第9話 兆し
レザールが勤務する事務所二階の居住スペースはアパートというより大凡一軒家に近い造りになっている。そんな事務所二階の奥の部屋はリビングルームになっており、引き戸を開けて右手側には台所がある。
レザールはリビングルームのダイニングチェアに腰を掛けてブラックコーヒーを飲みながら一枚のA4サイズの紙を片手に難しい顔をする。そんなレザールの正面にはレオンが座っている。レオンが飲んでいるのは砂糖とミルクが入れられている甘めのコーヒーだ。
「はぁ、最近の親はなんでこうも簡単に子供を戦いの渦中に行かせるんだ」
そう頭を抱えて嘆くレザールの手に握られているのは弟子入りの際の契約書だ。記入欄のサインには『Gleythe』と書かれている。グレイスとはレオンの姓、これはレオンが持って来た書類だ。
「レザール、子供って言ってますが俺、十九ですよ。子供って程の年齢では無いです」
「成人してないんだから子供だろうが。成人まであと一年だろうが半年だろうが子供は子供」
「えぇ…… 」
レザールの言う成人とは二十歳の事で現在十九歳のレオンは成人年齢に達していない為、未成年者という扱いになる。正論と分かりつつも何処か納得のいっていない不服な様子でコーヒーを飲む。
「大体、どうしてそんなに反対しているんです? 神の落とし子としても悪魔を狩る側の頭数が増えれば多少なりとも負担は減りますよね? 」
レオンの質問に深く溜息を吐く。戦える人材が増えれば一人当たりの負担が減るのは尤もな事だ。だが、レザールにとって問題はそこでは無い。
「負担云々の話じゃない。魔力炉心を持たない一般人で、且つ子供のお前がわざわざ命を投げ出して戦う必要は無いって言ってんだ。未来ある子供を守るのが大人の役目ってもんだろ」
「レザールだって二十五ですよね? 人の平均寿命は約七十年、まだ未来はあるじゃないですか」
「俺に年齢は関係無いさ。神の落とし子ってのはいずれは戦場で死ぬ運命だからな。それで短命なのは仕方の無いことだ」
レオンはレザールのその平然とした態度にモヤモヤしているものの、それがレザールの考えである事に言い返せず口を継ぐんだ。戦う覚悟が決まっている人間の意見だ、そう安々と否定出来るものでは無い。
レザールは契約書を横に置き、コーヒーの最後の一口を飲み干したところで思い出したかの様に話題を切り出す。不本意でも契約が成立した以上、レオンは晴れて弟子となり神聖生命体と無関係ではいられなくなったからだ。その話題とは悪魔が仕掛ける戦争についてだ。レザール自身コブラから聞いた範囲でしか知らないが、それでも情報を共有する事に越した事は無い。多少なりとも情報があれば立ち向かう事も逃げる事も出来る。それだけいざという時の選択の幅が広がるのだ。
レザールが知っているのは、悪魔が戦争を起こそうとしているという話だ。コブラからは大した情報を得られていない為まだ曖昧にしか分かっていない。
「戦争? いつも悪魔側が人を襲って来ているのにどうして今更戦争なんか…… 」
人間側からすれば悪魔が人間を襲うから返り討ちに合わせているという構図だ。仮に人間に同族が殺されている事に激昂していたとしても、先に人間を襲って来ているのは悪魔で自業自得な為、戦争を仕掛けられる謂れは無いのだ。
「まぁ、言われてみれば確かに変か。だが、今それを考えたところで所詮は悪魔の考え。ヤツらを理解しようなんざ、乙女心を理解するのと等しく無理な話だ」
「一応、理解出来る余地はあるんですね」
悪魔に対してあまり良く思っていないような一面を見せる。悪魔狩りを生業としているのだ、こういった反応なのはある程度予測は付いていただろう。
「それで、今その話を持ち出したのは、それを調べたいから確認したいからという事ですか? 」
「そういう事だ。なに、既に専門家にアポイントメントは取ってある。情報源になり得る人脈は有効に使わないとな」
専門家と聞かされ頭上に疑問符が浮かぶ。レオンはあまりピンと来ていない様子で首を傾げる。レザールにしては類を見ない準備の良さに驚いているが、レオンが居るいない関係無しに今日は元々そういう予定だったのだろう。仕事となると途端に準備をするまでに時間が掛かる男だが、仕事では無い事には異様にフットワークが軽い。悪魔を狩るのが嫌というより仕事という言葉に厭忌しているといった感じだ。レオンに予定を話してからの準備はあっという間だった。コブラから振られた仕事の時とは考えられない程にやる気に満ちている。「ただ話しを聞きに行くだけでは? 」という疑問は飲み込んでレオンも後に続く。
