第4話 力
クランベラ教会の前にはレザールやレオン、ルイと二挺斧の男と少女の五人が集まっていた。レザールと斧の男の足は地面諸共物理的に凍り付いていて身動きが取れなくなっている。
「アズマ、一般人を巻き込んだ事に関して何か申し開きはございますか? 」
「なーい。この子を巻き込んだのは素直にごめんて。でもこのオニーサンが庇ったでしょー?なら大丈夫大丈夫」
アズマと呼ばれた男は反省の色も無くあっけらかんとした態度で手をヒラヒラと振る。
「どうあれ貴方が本日起こしたトラブルにつきましてはアメリアにも伝えておきますので」
唐突にシスターの名前が出たかと思えばアズマは急に顔を青くして焦り出した。そんなアズマには目もくれずルイはレザールの方へ向く。
「大変お騒がせいたしました。彼女を庇って頂き、教会の一人の神父として感謝申し上げます。貴方とは良き協力者として信頼関係を築ける事を切に願います。本日はお越し頂き有り難うございました。またいつでも中央部クランベラ教会へお越しください」
レオンとの話しは終わっていた様で、一礼したルイは少女を教会内へ案内をする。レザールも教会での用事が済んだ為、レオンと共に二人で帰路へつく筈だったが、何故かアズマがこちらへ寄ってきた。互いに話す用事など無いのだが。
「駅までなら送ってく。ルイちゃんに失望されるのは嫌だからねー。こういう地味な親切でポイントを稼がないと」
本心からなのか、将又罠なのか。これまでの胡散臭さから見ればどちらもあり得る話しだ。二人の警戒を余所に断る隙も無くアズマはご機嫌に歩いていく。
そういえばとアズマは思い出したかの様に話し出す。
「自己紹介がまだだったね。ボクはアズマ=イースト・エレイン・ギアー。アズマって呼んで。さて、お二人さんボクについて来なよ」
どこまでもノリの軽いこの男は、両手を頭の後ろに組んで再びノロノロと歩きだす。どうあれ帰る道だ。一先ずは付いて行くことにした。
アズマはしれっと人名様式のまま名乗ったが当人は「呪いなんか恐ろしくない」といった感じで特に気にしていない様子だ。レザールとレオンも名乗って、早速レオンがアズマに尋ねる。レオンはレオンで気になる事があるみたいだ。
「アズマさんとルイさんはどういう関係なんですか? お二人はなんだか親しそうな感じがしたので」
レオンの質問にどう説明するか考えている。飄々とした男だが質問をはぐらかしたりするつもりは無さそうだ。アズマにとっては然程重要なとこではないとも取れるが。
「ボクとルイちゃんはただの協力関係。ルイちゃんの能力は利用価値が高いからねー。互いに都合良く利用し合っているって感じだねー」
親しそうな二人だが蓋を開ければただただ利用し合っているだけだという。ルイの能力の利用価値とは言うが、氷の能力に言う程の価値があるのかは甚だ疑問だ。レオンの「でも」と腑に落ちないこの回答から深く聞き出そうとしているのに気付いているのか、アズマは続けた。
「ルイちゃんがどう思っているかはボクの知った事ではないけどねぇ、ボクはルイちゃんを弟みたいに思ってる。あ、これ本人には言っちゃ駄目よ?言っていて何だけど流石に気持ち悪いからさー」
アズマ本人は弟視していると言うが、話しぶりからは叔父と甥の方がしっくりとくる。ルイをちゃん付けで呼んでいるせいなのもあるだろうが、弟視するにしては気遣いが他人行儀に見えるからだ。兄弟の形はそれぞれある為明確にこうだとは定義できない。だが、二人を端から見ると当人が言っているそれよりも距離がある様に見えるのだ。
今度はレザールがアズマに関して気になる事を問いかける。それは名前だ。レザールが住む街周辺では聞かない形式だからだ。この国の人名様式に当てはめるとアズマが名でギアーが姓なのは確かだが、イーストとエレインが何なのかは分からない。
「簡単だよ。アズマとイーストが名で、エレインとギアーが姓。詳しく言うなら、アズマは親が付けた名。イーストは神が付けた名。これを神名って言われてるね。それで後は、エレインは母方の姓でギアーは父方の姓だねー。聞き馴染み無いだろうけど南部ではこの長ったらしいのが普通なのよ」
