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Ut. Cold Heart -ユートピア コールドハート-  作者: 猫宮助六
第一章 眩き光の銃刀
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第3話 訪問

 レオンが助手になって数日が過ぎて互いにどういう人物か理解し始めた頃、中央部の教会から連絡が入った。レザール宛に細い線で丁寧に書かれた手紙を要約すると『◯日午前十時よりレッドコンドル駅にてお待ちください』と(つづ)られていた。日付は明日を指している。横から手紙を(のぞ)き込んで見ていたレオンは満面の笑みで語りかける。

「中央部の教会からのお(さそ)いですね!俺も同行していいですよね?ほら、助手としてお話しは一緒に聞くべきですし 」

元々一人で行こうとしていたレザールはあからさまに嫌な顔をしたが、形式上助手を名乗らせているレオンの言い分にも一理ある。

「……勝手な行動はするなよ」

渋々承諾(しょうだく)したもののレザールとコブラの事情にも関わってくるであろう(くだん)の内容に関係の無いレオンを巻き込んで良いか決めかねている様子だ。

 ここ数日間は特に大きな事件は起きていない。急ぐ様な用事も無かった為、レオンと二人で過ごす時間はそれなりに多くあった。レザールは(かしこ)まられるのが苦手だ。レオンにも「俺に敬称はいらん。楽に話せ」と言ったが、敬語が無くなる事はなかった。敬語が悪いという訳ではないが、レザール自身はそういうものに壁を感じて良い気がしないのだという。レオンの立場からしてみれば、いきなり目上の人間からそんなことを言われたら反応にも対応にも困るだろう。

 郵便受けから何か投函(とうかん)される音を聞いて早速レオンが駆けつける。先程教会からの手紙を受け取ったばかりなのにまた配達に来るのは(いささ)か疑問だが、投函し忘れていたものがあったのだろう。しかし、戻って来たレオンは首を(かし)げながら封筒裏の宛名を見ている。

「レザール、どうやら誤送みたいです」

どういうことかと問う前にレオンの手から手紙を取り封筒を見やる。封筒裏の名前には『シグルフリード様』と書かれていた。レザールは右手の人差し指と親指で(つま)む様に眉間を押さえてため息一つ吐く。呆れというよりはもっと重い何かを感じさせる表情だ。

「……後で郵便局に持って行く」

デスクの一番上の引き出しにしまい込んでドカッと椅子に(もた)れてだらしなく深く座る。

「郵便局なら俺が持っていきますよ? 」

「いい、煙草のついでだ」

そう言ってデスク真後ろの窓を乱暴に開け放して煙草を吸い始めるのだった。煙草を買いに行くついでとは言ったものの、つい先日買ったばかりなのをレオンは知っていた為、首を傾げつつも何も言わず掃除に取り掛かる。



 そして約束の日になり、レザールとレオンの二人は電車でレッドコンドル市に向かっていた。レザール在住のシルバークロウ市はグロリオサレオ県のほぼ中央に位置しており、隣のクレマチスジェミニ県のレッドコンドル市へ行くには同県北側のオフスカイラーク市を通る必要がある。レッドコンドル市はシルバークロウ駅発の電車で約三十分で乗り換え無しで行ける。こういった移動は今の科学が発展した時代で良かったと思わせられる。

 電車に揺られていると「次はレッドコンドル。お出口は右側になります」とアナウンスが流れた。レザールが席を立ち扉前まで移動するとレオンも慌てて立ち上がった。あまり緊張感の無いレザールとは対照的にレオンは緊張しているのか、表情が強張(こわば)っている。

「……いよいよですね。神父さんってどんな方なんでしょう? 」

「神聖な職って言うくらいだから善性の(かたまり)みたいな感じじゃねぇか? 」

レオンを落ち着かせる為に今出来るフォローをする。しかしレザールもこれまで一度も聖職者(せいしょくしゃ)には会ったことが無く、人物像が想像上の聖職者のイメージでどうにも返答に適当感が拭えない。

