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Ut. Cold Heart -ユートピア コールドハート-  作者: 猫宮助六
第二章 笑い狂う影の毒蛇
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第15話 反動と代償

 呆然と立ち尽くして、何かを考えている訳でも無くただぼんやりと視界の先に目を奪われていた。懐かしさを覚えるセピア色の()せた記憶。目の前の少年を知っている。臆病で泣き虫でどうしようもなく弱い子供。その少年はまた一人で泣いている。耳障りに声を上げて、目障りに両手で顔を覆って反吐(へど)が出るくらいにその場で立ち尽くし嗚咽(おえつ)を漏らしながら泣きじゃくっている。これだけ嫌悪していても目の前の少年から目を離せないでいた。

 奥から少年を呼ぶ声が聞こえてくる。歳はこの少年と同じくらいで性格が真逆の気の強い少年。

「おい! お前また泣いてんのかよ。ホント鬱陶しいやつ」

怒号にビクッと身体を跳ねさせて少年は両手を顔から放し目を見つめた。気の強い少年は舌打ちをして背を向ける。

「おら、行くぞ」

そう言って腕を握って強引に連れて行く。少年は痛そうに顔を歪めるが、そんなことはお構いなしにズンズンと引っ張っていく。その時、まるで根が生えたかのように動かなかった足が意思とは関係無しに動き出す。少年らの後を追う形でゆっくりと右足と左足を交互に動かし地面を踏みしめる。

 少年らが向かった先には筋肉質で上背のある男が居た。顔は後光で殆ど見えない。顔が分からなくともこの男からも懐かしさを覚えることから、この男に対して特別な感情を抱いていたのは確かだ。男は泣き虫な少年をおんぶして歩き出す。気の強い少年は「ずるい! 」と声を上げて男の服を掴む。そんな少年の頭を撫で、片手で手を繋ぎ機嫌を取っている。他愛もない日常の一節。

 あまりの眩しさに一瞬目を瞑っただけだった。目を開けると目の前に男が立っていた。顔は口元しかはっきりと見えないが、笑うことなくじっとこちらを見ている。男はその場で静かに口を動かす。

「(うて)」

特別読唇術(どくしんじゅつ)が出来る訳では無いが、口は確かにそう動いていた。男が残した言葉を最後に辺りは暗闇に包まれる。この夢が何かを示唆したものなのか、意味の無いただの夢なのか。意味も理由も分からぬまま身体は闇に飲まれていく。真っ暗闇の中、最後に視界に映ったのは空色の駒鳥の羽だった。



 両生類型準男爵位の悪魔の討伐戦の数日後、中央部クランベラ教会でルイは一通の手紙を受け取っていた。繊細で柔らかな筆跡で差出人は「エルダーベラ」とだけ書かれている。手紙を持ってきた紫色のストラを掛けた青年は早く読むようにとニコニコと無言で催促する。

 この青年は配達員ではない。ストラを掛けているということは、教会に所属する神父であるということを表している。そのストラの色が示す教会とは、「南部エルダーベラ教会」に他ならない。つまるところ、この青年はルイの客人なのだ。

 そんな客人である青年の様子に甘え、ペーパーナイフで封を切る。中に入っている一枚の紙を取り出し広げるとその表題には、「南部エルダーベラ教会の等級情報更新」と書かれていた。内容を要約すると、「◯日をもって『アラレ=ヘイル・リステット・エルダーベラ』を司祭から助祭への降格処分を科す」という旨だった。

 手紙に記された「アラレ」という人物は、以前ルイにクランベラ教会の司教の座を渡すよう迫った男の名だ。その時の話がエルダーベラ教会の司教、カスミの耳に入ったのだろう。その脅迫に対する処分ということだが、それにしては少々重いとも感じられる。

 ルイが手紙を読み終わった事を察してか、目の前の青年が口を開く。

「ま、そういうことです。叔父さんとルイさんの間にどれだけ深刻な問題が起きたかは知りませんけど、父さんにしては随分と厳しい処分ですよね」

「脅迫でしたら通常は謹慎処分が妥当ですからね。僕も内心驚いております。エルダーベラ司祭、教会内ではお父君を司教、叔父君を助祭と呼ぶべきです……と言いたいところですが、本日は『僕とシズクさん』ということで対話いたしましょうか」