アズマはそう説明したが、悪魔に名を知られれば呪われる事に違いはない為、人名様式のまま名乗る事に説明がつかない。少しでも身を案じるならそう言った名乗りはしない。
「まぁ、名乗り云々スペル云々の前に呪える悪魔がいないからねぇ」
平気平気と呑気に笑っている。レオンは信じられないものを見る目でアズマを凝視する。本人の無防備さを見ると呪える悪魔がいないというのもあながち嘘ではないと不思議と思えてくる。アズマもレザールたちと同じ只の人間だ。呪われないというのなら一般的に知られていないカラクリがあるのだろう。
次は自分の番だと言いたげに突然足を止めてアズマはレザールに向かい話しかける。
「ボクも気になっている事があってねー。レザールくんのその銃、一回だけでいいから撃たせて欲しいなー」
鬱陶しい程にキラキラとした眼で右太腿のホルスターに仕舞われている銃とレザールの顔を交互に見る。「男のロマンだろう? 」と恐らくレザールより年上であろう男が無邪気にねだってくる。今までに無いくらいの鳥肌ものだ。ルイを弟視してる話より今の状況の方がドン引きだ。
「貸しても良いが、今入っているマガジンは自分の魔力を弾に変換するものだから当然『能力を使用した』扱いになるぞ。これの意味、アンタなら分かると思うが」
魔力がある限りリロード無しで撃ち続けられる装填的タイムパフォーマンスと弾薬を買い足さなくていい金銭的コストパフォーマンスに富んだ夢の様な代物だ。しかし、レザールは魔力弾だからこその懸念事項があると言い、あまり気乗りはしていない様子だ。
「ああ、なるほどねー。バカスカ撃ちたいって訳じゃ無いし一発程度なら平気でしょ」
レザールはこのマガジンを使って何度も何度も撃って敵を倒している。それは一発一発の消費魔力の量は大した事はないと言っているものだ。
最初にレザールが言った様に、魔力弾のマガジンは実弾が入っている訳ではない。その為チャンバーチェックをする必要は無いが、もしもの事があってはいけないとスライドを引き薬室を確認をしてからグリップをアズマ側にして手渡す。嬉々として受け取ったアズマは銃をじっくりと舐め回すかの様に見て人通りの無い方へ向けて構える。耳に響く大きな発砲音と銃口を向けた先で小さく着弾した音が鳴った。一瞬だけ見えたアズマの魔力の弾はレザールが撃つ時とは違って青い。レザール自身が撃った時は白い弾だった為、魔力の色が人によって違う事を初めて認識した瞬間だった。
「うーんやっぱいいねぇ、銃はロマンだ。レザールくんありがと」
宣言通り一発撃ってそれで満足したのかアズマはグリップをレザール側に向けて返す。受け取ったレザールは今度はチャンバーチェックをすることなくホルスターへ仕舞う。何か裏があるのではと思わせる唐突な物言いだったが、どうやら杞憂だった様だ。
あれから暫く歩いて行くとレッドコンドル駅へ辿り着いた。勝手に同行して来たアズマとはここでお別れだ。アズマという男は最初から最後まで変な男だったが、意外と普通に見送られた。罠でも何でも無く本当にただのポイント稼ぎだったらしい。レザールとレオンは一言感謝を述べると早々に改札を通って行く。アズマは二人が見えなくなるまで見送って踵を返す。無言で来た道を戻り教会を目指すが、途中で道を逸れて脇道に入る。そしてしゃがみ込んでキラキラとした石を拾い上げるとその石を見て不穏に微笑む。
「片手撃ちで精々三十発が限度ってところかなぁ。でも中々面白いチャームだったねぇ」
石を仕舞いヒラヒラと右手を払い再び歩きだす。時折眉間に皺を寄せて表情を歪めながらもアズマはご機嫌に笑っていた。
レザールとレオン、アズマが教会から離れた後、別館の応接室にはルイと少女の二人が向かい合って座っていた。
「それでエリスさん、相談というのは如何なものでしょう? 」
エリスと呼ばれた少女は手を握り締めて緊張した面持ちだった。用意された紅茶を一口含んで香りを味わい緊張を解す。そして暫くの沈黙の後エリスは口を開く。
「その、あたしはお兄に守られてばかりだから、申し訳なくて。だから、あたしも悪魔を倒せる位に強くなりたいの」
吃りながらも現状の不満を溢す。エリスの目を見れば誰でも本気である事を理解出来るだろう。しかし、その懇願に応えられるかどうかは別の問題だ。