 二人が改札を抜けて建物の外へ出ると、正面から見知らぬ青年が話しかけてきた。

「失礼、貴方が『Crash the Cold Heart』のレザールさんでお間違いありませんか? 」

青を基調とした外套(がいとう)を羽織り紺のマフラーを巻いた金髪の青年は右手を胸元に当てて丁寧な口調で訪ねる。よく見るとその金髪は毛先にかけてグラデーション状に青く、瞳は右が茶色く左が青い所謂(いわゆる)オッドアイになっており芸術品の様な美しさのある不思議な見目の青年だ。

「確かに俺がレザールだが、アンタは中央部の教会の人間なのか? 」

如何(いか)にも。僕は中央部クランベラ教会から参りました、名をルイと申します。レザールさんとお連れの方もどうぞ此方へ。教会までご案内いたします」

そう言い、ルイと名乗った青年は(きびす)を返してレザールたちの前を歩く。レザールを見ている訳でも無いのに歩調を合わせて常に一定の距離感で前を歩いている。

 歩く度にゆらゆらと揺れる外套の裾には美しい所作の青年には似つかわしくない血痕(けっこん)が付着しており、その裾先(すそさき)からは細身の剣がチラチラと(のぞ)かせている。考えるまでもなくルイは待ち合わせの時間の前に一戦交えている。

「聖職者ってのは皆悪魔を狩っているのか? 」

ふとした疑問にルイは前を向いたまま歩みを止める事無く淡々と答える。口調が堅いだけに冷たい印象すら覚える程に。

「いいえ。護身として戦う(すべ)を身に着けてはおりますが、特別な理由がない限り日常的に戦う者はおりません 」

「じゃあ、あんたは駅に来る途中で襲われたって事か」

聞いた通りの事を分析してアンサーを出したものの、それはすぐに否定されてしまう。

「それも違います。襲われた訳ではありません。寧ろその逆、襲いに行ったと言うのが正しいでしょう」

何故わざわざ危険を犯すのかと問う前に(さえぎ)る形でルイが続けて言葉を(つな)ぐ。一瞬足を止めてちらりと後方のレザールとレオンを見た。

「今はとにかく急いで教会へ向かうとしましょう。込み入った話しはそれからです」

何かの気配を察知したかのように周囲を見渡し始めた。この状況にレオンは勿論レザールすら付いていけていないが、初見でも雰囲気の異様さは感じ取ったのかルイに走るよう促し目的の教会へ案内させる。


 『中央部クランベラ教会』それは古くからこの国に建つ四大教会の一つで伝承の中で「神域(しんいき)へ繋がる建物」とされている。神域とは神の領域の事で、どんな生物、生命体も入る事が出来ない世界だ。進入許可証があれば入る事が可能だが、それがどういったものかはどの文献にも明記されていない。神の領域というからにはその証が安易に手に入るものでは無いのだろう。

 中央部の教会は「クランベラ」という名の教会なだけに責任者は代々聖職家系のクランベラ家が継いでいると言われている。教会の階級が分からない一般人は男性の聖職者を一括りに「神父」と呼ぶが、実際は教会内で一番階級の高い「司教(しきょう)」なのだ。

 四つの教会にはそれぞれ違う神を(あが)めており、この中央部の教会は国の代表格であり創世神でもあるアズエラ神を崇めている。この国の文明の発達はアズエラ神のお陰だと民は口々に言う。大半の国民が不自由無く暮らしていけるのだから。

 教会の目の前でルイは足を止めてレザール達の方へ向き、疲れを感じさせない雰囲気で話しかける。

「お疲れ様です。ここまで来れば大丈夫でしょう。僕は身なりを整えて参りますのでこの辺りでお先に失礼いたします。お二方は中でごゆっくりお過ごし下さい」

そう言い残し、シスターを呼び寄せて中の案内を任せ、ルイは一人簡素な建物の入口へ入っていく。引き継いだシスターは高身長でワンピース状の修道服には太腿(ふともも)までスリットが入っている。ウィンプルからは金髪が見えており、ルイとは違った赤みのある金髪だ。