シズクと呼ばれた青年は「流石ルイさん! 」とパッと明るく元気な返事をして紅茶をグイッと飲む。手紙なら郵便に出せばいいものを、わざわざ人を遣って運ばせる事に疑問を覚えたルイはシズクに尋ねる。

「勿論手紙だけじゃないですよ。父さんからルイさんの様子を見てくるようにお願いされたんですよ。ま、杞憂だったみたいですけどね」

先日の討伐戦での事を思ってのことだろう。上級悪魔との戦いで倒れたのだ。様子を見てくるように遣わせるのも無理は無い。

 シズクはルイの目の前に置かれたティーカップの紅茶に視線を落とす。その紅茶を飲む様子までも凝視し苦笑いをする。

「ルイさんの紅茶は相変わらず凄く熱そうですね。湯気の量とかハンパないですよ」

「……僕はこれくらいでないと熱を感じられないのです。シズクさんも一杯如何(いかが)ですか? 」

少しだけ目を細め口角を上げて、自分の熱々の紅茶をシズクの方へ差し出す。シズクはブンブンと首を激しく横に振り、慌ててそれを拒否をする。その大袈裟な身振りにルイはクスリと笑い、冗談だと言って紅茶をまた一口飲む。


 三十分程度続いた談笑はここまでで、ルイは仕事に戻る為シズクを外まで送るつもりで扉に手を掛ける。するとシズクが真剣な声色でルイに語る。

「これはエルダーベラ教会の司祭、シズク=ドロップ・マルガット・エルダーベラとして言います。助祭が欲しているのが次期司教の座であることは明白です。ですので、狙われない為にも早く次期司教候補を選出し報告するのが一番だと思います」

次期司教候補は教会と同名の姓を持つ人間を選出しなければならない決まりがある。結婚をして子宝に恵まれた司教は基本的にその子供が次期司教候補となる。その子供が二人以上いた場合は長兄が真っ先にその候補に上がる。優先順位は長兄、次兄、長姉、次姉といった感じで男児が優先順位が高く、女児は基本的に低くなっている。勿論、優先的に考えられる程度のもので実態にそぐわなければ長兄ではなく次兄や長姉が選ばれることもある。現エルダーベラ司教が正にそういう経緯となっている。

「……ご忠告痛み入ります」

「早急に決められなければルイさんのお父君を呼び戻す手もありますよ」

自分の父親の話になり少しだけ顔を強張らせる。(さみ)しげな表情で口元だけ歪ませる。

「では、捜索の協力をお願いしてもよろしいでしょうか」

ルイからのお願いにシズクは驚きの表情を見せる。想定外だったのだろう、一瞬表情が固まったが、すぐに笑顔で応える。

「勿論ですよ。父さんにも伝えておきます」

元々、前クランベラ司教から次期候補として上がっていたのがルイの父親。それが若きルイへ引き継がれたのだ。ルイへ引き継がれた理由、それは父親が失踪したからだ。引き継ぎの前日とかそういう話ではない。何年も前のことだ。未だに見つかってはいない。



 シズクを教会の外まで送ると背後から声が掛けられる。ルイは驚きはしなかった。そこにいることは分かっていたからだ。

「如何されましたか、レオンさんとエリスさん。それにコブラさんとジャックさんも」

「……ルイさんに聞きたいことがありまして」

緊張の混ざった様子で口を開く。そんなレオンを見て溜息を一つして割り込んできたのはジャックだ。今回教会に来た面子にレザールは居ない。コブラとジャックは元々レザールの関連でレオンやエリスと関わることはあるが、レザールを抜いたこの四人の組み合わせは珍しい。

「オレら神の落とし子のことで聞きたいことがあるみたいっすよ。アンタなら知ってることも多そうだと思いやして一緒に来たって訳っす」

「では中でお話しいたしましょう。会議室へご案内いたします」

そう言ってルイは中へ誘導する。いつもと同じ様に中庭へ繋がる扉から外へ出て向かいの建物へ入っていく。そのすぐ右手側の「応接室」と書かれたプレートの扉を過ぎた、そのすぐ隣の扉の前で立ち止まる。プレートには「会議室」と書かれていた。ルイは先に中へ入って電気を付ける。そして奥のデスクに置かれた受話器を取ってどこかへ連絡をする。