そうして事務所を出て訪れたのはブルーイーグル市とレッドコンドル市の丁度境にある教会、中央部クランベラ教会だ。そう、レザールの言う専門家とはルイの事だったのだ。
「……確かに神聖生命体の事を知り尽くしているであろう方ではありますけど、よくアポ取れましたね⁉ 相当忙しい立場の人だったのでは? 」
「いや、その為の事前連絡だろ。ほら、さっさと入るぞ」
そう言ってレザールは聖堂の大きな扉を開ける。
「あっレザール! それにレオンも! 」
見覚えのあるピンク髪と聞き覚えのある声に扉をそっと無言で閉じる。既に疲れたといった顔色でゆっくり深呼吸をして隣にいるレオンに一言。
「……どうやら最近頭を悩ませた小娘が出る質の悪い白昼夢を見てるようだ。レオン、俺の頬を引っ張れ」
「大丈夫です。俺も見えました」
レザールは忘れているが、エリスと初めて会ったのはこの教会だ。つまり教会に来れば再びエリスに会う可能性も高いという事だ。レオンはそれ以上何も言わず潔く扉を開けてレザールを中へ押し込む。するとエリスが目の前に駆け寄って来た。
「もうっあたしの顔見てドア閉めるなんて! そんなに会いたくなかったって訳? 」
プリプリと怒っているもののどこか上機嫌なのが伺える。二人に会えて嬉しいのが見え見えだ。
「キャンキャン騒ぐな。用が無いなら家帰っておねんねしてな」
素っ気ない態度で帰宅を勧めるとハムスターの様に頬を膨らませる。そんな様子のエリスを無視し、あくまで他人であるという体で横を抜ける。
聖堂内をざっと見渡してもルイの姿は見えない。アポイントメントは取ったもののやはり忙しいのだろう。ルイが来るまでは聖堂内で待つことに決め、入って来た扉から一番近い長椅子に腰掛ける。教会内には疎らに人がおり、その誰もが奥に置かれている神像に身体を向けて祈りを捧げている。この場では祈りを捧げる訳でも無くただ座っているだけのレザールとレオンは浮いた存在となっている。
聖堂の長椅子に座ってから二分程経って聖堂入り口右手側のシンプルな見た目の扉が開かれる。そこから現れたのはルイではなかった。長身で金髪のシスター、アメリアだ。アメリアは他には目もくれず真っ直ぐとレザールたちの方へ向かって来る。
「大変お待たせいたしました。クランベラ司教がお待ちです。応接室へご案内いたします。ええと、そちらの彼女も御一緒でしょうか? 」
「いいえ、無関係な子供です。案内は俺とレオンの二人だけで」
アメリアは困惑しながらも一先ず案内を優先させるよう努める。そして踵を返すとそそくさと歩き出してしまう。レザールもレオンも慌ててその後を追う。エリスをなるべく視界に入れないように。
アメリアが応接室の扉を開けると中へ入る様に誘導する。中ではルイが既に座っており、綺麗な姿勢で優雅に紅茶を飲んでいる。
「お世話になっております。大変お待たせいたしました、どうぞ此方へおかけください」
そう誘導されて二人は応接室のソファに腰かける。上座と言われる席には当然レザールが座る。全員が座ったところでアメリアがタイミング良く紅茶を差し出す。ソーサ―にティースプーンが添えられ、カップから右手側にミルクピッチャーが置かれる。そして二人の手が届く中間くらいの位置にシュガーケースが置かれる。ルイのカップにはティーポットから紅茶が継ぎ足される。レザールとレオンの紅茶に比べて湯気が濃く立ち上っている。見るからに熱々のそれを何の気なしに平然とした態度で飲む。
「さて、本日は『戦争』についてお聞きしたいとの事でしたね。貴方がたは本件を如何程ご存知でしょうか」
「大したことは何も。悪魔が戦争を起こそうとしているとしか聞いてないな」
ルイは「なるほど」と小さく頷き、何かを考えるかのように目を伏せる。レザールの情報源がどこからなのかは察している様子だ。
「本題に入る前にまず、貴方がたは何故悪魔を退治していくのか、その理由をご存知でしょうか? 」
「理由? 悪魔が人を襲うからではないんですか? 」