「失礼しました。(わたくし)はアメリアと申します。では応接室へご案内いたしますのでどうぞ此方へ」

アメリアと名乗ったシスターは、口調は丁寧だが声色は冷たい雰囲気を出している。彼女自身が暗いという訳では無いが他者を寄せ付けないオーラを放っている。

 聖堂の大きく豪華そうな扉から入り、右手側の一般的でシンプルな扉を通ると廊下に出た。通路の幅は横に人が三人から四人が並んで歩ける程の広さで、壁際には転々と花が飾られている。途中いくつもある扉を無視して奥へ奥へと導かれていく。

 真っ直ぐ進んで行くと上部がガラス状になっている扉が見えて来た。その扉を開けた向こうには中庭が広がっており、そこをさらに奥へ進む。渡り廊下からふと中庭に目をやると、その奥の一角には不自然に花壇と柵で囲われた場所がある。そこを見ている事に気付いたのか、アメリアは簡単に説明をする。

「あそこには地下への階段があります。規則により司教のみ立ち入る事が出来る場所となっております」

一般的に知る必要の無い場所だと言いたい様だ。触れてはいけないものなのだろう。これ以上の言及は控えて大人しくアメリアについて行く。

 本館から中庭に出た渡り廊下の先には別館へ入る為の扉があり、今案内されている応接室はこの別館にある様だ。二人の前を歩くアメリアは別館への扉を通って一番手前の扉の前で振り向き立ち止まる。

「こちらが応接室です。中でごゆっくりお待ちください。後程お茶を持って参ります」

扉を開いて入る様に促すと早々に立ち去って行った。レザールとレオンの二人きりになって数分は沈黙が続いたが、先にこの沈黙を破ったのはレオンの方だった。

「司教さん?ってやっぱりお爺さんなんでしょうか?俺の中の神父像は温厚なお爺さんなんですが実際はどうなんでしょうね? 」

「流石に世代交代してんじゃねぇか?若く見積もってお前の親くらいだろ」

レオンは十九歳で、子供がこれくらいの年齢の時の親と言えば大体四十代から五十代辺りだ。教会の責任者が一家系で継承していっているのなら、引き継ぎの為にも早いスパンで世代交代が行われている筈だと考えたからだ。

 そんなくだらない話しに花を咲かせていると不意に三回のノック音が聞こえてきた。互いに顔を見合わせた後にレオンが慌てて返事をすると扉が開かれてついに約束を交わした神父と思わしき人物が顔を出す。

「失礼いたします。大変お待たせいたしました」

そう言って入って来たのは先程顔を合わせた人物だった。

「改めまして僕はこの教会の司教を勤めております、姓をクランベラ、名をルイと申します。僕の事は気軽にルイとお呼び下さい」

件の神父の正体と随分と若い青年が教会の責任者な事に心底驚く。

「俺はレザール。俺に敬称は付けなくていい。そんでこっちはレオン。俺の助手だ」

簡単に紹介を済ませて向き合う形で席に座る。奥側の上座には当然レザールが座る。

「では本題に入る前にお訊きしますが、お二方は神聖生命体(しんせいせいめいたい)については如何程(いかほど)ご存知でしょうか」

レオンは勿論の事、レザールも神聖生命体という言葉に聞き馴染みが無い様だ。そんな様子を見て返事を待たず説明に入る。

「神聖生命体とは、我々生物とは違って寿命の概念が無く永遠を生きる者を指します。所謂神秘、神秘的なものです。彼らに寿命はありませんが、生命体ですので亡くなることはあります」

「悪魔がそれに分類されるって話か? 」

「はい。悪魔以外にも神聖生命体に該当する者はおりますが、それはまた時期を見てお話しいたしましょう」

一呼吸置いてルイはちらりとレザールの顔を見て何故今この話をしたのか訊きたそうな空気を察して話し始める。

「悪魔は国を荒らす神聖生命体の一種です。そんな彼らを打倒し国を守るのが神の落し子が存在する理由であり使命です」

ですが、と(つな)いだ言葉はこれまでより低い声色で(つむ)がれる。怒っている訳では無く呆れている訳でもない、ただ心配しているのだと眼で語る。

「……レザール、貴方の目的が無事果たせたと致しましょう。その後貴方は如何されるのですか」

悲願を達成した後。それはレザールが今まで一度も考えた事の無い未来の話だった。レザールは数分考えた後ゆっくり言語化させる。

「……俺自身に戦う理由が無くなったんだ。引退を考えるかもな」

「引退……それが出来れば良いのですが、戦う意思を無くしてしまえば貴方は命を落とすでしょう」

一般人とは違い、体内に魔力を持って生きているのだ。それで死んでも可笑しい事では無い。例えば体内を循環する魔力が吐き出されない為に身体に深刻な負担がかかるとか。戦いを降りると悪魔の格好の餌食(えじき)になるとか。色々考えられるが今はまだ分からない。