 この会議室は、一つの長方形の大きいテーブルを挟む様に椅子が並べられている。テーブルの向きは入り口に対して横向きで、部屋の中央よりやや手前にある。テーブル両サイドの短辺には椅子は無く、長辺にのみ四つずつ置かれている。会議室は隣の応接室と比べて広く、隣室を基準にすると大体部屋二つ分に相当する。ルイは部屋の手前側の入り口から見て左から二番目の席へ座る。他の四人は向かい合う形で座る。左からエリス、レオン、ジャック、コブラの順だ。上座や下座に拘らず「聞きたい」と言った本人を中央に、他は適当な場所に座った結果だ。


 いよいよ話し始めようとしたタイミングで扉が開き、二人の人物が入室してきた。一人はアメリア。客人へのもてなしとしてお茶を用意したのだ。ビジネスでは至って普通の常識行動というものだ。もう一人はアズマ。教会内にアズマが来ている事に気付いていたルイがアメリアに場所を知らせて連れてこさせたのだ。ルイの自室に勝手に入り込んでいたアズマはアメリアに厳しく折檻(せっかん)されたのだろう、いつもより少しだけ大人しい。アズマは頭を掻きながらルイの右隣の椅子に座る。

「それで、話って何かなぁ? 」

アズマが切り出す。アズマはルイに声をかけたつもりだった様だが、レオンがピクリと反応する。躊躇っているレオンにエリスが肘でつつく。そして一呼吸置いて話し出す。

「……俺が聞きたいのは、神の落とし子の能力についてです」

「えー? それを一般人のレオンくんに言う必要ある? そこの小娘ならクリスくんから継ぐ可能性がありやすけど、レオンくんにはその可能性すら皆無っしょ」

「継ぐ? そんなことが出来るんですか? 」

神の落とし子は継ぐことが出来る。これはレオンには初耳の情報だった。そんな事が出来るなら力の強い人に魔力炉心を渡せば国は安泰だからだ。

「誰でもじゃねーっすよ。血の繋がった親子か兄弟にしか出来やせん。レオンくんと小娘の違いっす」

「そうですね。他にも引継ぎにはいろいろと問題がございまして、口で申し上げる程容易なことではありません」

神の落とし子の引継ぎ、それは神の落とし子が持っている魔力炉心を取り出し移し替える行為を指す。取り出して移植するだけなら手術するだけではないかと大多数の人間は思うだろう。だが、魔力炉心は心臓に密着した臓器の一種だ。心臓を傷つけず取り出すなどそう容易いことではない。魔力炉心は心臓の機能が停止すると魔力石へと変化する。魔力石になった魔力炉心は再び心臓に密着させても戻ることは無い。つまり、仮に取り出せたとしても心臓と離れた事によって(たちま)ち石となって移植不可能な状態に至るのだ。元々この引継ぎという行為は、事情あって神の落とし子としての使命を全う出来ない人間の為の処置である。リスク無しで魔力炉心の移植が出来るのは創世神アズエラが権限を渡した者のみとなる。

 引継ぎに関しては移植以外にも問題点があり、それは移植後の人格に影響を及ぼすという点だ。

「魔力炉心ってそいつの身体に合わせて埋め込まれて、そいつの形に順応していくもんだから影響あって当然っすよね。心臓移植だって術後に食の好みが変わることがあるとかなんとか言うじゃないっすか。それと同じっす」

「主にどう変わるのでしょうか? 」

「……執着心が強くなる。自分でも歯止めが効かないくらいに。ほら、身近にこれ以上無い程分かりやすい人がいやすよね? 」

レオンはハッとした表情でエリスの方を見る。エリスは気まずい様子でレオンから目を逸らす。これ以上何も知られたくないと言わんばかりに身体を強張らせる。

「……クリスさん」

クリスは妹であるエリスを溺愛している。それは少しエリスと話しているだけで殺しにかかって来るくらいに異常な執着心を持っていた。

「クリスくんはきっとエリスを『護りたい』って気持ちが大きいんすね。大き過ぎて『怒り』になってるんす。まあ正直、羨ましい限りっす。歪な人間なのに環境に恵まれてるところが」