「それは一端に過ぎません。僕たち神の落とし子が悪魔を、神聖生命体を倒さねばならない理由、それは戦争を起こさせない為です」
レオンの顔は青ざめていく。戦争を起こさせない為に戦っているのなら今後、大変なことが起きることがほぼ確定している様なものだからだ。戦争なんてものが起きれば大量の死者が出る事は確実だ。
「そんな、なんで……? 」
「レオンさん、落ち着いてください。今回はただ、悪魔側が痺れを切らして出した暴挙に過ぎません」
レオンを宥めるルイは落ち着き払っている。「心配することは無い」とその様子から語っている。
「……俺は俺に戦い方を教えてくれた人に報いる為に戦っているだけだ。神の落とし子の役割も正直完全に理解してる訳じゃない。ルイ、アンタが知っている事を俺に、俺たちに教えてくれないか」
レザールは改めてルイに頼み込む。情報は力、形振り構っていられないのだ。ルイには教えて欲しいと言えば普通に教えてもらえるだろうが、これはレザールなりのけじめだ。
「……ええ、構いませんよ」
「恩に着る」
「報いる」という言葉に引っ掛かりがあったのか、一瞬表情を曇らせたものの、説明に関しては協力的だ。読むだけでは頭に入らない部分を神父の口から説明して貰えるのだ。絶好の機会だろう。
ルイは紅茶を一口飲み説明に入る。まずは何故神の落とし子が戦わなくてはいけないのかだ。神の落とし子が生まれる理由は、生物の世界を守るためだ。人の身体に魔力炉心を埋め込むのは創世神アズエラの世界システムだが、早い話が「生物の世界は生物が守れ」ということだ。「生物の世界を守る」というのは「神聖生命体を殺す」と同義でありそれが神の落とし子の使命となっている。神の落とし子であれば男女関係なくやらなければならないことなのだ。
この世には生物と神聖生命体という大まかに二種類に分けられる生命が存在している。人や犬猫、鳥に豚や牛といった生物が暮らす世界を通常「現世」と称されている。その現世の上空や地下等に位置する特異空間世界に神聖生命体が暮らしている。「特異空間世界」と称しているのは、生物が住む世界とは全くの別世界で生物が歩いて行けるようなところではないからだ。単純に地面を掘り進めてもそこに地下の特異空間世界は無い。あるのはマントルや外核内核だ。地下の特異空間世界に行くにはそこへ繋がる「ゲート」を通る他ないのだ。
ゲートは複数存在しているが、そのゲートの出現には条件が定められている。特定の組織に所属した強大な者が現世に現れた時だ。そのゲートを見つける方法は、魔力を感知するか、そのゲートから現れた神聖生命体を討伐するかの二択になる。
「『魔力感知』は教会に属する家系の者が持っている特異能力になります。神の落とし子のそれとは少々異なります。これは魔力を使用して扱うものではなく、常時発動している能力となっております」
「家系と言いますと、教会に居る修道士や修道女全員が持っているわけではないってことですか? 」
水を差していると分かっていながらもルイの言い回しに疑問を呈したレオンは訊ねる。
「如何にも。この力はあくまでクランベラ、エルダーベラ、ラズ、ストロベルいずれかの姓を持つ者のみの力です」
ルイの説明は続く。この魔力感知能力は人によって感知の範囲と精度が違う。感知の範囲が広い者も居れば、狭い者も居る。発している魔力の主が分かる者も居れば何者の魔力か分からない者も居るという事だ。能力の優劣は遺伝とは関係無く、当人の潜在能力次第だと言う。
ルイ自身は今世代の司教の中では最も広く、魔力の主こと、神聖生命体の種類や神の落とし子か否かが分かるくらいに精度が高い。自身が居る県内なら何処の建物の何処の階層かまで分かるが、自身から離れるにつれ市町村の大雑把な位置しか特定出来なくなる。感知範囲は、北はシンビジウムアクエリアス県のグレーオーストリッチ市、南はサフランスコーピオ県のフォレストホーク市、西と東は全域といった感じだ。過去の家系の人間たちがどうだったかはさておき、かなり優秀な能力だと言えるだろう。しかし、そんな便利な力にも問題はある。これは常時発動している能力である為自身で制御する事が出来ない。能力が発現してからずっと魔力が動くのを、増減するのを感じ取っているのだ。例えるならば、四六時中顔の周りに蠅が飛び回っている様な感覚だ。精神的に休まる時が無いと言っても過言ではないだろう。