「先程も申しましたが、これは使命なのです。個人的な動機が無かったとしても、神の落し子である限りやらなくてはなりません」

ルイは周囲を見渡し、何かを見つけたかのように数秒の間一点を見つめた。そして視線を落とすと顎に手を置いて無言で考え込む。

「魔界へ行ったとお聞きしましたのでもしかしたらと思いましたが、やはり教会に来るべきでは無かったかもしれません」

ぽつりと聞こえるか聞こえないか微妙な声量で呟いた。なんの事なのかはレザールもレオンも理解出来ずにいた。ただルイの目線で好ましくない状況になっているという事しか察することが出来ない。

 気を取り直していよいよ本題に触れる事となった。ルイは懐から白いシルクのハンカチを取り出しゆっくり折り目を開いていく。そこに包まれていた、恐らくコブラから受け取ったであろう例のドッグタグをローテーブルの中央に置いた。

「こちらのドッグタグについて僕の方で少々調べてみました。結論から言えば、こちらは爵位(しゃくい)を持った悪魔が下位の者に下す呪いの物品です。人間社会で例える所の雇用契約書(こようけいやくしょ)の様なものです」

爵位持ちの悪魔が関係していると聞き口の端が(わず)かに上がる。

「どういった呪いかまでは不明ですが、対象以外を(むしば)む効果は無いと思われます。上位の悪魔が下位の悪魔に対して使用する契約ですので」

不意に立ち上がり奥のデスクに置いてある一冊の本を手に取り、とあるページを開いてレザール達の方へ向けてローテーブルに置く。

「魔界の情勢は侯爵位以外は数百年変化していないと聞いています。ご覧ください、ドッグタグにある文様とこちらのページに記載(きさい)されている図はかなり酷似(こくじ)していますね。本に記載されている事が事実であればこれは子爵位(ししゃくい)の文様と言えるでしょう」

子爵位、爬虫類型の悪魔と本には書かれている。文様もどことなくトカゲを訪仏(ほうふつ)させる形になっている。ドッグタグを落とした悪魔もまた爬虫類型だった。

「あの、すみません。爵位とはなんでしょうか?」

ここで手を上げたのはレオンだった。今までは黙って聞いていたが、理解の範疇(はんちゅう)を超えたのだろう。一般的に悪魔に階級があることを教わり知る機会は無い為知らなくて当然だ。

 悪魔について記載された資料は市場の本屋には置いておらず、基本的には図書館か教会の書庫で調べる事が出来る。レザールやコブラはシルバークロウ市のアルカナ図書館で調べて知った。

 悪魔が住まう世界、魔界は権威主義(けんいしゅぎ)の貴族制社会だ。魔界では強い悪魔七体に爵位と領地が用意されている。最高位に強い悪魔を大公爵(だいこうしゃく)、そして順に公爵(こうしゃく)侯爵(こうしゃく)伯爵(はくしゃく)子爵(ししゃく)男爵(だんしゃく)準男爵(じゅんだんしゃく)となる。魔界中の悪魔の中から強い者が爵位を貰える訳ではなく、爬虫類型、両生類型、魚類型等といった各分類の中から強い者に爵位と区画領土が渡される。魔界で並外れた力を有する序列上位七体の悪魔を神聖生命体や各教会の人間から『七大魔界領主(しちだいまかいりょうしゅ)』と言われている。