「申し訳ありませんが、僕では貴女のご期待に応えられないかと存じます。それにエリスさん、貴女は一般人であり未成年者です。死に急ぐ様な事をお兄さん含め誰も望まれないでしょう」
自分では教える事が出来ないと断りつつ、エリスが間違った道へ進まない様導く。それでもエリスは諦めようとはしなかった。
「アズマさんは? あの人は強いじゃない」
アズマの名前が上がり少し考える。アズマ自身がどう考えるかより現状を顧みた事実を言うべきだろう。
「……彼は僕の遣いで各地を飛び回ることが多いですから尚の事お教えする事が出来ません」
実際時間が足りないのだ。一拠点に定住する他の神の落し子たちとは比較にならない程アズマは忙しい。将来的には各地を回れる神の落し子をもっと見つけたいものだが、それもまた難しい問題だ。
「じゃ、じゃあさっきの人は?アズマさんの奇襲を難なく受け止めていたわ、あたしを庇ってね。きっとあの人も強い筈よ。ね、名前と住所を教えて! 」
さっきの人とはレザールの事だ。確かにアズマと打ち合える位に強いだろう。しかし、この話しに巻き込むべきではないとルイの良心がそう訴えかけるのだ。レオンが助手という立ち位置に落ち着いているのを見ると、レザールもまた一般人を戦いに巻き込みたくない性分なのだと想像出来る。
「エリスさん、貴女の立場には同情いたしますが、それでも今の貴女は一般人です。ご自身を大切になさってください」
「分かってる。けどそれでもあたしはお兄の力になりたいの。守りたいの」
兄を守りたいという少女の純粋な気持ちは胸を熱くさせる力がある。同情心を煽るという意味では訴えかける事に意味がある。しかし、それはあくまで「か弱い一般人」という設定の御伽噺の中の話しだ。現実ではまず受け入れられない。「現実を見ろ」と言われて終わりだ。
「神父もあたしの守りたいって気持ちをくだらないって言いたいの?あたしはただお兄を亡くしたくないだけなの」
「くだらなくはありません。とても立派だと思います。ですが、貴女は神の落とし子でも無ければ武術に富んでいる訳でもありません。力無き者に何が守れるのでしょうか。何事も適材適所なのです。それに彼が力を得てあの様な思想に陥ってしまったのは貴女を想っていたからに他なりません」
「……神父は神の落し子だからそう言えるのよ。あたしは罪悪感で押し潰されそうなの。お兄がああなったのはあたしのせいだから……」
エリスは酷く混乱しているが、レザールの情報は教えられない。教会の人間という立場だからこそ。情に流されて簡単に個人情報を教えては信用問題に関わる。歯痒くても諭す慰める戒めることくらいしか出来ない。
「レザールくんだよ。あのオニーサンの事が知りたいんでしょー?今はシルバークロウ市に住んでるみたいねー」
不意にアズマが口を挟んできた。いつの間にか戻って来ていたのだ。何食わぬ顔で応接室の扉に凭れかかっている。行くか行かないかはエリス次第だと言いたげにその扉の前から退く。泣きそうな表情のエリスは困惑しながらも立ち上がり深呼吸して心を落ち着かせる。そして二人に礼を述べると応接室から飛び出して行った。ルイが何を言いたいのか察してか、聞かれる前にアズマの方から弁明する。
「随分と長い時間をかけて絞り出したっぽいし、ちょっとくらい手を貸してもいいだろー?それでちょっと痛い目に遭えば無力さを自覚出来ると思うよ」
教会に属さないアズマが言った事だ。今回トラブルが起きた場合はアズマの責任になるだろう。それを差し引いてもルイのアズマに対する苦悩は絶えない。
「……勝手に僕の私室に入って物色した事について、僕に言う事があるのではないですか? 」
「……ごめんねぇ許して? 」
「やっぱりバレるよね? 」と青ざめた表情の中に「でもちゃんと鍵を掛けないルイちゃんにも非はあるよね? 」と言いたげな感情も滲み出ている。それはそれとして非は認めている様で、両手を上げて降参の意を示した。
無事シルバークロウ市に戻って来たレザールたちは事務所に帰る前に周辺の店で買い出しをしていた。レオンの手には大きな袋が抱えられている。唐突にレザールがパンツの後ろポケットから携帯電話を取り出し何かを確認しだす。