ジャックは自分と重ねるように目を細める。暫く沈黙が続いた会議室でジャックは再び口を開いた。今度は挑発的な態度でレオンを試すかのように問いかける。

「今この場には神父さん、アズマさん、そんでオレの三人の神の落とし子がいやすが、この中で誰が継いだ神の落とし子だと思いやすか? 」

戦闘時の様に焦点の合っていない目に口端が吊り上がった顔でレオンを見つめる。僅かに揺れる瞳は寂しそうにも映る。

 二人のやり取りをじっと見ていたアズマがやれやれと口を挟む。エリスの方にもちらりと目を向けてから話し出す。

「まーまー、そんなことはどうでもいいじゃないの。それよりも早く本題に入ろうよ。引継ぎのことを知らなかったってことは、キミが聞きたかったのはこれじゃないんだろー? 」

アズマの言葉にレオンは慌てて頷く。遮られたジャックはつまらなさそうに頭の後ろで手を組む。アズマの一言で場の緊張状態は緩和されたようだ。

「俺の目は能力を使うと鼻血が出たり、吐血したりします。酷い時には過呼吸だったり気絶だったりもします。その……神の落とし子の能力もそう言った感じの事が起こるのでしょうか? 」

「つまりは反動ね。勿論あるよぉ」

レオンは息を呑む。反動の辛さはこれまで瞳の能力を使ってきてよく理解しているからだ。

「反動は人によって……いえ、使う能力によって異なります。例えば僕は氷の能力を扱いますが、その能力を使用して魔力を消費した際に受ける反動は『体温の低下』です。一度や二度連続して使用しても寒いくらいで済みますが、何度も何度も使用していく度に身体は冷えていき、(しま)いには手に力が入らなくなります。それが僕の能力です」

「ボクなんかは頭痛だからねぇ。たまに吐き気もあるけど。まぁ、神聖生命体由来の力に何も無い訳がないからねぇ」

「え、なに。オレも言う感じっすか? オレは酔いと頭痛っす。気分が上がるとかそういうのじゃないんで酒に酔った感じというよりは、乗り物酔いに近い感じっすかね。言うなら重力酔いっすね」

アズマとジャックは部分的には割と似た感じだが、この場の三人でもここまで能力の反動が違うのだ。これが毎回となると戦う気力も無くなっていくものだろう。それでも戦うことを、能力を使うことを止めないのは神の落とし子として選ばれたからなのか。

 エリスは何を疑問に思ったのか、アズマやルイに首を捻りながら尋ねる。これまでに感じた疑問というよりは、アズマの発言から感じた疑問のようだ。

「ねぇ、神聖生命体由来の力に何も無い訳がないってどういうことなの? 神聖生命体由来っていうのは分かるわ。人に能力を授けたのはアズエラ神で、神様っていう名の神聖生命体だもの」

エリスの疑問は要するに「何故、何かしらは起こり得ると思ったのか」だ。神が授けた力の反動で苦しめられると考えているのは不敬ではないかという趣旨でもある。しかしそれはルイによってはっきりと否定されてしまう。

「まず大前提として、人間と神聖生命体では身体の作りが異なります。神の落とし子は選定されて初めてなるものです。つまりは後天的なもの。本来、人間の身体に魔力炉心が入り込む隙間などありません。それを強引に入れたが為に耐性の無い体内で過負荷を起こしている状態です。そして、人の身体である以上その過負荷を解消することは不可能だと考えられております」

ルイの回答にエリスは「何で」と口に出すが、すかさずアズマが頬杖をつきながら無常に答える。

(もろ)いから」

そう、何故神聖生命体由来の能力を使用すると必ず反動が来るのかの答えは全てこの一言に集約されるのだ。「人の身体は脆い」という一言に。エリスはアズマにたじろぎ唇を噛んで俯いてしまう。そんなエリスを見てルイは少しだけ困ったように気まずく黙り込んだ。