「うーん……よく分からないですけど、取り()えずそのドッグタグは上位七体のうちの下から三番目の悪魔が関係しているって事ですよね? 」

「はい。悪魔子爵、通称『契約(けいやく)の悪魔』です。序列第五位ですから普段対峙(たいじ)している悪魔とは比べ物にならない程に強いと思われます」

具体的にどれ程の強さなのかはデータが無い為不明だ。先代の神の落し子も自らの使命の為に悪魔を狩りはしたが、わざわざ魔界に足を運ぶ事は無かったからだ。先代は八人で上手く連携を取る事が叶わなかったが故に人の世に現れた者を狩るだけで精一杯だった。人間側は常に戦力不足だ。貴重な人材の死亡リスクを負ってまで七大魔界領主を相手にするメリットは無い。これは四世代目の神の落し子が出した答えだ。この考えもあり、ここ数千年は魔界への侵入を避け現世に現れた神聖生命体のみを狩っている。先代まではその考えだった。いや、五世代目以降からは魔界に行くという発想すら無かったかもしれない。

「現状、本件でお答え申し上げられるのはここまでとなります。何か分かり次第お伝えいたします」

「悪いな。俺の事情はアンタには関係の無い事だろうに」

「相手は神聖生命体ですから全く無関係という訳ではありません。ですが、本件を調べるにあたって僕から貴方がたに依頼を出す事がありましょう」

「分かった。アンタの依頼は無条件で引き受けよう」

レザールは悪魔子爵をルイに調べて貰う代わりにルイからの仕事依頼を引き受ける事になった。いつもはライラック魔狩り局を通して受けていたが、そこを通さず直接受け付ける形になる。

「レザール、本件に関しましてはコブラさんにお伝えするのをお勧めいたしません。彼から何か問われても誤魔化しておくことを推奨(すいしょう)します」

「どうしてコブラさんに伝えてはいけないんですか?ルイさんに協力を(あお)いだのはコブラさんだった筈ですよね。当人を外していいのですか? 」

レオンの当然の疑問に苦い顔をして一瞬考えてから口に出した。

「……僕は彼の事を良くは知り得ておりません。ですが、本件を彼に()らせば彼がどの様な行動を取られるかは想像に容易(たやす)いのです」

「アイツは目的の為なら何を犠牲(ぎせい)にしてでも果たそうとする奴だからな。確かにアイツの身を案じるなら情報を流さないという選択もあるわけだ」

 話しにキリがついたところでレザールは立ち上がり、それを見てレオンも慌てて立ち上がろうとするがルイに静止される。

「レザール、レオンさんを少々お借りします。然程(さほど)長くはなりませんが、その間教会内を自由に見て頂いても構いません」

分かったと(うなず)き、振り返らず部屋を後にする。引き止められ部屋に残されたレオンは対面のルイの顔色を伺う。当のルイは先程とは打って変わって少しだけ笑みを浮かべている。

「そう警戒なさらないで下さい。僕は貴方から(ただよ)う魔力についてお訊きしたいだけなのです」

魔力と聞いて思い当たる節があったのか、目を伏せて(うつむ)き気味に頷いた。レザールを先に出したのはデリケートな話しだと思ってのルイなりの配慮だったのだろう。

「……僕の方こそ訊きたいくらいです」

苦虫を噛み潰す様な表情を目の当たりにしてもルイは自らそこを追求する事は無かった。彼が訊きたいのはレオンの実情では無いからだ。



 教会の外に出たレザールは室内の窮屈(きゅうくつ)さの解放から思い切り伸びをする。教会内を見て回っても良いと言われたが、見て回る程の関心は無かった為出てきたのだ。懐に手をやると手のひらサイズの紙箱とジッポライターを取り出した。紙箱の中には数本の煙草が入っている。レオンが来るまでの間だが、ゆっくり一服出来る貴重な時間だ。周囲に誰も居ない事を目視で確認してから煙草一本を咥えて火をつける。

「そういやアイツの外套に血が着いていたよな。合流前に神の落し子として掃除していたのか、それとも神父として掃除をしていたのか……」

ぼんやりと下らない考えに(ふけ)る。神の落し子は国に八人しか居ないのだ。そう簡単に会えるものでは無い。不思議な雰囲気はあれどそれが神の落とし子であるという絶対的な特徴でも無ければ言動からの確証も無い。