「十五時二十分。時間も丁度良いし茶店にでも入るか」
レザールからの思わぬ誘いにレオンは嬉しくなる。満面の笑みで大きく頷くとレザール行きつけの喫茶店へ歩き出した。
新し目の建物群だった街並みは懐古的な雰囲気の外装に変わり、同じ都市内とは思えない雰囲気になる。ここは事務所のある住宅街から近い通りの為、先程まで居たオフィス通りよりもこのレトロ通りの方が見慣れている。目前にはメルヘンな女児向けの絵本に登場するお城を彷彿とさせる外装のおもちゃ屋が見えてきた。ここから向かいに道路を渡れば例の喫茶店に辿り着く。『喫茶 Silver Bird』、日焼けして色落ちした茶色のベースに経年劣化で掠れがかった黒で店名が書かれた看板を目にする。レトロ通りといえばここだと言うようなどこか懐かしさを覚える古い外装の店だ。店の前の小さな折り畳み式の黒板にはお勧めメニューが手書きで書き込まれており、そのイメージに写真をマグネットで貼り付けてある。写真には三段重ねのホットケーキが写っている。世間的に流行っているメレンゲを焼いたふわふわで厚みがあり、それでいて軽いタイプのものではなく、昔ながらの香ばしい茶色い焼き色の平たく重厚で円状のケーキだ。その三段重ねた上にはソフトクリームの様な巻き方の真っ白なホイップクリームと赤くて小さい実に細長い茎が付いたさくらんぼが一つ乗っている。このメニューだけでお腹いっぱいになりそうなくらいの結構なボリュームだ。流行りに惑わされず古き良きを貫く店の姿勢には感服するばかりだ。この店に限らずこのレトロ通りは一貫してこの雰囲気を大切にしているのだと感じさせる。
Silver Birdの扉を開けて目の前のレジ横で控えていた店員に人数を告げると奥のテーブル席へ向かって行く。店内には香ばしいコーヒーの匂いとメープルシロップがかかった焼き菓子の甘い匂いが漂っていた。空腹を誘う美味しそうな匂いだ。最奥窓側の席に着くとレザールは早速メニュー表を開く。外の黒板に貼られていた料理の他にも様々なメニューがある様だ。ご飯系は卵サンドにオムライス、ナポリタン。デザート系はホットケーキにアップルパイ、イチゴのショートケーキやプリン。ドリンクはコーヒーと紅茶とウーロン茶、ソフトドリンクにはオレンジジュースとメロンソーダ、クリームソーダ等。午前十一時までならモーニングもやっている様で、あんこかイチゴジャムの選択式の半カットのトースト一枚にゆで卵とドリンクがついたセットがメニュー表に記載されている。
「どれも美味しそうですね。迷ってしまいます」
「値段は気にせず好きなのを注文すればいい。俺は決まったから早く選びな」
決まったと言われ少し焦りながらメニュー表を二周三周と眺める。そして空腹にお腹を鳴らして選んだのは卵サンドだった。
「これとアールグレイにします」
指を指した先を確認すると「わかった」と言い、店員を呼んだ。メニュー表片手にレザールが二人分の注文をすると料理が来るまでの待ち時間になる。
この待ち時間にレオンは教会でルイと二人きりになった事について気にならないのかレザールに訊いてみる事にした。司教であるルイから切り出した事だからやはり気になるだろう。しかし、レザールは依然と態度を変えず肩肘をついてトントンと人差し指の腹で机を静かに叩き、窓の外を見ながら答える。
「気になったところで俺に聞く権利なんて無いだろ。人には知られたくない秘密の一つや二つあるもんだ。だが、内に秘める事が困難なら話す相手は最小限にしておけ」
「……その秘密っていうのはレザールにもあるんですか? 」
外を見ていた目がレオンの目へ移る。前屈みだった姿勢から背を伸ばし、背もたれに凭れて腕と足を組んだ。
「レオン、お前から見て俺はどっちの人間に見える?ああ、名前は隠しているんじゃなく使えんだけだ。それ以外で」
「え?よ、よくわかりません」
「じゃあそういう事だ。それでいい」
フッとはにかんだ笑顔に言葉を無くす。見事にはぐらかされていることにレオンは何も言えなかった。