「まぁ、でも安心しなよ。いくら反動でボロボロになろうとも時間経過で治まるからさぁ。反動なんてまだ可愛いものだよぉ」

アズマの言い回しを不思議に思ったのか、レオンは首を傾げ更に問う。アズマの言葉にうんうんと頷くジャックを見ると、知っている者は言葉の意図を理解している様子だ。

「えーと、反動以外にも何かあるんですか? 」

「……代償、だろ? 」

これまで静かに話を聞いていたコブラが口を開いた。椅子に深く座り込み足と腕を組んで伺っている。

「魔力を一度に多く消費することによって起こる身体ダメージ、それが代償です。これは神の落とし子でもご存知ない方が多い情報ですが、コブラさんはどこでお調べに? 」

コブラはルイから顔を背け、暫く沈黙した後に答える。

「……昔、図書館で調べたんだよ。俺が復讐に動いてるのはアンタも知ってるだろ、それの一環で偶然知ったんだよ」

コブラの説明にルイもアズマも眉を(ひそ)める。アズマは怪訝な表情で考え事をしながらテーブルを指で叩く。だが、これ以上コブラに言及している時間の余裕は無いため、本題に切り替え話し出す。ルイは代償について知っていることを語る。先程までとは打って変わって俯きがちで声のトーンが低く、聞いてはいけないとさえ感じさせる程の緊張が会議室に広がる。

 代償を一言で説明するとすれば、先程のルイの言葉が全てだ。神の落とし子には一度に大量の魔力を使用して、大きな力で敵を倒さざるを得ない場面が来る場合も出てくる。無論、使わず絶命した神の落とし子もいた。寧ろそちらの方が多いくらいだろう。

 この力は日常生活に支障をきたすレベルの代償を支払わなければならないが故に普段使いするような力ではない。最悪の場合、使用者が死亡する可能性すら秘めている。所謂最終手段として用いる類のものだ。使用回数は定められていない。一度の使用で必ず死亡するとは限らないのだ。過去には一度使用して死亡した事例もあれば、三度使用して死亡した事例もある。大きい力が何度使用出来るかは代償次第となる。

 ここまで説明して少しの沈黙が流れる。ルイは手を強く握りしめてからゆっくり言葉を捻り出す。トーンは重く震えている。

「僕は過去に能力の『大きい力』を行使いたしました。幸い命に別状はありませんでしたが、日常を過ごす上ではハンディキャップを背負うこととなりました」

そう前置きをする。ルイはこう言った話の時は書物という情報ソースを提示するが、今回はそうではないようだ。今回のこの場は急だったが、ルイの様子から察するとそれだけが理由では無いと伺える。代償に関してはあまり知られていない情報だと言う。その情報が如何に正しいかを証明する為にルイは実体験を語る。

「僕は温度感覚を失いました。いいえ、正確には『鈍くなった』と言うのが正しいでしょうか。そういった訳でして僕は常に凍えています」

そう言ってルイが紅茶が入ったティーカップを二つ差し出す。一つはルイに出されていたカップ。もう一つはアズマに出されていたカップだ。

「紅茶から出る湯気でもご理解頂けるでしょうが、是非カップの側面に触れてみてください」

ルイのその言葉にエリスが興味本位で真っ先に手を伸ばす。最初にアズマのカップに左手で触れる。多少冷めているが、まだ温かい感覚が指先に伝わる。なんでもない、普通といった表情でカップから手を離す。そして次にルイのカップに手を伸ばす。カップの側面に指先が軽く触れる。

「あ゛っっつ!! 」

エリスはすぐに手を引っ込めた。カップに触れた指で耳たぶをつまむと涙目で訴えかける。

「バッッカじゃないの!? こんなの飲むなんて頭おかしいわよ!! 火傷するわ火傷! 」

平常時のエリスにしてはこれ以上無いくらいの罵詈雑言で(まく)し立てる。余程熱かったのだろう。エリスの反応を見てレオン含め他二人も決してティーカップに触れることはなかった。何故触らないのかと三人を睨みつけるも明後日の方向を見て知らぬ存ぜぬを決め込んでエリスを見ようとしない。

「いや、熱いのは見りゃわかるだろ。それに神父がその紅茶を平然と飲んでるのはこの目で見てるからな」

コブラの一言にレオンとジャックはうんうんと力強く頷く。エリスは顔を真っ赤にして涙目になりながらハムスターのように頬を膨らませる。

「うるさい! 先に言いなさいよ、先に! 」

「お前が進んで触ったんだろうがい」

ジャックの正論で余計に腹を立てたのか、フンッとエリスはそっぽ向いて黙り込んでしまう。取り敢えず静かになったところでレオンは気になったことをルイに訊く。反動は少量の魔力消費によって起こる身体の負荷、代償は大量の魔力消費によって受ける身体ダメージ。ここまでがルイの説明だ。