 教会付近をぶらぶらと歩いていた時少女とぶつかった。ゆっくり歩いていた為互いにケガもなくただ軽く当たった程度で済んだ。

「おっと、すまねぇな(じょう)ちゃん」

「ううん、こっちこそちゃんと見てなくてごめんなさい」

そう軽く声を掛け合って互いに後腐れなく場を去ろうとした時、頭上から何かが降りて来るのを感じ取った。一人の男。それも両手にそれぞれ大きさの違う斧を持った男だ。すかさず少女の腕を引っ張って自身の後ろへ庇い、刀を抜かず帯刀した状態で受け止める。上から押さえつけられる力に抵抗するものの中腰で支え続け続けるには無理がある。刀の柄を握る右手に力を入れ二挺(にちょう)の斧を振り払う。その反動で後ろに下がった男は余裕そうに即座に体勢を立て直し間合いを詰めて右手に握られている大振りの斧を振り上げる。大きめな武器なだけに動きも隙も大きい。これを半身で(かわ)し右手で拳を握りしめ溝内を狙って無力化を試みる。しかし男は先程の斧の柄で拳を受け止め、左手に握られた小振りの斧を下方から上方へ振る。相手の判断の早さに出遅れ、殴る姿勢で固まったレザールは左足を動かせられず咄嗟(とっさ)()()り刃は髪を(かす)った。追撃を警戒しバク転で後方へ退避し態勢を整える。足を上げた際に少しでも反撃となればと足掻いたがそれもまた斧で防がれる。男はニコニコと楽しそうに笑みを浮かべる。

「オニーサン強いねー。まさか今のを避けるとは思わなかったよー」

不意に話しかけてきたこの男からは一切の殺意を感じられない。恐らく実力を測っているのだろう。そういった雰囲気だ。

「アンタは何者だ?一体何が目的だ」

至極真っ当な質問を投げかけても男は答える素振りを見せない。

「目的なんざ言わなくても薄々気付いているんだろー?それとも『ボクは悪魔です』って言った方がキミは本気になってくれるのかなぁ? 」

余裕そうな素振りが鼻につく。現状、自身の事を話すつもりは無い様だ。

「……痛っ。あ、あたし神父を呼んでくる! 」

少女は引っ張られた時に足を(くじ)いたのか、右足を庇っている。それでも二人の状況が良くない事を察してかルイを呼ぶ為に教会内へ入っていく。

 少女が居なくなった事を確認したレザールは刀の柄に手を掛ける。左足を引いて腰を少し落とす。その様子を見たこの男は笑みを残して右手の斧を前に、左手の斧を背に隠して構える。互いに腹の内を探り合いながら今か今かと斬りかかるタイミングを計る。

 右足で踏み込んで右手を振り被ったのは男の方だ。レザールは臆すること無く刀を強く握り直し勢い良く抜刀した。居合抜きで男の大振りの斧を弾く。男は驚きと歓楽(かんらく)が混じった笑顔を隠す様子も無くそのまま左手の斧を振り上げる。勢い良く振り下ろされる斧に合わせて刀で受ける。ギリギリと刃の(こす)れる音を鳴らしながら押し負けない様に両足に体重を乗せて耐える。支えるだけでは意味がない。押すより支える方が消耗する為、いつまでもこのままではいられない。すると急に斧を握る手の力が弱まった。かと思えば次の瞬間男は右足で力強く脇腹を蹴りつけた。

「ーーぐっ! 」

蹴りの強さと勢いで後退する。これくらいの痛みなら日常茶飯事だ。この程度で(うずくま)っていてはデビルハンターはやっていけない。男は左手の斧を持ち上げて肩に置く。トントンと肩を叩きレザールを見下ろす。

「そろそろ殺す気で来て欲しいなー。万が一殺しちゃったらって思ってるなら大丈夫よ」

自分は強いからと言いたいのだろうと考えていたが、突然男は斧を自分の腹部に向けて斬り込む。この衝撃的な光景に目を見開く。しかし、深く斬り込んだ様に見えたその箇所からは血が一切噴き出して来なかった。

「水の身体。分かる?これだからボクに刃物は効かないのよ」

刃物では死なない事を証明する為に男は何食わぬ顔で実演したのだ。

「……イカれてやがる。だがさっきの発言からアンタが悪魔では無い事は分かってる。そもそも教会付近に悪魔は現れないしな。今のは身体を水に変える力だろう?普通の人間ならまずあり得ない。だったらアンタの正体は一つ、神の落し子って訳だ」