注文して数分経ってから料理が出てきた。紅茶と卵サンドはレオンの注文で、コーヒーとホットケーキはレザールの注文だ。紅茶にはミルクが一緒についてきたが、コーヒーには何もついていない。レザールはいつもブラックで飲んでいるのだろう。それより目を引いたのはホットケーキだ。これは黒板に記載されていた例のメニューなのだろうが、何かが違う。
「そのホットケーキ、写真よりクリームが盛られていませんか? 」
「ああ、クリームを通常の倍の量で注文したからな」
何食わぬ顔でナイフとフォークを手に持つが、見るからに甘ったるそうなホットケーキにレオンは顔を引きづらせる。
「……甘党なんですね。イメージに反しているので少しビックリです」
「甘党という訳では無いんだが。まぁ、クリーム系の菓子なら幾らでも食べられるくらいには好きだな」
「甘味で苦手なものもあるのですか? 」
「チョコレートはものによってはくどくて食べられないな。カカオの味に拘っているのか、大概の専門店はそれに該当する」
「専門店関係者が聞いたら泣きますよ」
そんな毒にも薬にもならない他愛もない世間話に花を咲かせながらゆっくり咀嚼していく。レザールは甘党を否定しているが、ホイップクリームが大量に盛られたホットケーキの上に更に中指の第三関節から第二関節くらいの大きさのミルクピッチャーに入っているメープルシロップを全部かけたのだ。見るからに甘ったるそうでいっそのこと甘党である事を認めてほしい程に胸焼けする光景だ。
一方レオンが選んだ卵サンドも中々に綺麗で空腹を誘う見た目で匂いも相まって満足感のある品だ。耳がカットされた食パンの中に厚焼き玉子が挟んであり、肉厚でふわふわとした触感が楽しめる。食パンにはそれぞれマヨネーズとケチャップが塗られており、ほど良いしょっぱさも感じられる。レオンはそんな卵サンドに夢中で齧り付く。Silver Birdの定番メニューの一つだがレオンの口にも合った様子だ。
喫茶店でお腹を満たした二人は店を出ていた。
「俺は事務所に戻るが、レオンはどうするつもりだ?今日はもう事務所を開けるつもりも無いから此処で解散でも構わないが」
レオンは数秒考えた後、この街をもっと知りたいと周辺をもう少し見て回る事を伝えた。見て回った後は自宅に帰る事も。
「見て回るっつったってこの辺は外装が古いってだけで面白いもんは無いと思うんだがな」
この街に住んでいるレザールからしてみれば見慣れた街並みで面白味はないのだろう。しかしレオンから見ればこの外装が珍しいものな為見て回る価値が十分にある。面白いか否かは兎も角、レオンがどうするかは大体理解したのでレザールはレオンが手に持っている荷物を取ると「じゃあな」と言って事務所へ歩いて行く。その後ろ姿を見届けて何処へ行こうかと一歩踏み出した時、少女の大声がレオンの足を止めた。
「見つけた!そこの黒髪眼鏡、ちょっと待って! 」
黒髪眼鏡、周囲の疎らな通行人の中には眼鏡の人は見当たらない。自分の事なのか分からない為、指をさして確認をすると少女は大きく頷きながらズンズンと大股で近づいてきた。
「あんた、黒コートの男と一緒に居た人よね?」
息を切らしながらレオンに確認をとる。何の事かと答え兼ねていると、レオンはこの少女に見覚えがある事に気付く。
「君はもしかして教会に居た…… 」
「そう、あたしの名前はエリス。性はフォクシーよ。レザールって人を探してここまで来たの」
エリスが言う黒コートの男がレザールである事を知る。レザールとはさっき別れたばかりだ。もしかしたら道中にばったり会うなんて事もある。
「明日出直すのは駄目ですか? 」
「駄目。今日来たのだから今日会いたいの」
とんだ我が儘娘だ。電車賃云々は確かに気の毒だが、当人に約束を取り付けていないのだから会えなくても仕方ないだろう。連絡方法はルイに頼む以外に無いが。
そんな押し問答をしていると、突然エリスの身体が宙に浮いた。いや、浮いたのではない。持ち上げられているのだ。それは鋭い鉤爪に大きな翼を持つ鳥の身体に、頭部にフサフサの鬣を持ったライオンの悪魔だった。専門職の人間からは『鳥獣型』と呼ばれている。その強さはここ最近出現した骸骨型や蝙蝠型とは比較にならない程強力で、以前の爬虫類型と肩を並べられる強さを持つ中級の悪魔だ。
「放しなさいよ!あたしだって攻撃手段くらいは持っているわよ! 」