そして話しは戻り、初めにルイは神の落とし子は神聖生命体に戦争を起こさせない為に戦っていると言った。これには各種神聖生命体の性質が関わっている。とある状況下で仲間を増やすことが出来たり、戦闘能力が高まったりといったものだ。それに必要なものが生物の魂だ。つまり生物を殺せば己が種族を強く出来るということだ。現世で戦争を起こせば生物を巻き込んで殺す度に種族を強化出来る上に敵種族を圧倒出来るという悪循環が完成してしまう。そうなると予想されたため、戦争準備が完了しない様に数を減らして力を抑える方向で維持する動きとなった。人々の犠牲を最小限に減らすことも視野に入れた抵抗だった。
ルイは不意に立ち上がりデスクからあるものを持って来た。白いシルクのハンカチに包まれたそれは、片手に収まるくらいの小さな物だ。
「こちらはアズマからお預かりした物です。貴方との共闘の件も彼から報告を受けております」
そう言ってハンカチを広げるとそこには二つのドッグタグがあった。文様は二つとも違っており、レザールが以前見た物とも違っていた。
「一つはカエル、もう一つは魚みたいな柄してるな。そういやそんな中級悪魔を倒したな 」
討伐した当時はドッグタグが落ちていた事に気が付いていなかった様子だ。
ドッグタグは爵位持ちの悪魔と繋がっているという証だ。文様違いのドッグタグの契約元は当然異なる。
「両生類型の悪魔の中には準男爵位、魚型の悪魔の中には男爵位を持つ悪魔がおります。件の戦争に関わっているかまでは現在調査中ですが、現状関わっていると見て間違いはないでしょう」
大凡の勢力が分かったのは情報として大きいだろう。勿論、確定事項という訳では無いが、爵位を持つ悪魔との契約の証と言われるドッグタグが見つかっているのだ。本件の勢力であると言って然るべきだろう。その勢力というのは、爬虫類型、両生類型、魚型の三つ。逆にこれだけしか分かっていないとも言えるが、これだけ分かっただけでも進歩と言える。
一段落ついた頃にはカップの紅茶はすっかり飲み干されていた。窓の外から差す光は落ち着き、紅く染まった空が映る。カラスの鳴き声が教会の屋根の上を通り、夕刻を知らせる。
「……随分と長くなりましたね。僕はこの後用事がありますので本日はここまでとなります。簡単な質問なら承りますが如何でしょう」
そう聞いて手を挙げたのはレオンだ。
「あの、確か悪魔が神聖生命体の一種だと以前言っていましたよね? ならどんな悪魔がゲートを潜って来るんですか? 」
「上級悪魔です。悪魔側からしてみればもう『捨て駒』では無いでしょうから、現世で上級悪魔と遭遇するということはそれだけ彼らにとって戦況が切迫している証拠と言えるでしょうね」
ルイは立ち上がり応接室の出入口まで歩いて行く。レオンの質問には答えた。これで今回の話し合いは終わりだ。二人はルイと一緒に退室し、聖堂前の扉まで見送られた。
「おっそーい! あたしがどれだけ待ったと思ってる訳? 」
扉を開けた先にはムスッと頬を膨らませたエリスが居た。もう既に夕方だと言うのにまだ教会に居座っていたのだ。
「何で待ってんだよ!」
レザールの怒号が聖堂に響き渡る。エリスはなんで怒られたか分かっていない様子で「だって、だって」と繰り返す。レオンに聖堂では迷惑になると諫められて外に出たが、レザールはそのままエリスに説教をしている。辺りはもう薄暗いため結局三人一緒のタイミングで帰ることになった。
青い外套をヒラヒラと揺らして走る一人の影がある。自らの感覚を頼りに反応のある方へ行く。紺のマフラーを少し緩めて口元を開けて呼吸をし易くする。口から吐かれる息は白い。
目標の地点まで着くと反応のある方へ向き、木陰に隠れながら標的の様子を伺う。魔力の主は蟲型の悪魔。身体が黒く丸い羽で飛び回っているその姿は蠅だ。体長二十センチ程あり、誰が見ても悪魔だと分かる。しかし悪魔の数は五体の筈だが目の前には四体しかいない。悪魔の周囲を見てもそれらしい姿は無い。
「……なんて、僕が気付かない訳がないでしょう? 『壁! 』」