「反動は時間経過で治ると言いましたよね。では代償の方も時間経過で良くなるのでしょうか? すぐにとはいかなくても、少しずつ症状が和らぐとか」

反動が治るものなのだ。代償もそうであると思うのは無理もない。だが現実は無常。ルイは目を伏せてゆっくりと答える。

「いいえ。治ることはありません。代償で負った身体ダメージは全快どころか良くなることもありません」

「代償ってのは力と引き換えに『何を犠牲にするか』だからねぇ。支払ったものは一生涯戻らないんだよぉ。哀しいことにね」

あからさまに曇るレオンの表情にアズマは言葉を付け足す。

「でもまぁ、誰もが知っていて使うものでも無いからねぇ。環境次第で知らずに終わることだってあるわけだしさぁ」

アズマは緩い声色でフォローを入れるが、この言葉は本能的に知るものではないと強調して言っているものだ。先程ルイが言った「神の落とし子でも知っている方は少ない」という言葉を言い換えて言ったに過ぎない。


 レオンは立ち上がる。聞きたいことが聞けたという顔をしている。そしてその表情には自分に出来ることで可能な限りレザールをサポートしようという決意が滲み出ていた。戦闘能力はレザールが上であり、接近戦も中距離戦も器用にこなす為隙は無いが、レオンの目を活かすことが出来れば弟子もとい助手としての価値が見出せるのだ。

「ルイさんアズマさん、今日はありがとうございました。コブラさんもジャックさんもありがとうございます」

レオンは礼を言うとそのまま出口に歩いて行く。先程までの神の落とし子の能力の事実に苦虫を嚙み潰したような表情をしていた青年ではないと感じさせる、決意を固めた目をしていた。エリスとコブラとジャックもレオンの後を付いて行く。コブラとジャックはやれやれと呆れた様子で会釈だけして会議室を後にする。

 会議室にはルイとアズマの二人だけが残されていた。四人が去った後にアズマは何かを考え込むように腕を組む。

「……御子の能力に関する本は無いって話じゃなかったかなぁ? コブラくんのあれ、どういうこと? 」

「神秘に基づいた書物は僕たち教会関係者で徹底管理しております。しかし能力の代償に関する書物は図書館は勿論の事、教会にも存在しません。ですが、ファイリング資料になら残っています。ラズ教会にのみ」

「ラズってあの厳格で規律準拠で有名な北の教会? 」

「はい。僕は次期司教且つ神の落とし子ということで特別にケイキョクさんから見せて頂いたことがあるのです。本来は誰にも閲覧出来ないように管理されている資料だそうです」

ルイの返答の後、アズマは暫く黙っていた。アズマの中でコブラへの不信感が募っているのだ。ラズ教会は規律に厳しいからこそ厳重管理された資料を理由無しに見せることは無い。教会とは無関係で神の落とし子ですらないコブラにその資料を見せることは絶対に無いと言えるだろう。ここでジャックは何故知っていたのかという話にもなるが、ジャックの周囲には元神の落とし子が居たのだ。どこかの代で代償を伴った能力を使用し、その事実が教え伝えられて来たと考えられる為おかしいことは無い。

「監視は必要? 」

アズマの問いにルイは静かに首を振る。教会に牙を向けない限りはあくまで友好的であろうという見解だ。表向きではあるが、コブラはルイには敵対心を向けていない。そういった様子が無い以上はルイ側から一方的に敵対視する理由も無い。アズマは不服そうに髪を掻き乱すが本人の意見には反対できないでいた。



 懐古で静かな雰囲気の喫茶店Silver Birdの店内に一つの軽快な革靴の音が響く。客の喋り声で多少のざわつきがある中でもその靴音はやけに鮮明に耳に入ってくる。靴音はテーブルのすぐ横で止まり声をかけてくる。