鳥獣型に肩を掴まれているにも関わらずバタバタと暴れて物言いも強気だ。だが一方レオンはどうするべきかオロオロとしている。目の前で人が襲われているのだ。これが一般人らしい反応と言える。目の前で停滞しているとは言え、一人の少女が捕まっているのだ。非力ながらも助けたいと思うのは善良な人間であれば誰もが考え得る事だ。それはレオンも例外ではない。
悪魔から目を離さないで深呼吸をして覚悟を決める。鳥獣型は地上約三メートルの位置、大体マンション二階の高さを浮遊している。この距離では近接攻撃は当然ながら届かない。
嘲笑うかのように見下ろす鳥獣型の悪魔と目が合う。攻撃が来ると本能的に察したレオンは咄嗟に身構える。鳥獣型は顔先に円状で中に六芒星と公用語には見えない奇怪な文字が羅列した紋様を二重に構える。そして紋様からレオンに向かって巨大な火の玉が飛ばされる。これは異能力だ。勢い良く放たれたそれは止まる事も曲がる事も無く真っ直ぐこちらを狙う。レオンは避ける様子も無く突っ立ったまま眼鏡を外し強く睨みつける。するとレオンの瞳が強い光を放った。そして忽ちのうちに先程の火の玉は消えて無くなった。
「な、なんなの……?何が起きたの? 」
それを見て困惑するエリスを余所にレオンの瞳はまた光を放つ。そしてエリスを掴んでいた鉤爪は力を緩めた。何が何だか分からないまま悲鳴を上げて落ちていくエリスをレオンが受け止めて近くの路地に二人で逃げ込む。
悪魔から距離を取ろうと逃げるもすぐ後ろを追って来ている。そしてまた紋様から火の玉を放つ。二人の背後から何度も何度も放つ。その度にレオンの謎の力で消す。入り組んだ道をカクカクと曲がりながら逃げてもピタリと密着するようについて回る。
「ーーゴフッ」
鼻血に吐血。レオンの身体は悲鳴を上げていた。限界を迎えているのだ。レオンは覚束ない足取りながらも懸命に立っている。鳥獣型はすぐそこだ。レオンは弱りながらもエリスより前に出て震える手で腰に隠し持っていたナイフを構える。
「……もう、いいからあんたは休んでいてよ……後はあたしが何とかするから」
それでもレオンは退かない。仕方ないとエリスは右腕を前に突き出し、左手人差し指で右手薬指の指輪に触れる。その瞬間周囲に風が吹く。まるで指輪に集まるかの様に。しかし、一つの発砲音で風の動きが途切れた。エリスの集中が切れたのだ。その音が鳴った先には黒いコートを着た男が立っている。レザールだ。目の前の鳥獣型の身体には弾痕が出来ており、そこから血が流れ出ていた。怯んでいる様子は無い。
「そこのガキ、レオンを連れてここから離れろ。こいつは俺が相手をする」
凄みのある声色で言い放つ。とても嫌だとは言えない空気にエリスは従うしかなかった。レオンの腕を肩に回し腰を支えてゆっくりその場を離れる。離脱を確認したレザールは銃を構え直し、鳥獣型の喉元に焦点を当てる。耳を劈く発砲音と共に発射された銃弾はキラリと銀色に光る。実弾シルバーバレットだ。それは見事狙い通りの位置に命中し血を大量に噴出させる。撃ち落とすに至らないものの苦しみ藻掻いている様子だ。レザールは銃を仕舞い刀に手を掛ける。左足を引き腰を落として右足に体重を乗せる。鞘から刀身を少し出し魔力を込める。神の落とし子の能力は想像の力。そうして手元から放たれた一撃は光線の斬撃となり、敵の周囲で十本散り散りに分かれ一瞬で敵をバラバラに切り裂いた。目には見えぬ速さで抜かれた刃は納刀すらも目に見えぬ速さで行われ、まるで止まっているかの様な洗練された動きだ。体格の大きい悪魔を一瞬でバラバラに切り裂いた事によって読んで字の如く血の雨が降り注いでいる。
チャリンと落ちたドッグタグには爬虫類の文様が描かれている。悪魔子爵が関わっているのは明白だ。そこそこ強い中級の悪魔が独断で襲撃してくるのは考えにくい。恐らくは指示されて出てきている。
「……」
ドッグタグを握りしめる。眉間に深く皺を寄せて焦点の合わない瞳で握りしめた拳を睨みつける。全身に被った血液では頭が冷えるのに時間が掛かりそうだ。
チャンバーチェックとは弾薬が装填されているかを確認する動作の事を言います。「プレスチェック」とも呼ばれますが、本作は「チャンバーチェック」を採用しています。