そう言って振り向きざまに左手をかざす。日を遮るというよりは身を護るように掌を自身の方向へ向けた姿勢だ。そして壁という言葉の通りにルイと悪魔の間に厚い氷の壁が築かれた。蟲の悪魔は勢いを殺せず急に出てきたそれに衝突する。
「針」
氷の壁に触れて発した言葉で発現した氷の針で蟲型の悪魔を貫く。悪魔は数秒間羽を羽ばたかせた後絶命する。
残り四体の悪魔を狩る為に真正面から敵前に出ていく。蟲型の悪魔が一斉にこちらを向こうと構わないといった様子だ。悪魔と適度な距離感になった時、そこで立ち止まり腰に帯剣していたレイピアを抜き構える。すると悪魔はルイの回りを激しく飛び始めた。ブンブンと不快に音を鳴らしグルグルと円を描く様に、それでいて不規則に飛び回る。
一体がルイを目掛けて飛んでくるのを見逃しはしなかった。ルイはレイピアを横に薙ぎ、蟲型の悪魔の丸い羽は胴と切り離される。そして間髪入れずに下方から悪魔の胴へ突き刺す。身体を捻り一回転させると杖のように剣を振る。
「礫」
そう一言発すると刃先から冷気と氷の小石が悪魔が飛んでいる方へ飛ばされていく。その小石が当たると氷の重みと冷気で悪魔の飛行速度はみるみるうちに落ちていく。ルイは右足で地面を蹴って駆け出し、一体の悪魔へ向かって剣を刺す。背後の悪魔の突進をレイピアの刃に沿わせて受け流し、鍔で押し退け無防備になったところを容赦なく突き刺す。脇から急接近して来た最後の悪魔から距離を取る為に飛び上がる。
「壁」
そう発して空中で足場を作り、それを蹴って悪魔に向かって急下降する。そして飛び立たせない様に先に羽を切り落としレイピアを突き刺す。その間三秒にも満たなかった。たった五体の悪魔だっただけに特に問題なく倒し切った。能力の影響で周囲に冷気が漂っているが、これは数分もすれば自然に治まる。
付近の魔力の反応は無くなりレイピアを一振りしてから鞘に収める。マフラーを巻き直し白い息を吐く。教会に戻る為に振り向くとそこには、誠意の篭っていないわざとらしい拍手をする男が立っていた。
「いやはや、見事だルイ。流石は神の落とし子とでも言おうか」
そう馴れ馴れしく話しかけて来た男は肥満体型に前傾姿勢で、一言で言えば見た目はルイと正反対の人物だ。黒い修道服に紫のストラが掛けられているところから何処の所属の神父かすぐに分かる。
「ーー……立場というものが理解しておられないようで、エルダーベラ司祭。貴方の階級では僕を『司教』と呼ぶのが規則です」
「そんな堅いこと言うなよルイ。教会家系同士仲良くしようじゃないか」
諭しても一向に改めない。それどころか全く詫び入るつもりも無い様だ。目上に対する話し方と態度で時間を無駄にする訳にもいかず話を切り替えて訊ねる。
「して、僕に如何な御用でしょうか」
会話を早く終わらせる為本題を引き出す。それを聞いて司祭は口元をニヤつかせる。
「聞くところによるとお前はまだ次期司教候補を決めていないんだったな? お前は神の落とし子だ、他の司教に比べたら早く死ぬだろう? 」
ルイは微かに眉を顰める。
「貴方の口ぶりから察するに、クランベラの司教の座を譲って欲しいということでしょうか。残念ながらそれは無理なご相談です。僕はまだ逝くつもりはありませんからね」
司祭の話をはっきりと拒否する。それに腹を立てたのか、司祭はルイに口汚く脅して捲し立てる。激しく怒鳴りつけ肩を力強く押し、何が何でも首を縦に振らせたいといった様子だ。
「ガキがわしを嘗めるなよ‼ いいか、後任のいないお前なんぞ殺してその座に着く事だって出来るんだからな! いいからわしに譲れ!さもなくばお前の名前を悪魔共に流すからな! 」
「後任を決めていないのは事実ですが、貴方にクランベラ教会は渡せません。はっきりと言いましょう、貴方に司教という地位は相応しくありません。ご理解頂けたのならこれで失礼します」
早々に話を切り上げ司祭を残しこの場を去る。これ以上顔を合わせてはいけないと本能で悟ったのだ。司祭の発言が只の脅しであればなんの心配も無いが、あの男だからという理由でこれが只の脅しでは済まない可能性があることを否定できない。あの男も教会を継ぐ家系の者。定期的に顔を合わせる機会がある為、あの男がどんな男なのかルイはよく知っている。いや、家系の大抵の者は知っている。あの男が現在司祭という階級に就いている理由も司教になれなかった理由も。