第0話 Opening
狭く湿っぽい路地裏を男は息を切らし目を血走らせながら駆ける。
時刻は陽が落ちる只中の明るい様な暗い様な中途半端な空模様の刻。
息を切らしながら走る男の背後から鋭い眼光の男が悠々と追って来ている。その男の手には長身の細い片刃の剣と小柄で厳つい黒塗装の火器が握られていた。闇夜の様な黒いロングコートには赤黒い液体が大量に付着している。液体があの男から流れ出たものではないのは一目瞭然だ。腹の底から胃液を吐く程の威圧感が襲い掛かる。
時折後ろを振り返り様子を窺いながらも路地裏の奥へ奥へと逃げ回る。男が焦り息を切らしながら走っているにも関わらず、その後方では酷く冷静な様子で一定の距離を保って此方を追い続けている。そんな様子に更なる恐怖を覚え男はまた更に奥へと進んでいく。道が複雑な路地裏で逃げ回っていればいずれ撒けると信じて疑わず。
だが、男たちのチェイスはそう長くは続かなかった。男が逃げ込んだ通路は不幸にも行き止まりで、左右に抜け道らしい道も無い。完全に袋小路となっている。男は現状を理解し初めてあの男に誘導されていたのだと気付く。
男は必死に抜け道を探していると背後から「パンッ」という耳を劈く発砲音と同時に右足脹脛に激痛が走った。激痛と共に足に力が入らなくなり、男は体勢を崩しそのまま床に転がった。足からはドクドクと赤黒い液体が溢れ出る。己が来た道へ視線をやるとあの男が立っていた。左手に持った火器の口からは煙が細く伸びている。一体何が起きたのかは考えるまでもなかった。
男は左手の火器を片手でクルクル回して太腿のホルスターへ仕舞う。そして歩いて距離をじわりじわりと詰めて来る。此方に目前まで詰めて怒りでも恨みでも無い、思考が読み取れない程の無感情な目で見下ろす。そんな姿に気圧されすぐに視線を落とし必死に何かに助けを求める様に手を合わせて祈る仕草を取った。だが、その行動は男の前では通用しない。勢いよく右足で腹部を蹴り上げられ地面に伏せられた後、左手を踏み付けられ這って逃げる事さえも出来なくなった。そして神は決して民を救いはしないと悟ったのだった。
無感情に見下ろした男は右手に握られた片刃の長剣を振り被り、首元を目掛けて振り下ろした。
「ーー死ぬがいい」
慈悲の欠片も無い声色で放った一言の後、男の口元は少しだけ緩んだ。意識はそこで途絶えたのだった――