「やあ、相席いいかな? 」

そう言って返事も待たずに向かいに座る。つい最近どこかで聞いた覚えのある柔和な雰囲気が漂う男の声。ホットケーキを食べる手が止まる。

 男は店員を呼んですぐにコーヒーを注文する辺り、かなり慣れている様子だ。だが、周囲を見渡しても空いてる席は多々ある。わざわざ相席する必要など無い。

「何故相席を、という顔をしているね。そうだね、理由を言うなら君と話してみたかったからかな。疑わしいかい? 本当のことだよ」

柔和な男は顔色を見て話を進める。まるで心を見透かしているかのような言い回しだ。

「……それで、俺に何の用だ」

「ああ、そんなに警戒しないでほしいな。僕は君に危害を加えるつもりは無いよ。それにほら、仮に僕が悪魔だったら教会の人間が黙っている筈がないだろう? 」

柔和な男は眉尻を下げてクスクスと笑いながら話す。そんな男の右手人差し指には一つのシンプルなデザインの指輪が光る。この男の言う通り、体内に魔力炉心を持つ神聖生命体の場合教会の人間が気付く筈なのだ。シルバークロウ市ならクランベラ教会のルイの魔力感知能力範囲内の為、何かあればルイから連絡が入るのだが今はそれが無い。


 男はテーブルに運ばれたコーヒーを飲みながら勝手に話を進めていく。声色は変わらず柔和な雰囲気を出しており、終始笑顔を絶やさないこの男は端から見ても上機嫌であることが伺える。

「そうそう、実は君に言っておかないといけないことがあってね」

そう切り出してコーヒーを口にする。この場のペースはすっかりこの男に支配されている。そもそも準男爵が居た魔界で出会ったこの男との交流はこれで二回目だ。しかも話をするのはこれが初めての状態で何の用があるのか大いに疑問である。得体の知れない男を無下に扱おうものなら何をされるか分かったものではない。一先ずは聞くことに徹する。

「蛇には気を付けた方が良い。その時が来たら迷わず始末しなさい」

この言い回しでの蛇と聞いて真っ先に思い浮かぶのは爬虫類型の蛇の姿をした悪魔だ。時折街中に現れてはいるが、その度に殺している。中級悪魔は兎も角、下級悪魔は大したことはない。これまで通りに悪魔を狩るだけだ。「分かっている」とだけ言った返答に肩を竦めて、特に気にしていないような素振りでコーヒーをまた一口飲む。カップの中のコーヒーをクルクルと回し一息ついている。

 暫くの沈黙の後、唐突に「君に良いことを教えてあげよう」と言いだし、男は目を見つめてフッと真剣な眼差しになる。

「近いうちに金とオレンジの髪を持つ長髪の女性が君に会いに来るだろう。それは一週間後かもしれないし一ヶ月後かもしれない。だけど彼女を追い返してはいけないよ。目を合わせるのもお勧めしない。名を問われたら『真名(まな)』で答えるんだ。名乗りの口上構文は不要だよ。そのまま名乗りなさい。彼女の失せ物探しに協力すると良いことがあるかもしれない」

「なんだそれ、都市伝説か何かか? 」

突拍子も無い忠告に胡散臭さを覚える。男の目は真剣そのものだが、どうにもオカルト的不信感が否めない。怪しい話はまともに受け取らず、頭の片隅に留めておくことに限る。そうして柔和な男は微笑む。

 柔和な男は立ち上がり一杯分のコーヒー代だけテーブルに置く。

「食事中に邪魔してしまったね。先の試練に耐え得ることを祈るよ、レザールくん」

「また会おう」と言い残し席から離れて行く。男の言う試練とは十中八九、話に出てきた蛇と金とオレンジの髪の女のことだろう。女に関しては「良いこと」という前振りで話し始めたが、何が良いことなのかはてんで分からない。内容はただの面倒事だ。

「……つーか俺名乗って()えよな」

対話、にしては一方的ではあったが、話をしても結局柔和な男の謎は解消されるどころか深まっていった。だが、忠告していく分無思慮に敵対していい相手でもないのも事実だ。次に会うことがあれば身辺を探る必要も出てくるだろう。レザールは溜息を吐いてからホットケーキを食べ進める。わけの分からないことでグチャグチャになった頭を糖分で蕩かしていく。レザールの考えることは日に日に増すばかりだ。

挿絵(By みてみん)

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