「御名答。ボクは神の落し子の一人。ま、流石に分かっちゃうよねー」

変わらずニコニコとした笑顔のこの男はまだ終わらないと言いたげに斧を構える。先程と同じ構えだ。レザールもそれを見て両手で柄を握り顔の横で地面から平行に構える。一呼吸置く間もなく踏み込んだ。一回二回と足で地を蹴り男の目前まで間合いを詰めた。

「ハハッ素直に真正面から来るか! 」

大層嬉しそうに笑い右手の斧を振り被る。そしてその斧をレザールの刀を狙って振り下ろす。次の瞬間レザールの刀からパッと強い光が放たれた。

閃光(せんこう)! 」

視界を奪う鋭利な眩さに男は脊髄反射(せきずいはんしゃ)で目を閉じる。だが、真正面から突進していたのは確かで、このまま振り下ろせば刀を弾く事が出来る。しかし振り降ろした手にはなんの感触も伝わって来ない。男はハッとして二つの斧を体の前に構え直して防御の姿勢を取った。ザザッと靴の底が地面に擦れる音が小さく聞こえる。

「ーー!!後ろか! 」

急いで振り返った時には既に目前にまで迫っていた。有無を言わさぬ鋭く早い三回の突きを辛うじて右側に避けたものの首を掠めてしまう。突きで伸ばした右手を右へ()ぐ。刀は男の首を狙っている。しかしそれは男をすり抜けてしまう。正に水を斬った感触だ。男はレザールの間合いから距離を取った。相変わらずヘラヘラしている。

「へぇ、オニーサンは光の能力の御子(みこ)なんだ。いやーうっかり殺されちゃう所だったねー」

首を掠めたにも関わらず余裕そうに話しかける。神の落し子の能力は想像の力。つまり先程の突きで能力を使わず避けたのは能力の想像が間に合わなかったからだろう。

「……アンタの十八番(おはこ)能力も欠陥があるんだな」

「あらら、今ので分かっちゃうんだ。まぁ、能力のデメリットを考えればそう行き着くよねー」

 刃と刃を打ち合い弾き合い往なし合っていると足元から冷気を感じた。男は気付いているのかいないのか、構わず斬り掛かってくる。大振りの斧を振り被った瞬間背後から聞き覚えのある青年の声が聞こえてきた。数日の付き合いだが聴き慣れたレオンの声では無い。となると該当(がいとう)する声の主は一人、ルイだ。ルイが来たと分かった瞬間足元が凍りついた。比喩(ひゆ)ではなく物理的に。周囲に漂う冷気も増し膝上まで氷が張る。レザールもあの男も前にも後ろにも動けなくなった。

「お二人とも、そこまでです」

酷く冷静で落ち着いた声色にしては怒っている様子は無く、他に迷惑が掛かるから止めに入ったといった感じだ。レザールと二挺斧の男の他にルイとレオンそして少女の計五人がこの場に集まった。

 足元を固定したこの氷は能力と言う他無い位に非化学的で不自然なものだった。目の前の男の能力は水である為氷を出せる筈が無い。自身も凍りついている為尚更ありえない。レオンも勿論違う。今の様な場面で使う程躊躇(ためら)いが無いのなら初対面時の悪魔掃討で名乗り出ていた筈だからだ。少女の事は分からないが、能力が使えるのならルイを呼ぶ為にこの場を離れる必要は無かった。その時に能力で止めればよかったのだから。ならばこの能力の使用者はーーとそんな悶々と思考を巡らせている中、不意にルイと目が合った。

「ああ、言っていませんでしたね。僕は神の落とし子です。ご覧の通り氷の能力です」

忘れていたかの様に語るが、恐らく今の今までわざと言っていなかったのだろう。目の前の男は知っていたのか、特に驚く等の反応はしていない。肩を(すく)めて「あーあ」と残念そうな顔をしている。二人の激しい打ち合いを能力でとはいえ、たった一人で止めたルイは実力のある者だと周囲に知らしめたのだった。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

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