てるから、ねぇ? 」

そう言って白い翼の攻撃を避けようともせず突っ立ったままでいると、アズマの目の前に網目状(あみめじょう)の青い糸が姿を現す。それに引っ掛かった白い翼は藻掻(もが)いても剣を突き刺しても糸から逃れる事が出来なかった。

「だぁから言ったでしょ? 刃物類は効かなくて変幻自在だって。ついでに肉が裂かれるところも体験させてあげる」

アズマは人差し指と親指でつまんで引っ張る様に手を動かすと白い翼を(おお)った網がどんどん小さくなり締め付けていく。そしてある程度まで締め付けると白い翼は光を発して消えていなくなった。

 戦いを終えたアズマはレザールに駆け寄る。アズマは頭痛のせいなのかフラフラとしている。

「レザールくんご無事? 」

「大丈夫だ。俺は少し休むから煙草一本吸い終わるまで待ってくれ」

レザールはアズマの声がした方を向く。しかし目線が合う事は無かった。それに違和感を覚えたアズマはレザールの目の前でヒラヒラと手を振って確信した。

「へぇ、キミの能力ってそういうものなんだねぇ。キミも大概イカレてるよねぇ」

「ほっとけ。それより声が震えてるけどそれ、頭痛だけじゃ無いんじゃねぇの? 」

アズマはレザールの隣に座り込む。二人とも神の落とし子である為、互いの身体の異変について察している様で特に深くは追及しなかった。この異変が今よりマシになるまで二人は黙って座り込んでいた。



 シルバークロウ市は悪魔の出現頻度が増している。何年もこの街の悪魔の出現を記録していたのだ、体感ではなく実際に増えているという事はすぐに分かる。だから数日前から二人で行動する様にしていたがタイミングが悪かった。Crash The Cold Heart 事務所の前で私用で離れると言っていたがここまで長く掛かるものなのかと。帰り際に合流出来ればそれで良かったが、今の状況ではもう形振(なりふ)りかまっていられない。巨大なヘビの姿をした悪魔がそこにいるからだ。周りからもぞろぞろとヒトが集まってくる。視なくてもわかる。人型の悪魔だ。コブラは走り出す。曲がり角を使って複雑に道を選んで進んでいく。右へ左へと滅茶苦茶に道を曲がる。すると目の前に道の真ん中で立ち塞がる様に突っ立った人物が見えてくる。

「すいやーせーん。コブラさんお待たせ致しやした」

脱力したやる気の無さそうな声の主はコブラの仕事仲間で護衛役(ごえいやく)()ねた青年、ジャックだった。

 ジャックは肩に担いだチェーンソーを下ろしてスターターハンドルを素早く引く。エンジン音が鳴りソーチェンが回転する。

「そんじゃ、掃除しやすんでコブラさんは隠れていてくだせぇ」

ジャックはチェーンソーを構えて敵を捕捉する。そして人が変わったかの様に高らかに笑い暴れだす。血肉が飛び交うこの場でずっと笑顔で狩り続けている。知らない人が見ればドン引きするくらいに異様な光景だ。

 ジャックの目の前で(つる)()められて崩れ去った悪魔がいた。ジャックは不思議そうな顔で奥を見ると、蔓を自在に操る青年の姿があった。左手中指に指輪が()められている。敵を倒してくれている為深く考えず目についた敵を片っ端から屠る。コブラの安全が第一だからだ。

 暫くすると辺りは血の海になっており、人型の悪魔ももう残ってはいなかった。ヘビの姿の爬虫類型はいつの間にか消えていた。コブラが建物の陰から出て駆け寄ってくる。

「ジャックお疲れさん。しかし派手にやったな」

「無事で何よりでさぁ。それよりあの人が狩るの手伝ってくれたんすよ」

といって指をさした先には誰もいなかった。コブラは援護した者がいた事にすら気づいていなかった模様。ジャックは首を傾げながらも「まあいっか」といった感じでコブラの後ろをついて歩く。悪魔の出現が増えた今、コブラはもう一人行動は出来ないだろう。


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